2019年11月12日 (火)

金属や木の中で その2

今年になっていろいろな松脂の情報が入ってきた。
まず、オーストラリアのLeatherwood Bespoke Rosin。Leatherwoodという名称は、木の枠に入った松脂が皮ケースに包まれているから、と早とちりしたけれど、素晴らしい蜂蜜のとれる木のことらしい。弾き心地は極上、弓毛が弦によくなじみ、うっとりするような感じ(値段も素晴らしい)。色の濃いもの(supple)と薄いもの(crisp)と2種類あり、さらに配合率をオーダーすることもできるようだ。僕の感触では薄い色の方が、なぜか音が飛びにくい気がした。
それからAndreaのSanctus(こちらも素晴らしい値段)。もともとAndreaのSoloを使っていて、さて。ドーナッツ状の黒い外周の中に、茶色の別の種類の松脂が入っている。ハイブリッド、という訳だ。使ってみると、ここまで来たか、と感じるくらい弦をとらえる力がある。Iさんが「コントラバスは松脂で弾く」と言っていたことが、なるほど至言である、と思えるほど。
夏を過ぎてM君が紹介してくれたのがニューヨークのBella Rosin。ちょっと弾いてすぐ気に入った。バランス良く使いやすい。2種類あって、青い包みのRecitalという方が好き。ピンク色の包みのConcertoは、確かにこれくらい必要なのかもしれないけれど、くきくきとした子音の成分が多く出る。

92f429d1732848d3b1145125b61fde41

しばらく前に、東急ハンズの端材売り場でたまたま見つけたのがピンクアイボリーという重く、とても硬い木だった。これをストッパーに使ったらきっとおもしろい、と思った。音にはちょっと癖があるけれど、よく締まった感じ。夏の工作で、時間をかけて磨いたらツヤが出てきて楽しかった。
昨年教えてもらったのが金井製作所のKaNaDeというストッパー。composite-inshulator.p2.weblife.me/lineup.html
かなり凝った作りで、楽器の振動を床に伝えず楽器に戻す、ということらしい。床が良く鳴るチェロとかコントラバスはある。それは弾いていて気持ちが良いかもしれないけれど、本来上に飛ばしたい音が床でキャンセルされている、ということなのかもしれない。リン・ハレルが石板の上で弾いて、すごい音だった、ということを聞いたことがある(もともとすさまじい音の人ではある)。それも同じ理屈なのかもしれない。大小2種類あり、僕は小さい方が好き。かなりいいと思う。楽器の調子も整うかもしれない。
滑り止めの上で使う設定なのだけれど、ひっくり返ってしまうことが無いわけではないので、枠を作ってひもを通せるようにし、椅子の足にかけられるようにしたら、と思いついた。東急ハンズで材料を加工してもらい、細部は自分で仕上げた。子供の時以来、柔らかいホオの木を削る夏の工作は楽しかった。昔のipodのような感じになった。おもしろいのは、この枠を使った方が響きが増えること。音は不思議だ。

Ff2567b7483e41358a8bfe87043bf8ac

少し前に刃物の研ぎ師を取り上げた番組の中で、彼が包丁をつくるにあたり、何十年も寝かせた鋼材を使う、という部分があった。このことをS君に伝えたら、それは金属の時効硬化というものですね、と返ってきた。調べると金属の中でも様々な変化が起きるらしい。
何年か前、シンバルを作る工程をやはりテレビ番組で取り上げていて、たたいておおよその形になった金属を1年寝かせる、その方が澄んだ倍音が出る、ということを思い出した。チェロで金属部品というとエンドピン、弦がまず思い浮かぶ。それらを気に入って使って、しばらくすると最初と印象が変わっていることがある。もしかして人間の側だけのことでなく、金属の中で起きていることとも関係があるのかもしれない。同じ銘柄の弦でも、製造して間もないものと、何年も前のストックでは音が違うのかも、と思う。昨日替えたヤーガーは何年も前に買って置いたもので、最初から明るい響きがして、新品特有の少しこもった感じはない気がする。気のせいかもしれない。
少なくとも、弦はくるくる曲げられねじられ、テンションのかかった状態でパッケージに入れられているから、それは伸ばして置いたほうが・・・。エンドピンは見附さんに作って頂いた鉄製のものが素晴らしく、気に入って使っているけれど、もしたたら製鉄による鉄でエンドピンを作ったらどんなものができるんだろう、と夢想する。金属の専門家で、チェロも弾く方がいたら教えを請いたいところです。

