2019年9月18日 (水)

虫展

先月、六本木の2121デザインサイトで開かれている「虫展」へ。www.2121designsight.jp>insects

子供の頃は虫取りをした。最近はセミに触るのもおそるおそるで、虫展にも多少ためらいがあったけれど、日経新聞に養老孟司さんの記事が掲載され(本展の企画監修は養老さん)、とても興味深かったので出かけることにした。

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会場に入ってすぐ、虫の美しい標本があり、目を奪われる。想像もしなかったような様々な形、色、大きさの虫たち。
大きな部屋ではゾウムシを、工業製品のように、設計図のようにしてモニターに現していた。2センチに満たない小さなゾウムシを拡大して見たとき、人間はこれまでこんなに精緻な、動くものを作ることはできただろうか、と思った。僕は飛行機が好きで、様々な乗り物や機械、構造物に興味がある。でも目の前に示されたゾウムシはそうしたものよりずっと、バランスが取れていて美しく、機能的に見えた。素晴らしい色や形、しかもこの小さな生き物たちは意図してそれらを身につけてきたのではない。

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虫展には養老さんの言葉もたくさんある。その中から。

『生きものは三十億年の間に、ありとあらゆる問題に直面しつつ、それを解いて生き延びてきた。その解答が目の前にある。私はそう思うんですね。見ているのは問題集の答えだけです。では問題は何だったのか。そんなふうに思いながら虫を見てもらえると嬉しい。』

トンボの羽をとても大きくした展示もある。軽く強く、という要求を見事に満たした構造なのだろう、と思う。
様々な虫の跳び上がる瞬間、飛び立つ瞬間だけをスロー再生する映像があり、しばらく見入った。その後にブレイクダンスをする人間の映像があり、もちろん展示の主旨はそこにないのだけれど、大きな人間は自分の体をあまりうまくコントロールできないように見えた。(こんな書き方をしてごめんなさい)
例えば猫が高い塀を上ったり、狭い隙間を通り抜けたりするのを見て、人間は到底及ばないと思う。頭が大きくなり知能を持つようになったことと引き換えに、人間は動物のような身体能力を失ったのだろうか。

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東京に住んでいると、自然は生活から排除され、物理的にも心理的にもほとんど人間の作り出したものの中だけで生きることになる。人間の作り出したものが全て、と思い込んでいるかもしれない。
養老さんの「唯脳論」の最初にこんな文章がある。

『現代とは、要するに脳の時代である。・・・
 都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない。都会では、人工物以外のものを見かけることは困難である。そこでは自然、すなわち植物や地面ですら、人為的に、すなわち脳によって、配置される。われわれの遠い祖先は、自然の洞窟に住んでいた。まさしく「自然の中に」住んでいたわけだが、現代人はいわば脳の中に住む。』

養老さんがこの本を書いたとき、スマートフォンは存在していなかった。とりつかれたようにスマートフォンの小さな画面を見る、それはまさに脳の中に生きている、ということだろうか。

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東京でも秋には虫の声が聞こえる。夜散歩をしながら耳を澄ませると、日々虫の声が変化していくことを感じる。コンクリートとアスファルトに覆われたこの街で、人間の思惑と関係なく、小さな生き物たちが生きていることに少し安心する。
虫の美しい標本から、マタイ伝の中の言葉を思い出した。

『又なにゆゑ衣のことを思い煩ふや。野の百合は如何にして育つかを思へ、労せず、紡がざるなり。然れど我なんぢらに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その服装この花の一つにも及かざりき。・・・』

2019年9月13日 (金)

乾電池を使うラジオ

8月の旅、石打の宿で小さな携帯ラジオのダイヤルを回していたら不思議なことがあった。夜、NHK第一放送を探したのだけれど、近い放送局の電波をうまくつかまえられず、周期的な雑音の隙間から聞こえてきたのは中国地方のニュースだった。新潟県の山あいで広島放送局の電波を受信した、ということだろうか。NHKの電波より、外国の放送局の方がよく聞こえていた。その一つが中国、北京の日本語放送。日本のある政党の議員団が北京を訪問した、というニュースを伝えていた。夜は遠方の放送を聞くことができる。名古屋にいた小学生の頃、やはり夜にラジオのダイヤルを回していたらモスクワの日本語放送が流れてきたことを思い出した。

