2019年2月15日 (金)

ロメオとジュリエット、ウェストサイドストーリー

時々教えに行っている大学オーケストラの、今月の演目はチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」とドヴォルザークの「新世界より」。
チェロの分奏はいつも時間が足りなくなり、曲の後半が手薄になるので、先週は「ロメオとジュリエット」の後ろの方から始めた。曲の終わり近く、調性が明るくなり、木管楽器のコラールを過ぎて、低弦から始まる弦楽器のセクションをみていた時、もしかして・・・、と思った。バスがシ、ラ、ソ♯、・・・、と同じ音型を何度も繰り返すそのフレーズは、バーンスタインが作曲したウェストサイドストーリーの音楽の中にも、同じ音型がある。第二幕の「Somewhere」、女声で歌われる美しい旋律だ。七度音程の跳躍で始まるそのフレーズは何度も繰り返され、波のように押し寄せる。
ウェストサイドストーリーはシェイクスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」に倣っている、と聞いたことがある。もしかして、バーンスタインはチャイコフスキーの「ロメオとジュリエット」へのオマージュとして、さらにもしかして、シェイクスピアへのオマージュとしても、チャイコフスキーの序曲からその音型を引用したのかもしれない、と思った。あるいは、たまたまその音型を書いてしまったのか(バーンスタインがチャイコフスキーのこの曲を知らなかった、ということはなかったと思う)、創作の秘密がどこにあるのかはわからないのだけれど。

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動画サイトでチェリビダッケ&ミュンヘン・フィルの新世界を見た。https://youtu.be/_9RT2nHD6CQ
何度も弾いてきた曲に新しい世界が見える。チェリビダッケの指揮を見ると、あぁ確かに楽譜にそう書いてありますね、でも僕はそのことに気づいていませんでした、と思う。2019年の今日にはもう、こんなに存在感のある指揮者はいないのかもしれない。オーケストラの団員の感じも他と違う。
しても仕方のない後悔だけれど、チェリビダッケとミュンヘン・フィルの演奏を実際に聴かなかったことは悔やまれる。聴くチャンスは二度もあった。

2019年2月 7日 (木)

昨日の日経新聞から

昨日、2月5日の日経新聞夕刊には楽しい記事がたくさんあった。
一面は翻訳家の松岡和子さん、
『マラプロビズム(おかしな言い間違い)成立には条件がある。まず、それを聞いた観客に、間違いのない「正しい」言い廻しを即座に思い浮かばせなくてはならない。次に、言い間違いが「正しい」言葉の反対語になったり、文脈上見当はずれになったりする「おかしさ」が生まれねばならない。この条件は原文のみならず、マラプロビズムの翻訳にも当てはまる。・・・・・』
その例として「へびこつらう」「悲喜もごもご」「ばっくざらん」「てもちぶたさん」と続く。

二面にはウナギの産卵場所を探す塚本勝巳さんの連載が、そして最終面には落語家、桂南光さんの「こころの玉手箱」。その中から

『「本来無一物」と書かれた掛け軸は、大師匠の桂米朝師匠の形見分けでいただいた。・・・・・
 この掛け軸は薬師寺の管主だった高田好胤さんからもらったそうだ。書いたのは好胤さんの師匠の橋本凝胤さんという人で、「人間は裸で生まれて裸で死んでいくわけだから『本来無一物』を信条に生きなさい」という教えだという。米朝師匠が掛け軸を気に入って譲ってほしいと頼むと、「なんぼ米朝さんでも師匠が私のために書いてくれた宝物をあげることはできません」と断られた。
 普通はここで引き下がるところ、米朝師匠は「そうでっか。本来無一物というのを信条に生きているのに、それを手放すことはできんということですなあ」とチクり。好胤さんは「米朝さんには参った。確かにそうですな」とくれはったという。』

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朝刊には悲しいニュースがあった。ジャズ評論家、児山紀芳さんの訃報。目にしたとき、あっと声が出た。
土曜日夜のNHKFMの番組「ジャズ・トゥナイト」、児山さんの穏やかな口調の解説と共に聞くジャズは、とても心地よい時間だった。最近は他の方に代わることが多く、気にしていたのだけれど。放送で一方的にこちらから知っているだけの方、でもラジオから流れてくる声を聞くだけで、音楽への広い愛情が伝わり、素敵だなと思う、そういう方だった。
黒田恭一さんのことを思い出す。黒田さんが担当されていた日曜日午前中のFM番組の最後は「どうぞお気持ちさわやかにお過ごしくださいますよう、・・・」と結ばれ、寝坊助の僕もその言葉に動き出すきっかけを頂いていた。もう10年近くたつのか・・・。(2009年6月の日記をご覧ください。ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-ea77.html)

