2009年11月11日 (水)

雨男の物忘れ、オイミャコン

明後日から都響メンバーの室内楽で御蔵島に行く。この1年都響の仕事で訪れた小笠原、八丈島、大島は全て雨だった。今日から雨で、週末もすっきりしなさそうだ。

御蔵島から帰るとマーラーの4番のリハーサルが始まる。数年前に弾いているはずなのに、勉強したらほとんど何も覚えていなかった。感心したくなるほどの忘れ方だ。

先日テレビで、気温マイナス71.2度を記録したシベリアのオイミャコンという村が取り上げられていた。洗濯物をどこに干すかというと、日本と同じように屋外に干す。マイナス40度の気温で洗濯物の水分はしみだして表面に凍りつき、その氷をはらえば乾いたと同じことだそうだ。なるほど。
10月12日の日記に書いた椎名誠さんの小説の舞台もこのあたりだと思う。当然厳しい生活と想像していたのに、オイミャコンの人たちは実に屈託ない感じだった。どうしてあんなに幸せそうなんだろう。そこの人にとって本当に寒いというのはマイナス50度とか60度のことで、マイナス40度は春だ、と言っていた。気温がマイナス56度を下回ると学校は休みになるそうだ。

2009年11月 9日 (月)

偶然

自転車で出かけて、まず渋谷のマリオルッチで弦を買い(11月20日まで40パーセントオフ)、恵比寿のラボテイクで写真のプリントを頼んで(8月からフィルム3本しか撮っていない)、広尾、青山とまわって帰ってきた。都心のこのエリアは自転車で動くと本当におもしろくて、ちょうど昼時だったのでいろいろなところからいい匂いがしてきたし、知らなかった様々な店に気付くことにもなった。

恵比寿のある通りでサックスのTさんとすれちがった。先方は僕に気付いていなかったし電話もしていたので声はかけなかった。時々活躍の様子は伺っていたけれど見かけるのは何年ぶりだろう。

先日山手線に乗っていたら、以前立命館大学のオーケストラで僕がドヴォルザークを弾いた時のオーケストラのメンバーが声をかけてくれた。彼女は就職して東京でがんばっている。

よくイタリアに行っていた頃、フィレンツェの聖堂の横のジォットの鐘楼に登ったらほんの短い期間秋田でチェロを教えた親子にばったり会った。
フィレンツェの空港で、京都の講習会で毎年のように習っていたクリスチャン・イヴァルディに会った。彼はグッビオの講習に出かけるところだった。
キジアナ音楽院のブルネロのクラスの聴講を抜け出しては、毎朝必ずシエナの縞々の聖堂に行っていた。そこでたまたま観光に来ていたN先輩に会った。
夜シエナのカンポ広場でたまっていたら、ヴァイオリンを背負った見たことのある人影がぴょこぴょこ歩いている、と思ったら桐朋で同期のNさんだった。

写真に夢中だった頃、カメラを探して銀座をさまよっていたら(銀座は中古カメラの聖地のようなところだ)、三越の前で高校生の頃本当に好きだった子とすれちがった。向こうも気付いていたが、こちらはカメラにとりつかれていたので通りすぎた。あの時どうして声をかけなかったのだろう。

何年か前、名古屋駅の山本屋(味噌煮込みうどんの有名な店。うどん一杯が2千円以上する)に入ったら、店内にいる男の子と目があった。つい最近会ったはずなのに誰だっけ、としばらく考えた。当時住んでいた仙川の部屋に新聞を配達してくれていたO君だった。集金の度に顔をあわせていたのだ。三重の友達の命日だと言っていた。
ある年彼は新聞の奨学金で大学を卒業して就職したと挨拶してくれた。立派だと思う。

会ったからといって何かが起こるわけではもちろんない。思いもよらないところで思いもよらない人とばったり会う、ということは誰にでもよくあることなのだろうか。その人とかかわりのあったのとは別の場所でその人に再会するのは確率としてはとても低いことのような気がする。たまたまと言ってしまえばそれだけなのかもしれないけれど。

2009年11月 8日 (日)

お茶の水博士

今都響岐阜公演からの帰りの車中。
乗るまではいつもばたばたするけれど、新幹線の移動は好きだ。弁当を食べたり眠ったり本を読んだり、こうしたまとまった時間は意外と日常にはない。