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9月1日に放送されたNHKスペシャルは停電を扱ったものだった。昨年北海道で起きた大規模な停電は首都圏でも起こり得る、もし起きたら、という内容だった。先日の台風15号が過ぎた後、なかなか復旧しない停電の報道に接して、その放送の内容を思い出さずにいられなかった。
充電環境の必要なスマートフォンや、そのための基地局など、当たり前と思っている情報にあふれた生活は、実はもろい基盤の上に立っていると思った。残念ながら台風は毎年やってくる。乾電池を使う昔ながらのラジオは、長い時間聞くことができ、おそらく全ての放送局が駄目になることはなく、たとえ大規模な停電が起きても情報を手に入れることができる。
もしお持ちでなかったら、家に一台置いてみてはいかがでしょう。

2019年9月 8日 (日)

各駅停車の旅 その4

学生の頃、よく名古屋と東京を行き来していた時、何度も青春18切符を使った。
東京から東海道線で名古屋に向かうと、だいたい熱海まで1時間半、さらに2時間半くらいで浜松。そのあたりが辛さのピークで、しかも在来線と新幹線が交わるところがあり、信じられないようなスピードで新幹線に追い越されると、次はあれに・・・、と弱気にならずにはいられなかった。でも、浜名湖を過ぎると景色に変化も出てきて、名古屋まであと少し、という気になる。
最近、筋金入りの鉄道ファンであるYさんと18切符の話しをしていたら、東海道線の熱海、浜松間は彼でも辛く、寝るかクロスワードをするようにしている、とのことだった。各駅停車に乗るといつも一番前の車両の、運転台の後ろに立つようなYさんでもそうなんですね、と驚いた。こんなことを書くと静岡の人たちに怒られそうだけれど、あの区間は平坦でまっすぐで、景色の変化が少ない(ごめんなさい)。

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5回使えるこの夏の18切符、あと1回分残っていた。名古屋まで新幹線で行き、実家に泊まった翌日、東海道線で西に向かった。いつもと勝手が違うのは父と一緒、ということ。大垣、米原で乗り継ぎ、滋賀県の草津駅で降り、さらにバスに乗って琵琶湖博物館へ。(http://www.biwahaku.jp)

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素晴らしくて驚いた。広く充実した展示。生きている魚やほ乳類の水槽展示はもちろん、琵琶湖の歴史を扱った部分も同じくらいおもしろかった。琵琶湖や、さらに日本海の成り立ちを地質学的な時間でさかのぼったり、人間の歴史では様々な生活、平清盛の時代から、敦賀から琵琶湖まで運河を掘る計画のあったこと・・・。縮尺1万分の1の巨大な地図がフロアいっぱいに展開され、日本海から琵琶湖、大阪湾までの広がりや狭さを体感できる。そして念願のカヤネズミ(ピンポン球くらいの大きさ)も見ることができた。

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残念ながら時間切れで全ては見られず帰路についた。空の広い琵琶湖湖畔を通り米原を過ぎると急な上りになる。関ヶ原に近づくにつれ、山の感じが険しくなり狭くなり、関ヶ原を過ぎるとまた開けてきて、ほんの2駅で大垣駅に着く頃にはすっかり穏やかな場所になる。そうした景色の移り変わりを見ると、まさにここが向こうとこちらを分ける要衝で、確かに天下分け目の戦があったのだろう、と感じた。

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翌日、久しぶりにこだまで帰京。安倍川の手前で、Yさんが教えてくれたとおり、海側の座席から富士山が見えた。こだまの景色の流れ方は心地いい。のぞみは速くて素晴らしいけれど、あっという間に着くからうかうか寝ていられないもの。時々車窓から海が見える。8月のような青い海と青い空が美しかった。

2019年9月 3日 (火)

「ざらざらした」

不思議なほど涼しかった7月、ラジオから流れたビル・エヴァンス・トリオの'Some Other Time'が忘れられず、CDを求め、この夏は毎日ビル・エヴァンスを聞いていた。

