2020年4月 2日 (木)

3月31日の日経新聞から

3月31日の日経新聞夕刊1面に「製薬大手の米ジョンソン・エンド・ジョンソンは30日、新型コロナウィルスの予防ワクチンの提供を2021年初めにも始めると発表した」という記事が掲載された。
幸運なシナリオは、日本で大きく感染の広がることなく、どうにか今年を過ごし、もしかして来年のどこかでワクチンの恩恵にあずかれるかもしれない、というものだろうか。

30日、東京都の会見で専門家が、2,3日で感染者が倍増することがないよう、固唾をのんで見守っている、と述べていた。(2,3日間で倍増すると、外国のような状況になる。)おそらく彼の言う通りで、このところの感染者数の推移を見ると、今の日本は確かにぎりぎりのところにいると思う。

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同じ3月31日の夕刊1面には「富士山大噴火で首都圏交通まひ」という記事もあった。1707年の宝永噴火と同規模のものが起こると、最悪の場合、3時間後にに都心で停電や鉄道の運休が発生、とある。以前読んだ鎌田浩毅著「富士山噴火と南海トラフ」にも、その規模の噴火で、電気と飲料水の供給が止まる、ということが書かれていた。3.11も経験したことのないものだったけれど、火山の噴火は遙かに大きな影響をもたらすらしい。
電気や水の供給停止は生活に直結するから、トイレットペーパーどころではない買い占め、パニックが発生すると思う。今、多くの人の行動を左右しているスマートフォンに加え、クレジットカード、ICカード、ATMなどの決済システムは、停電が長く続いても、変わらず使えるだろうか。
現在、日本での感染がぎりぎりのところに留まっているとして、もし火山の噴火や大きな地震、台風などの災害が起きたら、かなりまずい状況になると思う。

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3月31日の日経朝刊には「サピエンス全史」の著者、ユヴァル・ハラリ氏の寄稿文が載った。(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57374690Y0A320C2000000/ 全文読むにはログインが必要です)
その冒頭から、

『人類はいま、世界的な危機に直面している。おそらく私たちの世代で最大の危機だ。私たちや各国政府が今後数週間でどんな判断を下すかが、今後数年間世界を形作ることになる。その判断が、医療体制だけでなく、政治や経済、文化をもかえていくことになるということだ。
・・・・・
新型コロナの嵐はやがて去り、人類は存続し、私たちの大部分もなお生きているだろう。だが、私たちはこれまでとは違う世界に暮らすことになる。・・・
・・・・・
今回の危機で、私たちは特に重要な2つの選択に直面している。1つは「全体主義的な監視」と「市民の権限強化」のどちらを選ぶのか。もう1つは「国家主義的な孤立」と「世界の結束」のいずれかを選ぶのか、だ。
・・・・・』

今回のウィルス感染で人とモノの動きが止まり、経済への大きな影響が連日報道されている。
どこかに書かれているわけではないけれど、日本経済新聞の前提は、経済成長は是である、ということだと思う。経済が伸び続ければ、記事は楽観的だし、今回のように大きなブレーキがかかると悲観的な論調になる。でも経済は、あるいは限定して、モノの生産と消費は、無限に成長し続けられるのだろうか。
モノが売れない、と言われて久しい。日本の多くの人はモノであふれた家に住んでいるから、売れないのだと思う。例えばクルマの生産は日本が世界に誇る技術だ。日本自動車工業会のHP(http://www.jama.or.jp/world/index.html)によると、2018年世界の四輪車生産台数は9570万7千台、2017年世界の四輪車保有台数は13億7341万台、とある。毎年1億台(!)近い四輪車が生産され、それに伴って莫大な雇用と消費が生み出され、お金が回っていく。でもこの小さな宇宙船地球号で、それはこの先10年、50年、100年と続けていけることなのだろうか。

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欲求が次から次へと押し寄せてくるのが人間というものなのかもしれない。ハラリさんが述べたように、いつか感染が収まった時(あるいはすでに)、世界は変わっていると思う。どのように人間がふるまっていくことが、決して大きくはない地球での生活に適うのか、そろそろ考える時に来ているのでは、と思う。
京都、龍安寺の蹲踞(つくばい)には「吾唯足知」(吾唯足ることを知る、ワレタダタルコトヲシル)とあるそうだ。(http://www.ryoanji.jp/smph/guide/grounds.html#g_lis02
龍安寺を再訪できる時が来ることを願うばかりです。

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2020年3月28日 (土)