謹んでご冥福をお祈りいたします。

2019年1月23日 (水)

感情

昨年の秋、ごく些細なことで怒りがこみ上げることがあった。そしてその感情が通り過ぎていく時、どうしてこんなことで僕はこんなに怒っているのだろう、と不思議に思った。感情とはいったい何だろう。ものごとを見聞きする際、好き嫌いや、何かの感情を伴っていることがある。あるがままに見る、とはどういうことだろうか。そんなことはできるのだろうか。
以前、商業音楽の作曲をする音楽家が、クライアントの要請に応えるために、できるだけフラットな気持ちでいるようにしている、と言っていたことを思い出す。彼がどうしてそういうことを言ったのか、今少しわかる気がする。

元日の中日新聞に2ページの紙面を使った、興味深い対談が掲載された。棋士の豊島将之さんと独立研究者、森田真生さん。その中から。

『 - 豊島さんは対局中とても冷静に見えますが、指しながら湧き起こる感情にはどう対処していますか。
豊島  そうですね、自然と感情が落ち着くようになった感じです。対局後になぜ負けたか反省しますが、喜びすぎて失敗したり、思いも寄らない手を指されて動揺したりと、感情が原因になっていることもある。感情の動きをプラスに働かせる方法があってもいいと思うんですけれど。
森田  感情を積極的に生かす棋士もいますか。
豊島  結構います。自分の将棋は逆転勝ちが少ないのですが、気持ちを前面に出して戦っている棋士の方が逆転が起こっている気がします。
森田  僕の場合、ものを考えるときに求めるのは「懐かしい」という感覚です。物事を深く分かった時や、未知なものについて考えていて、自分にとって遠いはずのものがよく分かったりした時に、懐かしいと感じる。自分が、自分より大きなものの一部であると感じて安心する感覚というんでしょうか。
豊島  自分も感情を大切にしているところはあります。将棋ソフト、つまりAIの示す最善手とは違っても、自分が好きだと思う手には価値を認めてそれを指すことにより、最後まで一貫した指し手が続く気がしています。』

1月5日の日経新聞に掲載された五木寛之さんの記事から。

『「今は、難民の時代でもある。移民や難民が押し寄せて、それをどう扱うかで国民国家の存立が問われている。その影響で、米国でも欧州でも新たなナショナリズムが台頭している」
 - 欧米ともにポピュリズムの政治家が人気を得て、排外的なムードが高まっている。
「人間とはそんなに利口ではないな、とつくづく思うことがある。第1次世界大戦で1千万人以上もの人が死んだというのに、またすぐ第2次世界大戦を起こすというのは、どう考えても納得がいかない。人間は決して理性的な存在ではなく、情念とか衝動に流されやすい生き物だと思うほかない」』

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先日読んだのは、野口晴哉著「体癖」。実に痛快だった。その中から。

『動物の動くのは要求の現象である。人間においても同じであって、そのエネルギーは欲求となり欲求実現の行動に人間をかりたてる。一を得れば二を求め、三を追う。かくして人間は後から生ずる欲求を、実現せんものとあくせくし続ける。涯(かぎり)ある生をもって涯りない欲求を追っているのだから、いくら余剰があるように見えても充分ではあるまい。しかし欲求実現のために他動物はその体を動かすのだが、人間生活の特徴はその大脳的行動にある。坐り込んで機械器具を使って、頭だけをせっせと使うのだから余剰運動エネルギーは、方向変えして感情となって鬱散するのは当然である。そこで、八十の老婆も火の如く罵り、髭の生えた紳士も侮辱されたと憤る。四十秒の赤信号が待ちきれないで運転手は黄色になるや否や飛び出す。足もとも見ないで遮二無二焦だって(いらだって)いる姿は理性のもたらすものとはいえない。余剰エネルギーの圧縮、噴出といえよう。人間に安閑とした時のないのも、また止むを得ない。しかしこれとてエネルギー平衡のための自然のはたらきであって、他の動物はこれによって生の調和を得ているのである。・・・』