宮田大君がロストロポーヴィチコンクールで優勝した。すごいと思う。これまで日本人チェリストは大きな国際コンクールでなかなか良い結果を残せなかった。時代が変わってきたのかなぁ。
僕は予選敗退の経験あり。

昨日の日記に書いたウィーンフィルのサンタさんについて、うちではお茶の水博士と呼んでいる、という情報をいただいた。確かに。

2009年11月 7日 (土)

サンタさんのオケコン

ウィーンフィルのサントリーホールでの公演がテレビで放映されて見た。9月17日、つまり都響の一月半前同じ会場で同じバルトークのオーケストラのための協奏曲だった。

ずいぶん違う。こうありたいと思うところがいっぱいあった。ウィーンもベルリンも、とにかく今のオーケストラの水準はとても高い。
曲の中でティンパニーの音程をグリッサンドで上げる箇所は、ペダルがない楽器だからか奏者の横にもう一人いて皮のテンションを調整して音程を変える場面があり、古いスタイルの楽器を使い続けるウィーンならではの光景と思った。

指揮はメータ。僕が持っているバルトークのCDはメータの指揮するベルリンフィルで20年くらい前の録音だけれど、今の彼の演奏はもっとドライでテンポも速くなり、より洗練されていると思った。

かなり前からウィーンフィルの映像を見るたび、名前は存じあげないが、立派な髭をたくわえ大きなお腹にコントラバスをのっけるようにして速い弓で指板の上の方を弾くベーシストが気になっていた。僕は勝手にサンタさんと呼んでいるのだが、今回も彼が映っていてうれしかった。

2009年11月 4日 (水)

東京の街

これまで東京で自転車に乗るときはいつも多摩川や荒川のサイクリングコースを走っていた。それはそれでちょっとストイックでいいのだけれど、基本的には平坦な道だし、それほど変化もなく少し乾いた感じがする時もある。

都心を走ってみたらものすごくおもしろかった。僕は車を運転しないから普段の移動は電車を使う。なんとなく東京の地理をわかっているつもりでも、それは基本的にはいつも駅を起点とした大きくはない蜘蛛の巣状のものだ。自転車で移動してみてはじめて、蜘蛛の巣と蜘蛛の巣が思いもよらないところでつながっていたり、蜘蛛の巣同士が意外と近かったりすることに気付く。駅という点が線となり、面となり、面と面がつながり、さらに東京は坂が多いから立体になる。これには時々感動する。

自転車はたとえゆっくり走っていても、地面に接しているというよりは飛んでいる気がする。そして坂の上り下りにつれて視点が大きく動き、東京の街のおもしろさが倍加する。

2009年11月 1日 (日)

赤と青

懐かしいオイドクサを張ったら楽器がまた伸びやかになった。でも久しぶりに使ってこんなにピッチが安定しない弦だったかと思った。そうした実用上の問題からまたスピロコアに戻した。ヤーガーのミディアムとスピロコアのミディアム、高校生の頃から馴染んでいる弦の組み合わせだ。チェロの調子はかなりいいと思う。でも7月にこの組み合わせを張った時には上2本がぺしょぺしょで全くだめだった。楽器は不思議だ。

11月1日からの日経新聞の「私の履歴書」は物理学者の益川敏英さん。今月は楽しみ。

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秋の演奏会のためにこの夏は過ごしてしまったから、最近少しぼんやりしている。今朝は秋晴れの下、新宿御苑にいた。たまには何をするでもなく外にいるのもいい。

最近また自転車に乗っている。外で遊んでいると秋の日の短さに驚くばかりだ。調べたら今の東京の日の入りは17時前、それがさらに進んで12月初めころの日の入りが一番早くて16時半頃。38年も生きていてようやく知った。どんどん日が短くなるのはなんだか残念だ。
芦ノ湖の水温の低下も気にしていて、禁漁前に一度くらい釣りに行けないかと思っている。

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2009年10月29日 (木)

AB券

飛行機にチェロを載せるのはなかなか面倒だ。

荷物として下に預けると残念ながらしばしば楽器が割れる。機内持ち込みをしたければもう一席買わなくてはならない。人間の隣に乗せるのでAB券という。国内線の場合は正規運賃の半額。人間が安いチケットをとれた場合、チェロ席の方が高くなることだってある。
国際線の場合は基本的に人間と同額。奨学金をもらってアメリカのアスペン音楽祭に行った時、チェロ席は正規運賃の75パーセントを請求された。人間は奨学金で飛べたのだけれど、チェロは範囲外とのことで確か22万円くらい払ったと思う。実際に搭乗したら、客室乗務員が気をきかせて空いているファーストクラスのクローゼットにチェロを入れてくれた。チェロの方が人間より格上だ。でもそれならもともと買わなくても・・・。