創作の秘密は

先日M君と、今年彼らはラズモフスキーの1番を演奏することになっていて、やはり難しい曲、という話しをした。僕は10年ほど前、一分の隙もなく緻密に書いてあるこの曲を、少しでも実現できるよう練習したのだけれど(できたかどうかはさておき)、本番の舞台に上がる時、こんなに緻密に書いてある曲をいったいどうやって弾くのだろう、と感じた。
今は、余計なことは考えず、ただひたすら弾けば良かったのだ、と思う。

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M君と話した翌日、スコアを見ながらラズモフスキーの1番を聴いてみた。それは素晴らしくわくわくする体験だった。久しぶりに楽譜を開いても、やはり音符は緻密で、けれど曲の成り立ちのようなものは以前より見えるようだった。この何年か、ベートーヴェンのピアノソナタをよく聴き、僕の頭の中が多少組み変わったのかもしれない。
ラズモフスキーの1番を聴いて楽しかったので、翌日2番を聴いてみた。こちらは30年近く前に弾いて以来。出してきたスコアはすっかり黄ばんでいた。ただ、同じスコアのはずなのに、はるかに多くのことを示しているようだった。(あの頃、倉田先生のところにレッスンに行くとよく、トルトゥリエの指使いや弓使いが書かれた楽譜を写した。自分のスコアが黄ばんでいるのを見て、当時写した先生の使い込まれた楽譜を思い出し、そして30年近い時間の経過を思った。)断片的な記憶になっていたラズモフスキーの2番を、再びスコアを見ながら聴く、というのは実にスリリングな経験だった。ばらばらにになった土器が、全ての破片が思いがけず揃って、もう一度元の状態に戻っていくようだった。しかも古い記憶が甦っていくと同時に、新しいことが僕の中で起きている感覚があった。

ラズモフスキーの1番だけ見ても、これほどたくさんの要素が一人の人間から生み出されたことが信じられない。そしてラズモフスキーの1番と2番の間には大きな違いがある。ベートーヴェンの作品に触れる度、どの曲も、他の作曲家では考えられないほど異なっているのに、同時にどの曲も紛れもなくベートーヴェンである、という矛盾した感覚にとらわれる。ラズモフスキーの3番はもっと違う。この創作の秘密はいったい何だろう。
ラズモフスキーの3番は桐朋に入った年に弾いた。今はどうしてこういう曲になっているのか、少しわかる。あの頃は何もわからず、ただ夢中で弾いていた。それはそれで素晴らしいことだったのかもしれない。

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ラズモフスキーの1番(ヘ長調)はチェロの旋律で始まる。なかなか印象的な出だしだ。でもこの冒頭は落ち着かない。ヴィオラがラ、第2ヴァイオリンがドを八分音符で刻んでいるのだけれど、主音のファがどこにもなく、しかも旋律が内声の八分音符より低い音域で動いている。チェロが8小節弾いた後、第1ヴァイオリンが旋律を受け継いでさらに8小節弾く。その時下3声はド・ミ・ソ・シ♭の和音を刻んでいて、さらに2小節ある経過部分を過ぎると、19小節目で初めてファ・ラ・ドの和音が鳴る(!)。ハーモニーの観点から言えば、ここが曲の始まり、ということだろうか。
どうしてもチェロや第1ヴァイオリンの旋律に耳がいってしまうけれど、実は16小節までずっとドを弾く第2ヴァイオリンが曲の構造を示していると思う。19小節目に現れる主和音を強く導く属音のド。横のつながりで見ると、それは動きを生み出す八分音符であり、縦に和音で捉えると最初はラ・ドのド(ファ・ラ・ドなのかラ・ド・ミなのか、わかりにくい)、やがてド・ミ・ソ・シ♭のドになる。見事な作りだと思う。

バーンスタインがハーバード大学での講義で言ったことだけれど(2017年12月の日記をご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-3c62.html )、同じような構造が、マーラーの5番の交響曲にもある。

有名なアダージェットの1小節目、ヴィオラがド、それからラを伸ばし、ハープが下降するアルペジオでド・ラ・ド、そこにチェロのラが加わり、・・・。ドとラしかなく、ファ・ラ・ドなのかラ・ド・ミなのか何なのか、わからない。2小節目の後半で第1ヴァイオリンがドで始まる旋律を弾き始め(ラズモフスキーの1番の旋律の始まりもドだ)、ド・レ・ミと弾いた次の3小節目でようやくコントラバスが主音のファを弾き、あぁなるほどヘ長調ですね、とわかる。でもその1拍目でも、倚音というのか、第1ヴァイオリンはまだミにいて、2拍目でファを弾く。素晴らしい。時代が下り、書法が複雑になるとはこういうことか、と思う。

