2018年12月 4日 (火)

5分前に

以前あるピアニストが、ヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターがこんなことを言った、と教えてくれた。理想の演奏会は、開演5分前に演奏会場に着き、楽器を出し、そのまま舞台に出ていく。
この話を聞いた当時、ものすごく意外な感じがした。今は少しわかるような気がする。何時間も前にコンサートホールに入り準備し待ち構えるのではなく、流れるようにスムースに事が進行する、ということだろうか。

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本当にこう言ったのかどうかは確かめていないのだけれど、今日初めて本人の演奏に接して、たしかにそうかもしれないと思った。いつものホールには黄色い花がたくさん飾られ、ちょっと違う感じだ。演奏会は明日。

2018年11月29日 (木)

唐招提寺

昨日、久しぶりに東海道新幹線に乗った。いつもの富士山側でなく、あまり座らない3列席の窓側、海が見え、色づいた木々が目に入ってきて楽しい。
この夏から秋にかけて、何度か東北新幹線に乗る機会があり、通路側の席に座ることも多かった。ちょっと驚いたのは、窓側に座っても外の景色を見ない人が多かったこと。ブラインドを降ろしてスマートフォンの画面に見入ったり、本を読んだり、眠ったり。何をしようとその人の自由だけれど、車窓の景色をぼんやり眺めることを贅沢だと感じている僕には意外だった。夜の新幹線に乗っている今、窓の外は真っ暗で実につまらない。最近考えていたことを書き出してみよう。

電車に乗ると、あるいは乗る前から、多くの人がスマートフォンを見ている。携帯電話が普及してからすっかり当たり前の光景になったけれど、30年前の車内はどんなだっただろう。
以前あるテレビ番組で脳を取り上げた時、又吉直樹さんが、芸人がネタを思い付くのは多くの場合風呂かトイレ、と言っていた。ぼんやりしている時に、実は頭の中では様々なことが起こっていて、思いがけない発想が生まれやすい、というのが番組の説明だった。

あまり言われないことのようだけれど、少なくない人たちが毎日少なくない時間、あの小さな画面を見て頭を刺激され続ける、SNSやゲーム、ニュース、様々な商品のサイトからあふれる情報にさらされ続ける、こうしたことは、大げさでなく、この数千年の間でなかったことだ。
僕の素人考えだけれど、例えばSNSは、これまで限られた人たちしかできなかった、何かを広く世間に発信する、ということを劇的に容易にし、しかもそこには承認欲求を満たす仕掛けもある(ハートマークのこと)。感心するしかない。人間の心のわりと深いところをたくみにくすぐる仕組みは、だからこんなに普及したのだと思う。
脳は使い方によって少しずつ変わる。少しずつの変化は気づかないことが多い。この新しい、かなり刺激の多い使い方がどんな影響をもたらしているのか、考えることはきっと必要だと思う。

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昨日は名古屋に泊まり、今朝は奈良へ。唐招提寺に向かう。東京に暮らしているとそれが日常になるけれど、時々他の土地に行くと、東京は当たり前でないことがわかる。
西ノ京で電車を降り、ゆったりとした時間を感じながら、お寺まで歩く。唐招提寺の金堂は美しい。紅葉も美しかった。美しい金堂を見ながら、煩悩とか執着という言葉を考える。とらわれないこと、それはもしかしてネガティブなことだけでなく、例えば好きなこと美しいことにもあてはまるのかもしれない、と思った。

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近鉄奈良駅から南にしばらく行ったところに、今風のこじんまりとしたカフェがある。数年前たまたま入って良かったので再訪した。どの街に出かけても同じようなチェーン店が増えている中で、個人の店が光っているのを見るのは嬉しい。厨房に立つのは若い女性、料理にも才能があるのだなぁ、と思わずにはいられなかった。彼女は淡々と丁寧に仕事をしているだけなのだけれど。