2019年1月18日 (金)

「ひたむきな」

先週は国立科学博物館の「日本を変えた千の技術博」(meiji150.exhn.jp)へ、今週は2121デザインサイトの「民藝 Another Kind of Art 展」(www.2121designsight.jp/program/mingei/)へ。
どちらもさっと見て出るつもりが、見始めたら楽しくなり、ゆっくり見てしまった。科学博物館の展示の中に、昔の研究者の小さなノートがある。そこには実験のデータが丁寧に手書きで記され、研究に臨む姿がありありと感じられた。また、2121では様々な生活用具はもちろん、職人や流通にかかわる人の映像も素晴らしく、また柳宗悦さん、深澤直人さんの印象的な言葉があった。その中から。

『私は「どうしたら、美しいものが見えるようになれるか、とよく聞かれる。別に秘密はない。初めて「今見る」想いでみることである。うぶな心で受取ることである。これでものは鮮やかに、眼の鏡に映る。だから何時見るとも、今見る想いで見るならば、何ものも姿をかくしはしない。たとえ昨日見た品でも、今日見なければいけない。眼と心が何時も新しく働かねば、美しさはその真実の姿を現してはくれぬ。』 柳宗悦

『芸術家でも職人でもない人の無我な手から生み出されたものには、得も言われぬ魅力が潜んでいる。「私があの子どもたちの年齢のときには、ラファエロと同じように素描できた。けれどもあの子どもたちのように素描することを覚えるのに、私は一生かかった」と語ったパブロ・ピカソ。これは柳宗悦に同じく、ひたむきな心が創作に与える純粋性を評した言葉だ。』 深澤直人

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二つの展示に共通するのは、もともと誰かに見せることを考えていなかったものが、展示されていたことだ、と思う。会場を出るときに清々しい気持ちになっていたのは、そうした理由によるのだろうか。普段目にする様々な展示は、見られることが前提になっている。見られる、見てほしいと思う、そのような心の持ち方は、作ることとは別の何かを含んでいるのかもしれない。誰かに見てほしい、注目されたい、自分はこんなに素晴らしいことをしている、この心の叫びを・・・。そうしたものは表現の原動力なのかもしれないし、かえってその表現が人に伝わるのを邪魔しているのかもしれない。あるいはもしかして、表現すべきものですらないのかもしれない。

オランダ人の、ゴッホの専門家が来日した時、ゴッホは世界一幸せな画家でした、なぜなら自分の描きたいように描いたからです、と言っていた。生前ほとんど絵は売れず、ほとんど注文されず、おそらく注目もされず、弟テオに支えられながら絵を描いた、そういう人生だったのだろうか。今や多くの人の心を打ち、市場に出れば騒ぎとなる絵、そのことと、それを描いたゴッホの人生との間の開きを考える。

2019年1月12日 (土)

シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲

1月10日の都響定期演奏会の前半はシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲。パート譜をざっと見た時、そんなに黒くないし(細かい音符が多くないということ)きっと大丈夫、と思っていたら、僕のこれまでの音楽人生の中で(さほどのものではない)、指折り何番目かの難しさだった。ただし同僚から、そんなに難しいんですか?、とか、チェロ大変そうだね、と言われたから、パートによって印象はずいぶん違うらしい・・・。(オーケストラではよくあること)

何が難しかったのか、考えてみる。
最大の理由は定型がほとんどなかったことだと思う。リズムが似ているようにみえる時でも、毎回少しずつ違う。あるリズムが拍の前にきたり、拍の頭にきたり、アップビートが八分音符だったり十六分音符だったり、複雑に入り組んでいる。慣れてきて他のパートが耳に入るようになると、かえって惑わされる。その上、十二音技法というのか、音の予想がいつもつかない。リズムにも音にも定型がない。逆に言うと普段、身についた定型に頼っている部分がかなりあるということだ。
そのような場合は、淡々と、ただ目の前の音符を一つずつ丁寧に弾いていく、それが良い方法だったのかもしれない。実際問題、丁寧に弾く時間はほとんどなかったけれど。猛烈なスピードで動いていく現在の状況の中に身を置きながら、楽譜を読んで、その中にフィットしていくように音を出していく。以前、オーケストラ奏者は空間認識能力が高い、という話を聞いたことがある。楽譜を図形のように、地図のように素早く読む、ということだろうか。(残念ながら、僕の能力がたいしたものだとは思えない)素人考えだけれど、世界ラリー選手権に出場するようなナビゲーター(運転席の隣に座って、地図を読み、方向などの指示をドライバーに出す人)がもしオーケストラ奏者になったとしたら、非常に高い能力を発揮するかもしれない、と思う。オーケストラで弾くことが趣味の、プロのナビゲーターがもしどこかにいたら、話を伺ってみたい。