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しばらく前、やはりM君と、シューベルトはフーガを書かなかったのか、という話しになった。確かに、晩年の素晴らしいピアノ・ソナタでも、長大な「グレート」と呼ばれる交響曲でも、それぞれのフレーズは次々転調し、ディテールの細かな変化を伴って、果てしなく続くけれど、ものすごく乱暴な言い方をすれば、それ以外のところには行こうとしない、それ以上の展開はないように見える。もしシューベルトほどの人がフーガを書かなかったとしたら、それはいったいどういうことだったのだろう。

当たり前のように聴いてしまうベートーヴェンの第九には、いくつも革新的な試みがあると思う。(第2楽章について、2013年12月の日記をご覧下さい http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-b87b.html )終楽章で、メドレーのように途切れなく、いろいろな要素や様式が次々現れることもそう。後半に「二重フーガ」と呼ばれる部分がある。一方で合唱とオーケストラが二分音符と四分音符で構成されるテーマを演奏し、一方でオーケストラが八分音符の速い動きを弾く。どのような構造になっているのか、理解できていないけれど(だいたい弾くのが大変。チェロはまだともかく、コントラバスにも同じ音符が書いてある)、これは晩年のベートーヴェンが能力を全て注ぎ、渾身の力技で書いたものではないか、と思う。こんなに複雑で壮大な音楽を頭の中で鳴らすことができたなんて。

2020年3月21日 (土)

音楽の自然な流れが

学生時代、あれほど通った演奏会に行くことが本当におっくうになり、ずっと足が遠のいていた。今年は1月にイッサーリス、今月は2つの演奏会に出かけた。いずれも素晴らしい経験だった。

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3月12と19日、オペラ・シティでのサー・アンドラーシュ・シフ、ピアノリサイタルへ。
12日の演奏会、シフさんは1曲終わるごとに立って拍手に応え、またすぐ弾き始めた。19日は、曲間の拍手を控えるようアナウンスがあり、彼は曲が終わっても、鍵盤から手を離すことはほぼ無く、演奏を続けた。音楽をすること、ピアノを弾くことがごく自然で、一度その中に入ると、いつまでもそこにいられるようだった。音楽の自然な流れがあり、彼が鍵盤に向かうと、その流れを僕たちにも見えるものにしてくれるようだった。
演奏を全身で聴いている、けれどいつもあっという間に終わっていて、もっと聴いていたかった、と思う。川の流れに手をひたすことはできる、すくおうとすると、水が手のひらからこぼれ落ちてしまう、そんな感じだった。

12日のアンコール、イタリア協奏曲の第1楽章が始まったので、ということは2と3楽章も弾きますね、と思ったらその通りになり(17日の大阪いずみホールでは「ワルトシュタイン」ソナタを全曲弾いたそう(!))、その後のベートーヴェンが素晴らしく、さらにメンデルスゾーンがあり、ブラームスの有名な間奏曲が始まった時、まさか今日聴けるとは思いませんでした、本当にありがとうございました、と思った。さらにシューベルトが演奏され、シューベルトとは今ここにいることの心地よさ、というあるピアニストの言葉を思い出し、演奏を聴いている幸福感でいっぱいになった。

19日、開演前のアナウンスで、今晩の演奏はP.シュライヤーとP.ゼルキンに捧げられる、と伝えられた。二人の素晴らしかった演奏がよみがえるようだった。
演奏会はシューマン、ブラームス、モーツァルト、・・・。曲が変わる度、確かにその作曲家の音の世界はそうですね、と感じながら聴いた。プログラム最後の「告別」ソナタの後は、ゴルトベルク変奏曲のアリア。その美しさに、大きく拍手をするのがはばかられるようだった。それからソナチネアルバムに入っているモーツァルトのハ長調のソナタ(子供のように無垢だった)、ブラームスと続き、シューマンの「楽しき農夫」は意外で、チャーミングだった。この日も最後はシューベルト。

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2020年3月、あふれかえる情報に接しないわけにはいかず、ますます人生が断片的になっている気がする。他方で、このような時間の流れがあり、そこに身を任せることができたのは幸せだった。
演奏会の翌朝、いつものように楽器を出してさらった。これまで本当に雑多な音ばかり出してきた、と思う。今からでも遅くない。

2020年3月11日 (水)

3.11

9年前の今日、函館の市民会館にいて長く続く揺れを経験した。
幸い数日後に帰宅でき、東京のスーパーでトイレットペーパーを抱えて右往左往する人たちを見たとき、1970年代のオイルショック時に人々がトイレットペーパーを求めて狂奔する映像がよみがえり、目の前の現実と重なって信じられない思いがした。