1人分払っていてももちろん食事は出てこない。誰かがチェロの食事を要求したら出てきたことはあったそうだ。
ブルネロは、満席の時はもちろん買わなくてはいけないとしても、すいている時は無料で載せてくれてもいいのではないか、そういうことをロストロポーヴィチのように有名な人が航空会社に提言してくれたら、と言っていた。
ベルリンフィルの団員はルフトハンザに乗るとき、所属を名乗ると無料で楽器をのせてもらえる、と聞いたことがある。本当かな。

費用も問題だが、搭乗手続きにも時としてかなり時間がかかる。座席に人間以外のものを乗せるのは特殊なことらしい。最近はかなり早くなったけれど、少し前はカウンターで2枚のチケットを提示すると担当者があちこち右往左往してずいぶん待たされた。今でも空港には早く行く。
チェロを飛行機に載せるためにこれまでかなりのお金と時間を費やしてきた。

席をとらなくてはならないのはチェロだけで、ヴァイオリンやヴィオラは問題なく機内持ち込みできていた。ただ、この1年くらいのうちに小さい楽器も席をとるよう要求されるようになってきた、とは聞いていた。とうとう12月から楽器を載せるには一律に席を買わなくてはならなくなったらしい。全日空のHPに明記されている。
http://www.ana.co.jp/dom/checkin/promotion/baggage/

都響が移動する場合、ヴァイオリンとヴィオラが36から42人くらいの編成だからかなりのコストアップになる。予算が潤沢な仕事は問題ないとしても、例えば個人で室内オーケストラや弦楽四重奏を招聘しようとしたり、室内楽の自主公演をしようとしたりすることはかなり厳しくなると思う。
地方での演奏会が減らないよう願うばかりだ。

2009年10月26日 (月)

オーケストラのための協奏曲

バルトークのオーケストラのための協奏曲は多分これまでに2回弾いていて、2回目はまだ新日フィルに入る前、都響のエキストラとしてだった。バルトークプログラムで指揮はベルティーニ。
最初に弾いたのは学生の時、桐朋のオーケストラで井上道義さんの指揮だった。あの頃の桐朋のオーケストラは決していい状態とは言えなくて、学生がろくに譜読みもせずにバルトークの弦チェレ(弦楽器、打楽器、ピアノのための音楽)、オーケストラのための協奏曲、ベルクのヴァイオリン協奏曲というプログラムを弾けるはずもなく、初日の練習で道義さんは「かつての栄光はどこに!」と頭を抱え、さらにたまたま桐朋に来ていた小澤さんに、「ワセオケ(早稲田大学のオーケストラ)の方が上手い」と言われてしまう始末だった。

久しぶりに楽譜を見てみると、特に難しいところは見事に忘れていて、記憶力の無さには驚くばかりだ。でもかなり新鮮で以前よりいろいろな景色が見える。僕には奥行きのある深い森がこの曲の基調にあると思う。タイトル通りエレジーもあるし、子守歌もある。湧き立つような思いや皮肉、ユーモアはもちろん、どうしてもサーカスが見える。
明日から都響のリハーサルが始まる。

2009年10月24日 (土)

4本の青い弦

大きな本番が一段落したので楽器も体も一度ゆるめようと思った。
ヤーガーのフォルテとスピロコアという弦の組み合わせ(3月18日の日記を参照http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/index.html)はとても良かったのだけれど、楽器の響きが減ってきたような気もするので、ヤーガーはミディアムに、下2本は懐かしいオイドクサにした。G線だけは太いゲージ(径)にした。弦のテンションが下がって、予想どおりてよんとした楽器の感触になった。
広い場所で音を通すのには向いていない組み合わせだと思う。だから人に薦められるものではないが、オイドクサのような柔らかい弦でも鳴る楽器あるいは楽器の状態であった方がいいと思う。テンションの高い弦を使って響きが少なくなり、音の輪郭だけになる状態は避けたいと思っている。

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