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2009年2月

2009年2月28日 (土)

「フクロウの方舟」のこと

桐朋に入った年にとった和声の授業が平吉毅州先生のクラスだった。僕はできの悪い学生だったのに、その年の夏先生は蓼科の山荘での演奏会に呼んでくださった。演奏会の前半に僕が弾いて、後半は先生のお嬢さんの歌だったと思う。

それから何年もたって、悲しいことに平吉先生が亡くなられた後、再び山荘での演奏会に呼んでいただくことになった。僕が初めて山荘で弾いたときのことを青木さんは覚えていてくださって、それから毎年演奏会の度にお会いするようになった。ピアノトリオで行った年、ある方の提案で青木さんのHP「フクロウの方舟」に我々のことを掲載していただいてはということになり、青木さんのご好意に甘えさせて頂くことになった。2002年だった。

僕のは近況報告という形で、かなり不定期に載せて頂いた。2004年に新日フィルのスペインツアーとサイトウキネンのヨーロッパツアーが続いて数週間ヨーロッパにいたときは、現地からどうやってメールを送ったらよいのかわからず、ホテルからファックスを青木さんに送って、そこから文章をHPにおこして頂いた。画像は、しばらく僕がスキャナを持っていなかったしデジタルカメラもそんなに使わなかったので、プリントを郵送して、その都度わざわざスキャンして頂いた。いつも大変なお手間をおかけしていたのに、青木さんは受け入れてくださった。

まもなく「フクロウの方舟」が閉じられることになり、とても残念でとても寂しい。あと少しの時間だけ下記のアドレスがあります。
www.d1.dion.ne.jp/~tatesina

Photo_2

2009年2月27日 (金)

東大病院こだま分教室

午前中、東大病院こだま分教室でカルテットを弾いた。病院の中に学校があることを知らなかった。病院にいる子供たちが病院の中にある学校にがんばって通っている。
子供たち、親御さん、先生方、スタッフの方々がとてもあたたかく我々を迎え入れてくださり、本当によく聴いて頂いたことに、僕はすっかり打ちのめされてしまった。

ヴァイオリンの山本翔平君と、僕たちの抱える問題なんて小さなものだ、という話しをした。毎日くよくよ悩んだり腹を立てたり、そんなことは本当にちっぽけなことなのだ。夜帰宅しても午前中のことが頭を離れず、まだ茫然としている。

Photo

2009年2月26日 (木)

ロココの第3変奏

去年横浜フィルとチャイコフスキーのロココの主題による変奏曲を弾いた時、第3バリエーションの終わりのところで、左手の指が眼鏡をはじいてしまい、かろうじて頬にひっかかっているだけになった。C線(一番低い弦)を押さえるときに普段より顔が指板に近づいていて、そういうことになったのだと思う。動きすぎか、力が入っている証拠だ。
その後うんと高い音域にシミソシレミソシ・・・と分散和音であがっていく。よく音が通るようにすぱん、と決めたいのだけれど、ソのシャープがどうも安定しなくて、本番前から気になっていた部分だった。
でも眼鏡が顔にぶら下がったおかげで落ち着いて、眼鏡がずり落ちないことだけを願っていたら、どうにか通過できたような気がする。舞台に上がると自分の指を信用できなくなる悪い癖が出なかった。

実は去年10月の都響広島公演でチャイコフスキーの5番を演奏したとき、僕が本番でエキサイトして、やはり左手で眼鏡をはじいて床に落としていたので(後ろで見ていた木管楽器やホルンの人たちは相当おかしかったらしい)、ロココの時はあぁまたやってしまった・・・、と思った。

そのロココのDVDを横浜フィルの方が送ってくださった。ありがとうございます。
でも恐ろしくてまだ見られないでいる。Photo

2009年2月25日 (水)

浅草公会堂

どこかで弾くわけではないのだけれど、シューベルトのアルペジョーネソナタをピアニストに合わせてもらってから、浅草公会堂へ。
浅草公会堂で仕事をするのは初めてで、控え室から浅草寺がよく見えるのには驚いた。
こちらでは「未完成」などを弾いて、アルペジョーネの第2楽章と未完成の第1楽章がとても似ていることに気がついた。シューベルトはこんなに素晴らしい音楽を書いていたんだなぁ。