楽器や弓も変わる。本番の舞台に出て行く前と後では楽器の状態は違うとよく思う。人間の状態がかなり違うことは間違いがないけれど。弓もしばらく使っていると、あるいは使わないでいると印象が変わる。あれはいったい何だろう。木の中でも何かが起きているのかもしれない。

2019年11月11日 (月)

金属や木の中で その1

今年の夏、半分屋外のようなところで弾く機会があり、何年ぶりかでガット弦を外してスチール弦にした。空調の効き方で調弦がしょっちゅう狂うことに我慢ならなくなった、というもう一つの理由もあった。これまで何年も気にせず過ごしてきたのに、なぜだろう。
遠くない前にも一度、スピロコアを張ってみたことがある。わかってはいたけれど耳元であのじゃりじゃりした音がすることに耐えられず、1時間と経たないうちに外してしまった。
久しぶりに体験するスピロコアには様々な発見があった。一番驚いたのは、音を出す時のポイントがないこと。弓のテンションを少しかけると、いつの間にか音が出る。弓が滑っていってしまう、というのか。子供の頃から何十年も使ったのに、そんな大事なことに初めて気がついた。もう一つは、やはりあのじゃりじゃりした感じ。ものすごくたくさんの倍音が鳴るので、基音を感じることが難しい。ジャングルに踏み込んだら(入ったことはないけれど)背の低い茂みやら、草やら、落ち葉や何やらで地面がまったく見えない感じ。オーケストラを客席で聞いていると、低弦楽器の金属弦特有の倍音がよく聞こえてくる。あれがないと輪郭がぼやけて、多くの音の中からバスパートが聞こえにくいのは確か。でも基音が聞こえづらいことをいつも残念に思う。
学生の頃、Y先生門下の先輩がレッスンの時、開放弦を弾いて、少なくとも8つの音を聴くように言われた、という話しを聞き、不思議な先生だ、と思った。今はよくわかる。本当にたくさんの音が鳴っているもの。
そしてやはり不思議だったのは、あんなにうるさかった倍音が、1ヶ月くらいすると突然無くなること。11月になって気温が下がり、やかましいくらい鳴いていた虫たちの声がぐっと減ってさみしくなる、それに似た感じがした。あの倍音がなくなると、うって変わったように暗い音色の弦になる。

132da81e0e354465a3d2f015d36a4434

下2本をスピロコアにしたのと同じ頃、上にラーセンを張ってみた。わざわざ書くことは何もない、今のスタンダードの組み合わせだと思う。でも僕にはとても新鮮だった。強く、つぶれにくい上に、ラーセンの方が響きがつながりやすい気がした。扱いやすい。都響に来る様々なソリスト、CDなどで聴く様々な演奏も、この音色で弾いているのがわかる。素晴らしいのだけれど、均質過ぎる気もしてきて、ちょっと飽きてくる。
弦メーカーはそれぞれのウェブサイトで製品の張力を発表していて、なかなか興味深い。驚いたのは同じミディアムで比べるとラーセンよりヤーガーの方が強いこと、本当だろうか。計測の条件が違うのかもしれない。

湿度の高かった8月が過ぎ、9月も終わりになって、懐かしいオイドクサに戻した。スチール弦の後で力がなくてがっかりするかな、と思ったらそんなことはない。むしろ下の倍音は伸びている気がするし、音色も豊富、そして音を出すときの点が非常に明確。ここが気持ちいいんだな、とわかる(扱いに慣れがいるから人にはあまりすすめない・・・)。そして、やはり扱いに繊細さが必要なヤーガーを張ったら、あぁ、こういう良さがあった、と感じた。直接出ている音以外のどこかで楽器が鳴る。なるほどこれか、と思う。もしかしてこちらの音の方が通るかもしれない。

C280e8a23bba48e59bd8d6411ea96fe0

いつものセッティングに戻って落ち着き、これまで以上に特徴がわかる。でもあまり使わない弦を張っている期間も楽しく、たくさんのことを感じた。道具の優劣を判断するのではなく、使っているものの性格をよくわかって使うことが大切なのだと思う。それは楽器でも弓でも自分でもきっと同じだ。
四半世紀以上前、桐朋にアンナー・ビルスマが来てレッスンを受けたことがあった。彼が僕のチェロでロココのテーマを弾いてくれた時、自分の楽器が底までしっかり鳴っている、と驚いた。このチェロはこういう風に鳴るんだ、と思った。それは特別大きいとか、強いとか、美しい、とかそういうことではなく、楽器本来の音が出ている、という感じだった。彼は骨太で大柄、右手も左手も弦の真上から、そういう弾き方だったと思う。おそらく、裸ガットを弾くためにはそれしか方法が無いのだと思う。スチール弦はひねってもねじっても、斜めから弾いても音が出るから、便利で易しいけれど、もしかしてきちんとした弾き方を身につけるには遠回りなのかもしれない。