お盆の頃、映画「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」を観に行った(evans.movie.onlyherts.co.jp) 。うまく言えないけれど、素晴らしい映画だった。劇的な人生、世間的な幸福というものとは遠かった人なのかもしれない。映画が終わって我に返り、家に帰る、その時静かな夜であってほしい、と思うことがある。そんな映画だった。ビル・エヴァンスを知る人々が口をそろえて言う彼の美質は音色、リリカルな演奏だった。もう一つ、何度も聞きたくなる彼の演奏の心地良さは、揺るがない強靱なテンポ感から来ているのでは、と思う。

残念ながら8月は暑く、そして9月になった。greendayの'wake me up when september ends'を聞く季節になった。

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9月3,4日の都響定期演奏会は大野和士さんの指揮でブルックナーの9番。ニ短調で始まる冒頭は暗い。大野さんは冒頭のトレモロを、変ホ長調で柔らかく始まる4番とは違い、「ざらざらした感じ」で弾くよう求めた。なるほど、と思った。
未完の9番は第3楽章まで作曲された。その楽章の冒頭には、ヴァイオリンのG線のハイポジションの音色を見事に使った、印象的な音程の跳躍がある。それはマーラーの9番の第3楽章の冒頭を思い起こさせるけれど、10年以上先に書かれたブルックナーの方が、調性という観点から言うと、遙かにシェーンベルクの世界に近い、という大野さんの話も興味深かった。9番の交響曲、少し耳を澄ますと、すごく変わった音の並びがたくさんあることに気付く。
3日目のリハーサルで、終楽章の後半にヴィオラがシンコペーションのリズムを弾くことに気付いた。今日の本番では第1楽章にもあるように聞こえた。他のブルックナーでどこかのパートがこのようなシンコペーションを受け持つことはあっただろうか。

プログラムの前半はベルクのヴァイオリン協奏曲。シェーンベルクやペンデレツキの協奏曲で苦労した今年、久しぶりに弾くベルクは、シンプルで美しい曲に聞こえる。ソリストはヴェロニカ・エーベルレ。前回来た時はベートーヴェンの協奏曲だった。その時は終楽章の速いテンポが印象的で、ドライな演奏をする人だな、と思った。今回はずっとつややかで美しい。(2017年11月9日の日記、「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲」をご覧下さい。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-dd77.html)
この協奏曲、ソロのヴァイオリンが高いソの音を長く伸ばし、そこにオーケストラの様々な楽器の音が重なって終わる。音が重なった時の響きを聞いて、武満徹さんのようだと感じた。もちろん、武満さんの方がずっと後なのだけれど。

2019年8月30日 (金)

最近の日経新聞から

毎朝新聞が届くのが楽しみ。
届いた日経新聞の、最初に目を通すのは最終面の連載、私の履歴書。6月は脚本家、橋田壽賀子さん。テレビドラマに興味はなかったけれど、この連載は見事だった。初日、橋田さんはご自分のことを「天涯孤独」と書き始め、最終日まですっかりひきつけられて読んだ。数々の脚本の裏側にはこんなに切実な話があったのか、と思った。
7月はゴルフの中嶋常幸さん。スランプに陥った時の記述が特に素晴らしかった。物事がうまくいっている時、本人にも理由がわかっていないことは多いと思う。中嶋さんは若手が不調を訴えた時、徹底的に苦しめと言う、と書いていたと思う。
今月はファッションデザイナーのコシノジュンコさん。子供時代、洋裁店を営む岸和田の実家の店番をしているとき、自分で作ったカバンを棚に並べて、強気の値札をつけてみた、というあたり、なるほどこういう経験がのちの仕事の核になっていくんだ、と思った。後半は、なんだか功績ばかりの記述になって・・・。

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8月下旬、スポーツの記事がおもしろい。スポーツの魅力の一つは、考えたようにはなかなかならない、ということだと思う。実際にやってみないとわからない。それはきっと音楽も同じ。