今日の仕事はチェロ4本で、隣の都響の柳瀬順平さんととても楽しく弾いた。後ろは芸大の大学院生や大学生で、彼らのひたむきなところや時々飛び出したりするところがとてもまぶしかった。僕も出たての頃オーケストラの中でどう弾いたらいいのかまったくわからず、よく飛び出しては後ろのコントラバスの怖くて優しいお兄さんたちに弓でつつかれたりしていた。

ずいぶん前に買ったホロヴィッツの演奏するスカルラッティを聴いている。「BEST CLASSICS 100」というお題目につられて買って、失敗だと思った。その時は全然おもしろくなかった。今すごくいいと思う。どうしてあの時このよさがわからなかったのだろう。 Photo_2

2009年2月24日 (火)

たまには

Photo 目の前の音符と活字しか見ていないような生活をしていたので、空を見るために明治神宮に行った。
いつもより人が少なく、小雨の中結婚式が執り行われていて、厳かな感じがよかった。
写真を少しだけ撮ってから、恵比寿のラボテイク(http://www.labtake.jp/index.html)に行く。とっくにできあがっていた、1月に撮ったフィルムの現像とベタ焼きを受け取り、今月東北で撮ったフィルムを出す。写真は、できあがったベタ焼きを見る時が一番楽しい。正月や、雪の長野、名古屋の黒猫、関西空港、小樽の夜景など、さてどれをプリントしてもらおうか。

2009年2月23日 (月)

2月22日の仕事で

今日の都響はあるコンクールの優勝者記念演奏会だった。
声楽部門の優勝者は、若いのにいい声だったし、オーケストラにも気配りをしてくれるし、前日のリハーサルでとてもいいな、と思っていた。
短い曲を4曲歌うことになっていて、でも本番では1曲終えると舞台袖に戻ってしまった。コンディションが悪く、歌い続けるかどうか、ということだったらしい。

本番の舞台にあがると、どうしても緊張して、体や心がかたくなる。指や腕に力が入り、柔らかさが失われ、音はますますかたくなり・・・。ただ僕たちの救いは、楽器は緊張しないことだ。歌の人たちは、体が楽器だから、緊張して体が変わって声の具合がいつもと違ったりしないのだろうか。
それに弦楽器なら、もちろん体調を崩して演奏会に臨みたくはないが、熱があっても喉が痛くても鼻がつまっても、まぁどうにかは弾ける。歌は、そういう点でもとてもシビアだと思う。

今日の演奏会では結局もう一曲歌ったのだが、調子が悪いのがわかってしまい、本当に痛々しかった。
彼が体や心にダメージを受けず、美しい声を取り戻すことを切に願っています。

2009年2月22日 (日)

降参

噂には聴いていた、グスターボ・ドゥダメルの指揮を初めてテレビで見た。前半はシモン・ボリバル・ユース・オーケストラを振った来日公演、後半はベルリンフィルを指揮してのワルトビューネコンサート。
新しい才能だ。すごく自由なのに締めるところはばっちり締め、リズムの生きる曲になると特にさえる。熱いのに落ち着いていて、とても28歳にはみえない。放送でこれだけ伝わってくるのは大変なことだと思う。

ワルトビューネでの演奏会は、ラテン系の作曲家のおもしろいプログラムが組まれていた。とにかく今のベルリンフィルは大変な名人集団だということがよくわかる。ヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ第5番もとりあげられていて、僕にはこれが一番おもしろかった。

チェロはいつもの12人ではなく、オリジナル通り8人、しかもドゥダメルの指揮が入る。広い野外で弾くことを考慮しているのか、テンポが速い。チェロはどのパートも濃く弾き激しくはじき、歌もかなりの声量だったと思う。
ゲオルグ・ファウストのソロも素晴らしかった。左手や右手のほれぼれするような動き。左手はこのようにシフトしてヴィブラートをかけるものなのだ。いい音が出ないはずがない。ほかの7人ももちろん素晴らしい。陽のあたるパートもあたらないパートも、文句のつけようのない仕事をしているのがよくわかった。