関西に来たのには唐招提寺だけでなくもうひとつ大切な用事があった。先週も懐かしい人たちに会い、珍しく話しこんだりした。

2018年11月15日 (木)

イェイツ

前に行ったのがいつだったか思い出せないくらい久しぶりに、城ヶ島に出かけた。なかなか出かけなかったのは遠くて時間がかかるから。今は目的地に近づいていくそうした時間の流れを心地よく感じる。すっかり空は高くなり、すすきが美しく映えていた。肥えた猫たちがそこここにいてうれしかった。

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高校生の時、通信教育に入っていた。あの頃、後にできることはできるだけ後にする、という傾向が今よりひどく、提出する解答用紙はたまっていくばかりだった。確か月2回、送られてくる回答と解説の掲載された小さな冊子の表紙はなかなか洒落たデザインで(2018年の今、もう一度見てみたい気がする)、おそらく秋だったと思う、表紙にイェイツの詩が載ったことがあった。それは印象的な詩で、心にとまるものだった。編集に携わった誰かがイェイツを好きだったのかもしれない。受験生向けの冊子ではあったけれど、その思いは見事に届いていたことになる。
今の僕は毎日、目の前のことをあるがままに見て生きていこうとしている。40代後半になり、10代のみずみずしい心はどれほど残っているだろうか。ようやく空気がひんやりとし、高くなった空を見て、その詩を思い出した。「落葉」という題、岩波文庫には対訳付きで収められている。でも訳は、昔のノートにメモしてあったその冊子のものがしっくりくる。どなたの手によるものだろう。

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落葉

秋は来た、2人をいとしむ長い木の葉のうえに
オオムギの束のなかに巣くうハツカネズミのうえに
ナナカマドの葉はわれらの頭上に黄ばみ 露しとど野イチゴの葉も黄ばみはてた

恋のおとろえのときはわれらに寄せてきて
2人の悲しい心は、いまはもの憂く疲れ果てた
いざ別れよう、情熱のときのわれらを去らぬうちに
伏目なるきみの額にくちづけし 涙しながら

      W.B.イェイツ


The Falling of the Leaves

Autumn is over the long leaves that love us,
And over the mice in the barley sheaves;
Yellow the leaves of the rowan above us,
And yellow the wet wild-strawberry leaves.

The hour of the waning of love has beset us,
And weary and worn are our sad souls now;
Let us part,ere the season of passion forget us,
With a kiss and a tear on thy drooping brow.

W.B.Yeats

2018年10月31日 (水)

リー・キット展、前橋汀子さん

原美術館で開かれているリー・キット「僕らはもっと繊細だった。」展へ。www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/243/
久しぶりの原美術館、久しぶりの現代美術、楽しかった。今回の展示、モノとして価値のあるものはあまりなく、がっかりする人もいるかもしれない。美術品があると思って入ると、空っぽな感じがするかもしれない。もとは私邸だった美術館のそれぞれの部屋には光がゆらぎ、ゆったりとした時間が流れ、心地よかった。今回のインスタレーションは外から差し込む光が大きな要素になっている。僕が行ったのはよく晴れた午前中だったけれど、例えば曇っていたり、日が落ちてからだったりすると、きっと印象が異なると思う。
(この数年現代美術がつまらなく感じられるようになり、展示から足が遠のいていた。たいして通った訳でも詳しい訳でも、もちろんないけれど、現代美術にお金が流れ込むようになったことや、アートっぽいものがもてはやされる今の風潮が関係しているのではないか、と僕はにらんでいる。ところで先日、ある絵がオークションで落札された直後に、内蔵されたシュレッダーで裁断される、ということがあった。作者はこうした状況を揶揄したかったのだろうか、と想像する。https://youtu.be/vxkwRNIZgdY)

