2024年5月17日 (金)

5月18日のプログラムノート

明日5月18日の演奏会のプログラムノートです。

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ヒンデミット:無伴奏チェロのためのソナタ opus25 No.3

演奏時間10分ほど。5つの楽章があり、次のように記されている。

Ⅰ  生き生きと、とてもはっきり 固い弓使いで
Ⅱ 中庸な速さで、のんびり 一貫してとても静かに
Ⅲ 遅く
Ⅳ 生き生きとした四分音符 表情なく、いつもピアニシモで
Ⅴ  中庸な速さで 鋭く、はっきりとした四分音符で

強い性格の第1,5楽章、真ん中に静かで長い第3楽章があり、その間に短く、ユーモアにあふれた第2,4楽章が置かれる対称的な楽章構成。(マーラーの7番や10番の交響曲を思い出す)

第2楽章はちょっとぎくしゃくした動きで、途中しゃっくりのようなフレーズもある。空想上の不思議な生き物のよう。速く短い第4楽章は静かに、表情なく弾くことを求められ、ヒンデミットの悪戯っぽい笑顔が浮かんでくる。

第1楽章はド・ソ・ミ♯・ド♯、というハ長調を否定するような不協和音で始まるのだけれど、どの楽章にも常にドとミとソがあり、いつもそこに近寄ろうとしているように見える。でも、直線的な動きの終楽章は、意外なことに、半音上の嬰ハ長調(ド♯・ミ♯・ソ♯)で終わる。

それぞれの楽章が固有の動きを持ち、手練れの筆遣いで躊躇なく書かれた、見事な作品と思う。

 

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バッハ:無伴奏チェロ組曲第1、2番  BWV1007、1008

子供の頃から親しみ、様々な機会に弾いてきた。でも再び一つ一つの音符を追っていくと、自分は何も知らなかったことに気付く。どの一つの音符も固有の性質や性格を持ち、その性質を生かすことしか、演奏の仕方は無いことに気が付いた。何かの音符をないがしろにしたり、自分勝手に弾いたりすると、おかしな具合になる。
いったいどんな人だったのだろう。ソナタ形式という便利なものができる前の時代に、信じられないほどの豊かさを持つフレーズを次々と書いた。こんな人は彼の前にも後にもいないのではないか。

残念なことにチェロ組曲には自筆譜が残っていない。妻アンナ・マクダレーナ・バッハの写譜の表紙には "Violoncello Solo senza Basso" とある。「バス無しで」とわざわざ記してあるのは、当時旋律には通奏低音が付くものだったからだろう。

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2番のメヌエットⅠにはバスが書いてある。他の曲でもバスを考えると、なるほど、と思うことがある。
5番の組曲にはリュート版もあり(BWV995 ト短調の組曲、こちらには自筆譜が)、チェロ組曲にはない声部があって、作曲家の頭の中ではこのようにも鳴っていたのですね、と思う。

 

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コダーイ:無伴奏チェロソナタ op.8

Ⅰ  速く、威厳をもって しかし情熱的に
Ⅱ ゆっくり
Ⅲ 速くとても快活に

下2本の弦を半音ずつ下げ、下からシ・ファ♯・レ・ラという調弦になる。下3本を開放弦で弾くと、ロ短調の暗く、強い和音が現れる。いつものド・ソ・レ・ラは和音を構成しないので、まずこの響きに心をつかまれてしまう。
どうしてロ短調の響きはこんなに強く感じられるのだろう。バッハのロ短調ミサ、シューベルトの未完成、チャイコフスキーの悲愴、ドヴォルザークのチェロ協奏曲、・・・。ロ短調には名曲が多い。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲、ロ短調の主題はクラリネットで始まり、独奏チェロが登場する時は明るいロ長調になっている。協奏曲の最後でも、ロ短調とロ長調が交互に現れる。
この書き方コダーイの無伴奏でも同じ。もしかしてコダーイはドヴォルザークの協奏曲(1895年)を知っていてこう書いた(1915年)のだろうか。

今年の3月、ワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」を弾いた。長大なオペラは最後、素晴らしいロ長調の響きに包まれて終わる。公演は6回あり、最後の和音を弾くといつも、ドヴォルザークの協奏曲やコダーイの無伴奏を思った。

第1楽章は輝かしく始まり、静かな旋律が現れ、主題が速い動きで再現し、静かな旋律で終わる。
第2楽章アダージオ、頭拍に強さをもつ旋律に、左手のピチカートによるオスティナートが寄り添う。激しい中間部、即興的な部分を経て、ファ♯のオスティナートで終わる。
第3楽章、速い2拍子で一気に心拍数が上がり、宙に放り出されるような感覚がある。民族楽器、ツィンバロンを連想させるようなフレーズ、いつもレの音が含まれるアルペジオで構成される部分、主題の素晴らしい再現を経て、交互に現れるロ短調とロ長調が5オクターヴを駈け上がる。演奏時間32分。