この曲は去年の秋から、いろいろな機会に7回弾いた。うぅむ、このようにできるものなら、このように弾いてみたい。

2009年2月21日 (土)

ブラームスの弦楽五重奏

もしかしたらブラームスの弦楽五重奏をやるかもしれないという話があり、久しぶりにそのCDを探し出して聴いている。ヘ長調の第1番とト長調の第2番がカップリングされた、ベルリンフィル八重奏団員による録音は、桐朋の試験に受かって東京に出てきた年によく聴いていた盤だ。

弦楽四重奏にヴィオラが加わる編成のクインテットで(有名なシューベルトの弦楽五重奏はチェロが2本だ)、中音域が充実した組み合わせにブラームス後期の作風があいまって、かなり渋い。でもハートのある、本当にいい曲だ。特にト長調の方は格好いいチェロのテーマで始まるので、いつか弾きたいと思っていた。

演奏を聴くと、あのころ住んでいた三鷹のアパートを思い出す。風が吹いても前の道路をトラックが通っても揺れる建物で、日はほとんど入らず、天井裏では猫だかネズミだかがダッダッダッと走っていた。音が出せるはずもなく、朝から晩まで桐朋に入り浸って、空いているレッスン室をさまよい、追い出されると廊下でさらったりしていた。アパートに風呂はついていたけれど、あまり居心地のよいものではなかったので、日の出湯という銭湯によく行った。10時まで桐朋でさらっていそいで帰り、11時までの銭湯に入り、ほとんど寝るだけだったアパートでブラームスを聴いていた。

その頃は頻繁に演奏会も聴きにいっていて、特にカザルスホールの主催公演は千円の学生券が当日10枚くらい発売されるので、よく並んでいた。演奏会は客席で聴くもので、今のように日常的に舞台に出るなんて考えもしなかった。

東京に出てきた時は、チェロを弾いていさえすればよい環境になったことが嬉しくPhoto_2 て、何も考えずよくさらっていた。むしゃくしゃすることがあると、朝5時から開いている桐朋に行って、音階や練習曲から始めて延々と昼までさらったりしていた。
今あんなにさらう体力はないが、写真を撮るより釣りをするより、チェロがおもしろい毎日だ。

2009年2月20日 (金)

青梅福祉作業所

Photo 今日は青梅福祉作業所で、都響の海和さん・小林さんと弦楽トリオの小さな演奏会。

熱烈に直接的な反応で楽しかった。プログラムはポピュラーなものもあり、モーツァルトの変ホ長調のディベルティメントもあり。ソリマのアローンも久しぶりに弾いた

2009年2月19日 (木)

新しいエンドピンが届いた

Photo 見附さんに頼んでいたエンドピンが届いた。
ムクの鉄製で直径は10ミリ。以前パイプで作ってもらったのは、重くしたくない(持ち運びの負担をへらしたい)という割と安易な理由からだった。

仕事が休みの日の午前中に宅配便が到着して、寝起きのままパジャマを着替えるのももどかしく早速弾いてみた。
うむ、みっしりとつまった重量感のある音がする。高い音は簡単には伸びてくれないが、低音はご機嫌だ。鉄パイプのエンドピンの方がふわっとしていて響きは多いけど、今僕の進む方向はこちらだろう。ひとつひとつの音をしっかり弾かなくては。

明日室内楽の小さな演奏会があるので、早速使ってみよう。

演奏会の予定や過去の近況報告

演奏会の予定と、2006~2008年に「フクロウの方舟」に掲載された近況報告を見られるようにしました。

プロフィールの下のリンクからお入りください。

2009年2月18日 (水)