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今月の日経新聞連載「私の履歴書」は前橋汀子さん、毎日楽しく読んだ。10月6日の記事から、
『私の人生を変えたともいえるコンサートがある。55年2月に初来日したソ連の世界的なバイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの公演だ。日比谷公会堂の客席に陣取った私は小学5年生だった。
 あんなバイオリンの演奏は聴いたことがなかった。大きな体と楽器が一体となった、ふくよかな響き。「楽器が体の一部みたい。バイオリンでこんな音が出せるんだ」。まさに衝撃だった。
 「ソ連で勉強すればオイストラフのように弾けるようになるかしら」。私の心に大きな火がともった瞬間だった。』

10月29日の記事から、
『大学で教える一方、自分が生徒になった時期もある。62歳から1年間、都立大泉高校の定時制課程に通ったのだ。当時、本格的にスラブ民族史を学びたくなり、どの大学で講義が受けられるか調べてみたのだが、自分が高校を中退してソ連に留学したことに気づき、まずは高卒の資格を取ろうと思い立ったのである。
 夜学の生徒の大半は昼間に働く10代の若者。「前橋さん」「はい」と出席を取るところから始まり、彼らと同じように授業を受けた。生物や化学の面白さに目覚め、参考書や科学雑誌を買って読みふけった。・・・
 期末テストは一夜漬けで頑張った。初めて答案用紙に名前を書く時は鉛筆を持つ手が震えたのを覚えている。
 15分遅刻すると欠席扱いになる。自転車で猛ダッシュして滑り込みセーフの日もあった。・・・』

2018年10月20日 (土)

物語

8月に放送されたラジオ番組の中で村上春樹さんが、「文章の書き方は音楽から学んだ」と言っていたことが印象的だった。
その放送からしばらくして、以前ピアノの小曽根真さんが言ったことを思い出した。何年か前、確か石巻の体育館での演奏会の時と記憶するけれど、クラシックを弾くようになって良かったことは、音楽には物語があることを知ったこと、と言っていた。村上さんと小曽根さんの言ったことは一つの環になるような気がした。先月末に小曽根さんと都響の演奏会があり、それではジャズはどういうことなんですか?と是非尋ねたいと思っていたのだけれど、聞きそびれてしまった、残念。今度きっと聞いてみよう。

もう一つ、8月に作曲、クラリネットのイェルク・ヴィトマンが来た時、プログラムノートの中で書いていたことも思い出す。
『音楽を通して思考できるようになって以来、私にとって常に重要であったのは、新しいものを創出することであり、どのような色彩の響きを作りだすか、どのように音を組み合わせるかということであった。』

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今読んでいるのはジェイムズ・ジョイス著「ダブリンの人びと」(米本義孝訳)。以前にも読んだはずなのだけれど(岩波文庫版と思う)、何が良いのかまったくわからず、かの有名なジョイスとは、はて?と思っただけだった。今はおもしろい。何かがありありと、目の前に立ち昇ってくるようだ。丁寧な訳注と解説も手伝って、すごいと思う。物語はきっとこうやって書くものなんだ、という気がする。
「ユリシーズ」も以前読んだ。訳もわからずとにかく頑張って最後まで読んだ、という感じだった(巻末の丸谷才一さんの解説は、ぽんと膝を打つような素晴らしいものだったと覚えている)。「ダブリンの人びと」を再読した後で、本箱に眠っているユリシーズを出してみる気になった。今度開いたら何かつかめるのかもしれない。

ところで、ラジオから流れてくる村上春樹さんの喋り方はけっこう驚きだった。文章を知っているから、そちらから何かを補って聞いているけれど、もし知らなかったら違う印象を持ったかもしれない。次の「村上RADIO」の放送は10月21日19時~、TOKYOFMで。www.tfm.co.jp/murakamiradio

2018年10月14日 (日)