先週、トイレットペーパーが棚から消えた、と報道され、震災当時を思い出した。(2011年3月14日の日記をご覧下さいhttp://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-550a.html

9年しかたっていないのに、身の周りで起きたことを書き留めておくのは意味がある、と思う。

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ウィルス感染に対する様々な対応を見て、4年前の日経新聞に掲載された記事のことを思い出した。2016年3月11日の日経新聞で組まれた「大震災から5年」という特集の中の、自衛隊統合幕僚長だった河野克俊さん(震災当時は統幕副長)の文章から、

『福島原発が危ないと最初に我々に知らせてくれたのは実は米軍だ。米軍は原子力空母を持ち、原子力に対する知識が豊富だ。当時、米原子力空母『ロナルド・レーガン』が三陸沖で活動していたが、原発周辺の情報収集にあたっていた艦載ヘリコプターが「原発事故があった」と母艦に知らせたようだ。
 私は当時のフィールド在日米軍司令官からの電話で、初めて原発から放射性物質が漏れていると聞いた。その時点では全く知らなかった。日本に多くの自国民を抱える米国は日本の原発対応にいら立っていた。日本の問題は米国の問題でもあった。』

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休みの度に海に行く。僕がどんなにあたふた行動しても、心をどんなに乱しても、海はいつも海で、水平線は水平線のままだ。
9年前のあの日、海が近い函館駅前のホテルに戻ると、夜の7時頃、停電で暗くなった建物の1階に、黒い水が音もなく上がってきた。函館にはずいぶん遅れて津波がやって来て、東北ほどは大きくなかった。海がいつもの海ではなく、そこから巨大な嵩の水が押し寄せてくるのは、どんなに恐ろしかっただろう、と思う。

2020年2月29日 (土)

椿姫

2月後半の都響は東京二期会のオペラ、椿姫。
指揮のG.サグリパンティ氏が話すイタリア語を聞いていると、そのまま歌になっていくようだった。歌うように話す。彼がそうなのか、イタリア語がそういう言葉なのか、心地よいリズムと抑揚のついた言葉を耳にすることは楽しかったし、そういう言葉で生きていることをうらやましく思った。

練習が進んで舞台稽古に字幕が入るようになると、断片的ではあるけれど歌詞のわかる時があり、なるほど、と思うことが幾度もあった。一つの言葉と一つの和音の組み合わせに始まり、ストーリー展開への音楽の合わせ方まで、全体像が見えかけてくると、勘所を押さえた書き方がしてあることがわかってくる。
ヴァイオリンで静かに始まる前奏曲は短調(オペラの結末を暗示している)、間もなく明るい旋律となり、舞台の幕が上がるといきなり賑やかな場面が現れる。見事なコントラストに、見る者はあっという間に劇中に導かれてしまう。

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東京文化会館のオーケストラピットの裏側には来演した団体の落書きがたくさんあり、それを見るのはピットに入るときの楽しみだ。今回、椿姫の時のものが多いことに気が付いた。なるほど、確かに人気演目なのでしょう。
あさはかな僕は、タイトルの"La Traviata"は椿を意味するものと思っていたけれど、プログラムの解説を読んで驚いた。椿はイタリア語で"camelia"、デュマ・フィスの書いた原作(フランス語)の題は"La Dame aux camelias"、直訳すると「椿の婦人」だろうか。"La Traviata"は道を誤った女、という意味だそう。初演から大成功という訳ではなかったらしい。

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ヴェルディの音楽はシンプル。2年前に弾いたワーグナーのローエングリンに比べると拍子抜けするくらいだ。
サグリパンティ氏が、この曲に3拍子が多いのは、当時のパリ(椿姫の主要な舞台)ではワルツが流行っていたから、と説明していた。幕が上がっている間、チェロとコントラバスは頭拍を刻み、ヴァイオリンやヴィオラはその間の拍を埋める、そんな時間がひたすら続く。でもそれは決して退屈ではなく、素材の良さ、素性の良さのようなものをいつも感じていた。サグリパンティ氏の指揮はその良さをよく引き出していたと思う。歌が始まった時の彼の集中は素晴らしかった。歌の世界に没入する、というのか。オーケストラに対してはあまり口を使わず、棒で示すタイプだった。
何年か前にムーティの指揮でヴェルディを弾いた時、彼が、ザルツブルク(きっと音楽祭のオーケストラのことを指していたのだと思う)ではシューベルトだと丁寧に弾くのに、ヴェルディは皆ぞんざいに弾く、と憤っていたことを思い出す。その時は、ムーティさん、お怒りはわかりますが、なぜここでシューベルトを引き合いに出すのでしょう、と思った。
今はよくわかる。シンプルな書法、自然な旋律線はこの二人に共通する美質だと思う。