2024年4月29日 (月)

その音符の連なりは

時間のある時はできるだけ、ピアノに触れるようにしている。
カザルスは毎朝バッハの平均律を弾いたそうだけれど、僕はインベンションをよちよちと。

Y先生の書いて下さった指使いをたどりながら、学生時代もう少し練習していたら、と思う。副科ピアノのレッスン、ろくにさらっていないのに、のこのこ顔を出したり、あるいは二日酔いで休んだりと、まったくけしからん生徒だった。

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インベンションもチェロ組曲も、他ならぬバッハの音楽と思う。ピアノで弾いても、チェロで弾いても、心の中でも、その音符の連なりはいったいどんな流れや動きを持っているのか。多くの音符の中のどんな一つもおろそかにできない、と感じる。

2024年4月18日 (木)

5月18日の演奏会

今年もプリモ芸術工房で演奏会をさせて頂くので、そのお知らせです。

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この何年か、またコダーイの無伴奏を弾きたいと思うようになりました。
チェロのレパートリーの中でこれほど血湧き肉躍る曲は他にあるでしょうか。調弦を変え、シとファ#、ド#、そして♮と#の二つのレが支配するこの曲の深く、広い世界に入っていく時間は本当に素晴らしいです。

ヒンデミットの無伴奏は5つの小さな曲を持ち、演奏時間10分ほど。そこでは大きさも、形も様々な生き物たちが現れ、悪戯っぽく動き回るようです。

4年前、感染が広がって音楽会もなくなった時、バッハの2番を弾いていました。バッハの2番でもさらってみるか、そんな軽い気持ちでした。
2番でも。・・・・・。とんでもありませんでした。自分の浅はかさ、思い込み、様々なことに向きあうことになります。その痛切な時間は、再び日常が戻り、演奏会の舞台に上っていく自分の核となっています。

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バッハの組曲は子供の頃から弾いてきました。1番の組曲を初めて弾いたのは小学5年の時です。
今回、1番も2番も楽譜を作り直し、改めて取り組んでみて、様々な技法を駆使する長大なコダーイ(演奏時間は30分を越えます)、チェロを弾く者にとって大きな道標であるコダーイよりも、ずっと情報量が多いのではないか、と感じるようになりました。
大きな流れを構成する様々なフレーズ、それぞれのフレーズはどのような動きを持っていて、フレーズの中の一つ一つの音は何を求めているのか、その音をどう弾いたら良いのか、どんな奏法が音楽の表現にかなうのか。

オーケストラの仕事をしていると、例えばチェロが旋律を受け持つとき、10人いるセクションの中で自分がどう振る舞えばよいのか、あるいは指揮者がいて、他の様々な楽器があって、様々に絡み合って音楽を作っていくとき、捉えきれないほど多くの情報があり、常に変化していく状況の中で、どう行動するのが良いのか、いつも広く深い世界にいることを感じます。

無伴奏のレパートリーを弾いていても、同じように広く深い世界を感じます。その音楽にふさわしい表現をするために、どうしたら良いのか、何が必要なのか。たった1人でそのことに取り組む毎日です。

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画像に、予約開始は4月21日から、とありますが、今日4月18日21時から受け付け開始です。リンクを下記に。
5月18日15時開演、プリモ芸術工房は東急目黒線、洗足駅すぐ近く。小さく、心地良い響きの会場です。

https://primoart.jp/event/event-160873/

皆様のお越しを心よりお待ちします。

2024年4月 5日 (金)

とんかつ屋

昨年末、弦楽四重奏で2つの演奏旅行があり、その度に皆で撮った写真を共有した。

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驚いたのは食べ物の写真が多かったこと。もう一つ、僕は食べ物の写真を撮らないことにも気付いた。
SNSに投稿する対象で、食べ物は多いと思う。僕は上げたことがない。さほど執着がないのかもしれないし、食べる、という人間の根本的な欲求に関わることだから、あるいは、アレルギーや体質、健康上の問題から、思想、信条の観点から、経済的な理由から、など様々な事情で、食べたくても食べることのできない人たちがいることを思ってしまうから、かもしれない。

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最近、家の近くに小さなとんかつ屋があることに気付いた。
見過ごしてしまいそうな古い建物の引き戸を開けると、店内は10人も入ればいっぱいになるくらい。驚くほど清潔で、ご夫婦だろう、寡黙なお二人が厨房に立つ。インターネットの口コミを見なければ入らなかった。

ご飯がふっくら、丸くきれいに腕に盛り付けられ、他も万事同じように手を尽くされている。とんかつももちろん美味しく、値段を見て、もうけはないだろうと思う。

この店には休みの日の昼を食べに行く。長年、淡々と丁寧な仕事を積み重ねてこられたのだろうお二人の姿に心打たれ、清々しい気持ちになって帰ってくる。

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以前住んだ町の、駅前のとんかつ屋にはよく通った。
熱烈なジャイアンツ・ファンのマスターと、いつも和服を着ている奥様が営まれていて、入るとすぐ、長くまっすぐなカウンターが目に入る。当時20代の僕には、背中を丸めては座れないような雰囲気があった。