2019年9月26日 (木)

ラグビーワールドカップ

20年前のこの時期、コンクールを受けにフランス、トゥールーズに行き、ホームステイさせてもらっていた。素敵なホストファミリーのご主人Fさんはエンジニア(トゥールーズはエアバス社など航空宇宙産業がさかん)で、アマチュアのヴァイオリニスト。
1日遠出をしよう、というのでアルビまで出かけた。アルビはトゥールーズ・ロートレックの出身地であり、もう一つ、異端とされるアルビジョワ派の討伐後に建設された大聖堂がある。その中には細かな装飾がたくさんある一方、茶色のレンガでできた外側はのっぺりとしてマッシヴ、圧倒的な大きさからは異様な感じすら受けた。
Fさん夫妻と街にいると、あの建物のあの部分は何世紀のいつ頃の様式、ここはいつ頃の様式・・・、と僕には同じように見える建物の見方を教えてくれた。トゥールーズの大きな見本市会場での骨董家具の展示にも連れて行ってくれた。3つのブースに分かれていて、一つは誰が見ても文句のない一級品のブース、もう一つには(おそらく)頑張れば手の届きそうな家具、最後の一つには何だかよくわからないもの、例えば、傷みが激しく、ほとんどすだれのようになった絨毯とか、蛇口あるいはドアの取っ手だけが集めて置かれ、そんな中にフレンチブルドッグが寝そべっていたりした。
Fさんは、自宅にあるあの家具は何世紀のいつ頃のものだから、それに合う別の家具を探しているんだ、と言っていた。日本にいては到底知ることのできない、ヨーロッパの人たちの世界の見え方を教えてくれていたのだ、と思う。ご主人の仕事のことももっと聞いておけばよかった。
そう、トゥールーズと言えば、サン=テグジュペリが定期航路のパイロットとして飛んでいたところだ。彼の書いた「人間の大地」の、定期路線にデビューする箇所は好きな文章の一つ。

『・・・僕は雨に光る歩道で小さなトランクに腰を下ろし、空港行きの路面電車を待っていた。とうとう僕の出番だった。ぼくより先に、どれだけ多くの僚友がこの神聖な一日を迎えたことだろう。いったいどれだけ多くの僚友が、いくらか胸を締め付けられる思いで、こんなふうにして路面電車を待ったことだろう。・・・
・・・トゥールーズのでこぼこの敷石の上を走るこの電車は、何だか哀れな荷馬車みたいだった。定期路線のパイロットもここでは乗客の中に埋もれてしまって、隣席の役人とほとんど見分けがつかない。少なくとも、最初のうちはそうだ。だが、立ち並ぶ街灯が後方に流れ去り、空港が近づくと、がたがた揺れる路面電車が灰色のさなぎの繭に化けるのだ。そこから、じきに蝶に変わった男が飛び出してくるだろう。
 僕の僚友の誰もが皆、一度はこんな朝を迎えたのだ。そのとき、彼らはまだ横柄な監督の指揮下にある無力な下っ端に過ぎなかったはずだが、それでも彼らは、スペインとアフリカの定期路線を背負って立つ男が自分の内部に生まれつつあるのを感じたのだ。・・・』

Ddb15c575974439798af683a6b66ff87

ある日、一人でトゥールーズの街を歩いていたら、スポーツバーのような店からすさまじい歓声が聞こえてきて驚いたことがあった。Fさんに尋ねると、ラグビーワールドカップでフランス代表がニュージーランドに勝った、しかもフランス代表にはトゥールーズのチームから何人も入っているんだ、と教えてくれた。その時はただ、ふーんと聞いたのだけれど、今月日本でワールドカップが始まり、その熱狂が少しわかるような気がする。ルールをよく知らない僕でさえ、大きな人たちが俊敏に動き回る迫力にすっかり魅せられるもの。
調べてみた。1999年の第4回大会、準決勝でフランスはニュージーランドを破り決勝に進出。10月31日のことだ。

2019年9月18日 (水)