パート譜には歌詞のガイドがかなり書いてあり、つい読もうとしてしまう。台詞がゆっくりな時は問題ないけれど、口が速く回る時の、サグリパンティ氏の合図の出し方が興味深かった。きっと言葉のどこかの音節をつかまえて拍を出している。
もし歌手が生まれた時からイタリア語を話していて、オーケストラのメンバーもそうだったら、歌詞とオーケストラが絡むところは絶妙な間合いでずばっと、あるいはスムースに入ったりするのだろうか、と想像した。

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オペラが始まってすぐ、有名な「乾杯の歌」が出てくる。その少し前、「アルフレードはいつも貴女のことを想っていますよ」、と言われたヴィオレッタは「ご冗談を」と返す、その時"Scherzate"という言葉が耳に入ってきて、あぁなるほど、楽譜でよく見かける"scherzo"とはこんな感じなんだな、と思った。

20代の後半、毎夏トスカーナ州、シエナの夏期講習に行った。行くと受付の女の子に、イチロー、毎年来るならイタリア語を勉強しろ!、と言われ、その時はうるさいことを言う、と思っていたのだけれど、今は話せるようになる貴重な機会だったのに、と思う。信じられないくらい浅はかなことに、当時の僕は英語がわかればイタリア語もなんとかなる、くらいに思っていた。
ある日、文化会館ピット裏の落書きを見ながら、もしかしてこの中に知った名前はないのか、と思った。探してみると、シエナのマリオ・ブルネロのクラスで一緒だったイタリア人の名前が二つもあった。日付は僕が都響に入った後だから、彼らとはニアミスしていたんだろうと思う。

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サラ・ナンニ。97年のクラスにいたフィレンツェ出身の小柄な女性。フィレンツェ訛り、というのだろうか、"c"を"h"のように発音して、クラスの親分格だったミラノ出身のルカのことを「ルハ!」と言っていた。あの年、クラスにサラは二人いて、もう一人は南のバーリから来た豪快なサラ・ジェンティーレ。二人とも気っ風のいい女性だった。

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ウンベルト・クレリチ。チェロが上手で実に楽しい若者だった。(どうしてこの落書きは目茶苦茶な綴りなのか)当時17歳くらいだったと思う。トリノ出身、お母さんが司法関係の仕事をしていたはず。そのお母さんが僕たちのアパートを尋ねてきたとき、イタリア語の罵り言葉を口にして、この言葉はこう使うんですね、と僕は驚いた。
秋葉原の電気街に行ったことのあるウンベルトは、高額商品が店員の目の届かないところに置いてあるのは不思議、と言ったり、確かキアーラという彼女とくっついたり離れたりしていたことや、ぐでんぐでんに酔っ払って、カンポ広場にいる大人を煙に巻いていたことや、ロンドンから来たパブロス(本当にいい奴だった。ギリシアとブラジルのハーフ)が「ウンベルトン!」と呼んでいたこと、・・・、思い出し始めると終わらなくなる。

あの頃皆若かった。ブルネロが30代後半、生徒たちは彼のことをアニキのように慕い、ジャズの講習を一緒に聴きに行ったり、徹夜で遊んだりした。今や先生はすっかり風格がつき、何者でもなかった生徒たちもきっと世間にもまれ、何かをまとうようになったのだろうか。

2020年2月21日 (金)

黄色と黒の鉛筆

初日のリハーサル、軸が黄色と黒に塗られた鉛筆を持って指揮するロトさんを見て、前回もそうだったことを思い出した。
彼が都響を振った最初の演奏会の1曲目がシュトラウスのメタモルフォーゼンで、ひどく緊張したことや、次のストラヴィンスキーを指揮した演奏会も素晴らしく、終演後、また是非来て下さい、と言いに行ったことを思い出す。不思議なことに、それから4年後の演奏会もあっという間に終わり、どんな時間だったのだろうと思う。