巨人が負けた翌日店に行き、置いてあるスポーツ新聞を手に取ると、今日は読むところがない、とむすっとした声でマスターが言う。
昔、店内のテレビで巨人の旗色の良くない試合を映していたとき、ある著名なチェリストが巨人軍のことを悪く言ったら、マスターの逆鱗に触れ、出入り禁止になった、という伝説を聞いたことがある。

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カツ丼はやらないのですか?、と尋ねたら、あれはそば屋とかうどん屋の範疇だから、とマスターがぶつぶつ言い、黙ってしまったので、これは聞いてはいけないことだったんだ、とその時思った。

あの頃、本当に朝起きられなくて、昼の12時半まで寝ていることがよくあった。
一度、夕方4時くらいに行ってとんかつを注文した時、マスターに、君それは何ご飯だ?、と聞かれたことを思い出す。

マスターも奥様も亡くなられ、今は息子さんが店を継いでいる。ずいぶん以前のことのはずなのに、昨日のことのように思い出す。

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2024年3月19日 (火)

佐藤良雄チェロ指導曲集

先月末からオペラ、トリスタンとイゾルデが始まり、多くの時間がそのオペラに吸い寄せられて、本も新聞もほとんど読めない毎日が続いている。
日経新聞の夕刊連載「こころの玉手箱」、先週は絵本作家いせひでこさん。ようやく、素敵な文章と写真の記事5日分をまとめて読むことができた。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO79164460S4A310C2BE0P00/

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3月12日夕刊に掲載された文章から、

『東京に来て母は教育ママの権化と化した。札幌で習っていたバイオリンの後任の先生探しが始まったが、どこも生徒がいっぱいで、紹介されたのは才能教育(スズキメソード)のチェロ科設立に奔走されていた佐藤良雄先生だった。パブロ・カザルスの元に学ばれ「カザルスとの対話」を翻訳出版されていた。
 バイオリンのお稽古では、間違うと母の竹の物差しが弓を持つ手に飛んできた。「お母さん、弓で弦をこすって音を出すと言うことは大変なことなのですよ」佐藤先生は、まず母に弓を持たせ、音階ができるまで、次は、「きらきら星」が弾けるまで、そしてスズキの1巻最後の『ガボット』が弾けるようになるまで、私のレッスンの前の時間を母のために割いてくださった。
 母は、物差しを持つことはなくなった。
 チェロは、13歳の人生に与えられた福音書だった。』

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僕がチェロを始めた時も佐藤良雄先生の教本だった。驚くほど出来の悪い生徒で、まったく進まず、後から始めた子たちに次々追い抜かれていった。
思い出深いのは第3巻にあるヴィヴァルディのアレグロ。この2ページに半年かかった。習っていた中島顕先生は、当時は厳しく、僕は泣き虫で、毎日の練習ではよくかんしゃくを起こし、母とケンカのようになり・・・。
職業音楽家になるなんて、誰も思わなかった。

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全部で6巻ある「鈴木メソードによる 佐藤チェロ指導曲集」、難しいけれど、魅力的な曲がたくさんあった。ジョスランの子守唄、シューベルト:楽興の時、コレルリ:グラーヴェ、デルブロア:哀歌、サムマルチーニ:ソナタ、ブルッフ:コル・ニドライ、ボッケリーニ:ソナタ、・・・。
巻末に全ての曲名が載っていて、レッスンを待つ間、どんな曲なんだろう、と思ったりした。

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当時憧れだったのは5巻にあったポッパーのガボット(曲集にはポッペル、と記載されている)。有名なポッパーの40のエチュードは今も練習するけれど(今日は第5番)、あの生き生きとしたガボットを、いつか演奏会のアンコールで弾いたら、と思う。

2024年1月 1日 (月)

明けましておめでとうございます

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2023年12月31日 (日)

2023年の公演を振りかえって (2)

今年の印象深かった演奏会を振りかえってみる。(特に記していないものは都響の公演です)

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9月23日東京芸術劇場、ローレンス・レネスさんの指揮でラフマニノフの2番など。
演奏機会の多いラフマニノフの2番、どうして皆演奏したがるのか、ずっと謎だった。この秋、教えている大学オーケストラが演奏することもあり、時間をかけてスコアを読んだ。冗長と思っていた様々なフレーズが違う姿で現れ、自分の浅はかさを知るばかりだった。