8月23日に掲載された北島康介さんの記事は、7月に行われた競泳世界選手権について、
『個人メドレー2冠の瀬戸大也はやっぱり運を持っている選手だ。これはとても重要。競ったら、最後はわずかなスキも見逃さず、勝機を味方にできる選手が勝つのだから。
 記録は良くはない。大也も「これでは五輪は駄目」と自覚している。個人メドレーは最後にへばらないようターゲットタイムを決め、ペース配分して泳ぐ種目だ。ただ、今回の大也は五輪を見越し、失速覚悟で飛ばし、どれだけやれるかを試していた。その勝負度胸にはしびれた。
 ・・・・・
 記録、競り合い共に最もハイレベルだったのは200メートル平泳ぎ。前世界記録保持者の渡辺一平は目前で記録を破られ3位。一平は今まで決勝でタイムを落としたけれど、今回は記録をあげていたいいレースだった。がぜんやる気が出る負けだったと思う。
 ・・・・・
 日本は好成績を出して五輪に向けて勢いづきたかっただろうけど、結果が芳しくない方がいい時もある。すべきことが明確になるからだ。 頑張って記録を伸ばせ。今大会を見た限り、五輪での勝機はまだ十分あると思う。』

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8月27日に掲載された小久保裕紀さんの記事から、
『勝負どころで決められたのは緊張をコントロールする極意のおかげだった。5秒ほどぐっとバットを握りしめて、緩める。止まっていた血が再び流れるのを手のひらで感じ「よし、いつも通りの自分だ」と確認する。この手順を踏めば、緊張しながらも我を失わず、打席に入れるのだった。
 もちろん、一朝一夕に身についたものではない。むしろ、自分でも情けないほど好機に弱い時期があった。・・・・・
 日本屈指のメンタルトレーニングの先生の門をたたくと、まず「緊張するのは悪いことではありません」と言われた。人は緊張するから力が出せるし、大舞台で仕事ができる。要はその緊張を制御すること、といわれて取り入れたのが、バットを強く握って緩める方法だった。
 同様に、歯をくいしばって緩める、腹筋に力を入れて緩める、ぎゅっと手を握って緩めるという、緊張とリラックスの切り替えを寝る前、起床後に毎日繰り返した。そのうち脳に新たな回路ができ、意識的に緊張を制御できるようになる、というのが先生の教え。その通りになったのだ。』

昨日8月29日に掲載された権藤博さんの記事から、
『・・・監督とコーチはやらせてみないとわからない、というのが私の持論。
 ・・・・・
 元木で思い出すのは、守備のときに、いつも隠し球を狙っていたこと。とにかく油断ならず、目が離せなかった。
 外野から返った球を持ち、ぷらぷらとベースに戻ってくる。常に同じ顔、同じペースというのがミソで「腹に一物」の気配がない。だから、やられる。私はその手口を知っていたから、常に警戒し、グラブに球を入れたままにしているのを見つけては「もときーっ」とベンチから叫んだものだった。
 隠し球も野球センスの塊だからできる芸当。そんな元木には珍しく、「ゴー」のタイミングなのに、走者を三塁で止めたことがあった。
 「あれは『ゴー』だろ」と私は言った。するとあっさり「はい、あれはミスでした」。その素直さに感心した。「いや、走者が」とか、言い訳するのが普通で、自分の非を認めるコーチには会ったことがない。これはいずれすごい指導者になるかも・・・・・。』

2019年8月24日 (土)

各駅停車の旅 その3

8月21日
昨晩、宿のおかみさんに、朝食の時間は7時半くらいにしてほしい、とお願いしておいた(本当は7時)。温泉のせいか、虫の鳴き声のせいか、ぐっすり眠り、7時に目覚ましが鳴っても五里霧中、正体不明のまま。もう5分あと5分、と思っていたら、階段を上がってくる足音が聞こえた次の瞬間には戸が開き、今日は晴れましたね、と言いながら、おかみさんが朝食のお膳を持ってずいずいっと部屋に入ってきた。郷に入っては郷に従え、ということか。

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今回、石打に宿を探したのは県境の手前で泊まりたいと思っていたから。新幹線で新潟方面に行く度、山を越えた越後湯沢あたりから、景色が変わることを感じていた。緑の感じが違う。この景色の中で過ごしてみたいと思った。青空、虫の声は昼のものになっている。草むらからはスィーー、ッチョンが聞こえ、窓のすぐ横には蝉がとまり鳴き始めた。ものすごい音量だ、命の限り鳴いている。宿の近くを歩いてみると、虫や蛙がたくさんいる。大きなヤンマをこんなに見るのは初めてかもしれない。