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フランソワ=グザヴィエ・ロトさんが指揮した2月2、3日の都響演奏会の前半にはジャン=フェリ・ルベルの「四大元素」があった。原始的で野蛮でむきだしで、痛快だった。他の木管が2本ずつのところをファゴットは4本、コントラバスも通常より1本多くして、しかも下のH線をAまで下げ、ロトさんは低音の存在感を求めてきた。
ルベルは1666年生まれ、少し下の世代のバッハやヴィヴァルディ、ヘンデルとはまったく違う。ルベルが特異なのか、フランス音楽界全体がそうだったのかはわからないのだけれど。その頃、フランスと他の国との実際の距離感はどのくらいあったのだろう。
「四大元素」は僕が慣れ親しんできた定型から外れることが度々あった。冒頭の響き(強く弾く不協和音。もし20世紀の音楽ならさほど驚かない)からそうだし、ファゴットがチェロやコントラバスから独立して、ヴィオラとユニゾンで動く箇所も印象的だった。こんな楽器の使い方があるんだ、と思った。そして、ヴィオラは全11曲中5曲しか弾かない・・・。一方、ヴァイオリンはいつも以上に忙しそうだった。ロトさんの説明によると、当時の弦楽器はちょっと違うものだったらしく、今の感覚で捉えない方がよいのかもしれない。

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後半はラヴェルの「ダフニスとクロエ」。1日目のサントリーホールより、2日目の東京文化会館の方が響きが少ない分、様々な楽器に振り分けられた多様なテクスチュア、と言うのか、肌触りの異なる細かい音符が、舞台の前後左右、あちらこちらから立体的に聞こえてきて、おもしろかった。
ラヴェルの前にドビュッシーという先駆者がいたけれど、「ダフニスとクロエ」を2台ピアノのスコアから合唱の入った大編成のオーケストラに拡げていく時、彼の頭の中にはどんな色彩感があったのだろう。そしてどのくらい、自分はこれまで世界に存在していなかったものを生み出している、という確信があったのだろう。
今回使ったパート譜には僕の筆跡の書き込みがあり、でも記憶はまったくなく、不思議な気がした。2009年に演奏したそう。前回、残念なことに僕はこうした素晴らしい音符の数々を弾き飛ばしていたのだろう。
例えばPPPでチェロ以上の弦楽器が美しい旋律をユニゾンで弾くところがある。ロトさんはまずそのフレーズを強く大きな音で弾かせ、次にそれと同じ感情の強さで、とても小さな音で弾くことを求めた。なるほど。しかもそこに合唱が被さってくる。ラヴェルの見事な発想だ。
曲中にはたくさんの5や7の変拍子と、素晴らしい3拍子の旋律が出てくる。それらを弾いていて、以前よく演奏したラヴェルのピアノ三重奏を思い出した。「ダフニスとクロエ」より後に書かれたこの三重奏曲にも、多くの変拍子と、緩徐楽章の素晴らしい3拍子がある。自然倍音を多用する奏法や、ピチカートで弾く和音、終楽章で使われるトリルなど、ロトさんと「ダフニスとクロエ」を弾いた今なら、以前とは比べものにならないくらい多くの動きや色彩を感じて弾ける、と思う。バッハがチェロ組曲の少ない音符で多くのことを現したように、ラヴェルは膨大な色のパレットをピアノ三重奏に凝縮したのではないだろうか。

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ロトさんと弾いていて楽しいのは、奏者に心を大きく開いて演奏するよう求めるところだ。時々子供のようにいたずらっぽく笑う。2日目のリハーサルが始まる前、昨日出かけた渋谷のフレンチが素晴らしかった、と言ってみたり。フランス人が絶賛するフランス料理はいったい、と思わずにいられなかった。
「ダフニスとクロエ」は素晴らしい時間だった。あの黄色と黒に塗られた鉛筆は魔法を生み出す棒のように見えたけれど、少し日がたった今、彼は丁寧にスコアを読み、それを自分の方法で忠実に再現しようとしていただけだったのでは、と思ったりする。

リハーサル中ずっと鉛筆で指揮をしているのを見て、はて、この人本番はどうしていたんだっけ、と思った。本番の舞台には何も持たずに現れた。

2020年1月28日 (火)

幻のように

月に2回くらい、近所にコーヒー豆を買いに行く。その小さな店で焙煎され、ガラス瓶に入れられた豆を計り売りしてもらう。瓶を開けた瞬間、はっとするような香りが立ち上がることがある。コーヒーの素晴らしさはあの香りだと思う。コーヒーを淹れることは毎日の楽しみだけれど、うっとりするような香りを飲むコーヒーに移すことはほとんどできず、幻のように消える。