虫展

先月、六本木の2121デザインサイトで開かれている「虫展」へ。www.2121designsight.jp>insects

子供の頃は虫取りをした。最近はセミに触るのもおそるおそるで、虫展にも多少ためらいがあったけれど、日経新聞に養老孟司さんの記事が掲載され(本展の企画監修は養老さん)、とても興味深かったので出かけることにした。

Dcb6688a6ce64aca9530cbf4fca9caea

会場に入ってすぐ、虫の美しい標本があり、目を奪われる。想像もしなかったような様々な形、色、大きさの虫たち。
大きな部屋ではゾウムシを、工業製品のように、設計図のようにしてモニターに現していた。2センチに満たない小さなゾウムシを拡大して見たとき、人間はこれまでこんなに精緻な、動くものを作ることはできただろうか、と思った。僕は飛行機が好きで、様々な乗り物や機械、構造物に興味がある。でも目の前に示されたゾウムシはそうしたものよりずっと、バランスが取れていて美しく、機能的に見えた。素晴らしい色や形、しかもこの小さな生き物たちは意図してそれらを身につけてきたのではない。

4b173722520a4c2588b1ced08107632b

虫展には養老さんの言葉もたくさんある。その中から。

『生きものは三十億年の間に、ありとあらゆる問題に直面しつつ、それを解いて生き延びてきた。その解答が目の前にある。私はそう思うんですね。見ているのは問題集の答えだけです。では問題は何だったのか。そんなふうに思いながら虫を見てもらえると嬉しい。』

トンボの羽をとても大きくした展示もある。軽く強く、という要求を見事に満たした構造なのだろう、と思う。
様々な虫の跳び上がる瞬間、飛び立つ瞬間だけをスロー再生する映像があり、しばらく見入った。その後にブレイクダンスをする人間の映像があり、もちろん展示の主旨はそこにないのだけれど、大きな人間は自分の体をあまりうまくコントロールできないように見えた。(こんな書き方をしてごめんなさい)
例えば猫が高い塀を上ったり、狭い隙間を通り抜けたりするのを見て、人間は到底及ばないと思う。頭が大きくなり知能を持つようになったことと引き換えに、人間は動物のような身体能力を失ったのだろうか。

C36b212128bf474d909afd84e865d36f

東京に住んでいると、自然は生活から排除され、物理的にも心理的にもほとんど人間の作り出したものの中だけで生きることになる。人間の作り出したものが全て、と思い込んでいるかもしれない。
養老さんの「唯脳論」の最初にこんな文章がある。

『現代とは、要するに脳の時代である。・・・
 都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない。都会では、人工物以外のものを見かけることは困難である。そこでは自然、すなわち植物や地面ですら、人為的に、すなわち脳によって、配置される。われわれの遠い祖先は、自然の洞窟に住んでいた。まさしく「自然の中に」住んでいたわけだが、現代人はいわば脳の中に住む。』

養老さんがこの本を書いたとき、スマートフォンは存在していなかった。とりつかれたようにスマートフォンの小さな画面を見る、それはまさに脳の中に生きている、ということだろうか。

4cec468a820d43569376c94019222990

東京でも秋には虫の声が聞こえる。夜散歩をしながら耳を澄ませると、日々虫の声が変化していくことを感じる。コンクリートとアスファルトに覆われたこの街で、人間の思惑と関係なく、小さな生き物たちが生きていることに少し安心する。
虫の美しい標本から、マタイ伝の中の言葉を思い出した。

『又なにゆゑ衣のことを思い煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、労せず、紡がざるなり。然れど我なんぢらに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。・・・』

2019年9月13日 (金)

乾電池を使うラジオ

8月の旅、石打の宿で小さな携帯ラジオのダイヤルを回していたら不思議なことがあった。夜、NHK第一放送を探したのだけれど、近い放送局の電波をうまくつかまえられず、周期的な雑音の隙間から聞こえてきたのは中国地方のニュースだった。新潟県の山あいで広島放送局の電波を受信した、ということだろうか。NHKの電波より、外国の放送局の方がよく聞こえていた。その一つが中国、北京の日本語放送。日本のある政党の議員団が北京を訪問した、というニュースを伝えていた。夜は遠方の放送を聞くことができる。名古屋にいた小学生の頃、やはり夜にラジオのダイヤルを回していたらモスクワの日本語放送が流れてきたことを思い出した。