再び北へ

陸路函館へ。
到着してすぐ練習があり、夕方終わってから市電に飛び乗った。北国は思ったより日没が早く、しかも雨も降り始め、思ったように写真は撮れず、しっかり濡れ、ほうほうのていで撤収。
翌日、午前の時間をぬすんで海へ。市電の3つある終点の1つ、谷地頭まで行き、さらに歩く。石川啄木の墓所を過ぎて立待岬へ。快晴、対岸の津軽半島や下北半島までよく見える。

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深々と息を吸ってからホテルに戻る。坂の多い函館の市電は風情があって楽しい。しかもスイカが使える。夜は演奏会。

今回も古いカメラを持ってきた。お供の、10年以上使ってきたデジタルの露出計(光量を計って、シャッタースピードや絞りを決めるための道具)が怪しくなってきた。ボタンを何回か押さないと動作しない。古いカメラは快調だけれど、そろそろ露出計は新調しなくてはいけないのかも、と久しぶりにカメラ屋を回った。すっかり足が遠のいていた中古カメラ屋に入ったら、ずらりと並ぶカメラの中の1台に吸い寄せられた。僕のカメラと同じ型の、信じられないくらい綺麗なのがあった。製造されてから60年たっているはずなのに、本当かな、新品のように美しい。手に取って動作を確かめる僕の耳元で、販売員が、私もこんなきれいなのは初めてですねぇ、とささやく。深く心動かされ、そんな時いつもするように、宝くじを買って帰った。もし当たったら、あのカメラをオーバーホールして、と夢をふくらませながら。
宝くじはもちろん外れ。自分のカメラを出し、こっちの方が動作は軽いし、少しくらい傷があった方が気兼ねなく使える、と言い聞かせる。
露出計は新しくした。時代に逆行するようなアナログ式のもの。それにしても表示の小さな字が見づらくなるなんて。

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翌日、再び市電で出かける。終点「函館どつく前」まで乗り、猫に会いながら外国人墓地まで歩き、海沿いを戻ってくる。函館は猫も人も穏やかな気がする。大きな船が飾ってある、と思ったら日本丸だった。やはり美しい。

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昼の新幹線で帰京。北海道から東京まで陸路で4時間、というのは大変な時代になったものだと思う。九州より近い。残念なことは、これはJR東日本の新幹線、特急全般に言えることだけれど、座席に枕が付いていて頭を下向きにせねばならず、具合がどうにもよくない。東海道新幹線はずっと快適なのですが・・・。

2018年10月 2日 (火)

葉山

神奈川県立近代美術館で開かれている「アルヴァ・アアルト ­ もうひとつの自然」展へ。www.moma.pref.kanagawa.jp/exbition/2018_aalto
逗子駅から狭い道を抜けて海の見える美術館にたどり着くと(けっこう遠い)、何度来てもやっぱりいいと感じる。葉山の海の素晴らしさは僕には説明不能だ。東京から少し離れるだけで、まったく違う空気と時間になる。

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展示も楽しかった。見ている人たちも皆、好きで見ている様子だった。デザインや建築が好きな人には特に興味深いだろうと思う。展示の最後に、アアルトのデザインした家具がたくさん並ぶ広いスペースがあり、実際に様々な椅子に座れるのだけれど、座る、という単純なことが楽しかった。デザインを体で感じることができる。

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10月2日、日経新聞に掲載された不動裕理さんの記事から。
『運動が苦手だった私は競うことには向かず、ゴルフ競技を始めてからも、人と勝負するという気持ちは希薄だ。あくまでマイペースだから、自分がちょっとスコアを落としてもそれほど気にならない。ミスをして数ホール、イライラが続くことはあるけれど、いいショットやいいパッドを打てたらすぐに機嫌が直る。
 そんな性格もプラスに働いたのだろうか。勝利を重ねてもどこかひとごとのようで、記録を意識したり、プレッシャーを感じることはさほどなかった。スランプに陥ったときのために、メンタルトレーニングの本を何冊か読んだけれど、好調なときはたいして役にも立たなかった。
 ずいぶん前になるが、「夢とか目標をつくって自分をしばりつけたくない。毎週、その時のコースと調子で目安をつくって頑張っている」とコメント。自分のできる範囲で、ちょっとでもいいプレーをすることだけを考え、記録はあくまで結果だと思っていた。』