プログラムを

Photo 6月に無伴奏ばかり弾く小さな演奏会があって、秋にはリサイタルを計画しているから、プログラムをぼちぼち考えている。

オーソドックスなものはもちろん入れるとして、あまり知られていないけどこんなにいい曲、というのも是非弾きたい。
神戸楽譜のリストを見ていたら、ジョバンニ・ソリマの曲がいくつも載っていたので、あるだけ取り寄せてみた。すべてSonzogno社から出版された赤い表紙の楽譜の、イタリアらしい、と思うのは曲によって音符の大きさが全くちがうことだ。6月に「アローン」は弾くつもりだけど、もう一曲何かみつけたい。
バッハのどれか、コダーイのどこかの楽章、「アローン」、ブリテンのどれか、となると割といつもの感じになってしまう。

秋に是非弾きたいと思っているのは、プーランクの「フランス組曲」。オリジナルはピアノソロで、それをフルニエとツアーでまわっていたプーランクが、チェロとピアノにアレンジしたらしい。
演奏会の最初に弾いたらなかなかいいのではないだろうか。

2009年2月17日 (火)

パスポート

4月は都響の韓国・シンガポール公演があるので、一昨年に失効していたパスポートをとりに行った。
ヴァイオリンの双紙君も失効して何年かたっていたらしく、パスポートの無い時に急に外国での仕事、たとえばベルリンフィルの定期演奏会とか、の依頼があったらどうする?と大笑いした。

前のパスポートは20代後半に申請したもので、その時10年旅券なんて半永久的に使えるように感じていたけれど、あっと言う間に10年たってしまった。

あのころは毎年春になるとどうしてもむずむずして、航空券の手配に走った。7月にはチェロと荷物をかかえて、飛行機、電車、バスを乗りつぎ、ヨーロッパ各地の講習会やコンクールに行っていた。帰国したら銀行の口座にほとんどお金が残っていなかった年もあった。
初めてイタリアでブルネロに習った時の、彼の年齢をそろそろ追い越してしまう。毎日がんばっているのだけれど。

2009年2月16日 (月)

普通の赤い弦

スピロコアのシルバーには独特の華やかな音色があり、そこが魅力だ。でも、今度張った弦は音の芯と華やかな高い倍音の成分とが乖離していて、そこが気になっていた。ウルフ(共振)の出方も手に負えない感じだった。しっくりこない。
本当は東北に行く前に普通(クロム巻き)のスピロコアにしてみたかったのだが、ばたばたしていて買うことができず、今日やっと交換できた。

久しぶりに買ったスピロコアの弦はなんとパッケージが新しくなっていて、この弦は中学生の時には使っていたのに、まるで新発売の弦を手に入れたようだ。
張ってみると、拍子抜けするくらい普通だった。シルバー巻きの華やかな音はもちろんないけれど、神経質になっていた上2本のヤーガーの音色もずっと落ち着いた。恐れていた金属的なしゃりしゃり音もない。すごく普通の組み合わせにあれこれ感じるのもおかしいが、しばらくこれでいってみよう。

姫神ホール

2月15日姫神ホールでの公演、本当にたくさんの方々にお越しいただき、深く感謝しております。

ピアノの小山実稚恵さんとは、前日にホールに入ってからリハーサルをした。
オーケストラの仕事で、小山さんの後ろで弾くことはあっても、前で弾くのは初めてだった。僕がシューベルトの鱒に慣れていなかったし、どの楽器がどのように並ぶかを、何通りも試し、結局落ち着かないままリハーサルは終了した。寝る前に録音を聴いたら、よいはずもなく気持ちが沈んだ。

本番はおたおたせず弾こうと思った。
果たして楽しくあっと言う間に終わってしまった。小山さんの美しく奥行きの深いピアノと一緒に弾けたのはとても幸せだったし、都響メンバーの弦楽器も大健闘だったと思う。ベートーヴェンもいい集中だった。
姫神ホールの楽屋からは、美しい岩手山が見えて、空気は澄み、ステージはよく響いた。

僕が鱒の第4、5楽章だけ、初めて弾いたのは、確か97年カザルスホール10周年の演奏会だったと思う。その時のコントラバスは都筑さんだった。とても悲しいことに彼女は帰らぬ人となられ、今日そのあたたかい人柄を思い出さずにはいられなかった。