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9月18日サントリーホール、9月23日東京芸術劇場のソリストはタベア・ツィンマーマンさん、10月14日東京芸術劇場のソリストはイザベル・ファウストさん。
お二人に共通するのは素敵な笑顔。リハーサル会場に現れるだけで、こちらも笑顔になってしまう。彼女たちが高い能力を持ち、多くの経験を積んだ結果なのかもしれないけれど、良い演奏をする秘訣と思う。
もう一つ、楽器を押さえつけず、倍音の豊かな表現をすることも共通していた。

アンコールを弾いている時、タベア・ツィンマーマンさんの左手指が自然な重さで指板に乗り、その指に柔らかくヴィブラートがかかっていく様は見事だった。能ある鷹は爪を隠す、という言葉がある。9月23日のアンコールではすさまじいヒンデミットを弾き、あなたは今までずっと爪を隠していましたね、と思った。
イザベル・ファウストさんのアンコールはヴェストホフ。強靱な演奏は、揺るがない見事な音程感覚に支えられている、と感じた。

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10月7日サントリーホール、8日ホクト文化ホール、大野和士さん指揮でドヴォルザークの7番など。
奏者の自由度はほぼない、と思うくらい7番の交響曲は緻密に書かかれ、スラヴ的、宗教的な要素も強く感じられる曲だった。

プログラム前半は藤田真央さんのソロでブラームスの1番のピアノ協奏曲。静かな第2楽章では、彼の澄んだ音にオーケストラの音が寄り、整っていくようだった。そのようにすっと人の心に入っていく音があるのですね、と感じた。

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10月30日東京文化会館、オスモ・ヴァンスカさんの指揮でシベリウスの5、6,7番。
ヴァンスカさんのリハーサルは的確だった。これほどよくオーケストラの音を聴いている人はあまり経験がない。どこかのパートの音程を1箇所指摘した時、それは音楽全体への理解と、その細部が全体の中でどれほどの重要性を持っているのか、多くのことを示しているようだった。気の抜けない時間を過ごした。
こういう表現をしてよいのかわからないけれど、ヴァンスカさんはハードボイルドだった。淡々と、しなくてはならないことを進めていく。奏者が抗っても、感情を表すことなく、ゆずらないところはゆずらない。ゲネプロの進め方まで、見事な手綱さばきだった。
そうしたリハーサルの結果は、温かい血の通う見事な音楽だった。オーケストラで弾いていて、あんなに心動かされたのは初めてだったかもしれない。

舞台から見て、東京文化会館の客席は音楽を愛する人たちで埋めつくされていると感じた。胸のつぶれるような報道が続く10月下旬、音楽に携わっていられることは、信じられないほど恵まれたことなのだと思った。

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11月17,18,19日兵庫芸術文化センター、ポール・メイエさんのクラリネットと指揮で兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)、エスケシュのクラリネット協奏曲(この曲のみ指揮は阿部加奈子さん)など。
初めて弾くエスケシュ、スコアを目で追うだけで大変なクラリネットパートは、超絶技巧と思う。でもポール・メイエさんはいつも穏やか。すごいな、と思った。どんなときも心と体が柔らかで、背中の感じが変わらない。
PACには世界中から若者が集まり、メンバーは毎年変わっていく。様々なことが確立していない場でどうふるまうのか、どんなことができるか、自分に問う毎日だった。

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12月2日ミューザ川崎シンフォニーホール、再びポール・メイエさんの指揮とクラリネットで東京交響楽団のモーツァルトプログラム。
オーケストラが変わってもポール・メイエさんは変わらず、すぐに誰とでも打ち解ける。
リハーサルも優れた音響のミューザで行われ、快適だった。メイエさんの本番衣装は上着の裏地、靴の裏も赤い。そうしたことがさりげなく、お洒落でもありますね、と感心するばかりだった。

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12月初旬は、まず富国生命の主催で沖縄の支援学校、特別支援学校へのアウトリーチ(弦楽四重奏のメンバーは大和加奈さん、竹原奈津さん、千原正裕さん)。帰宅した翌日、今度は都響の小規模公演で青ヶ島へ(やはり弦楽四重奏で大和加奈さん、吉岡麻貴子さん、村田恵子さん)。

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支援学校に通う子供たちの中には、演奏会に行くことが困難な子供たちがいるかもしれない、と思い、何を聴いてもらうのが良いのか、プログラムを工夫した。
それなりに楽しく、こちらの負担の少ないプログラムはある。でも奏者が必死で弾く姿を見せることはきっと必要と思い、ベートーヴェンの初期の弦楽四重奏の一つの楽章を中心に据え、耳馴染みの良い曲からクラシック音楽の中心にあるレパートリーへ、聴く人の気持ちができるだけスムースに移っていくように組んだ。
どちらの学校でも子供たちと一緒に校歌を演奏し、それは素晴らしい時間だった。一つの学校の校歌には手拍子が入っていて、「言葉を発することのできない子供もいますから」という先生の言葉に、はっと胸をつかまれるようだった。

