2017年4月26日 (水)

大阪からの帰り、車窓からまだ山に咲く桜が見えた。
東京の花は終わり、新緑となった。柔らかな緑、この季節が一番好きだ。

Shinryoku


2017年4月24日 (月)

先週先々週と、都響にはアラン・ギルバートが来ていた。昨日一昨日はベートーヴェンプログラム。
「英雄」を弾きながら、30歳を過ぎて初めてこの曲を弾いた時のこと、試用期間が始まる前の新日フィルで、小澤さんの指揮で7公演のツアーを回ったことなどを思い出した。
アランの指揮はよく練られた中に即興性を持ったものだった。今の僕は以前よりはるかに曲の重さを感じる。ベートーヴェン渾身の、驚くべき革命的な音楽だったのだと思う。演奏の度に僕たちはその世界を旅していく、ということだろうか。人間にこんな曲が書けたことは信じられない。便利に快適に生きる現代の人間にはもはや不可能なことでは、と思う。

Yodoyabashi

プログラムの前半はイノン・バルナタンのソロでラフマニノフの狂詩曲。彼の素晴らしい集中力は、こちらまで楽しくなるようだった。
昨日は大阪公演。街に着くと東京とは別の国にすら感じる。街の人たちも聴衆も明るかった。もう一つ、新幹線の弁当売り場、東京より大阪の方が安く品揃えも豊富に感じたのは気のせいか。

2017年4月20日 (木)

昨日は楽しみにしていた原美樹子写真展「Change」へ。http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2017/04_shinjyuku.html#02
素晴らしかった。ただ、それを言葉にすることはとても難しい。特別なことが写っている訳でも決定的瞬間が写っている訳でもない気がするし、もしかして直接写っているものはさほど重要でないような気さえする。でも写真なのだから写っているものが・・・。
あぁこんな世界がある、と思った。アサヒカメラ誌4月号別冊に掲載された原さんのインタビューから

『ピントは目測なので適当にピントを合わせて、ファインダーも曖昧なのであまりのぞかない。目の前を通り過ぎていく風景であったり人であったりを、なるべく静かにすくい上げたいと思っています。目の前のものに対して感情、言葉が湧き上がってくる一歩手前が気になっているのかな。見てくださったそれぞれの方の記憶の断片に触れるような、そんな写真であればいいなと思います。』

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アルキメデスではないけれど、僕も風呂に入っていて思い付いた。楽器にかかる力を考えたエンドピンのストッパー。東急ハンズで材料を加工してもらい、早速組み立てた。さて。

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2017年4月 9日 (日)

やはり桜が咲くと嬉しくて、リハーサルの合間に上野公園を歩いた。笑顔の人たちの中にいるのは楽しい。

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2017年4月 5日 (水)

「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」

昨日は映画「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」へ。http://yoyomasilkroad.com
スターたちのすごい演奏がたくさん、ではなく、なぜどうして、何のために音楽をするのか、が大きなテーマなのだと感じた。素晴らしかった。
ヨーヨー・マはいつも笑顔のスーパーチェリスト、と思っていたけれど、彼が自分の気持ちを語ると、やはり生身の人間だということがよくわかった。意外だったし、励まされた。いくつも印象的な言葉があり、今も考えさせられている。伝統は創造を伴っていないと縮小する、という意味のことを誰かが言っていた。そして皆生き生きと音楽をしている。そのことこそが音楽なのだと強く思った。
ヨーヨー・マがボビー・マクファーリンと共演したり、ピアソラ、ブラジル音楽、古楽器を用いたバロック音楽、フィドル音楽との融合(アパラチア・ワルツは僕のお気に入りだ)、日本で録音したバッハ、そしてシルクロード・アンサンブルなど、多様なことに挑戦してきた理由が、少しだけわかる気がした。

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銀座の映画館、残念なことに午前の回はがらがらだった。もうすぐ終わってしまう(シネスイッチは4月7日まで、ル・シネマは14日まで)。

2017年4月 2日 (日)

ギャラリー街道で開かれている尾仲浩二写真展「Matatabi・2017 春」へ。https://kaidobooks.jimdo.com/exhibition/2017/koji-onaka-201703/
何気ない光景が写っているようで、でも好きな写真がいくつもあった。カラーネガからのプリントは美しかった。最近新しいデジタルカメラを手に入れて嬉しくて仕方ない僕だけれど(富士フィルムのX100F)、こういう写真を見ると、やっぱりフィルムだなぁ、と思う。

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ところで今日、グーグルマップを見ていたら見慣れないマークがあり、触ったらパックマンのゲームが始まって驚いた。調べると4月4日まで期間限定のエイプリルフールらしい。僕が周囲に疎いからなのか、嘘のようなことが本当に起きてしまうこの頃だからなのか、今年はおもしろいエイプリルフールがない、とがっかりしていたところだった。

2017年4月 1日 (土)

こんなに桜が遅い春は久しぶり、と思いながら出かけた。もう足元は緑だ。

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2017年3月27日 (月)

新聞とラジオが好きなのは年寄り、というようなことを誰かがラジオで言っていた。でも好きなものは好きだもの。前より新聞を丁寧に読んでいる気がする。楽しみにしている連載は、今の日経新聞だと例えば月曜夕刊、多和田葉子さんの文章。先週は夕刊が休みで実に残念だった。

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3月21、22日日経夕刊に掲載されたベンチプレス、児玉大紀さんの記事から。
『発想力でしょうね。スポーツで成功する人は普通の人が「こいつ何言うてんねん」と思うようなことを考える。我が道を行って、ぶっ飛んでいるヤツがチャンピオンになれる』
『強かった自分はもうどこにもいてへんのです。そこを受け入れないと駄目。今の弱い自分を受け入れて、一歩ずつ強くしていくしかないですから』
『人間の個体差なんて5パーセントもないはず。僕の筋肉だけ特別に一本一本が強いわけじゃない。大事なのは、それをロスなく全部使えるかどうか』

2017年3月22日 (水)

雑誌「Number」922号、三浦和良選手の特集記事から。

『出場が10試合以下になったら、ゴールができなかったから、という理由では引退しないと思います。毎日の練習がきちんとできていたら、引退はしません。いまは練習のレベルがちゃんと水準に達している実感があるし、手応えもあります。自分自身に情熱があって、練習でいいプレーができている限りは続けていきたい。・・・・・
大事なのは、50歳だからすごいとか、これまでの実績や、何試合出たということよりも、いま、毎日、何ができているのか、どういう生活をしているのか、あるいは、どういう気持ちでサッカーをやっているのか、情熱を持ってトレーニングができているのか、何をどう続けられているかです。もちろん、プロとして数字は求めなければいけませんが、根底にある大事なことは、そういう気持ちだと思ってやっています』

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『僕は人生の中で、絶対に大切にしなきゃいけないものがあると思うんです。簡単に手放してはいけないもの。お金をたくさん積まれても、譲ってはいけないもの。かけがえのない自分の人生を賭けてやってきた、一番得意なもの。僕にとってそれはサッカーだったから、ただただ続けてきた。たったひとつのことを続けることって尊いことだと思うんです。もちろん、わからないですよ、もしかしたら、僕だって違うことをやったほうがよかったかもしれない。でも、僕は、幸せなことに続けられる環境の中にいたから、迷わず続けることができた。』

2017年3月21日 (火)

今日の東京文化会館公演で、3公演続いた大野和士さん指揮のブラームスプログラム(ニ短調のピアノ協奏曲とホ短調の交響曲、ソリストはシュテファン・ブラダー)は終わり。ずしりとしたプログラムの期間中、様々な思いが去来した。

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