自分が間違えて飛び出した箇所を、次に通る時気をつけていると、他の人が飛び出したりして、あぁ自分だけじゃないんだ、と思う。シェーンベルクという人は人間のことをよくわかっていて、こう書くと君たちは間違えるよね、と見られているようだった。
そして、これはいつものことだけれど、記譜が、へ音記号、ハ音記号、ト音記号と目まぐるしく変わり、ピチカートとアルコの持ち替えに加えてバットゥート(弓の木の部分で弦をたたく)の指示もあり、ディヴィジの指示(パートの中でさらにパートが分かれる)であちこち目が泳ぐ。加えて追い討ちをかけるように、写譜が読みにくい。同じ小節の中で1拍にあてられるスペースが違い、あぁもう、実に読みにくい。大事な休符が隅の方に追いやられて、くしゃっと書いてあったりする。写譜屋さんは独自の美学お持ちなのかもしれないが、たとえば四拍子なら、一小節をだいたい四等分して書いて頂きたいと切に願う。

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一言で言えば、足りない頭と体ををフル回転させた演奏会だった。難しさに翻弄されて終わったけれど、曲自体はなんだかおもしろそうだった。ソリストはパトリツィア・コパチンスカヤ。リハーサルの最初から素晴らしい演奏だった。何より素晴らしいと思ったのは、超絶技巧の演目のはずなのに、いつも自然な感じでいたところだ。そこが一番大切なのかもしれない。本番の衣装ではわからなかったけれど、彼女はいつも素足でヴァイオリンを弾いていた。

僕は聴いていないけれど、この曲はヒラリー・ハーンの録音がよく知られているらしい。そのCDのカップリングはシベリウスの協奏曲で、収録順はシェーンベルク、シベリウスだそうだ。何人かのヴァイオリンの同僚と話していて、シベリウスを聴く目的でこの録音を持っている人が、その時初めてシェーンベルクも入っていることに気づいていた。収録順からすると、演奏者の意図は明らかにシェーンベルクを聴いてほしい、ということだろうけれど、進んでシェーンベルクを聴く人は多くないかもしれない。だって例えば、朝すごく早い時間に目が覚めた時、シベリウスを聴こう、とは思っても・・・。(シェーンベルクさん、ごめんなさい)

プログラムの後半はブルックナーの6番。久しぶりに弾いた6番は、バランスが取れて美しい曲だった。
大野さんの指揮は早めのテンポで、横のつながりがよく見えた。シェーンベルクとは対照的に、ブルックナーのフレーズは2、4、8、16小節の定型で書かれている。それぞれのフレーズの和音がどのように書かれているのか、どのような進行をしているのか、そして次のフレーズに移る時、前のフレーズとどういう関係なのか、そんなことを感じながら弾くのは楽しかった。ブルックナーの演奏は重厚長大になりがち、でも今回のようによく進むテンポもいい、という思いと、低弦が十分に鳴り切るにはもう少し時間がほしかった、という思いがまざった。

2019年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます。

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2018年12月31日 (月)

ひたすら

6月に、ある小さな演奏会でバッハの二つのヴァイオリンのための協奏曲を聴いた。昔から何度も弾いてきて、通奏低音のパートはすっかり覚えているくらいだけれど、その時初めて、なんて素晴らしい曲なんだろう、と思った。今年の最も大きな音楽的な出来事の一つだった。もし無人島に一枚のレコードを持って行くとしたら、僕は迷わずこの協奏曲にする。第2楽章だけでもいい。
高校生の頃、オイストラフの演奏を聴いたはず、とCDを探した。(その時聴いたのがメニューインと協演したものだったか、オイストラフ親子によるものだったか定かではないのだけれど)録音を聴いても感動はよみがえってくる。カップリングで入っているベートーヴェンのロマンスも素晴らしい。オイストラフの演奏に触れると、弦楽器はこう弾くもの、音楽はこう演奏するもの、と感じる。様々な情報にあふれ、足元が見えなくなりそうなとき、立ち戻る場所になる。