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青ヶ島は八丈島のさらに南に位置する人口200人に満たない島。厳しく、豊かな自然や、島の人々の間に流れる濃密な時間にほんの少しだけ触れ、そのような中で演奏できたことは、得難い経験となった。

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12月13日いわき芸術文化交流館アリオス、梅田俊明さんの指揮で、いわき市の小中学生を対象とした「ボクとわたしとオーケストラ」。
震災復興支援で始まった公演は毎年のものになっている。子供たちがオーケストラと一緒に歌う「ビリーブ」、いつも心洗われるのだけれど、その光景が4年ぶりに復活し、生き生きと歌う姿が嬉しかった。
公演の模様は来年1月28、29日に、FMいわきで放送されるそうです。

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12月19日サントリーホール、アントニ・ヴィトさんの指揮でペンデレツキの交響曲第2番など。曲の重い雰囲気は、作曲者の生きた時代を反映しているように感じる。ペンデレツキと、目の前で指揮をするヴィトさんの存在が重なり、印象深い公演となった。

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12月24日すみだトリフォニーホール、25日東京文化会館、26日サントリーホール、アラン・ギルバートさんの指揮で第九。

20年前、僕の新日フィル試用期間最初の演奏会がやはりアラン・ギルバートさんの指揮で、トリフォニーホールだった。
新日フィルにいた3年に満たない期間、右も左も分からずただ頑張っていた。誰かが頑張ってしまうと、時として演奏はスムースに運ばなくなる。当時そうしたことに考えが及ばなかった。あの振る舞いも、その振る舞いも、周りの人たちは仕事がしづらかっただろう、と思う。身にしみる経験ばかりだった。

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第九は大きな曲で、どう捉えたらよいのか、途方に暮れる年がある。一生懸命強く弾けばよい、というものでもないと思う。
今年の都響3公演、どの公演も気が付くと最後のページを弾いていた。短く感じたのは、緩徐楽章が速めのテンポだったことだけではなかったと思う。こんな僕にも何か少し、つかむものがあったのかもしれない。

新しい年が少しでも平和な年でありますように。

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2023年12月30日 (土)

2023年の公演を振りかえって (1)

今年の印象深かった演奏会を振りかえってみる。(特に記していないものは都響の公演です)


1月8日サントリーホール、小林研一郎さんの指揮でチャイコフスキーの4番など。
これまでのように強く、激しい音が求められるだろう、と思っていたら、小林さんは「そんなに強くお弾きにならないで」と仰り、驚いた。音楽の陰影がいっそう深く感じられる公演だった。

1月20日東京文化会館、ヨーン・ストルゴーズさんの指揮したマデトヤの交響曲。前半にシベリウスのヴァイオリン協奏曲があり、ソロはペッカ・クーシストさん。
シベリウスの協奏曲はヴィルトゥオーソピースで、ヴァイオリニストは鬼気迫った様子で弾く、という僕の印象を覆す演奏だった。リハーサル時のクーシストさんは、ほんの少し低めの音程で、感情的なヴィブラートはなく、一方で右手で弓のヴィブラートをかけているようにも見え、不思議な感じがした。
この日の白眉は彼がアンコールで弾いた二つの「Finnish traditional music」だったのではないかと思う。かすかに足音を響かせながら、音楽がホールに立ち昇っていく。自然な旋律と、体が動いて刻まれる拍、これがまさに音楽ですね、と感じた。
プロムスでの映像を見ると、聴衆まで巻き込む彼はただ者ではないことがわかる。

https://youtu.be/gpN2k5zz81o?si=DUMSqK3WKdpRns-Q

彼はオーケストラの演奏を興味深そうに見ていた。来年4月、再び都響に来る公演が楽しみ。

https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=3776&my=2024&mm=4

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2月14日サントリーホール、ヤン・パスカル・トルトゥリエさんの指揮でフローラン・シュミットの協奏交響曲など。(ソロは阪田知樹さん)
ライブラリのIさんに「難しいよ」と言われていたけれど、久しぶりにすごいのが来た、と思った。難曲。音楽自体はロマンティックで美しい。ただ書法がとても込み入り、精密に書かれたスコアは理論的には可能だけれど、複雑な声部の重なりを聴き分けられる人はどのくらいいるだろう。
3日間のリハーサル、当日のゲネプロでも指揮者は頻繁に止め、一度も通すことなく本番を迎えた。あの日、皆が集中して演奏できたことは奇跡のようだった。

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2月23日サントリーホール、ディヴィッド・レイランドさんの指揮したシューマンの3番など。
繊細な指揮をするレイランドさん、ゲネプロではほとんど言葉を発さず、オーケストラを見事にひきつける演奏だった。