Ebd5bf82549e4bfab5e80fb2bd8cb250

9月1日に放送されたNHKスペシャルは停電を扱ったものだった。昨年北海道で起きた大規模な停電は首都圏でも起こり得る、もし起きたら、という内容だった。先日の台風15号が過ぎた後、なかなか復旧しない停電の報道に接して、その放送の内容を思い出さずにいられなかった。
充電環境の必要なスマートフォンや、そのための基地局など、当たり前と思っている情報にあふれた生活は、実はもろい基盤の上に立っていると思った。残念ながら台風は毎年やってくる。乾電池を使う昔ながらのラジオは、長い時間聞くことができ、おそらく全ての放送局が駄目になることはなく、たとえ大規模な停電が起きても情報を手に入れることができる。
もしお持ちでなかったら、家に一台置いてみてはいかがでしょう。

2019年9月 8日 (日)

各駅停車の旅 その4

学生の頃、よく名古屋と東京を行き来していた時、何度も青春18切符を使った。
東京から東海道線で名古屋に向かうと、だいたい熱海まで1時間半、さらに2時間半くらいで浜松。そのあたりが辛さのピークで、しかも在来線と新幹線が交わるところがあり、信じられないようなスピードで新幹線に追い越されると、次はあれに・・・、と弱気にならずにはいられなかった。でも、浜名湖を過ぎると景色に変化も出てきて、名古屋まであと少し、という気になる。
最近、筋金入りの鉄道ファンであるYさんと18切符の話しをしていたら、東海道線の熱海、浜松間は彼でも辛く、寝るかクロスワードをするようにしている、とのことだった。各駅停車に乗るといつも一番前の車両の、運転台の後ろに立つようなYさんでもそうなんですね、と驚いた。こんなことを書くと静岡の人たちに怒られそうだけれど、あの区間は平坦でまっすぐで、景色の変化が少ない(ごめんなさい)。

107b22de9bab4899ae7306b9bb189b6f

5回使えるこの夏の18切符、あと1回分残っていた。名古屋まで新幹線で行き、実家に泊まった翌日、東海道線で西に向かった。いつもと勝手が違うのは父と一緒、ということ。大垣、米原で乗り継ぎ、滋賀県の草津駅で降り、さらにバスに乗って琵琶湖博物館へ。(http://www.biwahaku.jp)

3f4a7c1b196e4169820653db8557f159

86320ce3bd3c4a6b8580d978212f63d1

素晴らしくて驚いた。広く充実した展示。生きている魚やほ乳類の水槽展示はもちろん、琵琶湖の歴史を扱った部分も同じくらいおもしろかった。琵琶湖や、さらに日本海の成り立ちを地質学的な時間でさかのぼったり、人間の歴史では様々な生活、平清盛の時代から、敦賀から琵琶湖まで運河を掘る計画のあったこと・・・。縮尺1万分の1の巨大な地図がフロアいっぱいに展開され、日本海から琵琶湖、大阪湾までの広がりや狭さを体感できる。そして念願のカヤネズミ(ピンポン球くらいの大きさ)も見ることができた。

A99e9efcdb2e46308a979edfd3e16557

残念ながら時間切れで全ては見られず帰路についた。空の広い琵琶湖湖畔を通り米原を過ぎると急な上りになる。関ヶ原に近づくにつれ、山の感じが険しくなり狭くなり、関ヶ原を過ぎるとまた開けてきて、ほんの2駅で大垣駅に着く頃にはすっかり穏やかな場所になる。そうした景色の移り変わりを見ると、まさにここが向こうとこちらを分ける要衝で、確かに天下分け目の戦があったのだろう、と感じた。

F5d9ad54cbca49df9022049d09885194

翌日、久しぶりにこだまで帰京。安倍川の手前で、Yさんが教えてくれたとおり、海側の座席から富士山が見えた。こだまの景色の流れ方は心地いい。のぞみは速くて素晴らしいけれど、あっという間に着くからうかうか寝ていられないもの。時々車窓から海が見える。8月のような青い海と青い空が美しかった。

2019年9月 3日 (火)

「ざらざらした」

不思議なほど涼しかった7月、ラジオから流れたビル・エヴァンス・トリオの'Some Other Time'が忘れられず、CDを求め、この夏は毎日ビル・エヴァンスを聞いていた。

お盆の頃、映画「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」を観に行った(evans.movie.onlyherts.co.jp) 。うまく言えないけれど、素晴らしい映画だった。劇的な人生、世間的な幸福というものとは遠かった人なのかもしれない。映画が終わって我に返り、家に帰る、その時静かな夜であってほしい、と思うことがある。そんな映画だった。ビル・エヴァンスを知る人々が口をそろえて言う彼の美質は音色、リリカルな演奏だった。もう一つ、何度も聞きたくなる彼の演奏の心地良さは、揺るがない強靱なテンポ感から来ているのでは、と思う。