宿帳に記入し宿代を払うと、おかみさんに、学生さん?と言われた。冗談を言うような人には見えなかったのだけれど。

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今日は旅の最終日、ひたすら電車に乗る日だ。各駅停車の旅は、その土地の風土や、それが場所によって変化していくことを感じられる、そういう旅だと思う。飛行機や新幹線の旅は、カプセルに入れられてA地点からB地点に、一散に移動するようだ。

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毎日ひたすら移動し、車窓を流れていく景色をずっと見ていると、まさにこの瞬間が旅、と思う。各駅停車でも充分速い。目的地を目指すのでも、何か特別なものを見るわけでも、豪華なものを食べるわけでもない、ただその場所を感じ、移動していく。これまで点として知っていた町を、ゆるやかに線でつなぎ、点から点への変化を感じていく。

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トンネルを越えて群馬県側に入り、名前は知らない二つの川の合流点が見えた。片方は昨日の大雨の影響で強く濁り、もう片方は澄んでいる、その二つの流れは合流してもなかなか混じらず、しばらく平行して流れていた。以前テレビで見たアマゾン川の映像を思い出した。
4時間以上かけて都心に。コンクリートやアスファルトで覆われ、地面がほとんど見えないここに戻ってきた。まずラボテイクにフィルムを出しに行く。雨の降る中、カメラやレンズを濡らさないよう撮った3本は宝物だ。現像の上がるのが待ち遠しい。もちろん晴れていた方が快適だし、写真も撮りやすい。でも雨の日に撮れる写真がある。昨日まで毎日、雨が降り始める時を感じていた。その時、いつも光に独特のきらめきがあることを知った。雨上がりの美しさは言うまでもない。

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2019年8月23日 (金)

各駅停車の旅 その2

8月20日
泊まった部屋はエレベータの真裏にあり、昨晩は意外に静か、と思っていたけれど、今朝は6時過ぎからごっとんごっとん活発な音がして起こされた。やれやれ。このホテルは仕事で利用している人が多いらしく、朝が早い。チェックアウトして海を見に行く。

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薄緑色の美しい海だ。東京からはるばる分水嶺を越えて来たのだ。海の際は国道で、山側の住宅地はすぐ小高くなっている。これは昔からの地形なのだろうか。駅に向かう途中、雪を避けるためらしい、ひさしのある通りを歩いた。古い通りが断続的にある。どのくらいの広さが数年前の火事で失われたのだろう。

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糸魚川から西は富山まで、東は直江津まで、JR線ではない。新幹線網が張りめぐらされた結果、重複する区間の経営が変わったのだと思う。当然18切符は使えない。昨日のしなの鉄道もそう。思いの外、制約があった。
日本海ひすいラインで有間川へ。途中、トンネルの中に駅があった。トンネルの外にはどんな景色が広がるのか、見てみたくなる。港で写真を撮っていると雨が強くなり、いったん建物の中に入ったけれど、弱まる気配がないので有間川駅に戻る。駅に上る道を間違えて、その分濡れてしまった。

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直江津からは信越本線に。できるだけ濡れずに海の写真を撮れる場所を、と考え、青海川で降りる。雨が強くて水平線があいまいになり、どこからが空なのか海なのかわからなくなりそうだ。

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刻々と表情を変える海を眺め、波の音を聞き、弱まる雨の気配に耳を澄ませていたら、すぐ次の電車が来た。長岡へ。久しぶりの長岡駅は洒落た感じになっていた。ゆっくり昼を食べ、今日最後の電車に乗る。上越線が長岡を出る頃、ほとんど雨は上がっていた。でも水上の先は大雨で止まっているらしい。車窓には水田が広がり、あぁ新潟だ、と思う。もう一つ、家々の屋根の急な角度を見ると、豪雪地帯なのだな、と思う。長岡からはひたすら緩やかな上り。