3月27、28日サントリーホール、大野和士さん指揮でリゲティ:マカーブルの秘密など。パトリツィア・コパチンスカヤさんが一大旋風を巻き起こした公演。
本番前の舞台袖で、彼女はあるオーケストラ奏者と話をしハグをした。どんな話をしていたのですか、と後で尋ねると、その奏者はヴァイオリン協奏曲で鍵となるパートを担当していたのだけれど、コパチンスカヤさんは、あなたの演奏に乗るから、と伝えたそう。常人離れした能力と舞台上での華やかなパフォーマンスの一方、このように細やかな気遣いがあることに心打たれた。

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4月13日サントリーホール、15日愛知県芸術劇場、16日大阪フェスティバルホール、大野和士さん指揮でマーラー7番。
僕にとって謎の多かった曲。少しでもその音楽に近づけただろうか。

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5月6日プリモ芸術工房、昨年に引き続き自分の演奏会。長尾洋史さんのピアノでブラームスの2番のソナタなど。
オーケストラの仕事をしていると、そこに全ての時間を使われてしまうほど広く、深い世界に入ることができる。一方、素の自分に向き合う時間も大切で、本番の舞台で自分がどうなるのか、どう動けるのか、実際に経験させて頂く機会は本当に有り難かった。
来年も5月、無伴奏のプログラムを考えています。

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5月12日東京文化会館、山田和樹さんの指揮で三善晃作品。
僕が桐朋に在学していた時の学長が三善先生。一度無伴奏の曲をレッスンして頂いたことがあり(デュティーユ:ザッヒャーの名による3つのストロフィ)、厳しい眼差しに圧倒された。卒業式での先生のスピーチもあたたかいものだった。
あの頃すぐ近くに、音楽の深さを体現された方がいたのに、そのことに全く気づいていなかったことを痛切に思う。

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7月14、15日サントリーホール、アラン・ギルバートさんの指揮でニールセンの5番など。
普段親しんでいるものとは異なる語法の音楽に触れることは、大変だけれど、素晴らしい経験だった。

7月19、20日東京文化会館、アラン・ギルバートさんの指揮でアルプス交響曲など。
変ロ短調で始まる、ただならぬ雰囲気の冒頭など、R.シュトラウスの作曲技法に感服するばかりだった。

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8月中旬、一宮市民会館、いつもとは違うオーケストラでモーツァルトのオペラ「魔笛」。
都響の公演は大編成のレパートリーが多く、モーツァルトのオペラを経験したことがなかった。貴重な時間だった。新しくはない一宮市民会館にはオーケストラピットや、見たことのない古い型の譜面灯がある。繊維産業で街が栄えていた時代に作られたのだろうか。
34年前、初めてオーケストラのエキストラの仕事をした公演がこのホールだった。あの頃、先の見通しなどまったくなく、ただ無我夢中だった。

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8月25日サントリーホール、杉山洋一さんの指揮で湯浅讓二さんの作品など。
大編成で演奏したクセナキスのジョンシェ、"non-octave scale"という初めて経験する音階で書かれ、沖縄民謡のようにも聞こえた。音楽の世界の広さを実感する公演だった。

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9月2日キッセイ文化ホール、5日サントリーホール、ジョン・ウィリアムズさん、ステファン・ドゥネーヴさん指揮のサイトウキネンオーケストラ。抜群の乗り心地の、豪華な音のする大きな乗り物に乗っているようだった。
91年か92年だったと思う、サイトウキネンを聴いた僕の父は、これが(齋藤秀雄)一門の音か、と感心していた。2023年夏のSKOは様々な国籍やバックグラウンドを持つメンバーで構成され、以前のような厳しさはないかもしれないけれど、広く、穏やかで、機能的だった。
映画音楽中心のプログラムの中、小澤さんのために書かれた"For Seiji"という曲は趣が異なり、技術的にも、音楽的にも難解だった。ジョン・ウィリアムズさんは、本当はこういう曲を書きたかったのでは、とも思った。
一つの演奏会に二人の指揮者が立つ。ドゥネーヴさんは言葉を尽くして長いリハーサルをし、一方、ジョン・ウィリアムズさんからの指示はあまりない。彼の明晰な表情はこちらによく伝わり、同じオーケストラでも驚くほど違う音がした。
ハリー・ポッターの音楽はチェレスタで始まる。リハーサルで初めてチェレスタの音が聞こえてきたとき、そこには特別な流れがあり、魔法がかかった、と感じた。

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2023年12月29日 (金)

新しいCDプレーヤー

CDプレーヤーを新しくした。

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すでに一度修理をしたリンのCDプレーヤーが、また再生エラーを起こすようになり、そういえば最近音がやせてきたな、と思っていたところ、まったく読み取りをしなくなった。

どうしてもメカの部分が壊れる。16年よく使ったから仕方ないのかもしれない。時間を見つけて試聴に出かけた。
オーディオ店で、そろそろCDプレーヤーというものは世の中からなくなりますか、と尋ねたら、店員さんは「日本人はモノが好きだからね」と言い、まだしばらく作られ続けるだろう、とのことだった。