2009年2月15日 (日)

作品18の6

小さな仕事でカルテットを弾くことは時々あるけれど、ベートーヴェンを全楽章というのは久しぶりで、練習の時から録音をしては聴き、といつになくまじめに取り組んできた。

改めて弦楽四重奏は大変な世界だというのがわかる。音程をはじめとして、目に見えない部分の膨大な作業にまず圧倒されるし、弓を使って弾くことを熟知して、それを十分に生かさなくてはならない。これが本当に難しい。特にベートーヴェンはどこにも隙間のない、緻密なモザイク画のようだ。

原田禎夫さんは、ご一緒させていただくといつも気さくに話しかけてくださるが、やはり大変な方だ。禎夫さんがいた時の東京カルテットの録音をよく聴くが、本当すごいと思う。
カルテットのチェロ弾きには魅力的な人が多い。禎夫さんはもちろん、スメタナカルテットのコホウト、アルバンベルクカルテットのエルベン、ハーゲンカルテットのクレメンス・ハーゲン。カルミナカルテットのチェリストもおもしろかった。アルティカルテットで弾いているときの上村昇さんも大好きだ。

2月15日に弾くベートーヴェンの作品18の6は、第3楽章の特徴的なリズム以外は、楽譜をぱっと見ただけでは難しそうに見えなかった。
とんでもない。取りかかってみると、まず一つの音を出す、そのことに立ち返らなくてはならなくなった。でもベースラインを弾くことには、かえられない喜びがある。

シューベルトの鱒は、コントラバスが入るし規模も大きいので、チェロの役割はもっと中音楽器に近くなると思う。こちらも全楽章を弾くのは初めてで、楽しみ。

2009年2月14日 (土)

新しいエンドピン

Maurice Gendron著 「The Art of Playing the Cello」を読んでいたらこんな一節があった。
「20年以上にわたって、私はあらゆる種類のエンドピン(cello spikes)を試してきた。・・・木製のもの金属製のもの、中空のもの中までつまっているもの、柔軟性のあるものないもの、美しいものそうでないもの。この経験を踏まえ、私は確信をもってシンプルな直径1センチの金属のエンドピンをおすすめする、身長170~180センチの大人の場合長さは約45センチのものを使うべきだろう。」
残念なことに、ジャンドロンの実際の演奏に接する機会はなかった。ただ、彼の演奏を聴いた人は皆、大変美しい音だったことを言う。もちろん楽器もとびきりの銘器だ。

去年見附さんに10ミリ径の鉄のエンドピンを頼んだ際、重さのこともあってパイプで作ってもらった。とても気に入って使っているが、ムクはどうか、ということになり早速注文した。到着が待ち遠しい。

見附さんのHPはこちら。
http://www.vcyoyo-mitsuke.jp/

2009年2月13日 (金)

赤い弦

最近なんだかさえない音だとは思っていた。JTチェロアンサンブルの時、やはり何かおかしいと思い、楽器の調整をしてもらうことにした。
重野さんに魂柱を立てなおしてもらうと、ぺしょぺしょに落ちていた音がずいぶん元気になった。ほんの少し魂柱の位置が変わっただけで大きく音は変わるから、弦楽器は不思議だ。

去年の春から使っていたパッショーネという弦はスチール弦に近づけたガット弦だと思う。使い始めは調子よかったけれど、少しだけ音色が気になるようになっていた。巻きのタングステン固有の音だろうか?宣伝文句通り張ってからの伸びも少ないし、湿度による狂いも少ない。ただ、温度には敏感に反応すると思った。冷えるとピッチがはっきりと上がる。
手元の感覚が一番幸せなのはオイドクサだが、その幸せが遠くに届きにくいことが、あの弦の問題かもしれない。

10年近く前に買っておいたスピロコアのシルバーが使わずにあったので、久しぶりに張ってみた。巻線の銀がすっかり酸化して不思議な色になっていたのをよく拭いてから。下2本に赤い弦を張るのは何年ぶりだろう。
日曜日のピアノの入った室内楽はこの古典的な組み合わせで弾いてみようと思う。Photo_2