2018年9月24日 (月)

9月22日都響定期演奏会のプログラムはオリヴァー・ナッセン:フローリッシュ・ウィズ・ファイアワークス、武満徹:オリオンとプレアデス、ホルスト:「惑星」だった。指揮はローレンス・レネス。

オリオンとプレアデスのチェロ・ソロはジャン=ギアン・ケラス。最初のリハーサルの後、会いに行き、彼がこの曲を弾くのは初めて、美しく、メシアンやデュティーユを思わせるね、そんな話をした。
学生時代、カザルスホールの主催公演をよく聴きに行った。武満徹さんの曲の演奏機会は多く、よくお見かけしたと思う。96年に初めてサイトウキネンオーケストラに参加した時も、武満さんはいらしていた。2004年の新日フィルのスペインツァー、その後に続いたサイトウキネンのヨーロッパツァー、両方ともプログラムの冒頭は武満さんの「弦楽のためのレクイエム」だった。前半のツァーは、日本のオーケストラだから、という理由でこの曲が選ばれた感じで(指揮者はスペイン人)、残念ながら深い理解は感じられず、サイトウキネンで弾くことを待ち遠しく思った。

正直なところ、僕の弾いてきた武満さんの曲の多くはゆっくりで、つかみどころがあるとは言いにくい。それらの曲に特別な輝きがある、ということに気付いたのは、恥ずかしながら最近だ。
オリオンとプレアデスを弾いていて、広い空間で様々な楽器の音が重なった時、何が起こっているのだろう、と心を奪われた。時間は音楽の大切な要素だけれど、その響きが現れると、時の進みが無くなる気がする。ずっと西洋音楽を弾いてきた、でも武満さんの曲は、もしかして僕たちが何気なく出す音で、必要なものを実現しているのかもしれない。そしてこれは前から感じていたことだけれど、外国の人たちの方が武満さんの曲に強く魅せられている気がする。

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プログラムの後半はホルストの「惑星」。浅はかな僕には、全曲にわたって隙なくこの曲が魅力的とは思えない。ルーチンワークになる時間がけっこうある。でも一つずつのフレーズを弾きながら、思いもしないような和声の進行がそこら中にあることに、ようやく気付いた。かなり斬新で、調べた訳ではないけれど、こういう書き方は惑星以外で経験しているだろうか。組曲のエッセンスは火星や水星、木星の有名な旋律より、そうした響きの中にあるのではないだろうか。そう思い至ったとき、前半に武満さん、後半に惑星というプログラミングの理由が浮かび上がってくる気がした。
今回の演奏会はもともと、作曲家でもあるオリヴァー・ナッセンが指揮するはずだった。ナッセンがどうして惑星を選んだのか、そしてどのような音楽を生み出そうとしたのか、知りたかった。

ケラスがアンコールに弾いたのはデュティーユの「ザッヒャーの名による3つのストロフ」から第1。なるほど、メシアンやデュティーユのことを言っていたものね、と思った。調弦を変えるこの曲を、事も無げに弾くケラスを見て、2年前、ブーレーズを一緒に弾かせてもらった時に彼が言っていたことが何だったのか、ようやく少しずつ僕にの体にも入ってきた気がする。(2016年6月の日記をご覧下さい。「メサージエスキス その2」www.ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/2-8fc6.html)

ナッセンの訃報は今年の7月。彼が前回都響を指揮したのは3年前だと思う。ケラスの弾くデュティーユを聴きながら、サイトウキネンがデュティーユに委嘱して彼が来日したのはもう10年も前のことだった、と思った。武満さん、デュティーユ、ナッセン、皆大きな人たちだった・・・。