もう一つ、今年素晴らしかったな、と思うことは、年代も国も様々な5人の優れた演奏家・作曲家に会った時に受けた印象だ。接したのはいずれもリハーサルの合間だったり、終演後だったりした、そうしたタイミングもあるのかもしれない、相対した時、拍子抜けするほど彼らには邪気がなかった。握手をしようと手を出すと、こちらの手が向こうに通り抜けてしまうような気がした。子供のよう。その印象が見事に5人に共通していた。彼らの素晴らしいパフォーマンスは、そうした心の持ち方も関係しているのではないか、と思うようになった。充分に自己実現できていて、それに打ち込むことができている。

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もちろん演奏家には、ただならぬ雰囲気を漂わせたり、威圧的だったり、何かを腹に抱えていたりする人もいる。僕はといえば、様々なとらわれがある。こだわり、執着、好き嫌い、と言ってもいい。独断だけれど、演奏家の多くは人一倍執着の強い人たちだ。それは意外なほど演奏に影響しているのではないか。
演奏家として、素晴らしいことや苦いこと、様々な経験をする。そうした経験に、善し悪しだったり好き嫌いだったり、価値判断や感情的なものが結びつき、長い時間をかけて澱のように心に積もっていくことは、果たして良いことなのだろうか、と思うようになった。

体を使って何かをする、パフォーマンスをする時に、心や意識がどうあるか、というのは技術的な訓練と同じくらい大切なのではないだろうか。子供から大人になり、経験を積み、意識が大きくなり、考え事をするようになり、何もなかったところに、名誉、報酬、責任、地位・・・、こうしたことが重くまとわりつくようになる。ただ夢中でしてきたことに、意識の様々なことが入り込んでくる。
毎年のように色々なスポーツで、華々しい活躍を見せる10代の選手が現れる。しかし長く活躍し続ける選手は多くない気がする。専門的なことはわからない、肉体的な条件など様々なことがあると思う。例えば有名になり、メディアの取材を受け様々な媒体に出て・・・、そうしたことが続いた時、多くの選手の心に何かが起きているのではないか。放っておいてあげればいいのに、といつも思う。大きな大会の前は特に。メディアが騒がなかったらきっと違う活躍が、と思う選手がたくさんいる。

執着といえば、報道が続く自動車会社元会長のことを考える。彼はどうしてあんなにたくさんのお金が欲しかったのだろう。僕には想像もできないような素晴らしい使い道があったのだろうか、それともただただ、欲しかったのだろうか。

大晦日、除夜の鐘が108回撞かれる。それほど人間には煩悩があり、それらがしっかりと根を下ろす前に払ってしまいなさい、ということだろうか。来年のことを言うと鬼が笑う、というけれど、来年はできることなら、なぜ、どうして、何のために、など考えず、毎日真っ白な心で、ひたすら生きて弾いて、過ごしたい。

2018年12月23日 (日)

目の前に

そんなことより、どんな弾き方をして、どのように音楽を感じ、そしてどのように生きているか、こうしたことの方がはるかに大切と思うけれど、確かに、楽器のセッティングは興味深いことではある。

僕は上の2本にヤーガーのミディアム(クラシック)、下2本がオイドクサ、という弦の組み合わせを何年も使ってきた。学生時代に北九州の音楽祭で一緒に弾かせてもらったロバート・コーエンというイギリスのチェリストの組み合わせだ。彼が使っていたのは、スクロールが人の顔になっているテクラー、あの美しく個性的なチェロは今どこにあるのだろう。
夏前にどうもa線の突っ張る感じが気になるようになった。硬い。下に張っているオイドクサの張力がかなり低いので(この古典的で素晴らしい弦の製造が続くことをピラストロ社に願わずにはいられない。いったい、世界で何人がこの弦を使っているのか)、1番線がより硬い感じになるのかもしれない、と思った。各社のHPを見て、ヤーガーのミディアムより張力の低い弦を探した。基本的に新しい弦ほど張力が高く、残念ながら僕の選択肢は少ない。
そんな頃、O君がワーシャルの知らない弦を使っていて、聞いたらアンバー、という。久しぶりにワーシャル社のHP(warchal.com)を見てみたらおもしろかった。様々なアイデアにあふれている。アンバーのa線は、おそらく音が裏返るのを防ぐために、駒に当たる辺りがゆるやかな螺旋状(!)になっている。その弦も試し、結局プロトタイプAという新しい製品を使っている。ヤーガーより緩く、音色の変化も自由だ。