列車が六日町を過ぎるとアナウンスが入り、この先、今日の豪雨のため、安全確認をしながら徐行運転、とのことだった。少し遅れて石打駅着。迎えに来てくれた宿のご主人にその話しをすると、もう少し降ると電車は止まるよ、と言われた。宿の予約をした時、電話口でおかみさんに、うちはただの湯治場で何にもないけど、いいですか?、と言われた。そんなことを言われたのは初めて。泊まってみようと思った。
僕の部屋は六畳間、鍵はなく、窓からは山の緑が見え、虫の声が聞こえる。着いた時はまだ蝉がみんみん鳴き、ヒグラシは遠くに聞こえていた。日が暮れるにつれて鳴く虫が変わるのがわかる。夜になり、静かな虫の声と川の音ばかりになった。本当に素晴らしい。テレビもインターネットもいらない。

2019年8月22日 (木)

各駅停車の旅 その1

8月18日
いつもより少しだけ早起きして、中央線と小海線を乗り継ぎ清里へ。さてタクシーに、と思ったら駅前にいない。タクシー会社に電話してもらちがあかず、ようやく来た一台に、やはり待っていて目的地が同じ親子と一緒に乗ることにした。清里フォトアートミュージアムの「ロバート・フランク展 もう一度、写真の話をしないか。」(kmopa.com/?cat=6)

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東京の熱気は嘘のように、甘くさわやかな空気がここにはある。木々の間を通ってくる光、鳥の澄んだ声、降り始めた雨が葉に当たる音・・・。ここは10年ほど前まで、ホテルも併設されていたそうだ。夜も過ごせたらどんなにいいだろう、と思う。ロバート・フランクの写真は言うまでもなく素晴らしい。彼がその時どのように世界を見ていたのか、彼の目と一緒になろうとした。

ゆっくり見て、さて再びタクシーだ。美術館に着いた時、運転手と帰りの話しをしておいた。予定の電車の時間を伝え、そして4時過ぎに電話すること。電話をして待っていると美術館の電話が鳴り、タクシーは今小淵沢にいて、間に合わないからキャンセルさせてほしい、とのことだった。なんとまぁ。タクシー会社の抱えている車が極端に少ないらしい。
幸い助け船を出して下さる方がいて(本当にありがとうございました)、3人は無事清里駅に着いた。彼女たちも青春18切符を使っていて、でも大月あたりから特急に乗ってしまうかも、と言っていた。確かに一つの区間が2時間を越えると辛くなるもの(高尾~小淵沢間が2時間半くらい)。雨足が強くなる中、僕は小海線に2時間乗り、小諸へ。清里より先に行くのは初めてだった。

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小諸駅からホテルまでの道のりを甘く見ていた。軽く1キロちょっと、と思っていたら、ひたすら登り続ける1キロだった。東京も坂の街だけれど、こんなに登ることはない。参りました。


8月19日
起きると頭が重い。今朝は小諸駅までひたすら下る。昨晩は暗くてわからなかったけれど、どこからか水の音のする、風情のある町だ。しなの鉄道で篠ノ井、篠ノ井線で松本、松本にちょっと寄ってから大糸線で信濃大町へ。
どこでもそうなのかもしれないけれど、長野県内を鉄道で移動すると、山あいに線路が敷かれていることがよくわかる。少なくとも片側、多くの場合両側に山が見え、その表情は沿線によって異なり、どこも魅力的。住むなら信州、と思う。見晴らしのいい小屋、中に薪ストーブがあったら、もう言うことなしだ。

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大町でゆっくり昼を食べ、町を少し歩く。

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さらに大糸線で稲尾へ。木崎湖の湖面が美しい。風が強くなり、残念ながら予報通り雨も強くなり、駅舎に避難する。雨足が強くなった分、湖は幻想的な雰囲気になった。

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さらに2駅乗って簗場下車。雨が強く、しばらく駅で様子を見る。駅から中綱湖を通り、簗場のスキー場に通じる目の前の道は、40年近く前スキーに来て、大雪で閉じ込められた時、宿から国鉄の駅まで情報を求めて何度も通った、雪しか見えなかったあの道だろうか。

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小降りになった頃を見計らって中綱湖へ。ここの水の感じはやはり好きだ。雨のせいか、そこら中で蛙がはねる。こんな雨の中でも釣りをしている人たちがいる。