2009年2月12日 (木)

新しいページ

長いことお世話になった「フクロウの方舟」が閉じられるので、新しいページを作りました。それがこの「長谷部一郎 Cello日記」です。

どうぞご覧ください。

2009年2月11日 (水)

2月8日の近況報告

JTアートホールのチェロアンサンブルは確か95年に始まって、その時は若手の集まりだったのに、今や30歳代が少数で3人、40歳代が9人となった。

2月6日の本番当日も都響の業務が午前午後にあり、モルダウやスターウォーズなどを2回ずつ弾いて、JTに移動してすぐゲネプロ。ブラッヒャー、エーダーなど厳しい曲が待ち構えていた。今回は久しぶりにチェロアンサンブルらしい高い音域と激しいピチカートが山盛りである。2月4日の昼間は都響チェロアンサンブルで2公演弾きその後JTのリハ、など朝から晩までチェロを弾いてばかりの数日だった。アンコールの一曲目、フランセの「チェロ学校」もきつくて、その頃には左手の指の力がなくなりそうだった。本番直前に音程がとれなくなると、わらにもすがりたくなる。
前回は音域が低くてずいぶん楽をさせて頂いたが、今回は自分の力の無さを痛感した。でもやはり素晴らしい人たちと一緒に弾けるのはうれしい。自分に足りないものを端的に感じることができたし、目の前に越えなくてはならない山を与えられることは幸せだと思う。

JTチェロアンサンブルのゲネプロの録音を聴いて反省が五臓六腑にしみわたったところで、買ってきたばかりのチェロのジャン-ギアン・ケラスとピアノのアレクサンドル・タローの弾くドビュッシーやプーランクのソナタのCDを聴いた。こんなに冴えた彫りの深い演奏をする人がいるんだと唖然とするしかない。2日間チェロを休んで手も元気になったから、またがんばってさらおう。

いつもJTチェロアンサンブルは格好の被写体だったのに、今回はさすがに余裕がなく、カメラを持っていくことはなかった。この公演が終わって一息つき、1月に撮ったフィルムをやっと現像に出せる。
それから、長いことお世話になってきたこの「フクロウの方舟」がまもなく閉じられるので、自分でHPかブログを立ち上げなくてはならない。本当は1月中に目途をつけたかったのだが、目の回るような忙しさで手をつけられなかった。ブログの入門書も買ってきて、さてこちらにもとりかからなければ。

2月3日の近況報告

1月23日に演奏したロッシーニのデュオは学校を出たての頃よく弾いて、以来なかなか機会がなくずっと弾きたいと思っていた。シンプルなつくりは、内容を追求するというより、素材の良さを生かしたい感じだ。美味しいパスタをずっと食べていたい気持ちに似ている。

ロッシーニは華々しい成功をおさめた後、37歳で作曲の仕事から離れて、美食追求の道に入ったらしい。今の僕は38歳で、相変わらずチェロを始めたてのようにいろいろなことができず、毎日あぁすればこうすれば、とさらっている。
弓で弾く弦楽器は難しいと思う。音楽の源は声で、声に楽器はかなわないし、息を使う管楽器はやはり旋律を歌うのに向いている。自分の録音を聴くと、下げ弓と上げ弓の音の差がはっきりわかってがっかりすることがある。
上手な人たちは弓で弾くことの長所をよく知っていて、実に効果的に使っていることに最近やっと気がついた。弦楽器でしか出せない音のスピードや粒立ちがあると思う。先日ウト・ウギ氏を見ていて、弦楽器の国の人だと思った。彼はただまっすぐ弓を動かしているようにしか見えないのに、音がホールいっぱいに魔法のように立ち昇った。

右手や左手の困難に気をとられて、実際に出ている音を聴いていないことが本当によくあり、それも困る。一生懸命ごしごし弾くことは、残念ながら時として意味のないことも多いというのもわかってきた。横浜で弾いたロココの録音を聴いて、軽く弾いた音のよく飛んでいることに驚いた。強く弾くと、確かに音の緊張感は増えるが、音量は大して増えない。