音楽再生の主流はストリーミングサービス、あるいは目に見えないデータを扱うネットワークプレーヤーに移行していく、と思うのだけれど、ネットワークプレーヤーの完成度はCDプレーヤーに対してまだ、という状況らしい。

仕事の準備で様々な音源を聴く時は、僕もストリーミングサービスを使う。ただ同じ音源でも、ストリーミングをイヤホンで聴く時と、CDを丁寧にセッティングされたスピーカーで聴く時とでは、情報量が大きく違い、別物のように感じられる。

オーディオ店でいくつか試聴した。ハイエンドメーカーのローエンド(!)のCDプレーヤーは良かったのだけれど、今注文しても届くのは来年4月、と言われ、そもそも予算を遙かに越えているし、と諦めた。僕の部屋に置くには、寸法も大き過ぎる。

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音楽や音はどのように聴こうと自由だと思う。
実際に楽器から出る音が僕の基準になる。でももしそういう経験が少ない場合、人はどのような音を再生装置に求めるのだろうか。

CDプレーヤーが違うと、同じディスク、スピーカー、アンプで聴いてもずいぶん音が違う。
高価な機器なのに、再生音がスピーカーの周りにまとわりつき、もごもご言っているようで、こちらに飛んでこないものがあった。頑張って弾いているのに聴く人に音が届いていない、悪いときの自分の演奏が思い浮かび、身につまされるようだった。

結局NmodeのX-CD5が家に来た。それぞれの楽器固有の発音や響きがよくわかる。
12月26日の第九が今年の仕事納め。少しの休みに入り、以前から家にあるジャズのCDをかけてみて、こんなに楽しかった、と驚く。

2023年11月11日 (土)

7月の日経新聞から

2023年7月を振りかえってみる。

7月31日日経夕刊から、
『世界気象機関(WMO)と欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」は2023年7月の世界の平均気温が観測史上で最高となる見通しだと発表した。観測記録のない太古の気候を探る研究者は「地球の平均気温はおよそ12万年ぶりの最高気温を記録した」と温暖化の進行に警鐘を鳴らす。』

7月6日日経朝刊に掲載された、英フィナンシャルタイムズ紙の記事から、
『世界の原生熱帯雨林の消失面積が2022年に前年比10%増加したことが新たな調査で明らかになった。全世界で木々が失われた面積の合計はスイスの国土に相当する。』

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7月12日日経朝刊から、
『世界を襲う熱波が広がり、干ばつや水害などの異常気象が増えている。世界の平均気温は過去最高を更新し、南米ペルー沖の海水温が上がる「エルニーニョ現象」で今夏は気温がさらに高まる可能性がある。専門家はエルニーニョによる経済損失は2029年までに最大3兆ドル(約420兆円)にのぼると見積もる。』
『国際学会「国際地質科学連合(IUGS)」の作業部会は11日、人類活動が地球環境に大きな影響を及ぼす時代「人新生」を20世紀半ばからの新たな地質年代とし、代表地にカナダ東部の湖を選んだと発表した。』

7月1日日経朝刊から、
『東京大と山梨県富士山科学研究所のチームは30日、これまで活動の空白期と考えられていた5千~4千年前に富士山が少なくとも6回噴火していたことを確かめたと発表した。山梨県側の麓にある山中湖の湖底で、未知の噴火による火山灰を確認した。』

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7月7日日経朝刊から、
『東京大学は米領グアム沖の深海で熱水が噴出する場所にある岩石から新しい細菌を発見した。細胞内に磁石を持ち、コンパスのように地磁気を感じて回転する「走磁性細菌」の一種だった。』

7月5日日経夕刊に掲載された中川恵一さんの「がん社会を診る」という記事から、
『1万年以上前から日本列島に住んでいた縄文人と、約2~3千年前に朝鮮半島から渡来した弥生人との混血が日本人のルーツといわれます。
47都道府県で縄文人由来と渡来人由来のゲノム比率を調査した研究があります。縄文人由来のゲノム成分比率が最も高かったのは沖縄県で、鹿児島、青森、岩手が続きました。渡来人由来のゲノム成分が最も高かったのは滋賀県で、京都や奈良などが続きました。』

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7月29日日経朝刊から、
『2022年の日本人の平均寿命は女性が87.09歳、男性が81.05歳となり、前年比で女性は0.49歳、男性は0.42歳それぞれ縮んだことが28日、厚生労働省公表の簡易生命表で分かった。前年を下回るのは男女とも2年連続。同省は「新型コロナウィルス流行の影響が大きい」としている。』

7月11日日経朝刊から、
『京都大学などは新型コロナウィルスの流行が未就学児にもたらした影響を解析した。5歳の時にコロナ禍を経験した幼児では、発達が平均で約4カ月遅れていた。3歳の時に経験した幼児では明確な差はなかった。
・・・5~6歳の幼児で発達が遅れた要因として、研究チームは他者との交流の減少を指摘している。』