残念ながら8月は暑く、そして9月になった。greendayの'wake me up when september ends'を聞く季節になった。

246d55dda2664af78e3e828b8bd6af14

9月3,4日の都響定期演奏会は大野和士さんの指揮でブルックナーの9番。ニ短調で始まる冒頭は暗い。大野さんは冒頭のトレモロを、変ホ長調で柔らかく始まる4番とは違い、「ざらざらした感じ」で弾くよう求めた。なるほど、と思った。
未完の9番は第3楽章まで作曲された。その楽章の冒頭には、ヴァイオリンのG線のハイポジションの音色を見事に使った、印象的な音程の跳躍がある。それはマーラーの9番の第3楽章の冒頭を思い起こさせるけれど、10年以上先に書かれたブルックナーの方が、調性という観点から言うと、遙かにシェーンベルクの世界に近い、という大野さんの話も興味深かった。9番の交響曲、少し耳を澄ますと、すごく変わった音の並びがたくさんあることに気付く。
3日目のリハーサルで、終楽章の後半にヴィオラがシンコペーションのリズムを弾くことに気付いた。今日の本番では第1楽章にもあるように聞こえた。他のブルックナーでどこかのパートがこのようなシンコペーションを受け持つことはあっただろうか。

プログラムの前半はベルクのヴァイオリン協奏曲。シェーンベルクやペンデレツキの協奏曲で苦労した今年、久しぶりに弾くベルクは、シンプルで美しい曲に聞こえる。ソリストはヴェロニカ・エーベルレ。前回来た時はベートーヴェンの協奏曲だった。その時は終楽章の速いテンポが印象的で、ドライな演奏をする人だな、と思った。今回はずっとつややかで美しい。(2017年11月9日の日記、「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲」をご覧下さい。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-dd77.html)
この協奏曲、ソロのヴァイオリンが高いソの音を長く伸ばし、そこにオーケストラの様々な楽器の音が重なって終わる。音が重なった時の響きを聞いて、武満徹さんのようだと感じた。もちろん、武満さんの方がずっと後なのだけれど。

2019年8月30日 (金)

最近の日経新聞から

毎朝新聞が届くのが楽しみ。
届いた日経新聞の、最初に目を通すのは最終面の連載、私の履歴書。6月は脚本家、橋田壽賀子さん。テレビドラマに興味はなかったけれど、この連載は見事だった。初日、橋田さんはご自分のことを「天涯孤独」と書き始め、最終日まですっかりひきつけられて読んだ。数々の脚本の裏側にはこんなに切実な話があったのか、と思った。
7月はゴルフの中嶋常幸さん。スランプに陥った時の記述が特に素晴らしかった。物事がうまくいっている時、本人にも理由がわかっていないことは多いと思う。中嶋さんは若手が不調を訴えた時、徹底的に苦しめと言う、と書いていたと思う。
今月はファッションデザイナーのコシノジュンコさん。子供時代、洋裁店を営む岸和田の実家の店番をしているとき、自分で作ったカバンを棚に並べて、強気の値札をつけてみた、というあたり、なるほどこういう経験がのちの仕事の核になっていくんだ、と思った。後半は、なんだか功績ばかりの記述になって・・・。

C88507defcd84b76be3860fe8c312ba0

8月下旬、スポーツの記事がおもしろい。スポーツの魅力の一つは、考えたようにはなかなかならない、ということだと思う。実際にやってみないとわからない。それはきっと音楽も同じ。

8月23日に掲載された北島康介さんの記事は、7月に行われた競泳世界選手権について、
『個人メドレー2冠の瀬戸大也はやっぱり運を持っている選手だ。これはとても重要。競ったら、最後はわずかなスキも見逃さず、勝機を味方にできる選手が勝つのだから。
 記録は良くはない。大也も「これでは五輪は駄目」と自覚している。個人メドレーは最後にへばらないようターゲットタイムを決め、ペース配分して泳ぐ種目だ。ただ、今回の大也は五輪を見越し、失速覚悟で飛ばし、どれだけやれるかを試していた。その勝負度胸にはしびれた。
 ・・・・・
 記録、競り合い共に最もハイレベルだったのは200メートル平泳ぎ。前世界記録保持者の渡辺一平は目前で記録を破られ3位。一平は今まで決勝でタイムを落としたけれど、今回は記録をあげていたいいレースだった。がぜんやる気が出る負けだったと思う。
 ・・・・・
 日本は好成績を出して五輪に向けて勢いづきたかっただろうけど、結果が芳しくない方がいい時もある。すべきことが明確になるからだ。 頑張って記録を伸ばせ。今大会を見た限り、五輪での勝機はまだ十分あると思う。』