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夕方の大糸線でさらに先へ。白馬より向こうは行ったことがない。南小谷で糸魚川行きに乗り換え。凍りつくくらい空調の効いた車両だった。暗くなってほとんど見えないけれど、かなり険しいところを走っているらしい。南小谷から糸魚川までの途中駅で降りたのはたった一人、女の子が街灯もないようなさみしい駅で降りていった。

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糸魚川駅前の食堂に入る。ものすごく感じの良い店だった。1日よく歩き、しっかり濡れた身には嬉しかった。そう、昨日小諸で入ったラーメン屋も、とても感じが良かった。

2019年7月28日 (日)

ブルックナーの4番

7月24,25日の都響定期演奏会はアラン・ギルバート指揮でブルックナーの交響曲第4番など。
以前知人が、この交響曲の四分音符二つと三連音符からなる主題は、手稿譜では五連符で書いてある、と教えてくれたことがある。二連と三連のリズムをはっきり分けるのではなく、五連符のように、少し曖昧に感じることが作曲者の最初の意図に近いのだろうか。でもこの二連と三連の組み合わせは、性格は違うけれど、やはり一度聞いたら忘れられない第3楽章のホルンのモチーフを構成してもいる・・・。さらに言うと、この組み合わせは3番の交響曲にすでに使われていて、でも4番の方がはるかに伸びやかに感じられる。

4番の大きな特徴は、ヴィオラの活躍だ。金管楽器のコラールとヴィオラの四分音符が絡む部分はかなり長く続く。この交響曲の最も美しい箇所の一つだと思う(チェロはその間ずっと休み)。この仕事の期間中、折りにふれてスコアを見ていた。そのヴィオラの旋律は、時として下の音域はファゴット、上はクラリネットで補うように書いてある。そのことを知って、自分の席で改めて聞いても、木管がヴィオラを補強しているようには聞こえず、金管の響きの中に、ヴィオラの弦の倍音が浮き上がるようにしか聞こえない。ファゴットもクラリネットも金管のすぐ前で吹いているので、自然にブレンドされて、直接音としては聞こえてこないのだろうか。

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そしてブルックナーと言えば何と言っても(弦楽器奏者にとって)、延々と続くトレモロだ。ただし、3番ではさほど使われておらず、本格的な使用は4番から。
新日フィルにいたとき、ハウシルトという職人肌の指揮者でブルックナーの7番を弾いた。ハウシルトはトレモロを、弦楽器奏者それぞれが違う弓のストローク、速さ、リズムで弾くよう求めた。人間は不思議なもので、隣の人と違うリズムで弾くことは難しいことがある(そうでないこともある)。トレモロのリズムが自然と同調するのはそういうことだろう、と思う。彼はあえてそうでないやり方を求めた。皆が同じようにきざむと十分にトレモロの効果が出ない、ということだ。
(ところで、職人肌と言ったら怒られるかもしれないけれど、しばらく前に放映された「N響伝説の名演」という番組の冒頭は、H.シュタインの指揮する運命だった。僕の興味はその後に放送されたガスパール・カサド(驚くほど情熱的で素晴らしいハイドンの協奏曲だった)やフルニエ、シェリングだったのだけれど、その運命が素晴らしくて耳と目を奪われた。90年代前半の収録。2019年現在、こういう熱さを僕たちは持っているだろうか。そのオーケストラの熱さを見事に引き出していたのはシュタインの、決して拍を直線的には強く出さない指揮だったと思う。あの曲はどうしてもオーケストラが硬くなるから、そこに硬い棒だとさらに両者硬くなってどうしようもなくなる。素晴らしいと思った。僕もこういう指揮で運命を弾いてみたいと思った。やわらかく、しかも音楽がこれから進む方向を見事に示していた)

20年くらい前、確かリンドベルイというフィンランドの作曲家の、同じ拍の中に様々な楽器で9連符、10連符、11連符、・・・、と異なる音価を重ねる曲を聞いたことがある。それはそれは不思議な、音のにじむような感じだった。
ブルックナーのトレモロは自然と16分音符、32分音符、・・・というように2の倍数で弾いてしまうと思う。ある程度の人数の奏者がや5や7、11の倍数で弾いたら、どうなるのだろう。たとえピアニシモでも、ぶわっとふくらむような感じがより出るのではないだろうか。
2日目のサントリーホールでのゲネプロ、アランが冒頭のトレモロを始める前に大きく呼吸をとって、と言った。本番の舞台で音が出る前の、なんと言ったらいいのだろう、オーケストラ全体が音もなく呼吸する瞬間というのか、大きな船が静かに岸壁を離れて出航する瞬間のような、あの空気感は、もしかしてあの日の演奏会の中の白眉だったのかもしれない。