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7月7日日経朝刊から、
『米フロリダ大学は宇宙飛行が脳に及ぼす影響に関する調査結果をまとめた。30人の宇宙飛行士を対象に調べ、2週間の短期飛行では変化しなかった「脳室」と呼ぶ部位の空間容積が6カ月の長期滞在になると拡大することなどが分かった。脳室の拡大で脳内の圧力が高まると、意識障害や視力障害などにつながる懸念がある。』

7月4日日経朝刊に掲載された「春秋」から、
『脳は使わなくなれば、しだいに機能が低下する。・・・狩猟採集時代が終わって農耕社会に移った後、ヒトの平均的な脳のサイズは小さくなった。約3000年前のことだ。2021年に米研究チームが発表した論文によると集団生活の影響らしい。』

7月27日日経夕刊から、
『「文字の形が覚えられず、中学生になっても書くのが苦手だった」。こう話すのは大学3年生の西川幹之佑さん(20)。読み書きに困難を感じる「ディスクレシア」だというが、一つの書体との出会いで見える世界が変わった。「UDデジタル教科書体」だ。・・・
 西川さんは明朝体など横線の細いフォントを識別しづらかった。しかし中学生の頃、UDデジタル教科書体だけは難なく読めることに気付く。「読めない自分がいけないと責める必要がないと思えた」と当時を振りかえる。』

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7月22日日経朝刊から、
『アイルランドで4千人を超す50歳以上の人たちの協力を得て10年近くかけて行われた研究では、運動していた人たちは運動をしていなかった人に比べて気分が沈み込みがちになる割合が明らかに少なかったという。うつ病の発症率でみると、4割以上少なくなっていた。』

7月14日日経朝刊に掲載された「AIは異星人の知性」というマルクス・ガブリエルさんの記事から、
『「我々の欲望は今や、監視資本主義のシステムにつくり出されているといえる。監視者はスマートフォンという独房にいる人々に情報を送り、特定の行動をするよう促してくる。スマホの利用者は監視者の意図が分からないまま無意識に動かされている。この新しいパノプティコンは非常に強力だ」
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「ニヒリズムは『人間が存在することに意味はない』という。だが、私たちが生まれてきたことに意味があろうがなかろうが、神が存在しようがしまいが、我々は道徳的真実を見つけ出し、それを実践しなければならない。我々には未来を守る義務がある。それが『人生の意味とは何か』という問いへの私の答えだ。」』

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7月22日日経朝刊に掲載された若松英輔さんの記事から、
『・・・手だけで書かれた文章は、あるとき人を驚かすことがあっても、その人を生の深みに導くことはない。いっぽう、どんなに素朴な姿をしていても、その人の生に裏打ちされた言葉は、予想をはるかに超える働きをすることがある。』

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7月13と14日の日経夕刊に掲載されたお化け屋敷プロデューサー、五味弘文さんの記事から、
『お客様の心理に働きかける工夫としては、入り口で履いてきた靴を脱いでもらう方法があります。靴を脱ぐと人は何かを奪われたような感覚になって急に心細くなる。足の裏で床の冷たさを感じさせ、柔らかいとか硬いといった触覚を刺激するとそれが恐怖につながります。人はこうしたことで自分の身体が名状しがたいものにさらされるように感じ、恐怖を覚えるのです。』
『人間の恐怖心は持続せず、せいぜい10分が恐怖が続く目安とされています。このためお化け屋敷も入り口から出口まで体験時間として10分程度で企画され、料金は1000円程度が相場です。これはこれで長い間に確立された優れた娯楽の形態なのですが、もっと長く恐怖体験を味わえるお化け屋敷ができないかと考えています。』

7月21日日経夕刊に掲載された古書修復家、板倉正子さんの記事から、『書物修復の技術は、世界各地の専門家が創意工夫、試行錯誤を重ねながら進歩してきました。私が誇りに思うのは、それらの技術が基本的に公開され、共有されていることです。私たちも書物1冊ごとにカルテを作成し、どんな手当を施したのか、詳細に記録を残すようにしています。』

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7月10日日経夕刊に掲載されたセコマ会長、丸谷智保さんの記事から、『私どもの会社は北海道を基盤に1200店ほどのコンビニエンスストアを展開している。・・・
 コロナ禍に有ってもセコマの売り上げは堅調だったが、そのことを言いたいのではない。地域にしっかり密着してやってきたつもりだったが、「足元には、まだこんなにもお客様がいたのか」ということを、奇しくもコロナ禍で気づかされたのである。
 実際はマーケットはとても深い。商圏は平面に住む人口の多寡ではなく、いかにそのマーケットに浸透しているかによって変わってくる。500万道民が毎日来店してくれれば年18億人を超える。あれ?それって中国の人口よりも多い?』

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