12fe99bd4cd74d8f89fdb91ccea408b3

8月27日に掲載された小久保裕紀さんの記事から、
『勝負どころで決められたのは緊張をコントロールする極意のおかげだった。5秒ほどぐっとバットを握りしめて、緩める。止まっていた血が再び流れるのを手のひらで感じ「よし、いつも通りの自分だ」と確認する。この手順を踏めば、緊張しながらも我を失わず、打席に入れるのだった。
 もちろん、一朝一夕に身についたものではない。むしろ、自分でも情けないほど好機に弱い時期があった。・・・・・
 日本屈指のメンタルトレーニングの先生の門をたたくと、まず「緊張するのは悪いことではありません」と言われた。人は緊張するから力が出せるし、大舞台で仕事ができる。要はその緊張を制御すること、といわれて取り入れたのが、バットを強く握って緩める方法だった。
 同様に、歯をくいしばって緩める、腹筋に力を入れて緩める、ぎゅっと手を握って緩めるという、緊張とリラックスの切り替えを寝る前、起床後に毎日繰り返した。そのうち脳に新たな回路ができ、意識的に緊張を制御できるようになる、というのが先生の教え。その通りになったのだ。』

昨日8月29日に掲載された権藤博さんの記事から、
『・・・監督とコーチはやらせてみないとわからない、というのが私の持論。
 ・・・・・
 元木で思い出すのは、守備のときに、いつも隠し球を狙っていたこと。とにかく油断ならず、目が離せなかった。
 外野から返った球を持ち、ぷらぷらとベースに戻ってくる。常に同じ顔、同じペースというのがミソで「腹に一物」の気配がない。だから、やられる。私はその手口を知っていたから、常に警戒し、グラブに球を入れたままにしているのを見つけては「もときーっ」とベンチから叫んだものだった。
 隠し球も野球センスの塊だからできる芸当。そんな元木には珍しく、「ゴー」のタイミングなのに、走者を三塁で止めたことがあった。
 「あれは『ゴー』だろ」と私は言った。するとあっさり「はい、あれはミスでした」。その素直さに感心した。「いや、走者が」とか、言い訳するのが普通で、自分の非を認めるコーチには会ったことがない。これはいずれすごい指導者になるかも・・・・・。』

2019年8月24日 (土)

各駅停車の旅 その3

8月21日
昨晩、宿のおかみさんに、朝食の時間は7時半くらいにしてほしい、とお願いしておいた(本当は7時)。温泉のせいか、虫の鳴き声のせいか、ぐっすり眠り、7時に目覚ましが鳴っても五里霧中、正体不明のまま。もう5分あと5分、と思っていたら、階段を上がってくる足音が聞こえた次の瞬間には戸が開き、今日は晴れましたね、と言いながら、おかみさんが朝食のお膳を持ってずいずいっと部屋に入ってきた。郷に入っては郷に従え、ということか。

0d7bc84c7d9142cabc664100d829836f

今回、石打に宿を探したのは県境の手前で泊まりたいと思っていたから。新幹線で新潟方面に行く度、山を越えた越後湯沢あたりから、景色が変わることを感じていた。緑の感じが違う。この景色の中で過ごしてみたいと思った。青空、虫の声は昼のものになっている。草むらからはスィーー、ッチョンが聞こえ、窓のすぐ横には蝉がとまり鳴き始めた。ものすごい音量だ、命の限り鳴いている。宿の近くを歩いてみると、虫や蛙がたくさんいる。大きなヤンマをこんなに見るのは初めてかもしれない。

宿帳に記入し宿代を払うと、おかみさんに、学生さん?と言われた。冗談を言うような人には見えなかったのだけれど。

8810e6365c5d45168637ba19e1360daa

今日は旅の最終日、ひたすら電車に乗る日だ。各駅停車の旅は、その土地の風土や、それが場所によって変化していくことを感じられる、そういう旅だと思う。飛行機や新幹線の旅は、カプセルに入れられてA地点からB地点に、一散に移動するようだ。