家にはたくさんのCDがあって、もう置く場所がないから、できるだけ買わないようにしている。どうして買ったのかわからないものも多い。少し前、棚にグールドの弾くイギリス組曲の2枚組CDを見つけ、聞くようになった。いつこの録音を買ったのか記憶にないし、ほとんど聞いてこなかった。知らない曲をたまたま聞いているような新鮮さがある。
イタリア協奏曲のように派手でも、ゴルトベルク変奏曲のようにセンセーショナルでも、平均律のような壮大さもないけれど、いいな、と思う。グールドがとてもユニークで尖った才能の持ち主だったということを、なぜか忘れて聞いてしまう。全身全霊で弾いているのに、しみじみ聞いてしまうのは申し訳ないような気もする。
いつもは小さな音で何かをしながら聞いているのだけれど、ボリュームを上げると、あの独特な歌、というか声が聞こえてくる。彼の演奏の特徴をいくつもあげることはできると思う。でも、思わず声が出てしまうほど(きっとそういうことなのだろうと思う)音楽に没入できることは、本当に常人離れした才能だ。僕たちは結果として録音された彼のピアノの音(と声)だけを聞くのだけれど、コーヒー豆の香りを全て抽出することが不可能なように、いったい彼の中ではどんなに豊かな音楽が鳴っていたのだろう。

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ゴッホの手紙の中の言葉を思い出した。

『一番美しい絵は寝床のなかでパイプをくゆらしながら夢みて、決して実現しない画だ。』(ベルナール宛て、1888年6月の手紙から)

2020年1月22日 (水)

上を向いて

この前がいつだったか思い出せないくらい久しぶりに、サントリーホールに演奏会を聴きに出かけた。
客席にはこんなにたくさん人がいるんだな、と驚く間もなく、オーケストラが舞台に入り、スティーヴン・イッサーリスが現れて、エルガーの協奏曲が始まった。

ずいぶん以前、やはりサントリーホールでイッサーリスの弾くエルガーを聴いた。指揮は同じく尾高忠明さん、オーケストラはBBCウェールズだった。2階席にいた僕には、彼の透明な音はなかなか届かず、あぁガット弦の音色は、スチール弦を使うオーケストラに埋もれてしまう、と思った。ただ、あそこではどんな音がしているんだろう、と想像をかきたてられた。
昨日は最初の音からすぐひきこまれ、何かを早回ししているような不思議な感覚で、あっという間に終わっていた。30分かかるはずが、何分もたっていないようだった。
音は表情にあふれ、音楽は情熱的、大阪フィルと尾高さんのサポートも素晴らしく、曲の構造が浮き立ってくるようだった。1階の中ほどに座っていた僕には充分伝わってきたけれど、2階席の人は、耳が慣れてきたら・・・、と言っていたから、場所の影響はあるのかもしれない。

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日曜日にイッサーリスのレッスンが東京芸大であり、しきりに上を向けと言っていた、ということは聞いていた。彼がそう弾くのは知っていたけれど、やはりどんな音程の跳躍でも指板を見ることはなかった。心と体が開いていることがよくわかる。躊躇なく弾き始める感じもすごく好きだ。

聴衆にはエルガーの熱演より、アンコールの「鳥の歌」の方が喜ばれているようだった。鳥の歌はイ短調、と染みついているから、前奏がソで始まったとき、一瞬何が起きているのかわからなかった。確かにこの調性なら和音を付けやすい。
彼の音楽から受けたものを、そっくりそのまま持って帰りたいと思った。

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チェロや心、体にどのようにアプローチすることが、音楽の自然な流れを生むのか、今日は休みだけれど寝坊せず、午前中からいろいろ試してみた。まず上を向いて、指板を見ないで。

2020年1月19日 (日)

変奏曲

1月16日の都響定期演奏会のソリストはヨルゲン・ファン・ライエンで、マクミランのトロンボーン協奏曲。超絶技巧や大音量は予想できたけれど、彼の出す音には不思議な魅力があった。なんだろう。技術的にどうやって音を出しているか、ということより、彼が持っている音に対しての感覚に魅力を感じた。最初のリハーサルの後、その感覚を自分のチェロに置き換えたらどういうことになるんだろう、とこっそりさらってみた。
指揮のブラビンスはいつも穏やかで、自信に満ちていてるように見える。彼が指揮台に立っているとオーケストラが落ち着く気がする。(まっすぐ立つ、肩に力が入らない、長くしゃべらない、・・・、そうしたことは指揮者にとってものすごく大切な要件だと思うけれど、音楽大学の指揮科で教えるのかしら)
この演奏会のメインはエルガーのエニグマ変奏曲。ブラビンスはいくつかの変奏について説明してくれた。今ひとつつかみにくい曲と思っていたけれど、説明があるとぐっと近くなってくる。それぞれの変奏には特定の人物があてられていること、その中のある人の子孫と、ブラビンスは子供の頃友達だったこと、そのことがほんの2年前にわかったこと・・・。ここには書かないけれど、戯画的な描写もあるようだ。
昨年秋、立教大学のオーケストラを尾高忠明さんが指揮をした。その時のアンコールはエニグマから、有名なニムロッド。尾高さんは、エルガーの音楽では7度音程の跳躍が大切であり、しかもニムロッドでは下降型で使われていることが特徴的、という話をした。それはすとんと腑に落ちるものだった。チェロ協奏曲の第3、4楽章、感情の高まるところで何度も7度の跳躍が出てくる。ただし、こちらは上行型。
その話を思い出しながらエニグマを弾くと、そこここに7度の下降音型が見つかる。わずかな説明のおかげで、音楽がよく見通せるようだった。