ではどう弾くか、というのがこのところの楽しい問題だ。

1月19日の近況報告

1月14日からの都響の演奏旅行、前半の長野、名古屋公演のソリストはゲルハルト・オピッツさんでベートーヴェンの皇帝。
オーケストラの仕事をしていると、皇帝はしばしば演奏する。でもこれまで、ソリストが曲に位負けするか、攻撃的になりすぎるか、いつもなかなかしっくりこなかった。オピッツさんは開演してステージに現われても、変わらず自然体で、堂々とした素晴らしい演奏だった。彼の音の芯はいつも響きにくるまれていて、聴いているととても幸せになる。フレーズが新しく始まる時は微笑んだりして、素敵だった。こんなに大きな協奏曲を気負うことなく、常に理想的な条件で緻密に弾ける人がいるなんて驚きだった。

名古屋で終演した後、楽屋口に降りるエレベーターでたまたま一緒になったら、突然「せんろっぴゃくごじゅっきろまで」と最大積載重量の表示を流暢な日本語で読み上げて、また驚いた。日本語までとてもお上手である。

演奏旅行、後半大阪、札幌のソリストはウト・ウギ氏は体調不良のため、来日が遅れて心配したけれど、なんと絶好調だった。
かなり高めの音程で弾くので、チャイコフスキーの協奏曲は鬱蒼とした暗さにはなりにくいが、よく歌う、イタリアのテノールのようだった。第2楽章のテーマは特に素晴らしく、心をつかまれた。会場の空気が変わった、と思った。決して若くないのに、チャイコフスキーの後でアンコールにパガニーニをばりばり弾くあたり、この人はきっと骨の髄までヴィルトゥオーソの演奏家なのだ。

4公演とも素晴らしいソリストでとても幸せだった。音楽ってこうなんだなぁ。

長野は雪、久しぶりに長野から名古屋まで特急「しなの」に乗ったら、改めて景色の美しい路線だと思った。北海道も雪。時間が少しあったので、小樽まで出かけた。寒かったが、夜の光景には一段と心惹かれた。
移動中に読んでいたのが村上春樹著「意味がなければスイングはない」。どこを読んでもおもしろかったが、スタン・ゲッツについて書いた文章の中にこんな彼の言葉がある。
『精神的にも、身体的にも、力が入った状態では、ろくなものは生み出せない。集中力が役に立つのは会計士のような仕事について言えることだ。我々にはもっとリラックスした心的状態が必要なんだ』

2009年2月10日 (火)

1月13日の近況報告

往年の名演奏家たちの演奏がテレビで放映されて、見ずにはいられなかった。(1月9日NHK教育)

セゴビアの弾くギターは、声のようによく歌い、太く甘い中音域にうっとりした。音から音へ移っていくときの時間のとり方はびっくりするくらい広かった。シェリングのバッハは、LPやCDで知っているつもりだったが、映像を見ると強靭な音楽と技術を持っていることがよくわかる。改めて敬服した。
カルロス・クライバーの指揮するベートーヴェンの7番は、期待を裏切らず本当に素晴らしかった。湧き上がって尽きることのない、こんな7番は聴いたことがない。クライバーが様々な指示を出しているのだが、彼がそうした、というより音楽がそう欲していて、生き生きとしたものが次から次へと生まれてくる、魔法のようだった。

アサヒカメラ誌1月号付録「猫にまた旅」、今年もまた岩合光昭さんの写真が素晴らしい。もし自分が出くわしたら小躍りしてしまうような光景ばかりだ。岩合さんは猫を、かわいさだけではなく、大型の野生動物と同じようにとらえているのではないだろうか。

アラン著「幸福論」の中にこんな言葉があった。
『・・・しかしまず、悲しみはけっして高貴なものでもなければ、美しいものでも有益なものでもないと考えることから始めよう。』

2009年2月 9日 (月)

一郎の近況報告開設準備開始

2009年2月9日準備開始しました。

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