2018年9月23日 (日)

「顔たち、ところどころ」

先日、公開されて間もない映画「顔たち、ところどころ」へ。www.uplink.co.jp/kaotachi
87歳の映画監督アニエス・ヴァルダと写真家JR(33歳)のドキュメンタリー。JRの運転する車の後部は、駅にある証明写真撮影のスペースのようになっていて、車体側面からは大きく伸ばされた写真が出てくる。二人がこの車でフランス各地を回り、人々を撮影し、建物や壁などに貼っていく。
突飛な行動のようだけれど、自分が写った写真が建物に貼られていく、ということが人々の心を揺さぶっていることが、よくわかる。実物以上に大きな写真が貼られた建物はそれ自体何かを語るようだし、見たときの人々の変化、感情がこみ上げて泣いたり、恥ずかしがったり、好感を持ったり、そうしたことに心打たれる。もう一つの大きなテーマは、二人がゴダールに会いに行く、というもの。映画は軽妙、抜群のテンポ感だった。編集も見事。楽しく、苦い。
それにしても、大きく伸ばした写真を建物に貼っていく、ということをフランスの人たちはごく自然におもしろがっていたけれど、他の国ではどうだろうか。

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毎年夏に行われる大きな自転車レース、ツール・ド・フランス。平坦なコースでのスプリント競争は強烈、でもなんといっても山岳ステージが魅力だ。選手たちのスピードが落ちるきつい登りでは、熱狂する多くのギャラリーが、ほとんど走路妨害というくらいにコース上に出て待ち受け、おそらく選手たちに触っているし、峠を越えた後の下りは、つづら折りの、ガードレールなんてどこにも存在しないコースを、90キロ近いスピードで飛ぶように降りて行く。
ステンドグラスでも有名なパリの老舗百貨店の屋上は、都心で眺望が良いのに空いていて、穴場だと思う。街がよく見える理由の一つは、屋上の縁に視界を遮るものがないこと。短い棒が何本か立っていて、ここから先に行くとどうなるかはわかっているよね、という感じだった。東京都心の百貨店の屋上には、まるで動物園のオリの内側にいるかのように、高く堅牢な柵が立っている。
東京五輪の自転車ロードレースのコースが発表になった後(大変なコースらしい)、自転車好きのKさんと、そのコースは彼の自宅近くも通るのだけれど、登りの頂点に近いところで待っていて、はたして選手を間近でみることはできるのだろうか、という話になった。

2018年9月 8日 (土)

‘when September ends’

アマチュアオーケストラの合宿に参加し、帰る日は台風が近づいていた。標高の高いその場所から最寄りの中央本線の駅まで車で送ってもらった。出発してから、運転するT君が、「中央線ではなく、長野新幹線の駅に出ることもできます。昨日調べておきました。どうしますか?」と言ってくれたことに、僕は感心してしまった。強まる風雨の中、「あずさ」はいつまで動くだろうか、あるいは、特急が止まっても各駅停車は動くだろうか、そのくらいのことは考えていたけれど。自分が20代前半の時、こういう考えは到底出てこなかっただろうと思う。遅い時間の特急は運休、幸い予定より1本早い「あずさ」に乗ることができた。
このときの台風や、続いた地震の報道に接して、信頼している生活の基盤が、残念ながらもろいことを感じずにはいられなかった。彼のような発想はきっと大切だ。

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その前夜、Oさんが、一日オーケストラを弾いていると、ロックを大音量で聞きたくなる、と言い、確かに、と思った。
帰宅して久しぶりにGreenDayのアルバムを出し、'Wake me up when September ends'を聴いている。冒頭はこんな歌詞だ。

'Summer has come and passed
The innocent can never last
Wake me up when september ends'

東京もいつの間にかセミが鳴かなくなり、秋の虫の声が聞こえるようになった。

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