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今日19日は長尾洋史さんの演奏会でバッハのゴルトベルク変奏曲。何度も何度もCDを聴いた曲、でも実際に聴くのは初めてだったかもしれない。
僕の席からは長尾さんの両手が見え、耳では知っていた音楽が、左手と右手、そのように声部がわかれているんですね、ととても興味深かった。もともと鍵盤が2段ある楽器のために書かれているから、ピアノで弾くと手が交差して、という話は以前に伺っていた。弦楽三重奏にアレンジされた楽譜があり、しばしば演奏されることは知っていたけれど、確かに楽器を分けて弾いてみたくなる、と思った。
長尾さんの演奏には甘さがなく、がっしりとして、曲の構成がよく伝わってくるようだった。
それにしても、これだけのフレーズを書いたバッハの豊かさに驚かされる。チェロ組曲、ヴァイオリンの無伴奏作品、様々な協奏曲、・・・、ソナタ形式という便利なものがなかった時代に、信じられないくらいの量の、生命力にあふれたな音楽を生み出した。

長尾さんのプログラムノートから、

『ちなみに鍵盤上の困難(何しろ1段しか鍵盤がないので両手の交差はチェンバロより難しくなる)に関してはいろいろな対処法がある。ご希望があればいくらでもお教えする。

・・・私は弾き手の皆様にゴルトベルクを弾くことをおすすめする。誰に聴かせるのでもなく、聴き手は自分ひとり。音の縦の重なり、横の連なり、斜めのやりとりに耳を傾ける。そしてなんとか30の変奏を弾き通した後に、再び、、、。・・・

・・・この曲をできれば「楽譜を見ながら」聴くことをおすすめする。アリアのメロディーが耳に残る先から繰り広げられる30もの変奏の構成、書法の驚くべき綿密さ、緻密さ、見事さ、と楽譜を通して向き合うことは、それこそ難解なパズルを解くのと同じような高度な脳トレになるだろう。そして同時にそこにはまぎれもない、耳の、そして心の愉楽がある。・・・』

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帰宅して夜、NHK-FMで東京都交響楽団の昨年11月の演奏会を聴いた。先週と今週の2回に分けて、ショスタコーヴィチ、ラフマニノフ、チャイコフスキーのプログラムが放送された。
7時のニュースの後の音楽番組は日常的によく聞いているけれど、そこに自分の所属するオーケストラの演奏が流れるというのはちょっと不思議な感じだ。それより何より、演奏がまずいとまずいなぁ・・・、と思っていた。いろいろ反省点はあるけれど、ひとまず・・・。
ところでインバルさん、やはりいくらなんでもロメオとジュリエットや1812のテンポは速すぎはしませんか?

2020年1月10日 (金)

ソール・ライター

Bunkamuraで始まったばかりの「永遠のソール・ライター」展へ。https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/20_saulleiter/
前回3年前の展示は素晴らしく、忘れられないものになった。今回もいくつか同じ写真が展示してある。でも、いいものは何度見てもいい。ソール・ライターの写真や絵に、どうして心を動かされるのだろう。会場には静かに写真に見入る人たちがたくさんいた。
彼の印象的な言葉がいくつもあった。

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I think that mysterious things happen in familiar places.We don't always need to run to the other end of the world.
神秘的なことは馴染み深い場所で起こる。なにも世界の裏側まで行く必要はない。

I see this world simply.It is a source of endless delight.
私は世界をシンプルに見ている。そのことが尽きない喜びの泉だ。

If I had to choose between being successful and not having someone or having someone,I'd prefer to have someone who I cared about,who cared about me.
成功者になれる人生か、大事な人に出会える人生か、選ばなくてはならないとしたら、大事な人と出会える人生を選ぶね、人と心を寄せあえる人生を。

・・・・・

ソール・ライターの写真を見ると、東京にも雪や雨が降り、人々は色とりどりの傘をさし、様々な色の車が走り・・・、そうした様子を結露した窓から眺めてみたくなる。Bunkamuraを出て、代官山まで歩いた。気持ちだけはすっかりソール・ライターになって写真を撮ってみたけれど・・・。

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