5556517ca11f4a1092c71cd22e34c074

毎日ひたすら移動し、車窓を流れていく景色をずっと見ていると、まさにこの瞬間が旅、と思う。各駅停車でも充分速い。目的地を目指すのでも、何か特別なものを見るわけでも、豪華なものを食べるわけでもない、ただその場所を感じ、移動していく。これまで点として知っていた町を、ゆるやかに線でつなぎ、点から点への変化を感じていく。

B4eef11d2356419bbf8eec5c29bd8dc0

トンネルを越えて群馬県側に入り、名前は知らない二つの川の合流点が見えた。片方は昨日の大雨の影響で強く濁り、もう片方は澄んでいる、その二つの流れは合流してもなかなか混じらず、しばらく平行して流れていた。以前テレビで見たアマゾン川の映像を思い出した。
4時間以上かけて都心に。コンクリートやアスファルトで覆われ、地面がほとんど見えないここに戻ってきた。まずラボテイクにフィルムを出しに行く。雨の降る中、カメラやレンズを濡らさないよう撮った3本は宝物だ。現像の上がるのが待ち遠しい。もちろん晴れていた方が快適だし、写真も撮りやすい。でも雨の日に撮れる写真がある。昨日まで毎日、雨が降り始める時を感じていた。その時、いつも光に独特のきらめきがあることを知った。雨上がりの美しさは言うまでもない。

443927335c2c4b4a821fc9abade599fb

2019年8月23日 (金)

各駅停車の旅 その2

8月20日
泊まった部屋はエレベータの真裏にあり、昨晩は意外に静か、と思っていたけれど、今朝は6時過ぎからごっとんごっとん活発な音がして起こされた。やれやれ。このホテルは仕事で利用している人が多いらしく、朝が早い。チェックアウトして海を見に行く。

A5c5590abac546749d888be9237b4227

薄緑色の美しい海だ。東京からはるばる分水嶺を越えて来たのだ。海の際は国道で、山側の住宅地はすぐ小高くなっている。これは昔からの地形なのだろうか。駅に向かう途中、雪を避けるためらしい、ひさしのある通りを歩いた。古い通りが断続的にある。どのくらいの広さが数年前の火事で失われたのだろう。

3eee819cc0664e869c27cc8386fe3e40

糸魚川から西は富山まで、東は直江津まで、JR線ではない。新幹線網が張りめぐらされた結果、重複する区間の経営が変わったのだと思う。当然18切符は使えない。昨日のしなの鉄道もそう。思いの外、制約があった。
日本海ひすいラインで有間川へ。途中、トンネルの中に駅があった。トンネルの外にはどんな景色が広がるのか、見てみたくなる。港で写真を撮っていると雨が強くなり、いったん建物の中に入ったけれど、弱まる気配がないので有間川駅に戻る。駅に上る道を間違えて、その分濡れてしまった。

78a1fb80db48442e918f7d0a47003820

直江津からは信越本線に。できるだけ濡れずに海の写真を撮れる場所を、と考え、青海川で降りる。雨が強くて水平線があいまいになり、どこからが空なのか海なのかわからなくなりそうだ。

37b9d3733fca4b51b0ff3a5d1185e043

刻々と表情を変える海を眺め、波の音を聞き、弱まる雨の気配に耳を澄ませていたら、すぐ次の電車が来た。長岡へ。久しぶりの長岡駅は洒落た感じになっていた。ゆっくり昼を食べ、今日最後の電車に乗る。上越線が長岡を出る頃、ほとんど雨は上がっていた。でも水上の先は大雨で止まっているらしい。車窓には水田が広がり、あぁ新潟だ、と思う。もう一つ、家々の屋根の急な角度を見ると、豪雪地帯なのだな、と思う。長岡からはひたすら緩やかな上り。

列車が六日町を過ぎるとアナウンスが入り、この先、今日の豪雨のため、安全確認をしながら徐行運転、とのことだった。少し遅れて石打駅着。迎えに来てくれた宿のご主人にその話しをすると、もう少し降ると電車は止まるよ、と言われた。宿の予約をした時、電話口でおかみさんに、うちはただの湯治場で何にもないけど、いいですか?、と言われた。そんなことを言われたのは初めて。泊まってみようと思った。
僕の部屋は六畳間、鍵はなく、窓からは山の緑が見え、虫の声が聞こえる。着いた時はまだ蝉がみんみん鳴き、ヒグラシは遠くに聞こえていた。日が暮れるにつれて鳴く虫が変わるのがわかる。夜になり、静かな虫の声と川の音ばかりになった。本当に素晴らしい。テレビもインターネットもいらない。

«各駅停車の旅 その1