2019年7月20日 (土)

最近読んだ本から

しばらく前に2年がかりで読み終えたのは平家物語。岩波文庫版で4分冊、僕の浅い理解で、ものすごく大まかに言うと、最初の2冊は平家の世、後半2冊は流れが源氏に移っていく。最初はなかなか読み進めず、何ヶ月も中断していることもあったけれど、後半は合戦が多く、知っている地名も次々と出てきて、毎晩眠る前に少しずつ読むのが日課になった。文章に何かのリズムがあり、それが心地よい。
人の生き死に、誇り、おごり、見栄、恐れ、恩愛、別れ、出家、嘆願、ねたみ、・・・、そうした様々なことに一つ一つ心を動かされた。細部の描写と同時に、平氏から源氏へと流れが移っていく大きな動きも見えて、見事だと思った。作者不詳。琵琶法師たちがこの物語を各地で諳んじて語ったのだろうか。

昨日読み終えたのは釈宗演著「禅海一瀾講話」。図書館で借りて読み始め、この本は必ず読み返すことになる、と思い書店に行った。七百ページを越える分厚い本はどうにも持ち歩きにくく、非常に行儀が悪いのだけれど、半分あたりで分けてしまい、自分で表紙をつけた。

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どれほど理解したか、はなはだ怪しいけれど、釈宗演さんの語り口に触れているだけで十分と感じたし、ちんぷんかんぷんだった仏教書、例えば臨済録について、あぁそういうことなのかもしれない、と感じることがあった。先日のヨーロッパにもこの本を持っていき、飛行機の狭い座席に辛抱ならなくなったとき、機体後部、トイレ前のわずかなスペースに立って、読み進んだ。その時読んだ部分はとても印象的だった。

『・・・凡そ「大道」を知ろうというには須く「見性」しなければ話が出来ない。心を見るということが出来なければいかぬ。これは禅宗の本旨でありますが、世間的に言うと中々注目すべき文字でありましょう。心を知るとか、心を究むるとか、心を学ぶとかいうことは言うであろうが、「見性」というて、物質を手に乗せてアリアリと見るが如くに我が心を見るのが「見性」で、『血脈論』には「若し仏をもとめんと欲せば須く見性すべし」とある。また、「菩薩の人は眼に仏性を見る」などともある。こういうことは出来得られないと思うのは、我々が意識的に考えて居るので、モウ一層その上に出て来ると、この物質を見る如く明らかに見ることが出来る。大乗仏教の本領、禅宗の真髄はそこにある。』

今年の前半、この2つの本を読めたことは本当に素晴らしかった。得がたい経験だったと思う。
こうして古い本ばかり読むのは、まぁ僕が古くさい人間だということだろうし、それ以上に、昔の人の方が、人間というものについてよく知っていたのでは、と思うことがあるから。技術が進んだ現代、人々は自分たちついて本当によくわかっているのだろうか、現代人の心や体の使い方は本当にこれでいいのだろうか、と常々疑問に思う。スマートフォンはおろか、車も電気もなかった時代、人間と人間は生身でやりとりするしかほぼ方法がなかった時代、人々はどのように生きていたのだろう。

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少し前、書店でたまたま見つけ、それがとても幸せな出会いだったのが、V.S.ナイポール著「ミゲル・ストリート」。書いてあることは実際に起きたことなのか、それとも作者のファンタジーなのか、両方の混合なのか・・・。こんなに自由に生きていいんだ、と思った。
今読んでいるのはJ.M.シング著「アラン島」。確か読んだような気もするのだけれど。こうして始まる冒頭から素晴らしい。旅に出たくなる。

『僕はアランモアにいる。暖炉にくべた泥炭の火にあたりながら、僕の部屋の階下にあるちっぽけなパブからたちのぼってくるゲール語のざわめきに、耳を澄ませているところだ。・・・』

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