ワーシャルのHPでは松脂の厳密なテストも公開されている。早速、その中で良いとされているアンドレア・ソロを使ってみたら、確かによかった。パワフル。アメリカで仕事をしていたヴァイオリニストに聞くと、彼の地ではオーディションに通るために欠かせないアイテム、ということになっているそうだ。今はその松脂も使うし、ある方から頂いたドイツの弓製作家によるものも使っている。こちらの方が自然な感じがする。

ガット弦に関して、以前は4ヶ月くらいで交換していた。でもそのくらいではたいして劣化した感じはなく、もったいないので半年使うようになった。伸びたガットの感触もなかなかいい。
半年使うようになって、交換の時期をこう考えるようになった。まだ熱帯になってはいないけれど、1年を乾期と雨期に分け、秋の長雨が終わり紅葉が始まる頃、空気が乾燥し始めたら新しいガットに換える。東京の冬は乾いた晴天が続く。5月くらいまで気持ちの良い季節だ。空気がじめじめし始めたらまた交換し、梅雨、夏、台風、秋の長雨まで使い・・・。交換の前には一月ほどかけてゆっくり伸ばしておく。弓もこのタイミングで毛替えしたらどうかな、と思っている。
スチール弦はある時点で急激に倍音の成分が減り音が平板になるので、基本的には新しいものの方がいいと思う。

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先月久しぶりにマリオ・ブルネロの演奏を聴いた。久しぶりに見て聴いて、20代の後半、毎夏シエナに出かけて習っていたのに、大切なことを受け取っていなかった、とようやく気付いた。背中から肩、肩から腕、腕から指、指から弓や楽器へ、その一連が流れるように見事につながっている。それは毎日何時間も見ていたのに・・・。大切なことはすでに目の前にあった。

小学校を卒業する時に、当時の校長先生の方針で、6年生は全員決められた3つの詩を先生の前で暗誦しなくてはならなかった。どうして?とは思ったし、親も、どうして?という感じだったと思う。詩の意味や、なぜ暗誦するのか、という説明はなかった。万葉集から山部赤人の長歌と反歌、カール・ブッセの「山のあなた」(上田敏訳)と記憶している。「山のあなた」は長くなく、今もなんとなく覚えている。ただその言葉は小学生の僕には不思議な感じがした。”山のあなた、って一体誰なんだろう?”
校長先生がどんな思いをもって暗誦させたのか、今となっては知る方法もない。でも、人に何かを教えるとはこういうことかもしれない、と思う。30年以上たち、今は少し腑に落ちる。


カール・ブッセ「山のあなた」 上田敏訳

山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ。
ああ、われひとととめゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。


2018年12月15日 (土)

海へ

この時間を逃したらしばらく行けない、と用事を済ませ、電車に飛び乗った。夕方の海へ。午前中の快晴は嘘のように分厚い雲が広がり、その雲と海の細い隙間から見える赤い光は、来てよかったと思わせるものだった。

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海岸にいたのは20分ほど。海と空は美しかったけれど、耳が痛くなるような風の冷たさに、早々に退散した。

2018年12月 4日 (火)

5分前に

以前あるピアニストが、ヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターがこんなことを言った、と教えてくれた。理想の演奏会は、開演5分前に演奏会場に着き、楽器を出し、そのまま舞台に出ていく。
この話を聞いた当時、ものすごく意外な感じがした。今は少しわかるような気がする。何時間も前にコンサートホールに入り準備し待ち構えるのではなく、流れるようにスムースに事が進行する、ということだろうか。

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本当にこう言ったのかどうかは確かめていないのだけれど、今日初めて本人の演奏に接して、たしかにそうかもしれないと思った。いつものホールには黄色い花がたくさん飾られ、ちょっと違う感じだ。演奏会は明日。

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