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2009年3月

2009年3月31日 (火)

みなとみらい

3月30日のみなとみらい公演で3公演続いたチャイコフスキーの5番が終わった。
去年秋の鳴門・広島公演、今回の福岡・サントリー・みなとみらい公演、そして来月の韓国・シンガポール公演、このところの演奏旅行はチャイコフスキーの5番が多い。
いい曲だし大好きだけど、弾くところもいっぱいある。

みなとみらいの駅からホールに上がっていく途中に大きなスヌーピーがいて、いつもどうしても気になってしまう。

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2009年3月30日 (月)

サントリーホールの天井

サントリーホールの天井からは透明なアクリル板(だと思う)が何枚も吊り下げられている。舞台上での時差を少なくする目的だろう。特にオーケストラで演奏する時、離れた楽器の音が天井に反射してくるより先に、アクリル板に跳ね返った音が耳に届くのだと思う。

そのアクリル板には椅子や譜面台が映っていて、なかなかきれいだ。

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2009年3月28日 (土)

アクロス福岡

3月27日は都響福岡公演。
オーケストラの並びがもしかしていつもより広めだったのか、アクロス福岡がよく響いたからか、自分たちと管楽器、ヴァイオリンとの時間の取り方がわからなくなりそうだった。かなりの時差だ。聴いて合わせると遅いとは思うのだけれど。
インバルの、アゴーギグのたっぷりきいたチャイコフスキーの5番は、広い会場ではとても効果的だと思った。たとえば第2楽章の始まりのコラールはさっさと進んで、ホルンの有名なテーマになるとゆっくりする。わかりやすいと言えばわかりやすい。
でもロストロポーヴィチがサイトウキネンで、オーケストラの反発をものともせず極端に静かにゆっくり始めた演奏を思い出さずにはいられなかった。

今日博多から新幹線で帰京。本を読み、眠り、弁当を食べ、ぼんやりしてもなかなか着かない。たまにはのんびりした旅もいい。
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2009年3月27日 (金)

強い言葉

最近続けて読んだヨハン・ブリュニール著「ツール・ド・フランス 勝利の礎」と、山野井泰史著「垂直の記憶」、どちらもおもしろかった。特に山野井さんの本は独特の文体で言葉も強く、気持ちがまっすぐ伝わってくる。ギャチュン・カンから奇跡的に生還したことを書いた最終章は圧巻だった。
マナスルで雪崩に襲われた時の描写を引用させていただく。
「・・・体が止まったと気がついたときは、コンクリートのような雪と氷が全身を覆い、腕、足、頭、いずれも動かすことのできない闇だった。生き埋めになった自分の体がどのような姿勢でどのくらい雪面の下にあるのか。一メートル下か、それとも二メートル下か、今の自分になにができるか。どんなに体に力を入れても動かなかった。顔の前にあるわずかに動く中指で、口の前にエアーポケットを作るが、喉の奥に氷が詰まっていて、すでに呼吸困難に陥っていた。・・・」

僕はノンフィクションも小説もどちらも好きだ。
村上春樹さんのエルサレム賞受賞のスピーチの中にこんな部分もあった。
「・・・小説家はうまい嘘をつくことによって、本当のように見える虚構を創り出すことによって、真実を別の場所に引っ張り出し、その姿に別の光をあてることができるからです。真実をそのままのかたちで捉え、正確に描写することは多くの場合ほとんど不可能です。だからこそ我々は、真実をおびき出して虚構の場所に移動させ、虚構のかたちに置き換えることによって、真実の尻尾をつかまえようとするのです。・・・」

2009年3月26日 (木)

4本の赤い弦 その後

チェロをオーケストラの中の歯車に例えると、このところ続いたラヴェルのプログラムではその歯車がどんどん小さくなるようだった。
今日からチャイコフスキーのリハーサルが始まった。久しぶりにチェロにもメロディーがまわってきてほっとしている。インバルの練習の仕方はなるほど、と思うこともあるが、テンポの伸び縮みの度合いは今回も激しい。

上2本に張ったヤーガーのフォルテは、思ったほど左手の負担も大きくなく、今のところとてもいい感じだ。音色が落ち着いて、音程もとりやすくなった。どうして早くこうしなかったのだろう。少なくとも精神的にはとても楽になった。音の通り具合はもう少し様子をみてみたい。

2009年3月25日 (水)

3月の芦ノ湖 その2

成田空港での貨物機事故、ニュースでは「ウィンドシア」という言葉が盛んに使われている。僕に詳しいことはわからないけど、急激な気象の変化に適切に対応するのは今の技術では難しいことなのかもしれない、と思った。

しばらく釣りから遠ざかっていたら、知らない間に道具の進歩がめざましかった。一つはPEラインというもので、伸びが少なく感度がとてもいいらしい。要するに芦ノ湖のようなところでルアーを遠くに投げて巻いてくる場合、魚信がとりやすいということだ。ナイロンに比べてライントラブルが起きやすいこと、擦れに弱いこと、などのデメリットもあるらしい。値段もずいぶん高い。

PEラインとルアーは直結せず、間にリーダーをつける。このラインシステムを組むのが大問題だった。サントリーホール公演の後、帰宅してしょぼしょぼした目で何度も失敗しながらPEラインとショックリーダーを結んだ。
バリバスのショックリーダーのパッケージにはノーネームノットという結び方が絵付きで説明されていて、これがとても難しい。なぞなぞのようだ。「・・・ハーフヒッチで仮止めする。」とか「メインのPEとリーダーを左右交互に8回編み付ける」とか、すぐには理解できない言葉が並ぶ。ルアー釣りは頻繁に投げて巻くので、結び目のコブをできるだけ小さくしてガイドにぶつかりにくくした方がよく、そのため工夫された結び方があるのだろう。

今日の芦ノ湖はおだやかな南風であたたかく、快適だった。釣りのおもしろさの一つは、人間がいくらがんばっても結局は魚次第、というところではないだろうか。人間の力の及ばないものを相手にしているのだ。(演奏は、ほとんどのところ自分でがんばらなくてはならない。)
3月とは思えないくらい快適だったけど、僕のルアーへの反応はそれほど多くなかった。慣れないPEラインは時々絡まった。アタリは取りやすいが、伸びが少ない分魚がバレやすいこともわかった。でもあれこれ魚の状態を推測しポイントやタナを変え、最後の最後にはそれで釣れた。楽しかったなぁ。

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2009年3月24日 (火)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

2009年3月23日 (月)

Musiliaケースの問題点

去年の11月にMusiliaのチェロケースを買った時、日本に入って来たばかりなのである程度の初期不良は覚悟していた。アコードケースの問題点はいろいろクリアされているのだが、こちらもいくつか問題が出てきた。(ケースについては2008年の近況報告No.238もご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/kinkyouhoukoku2008.html

・1本のストラップで両肩に背負えるようにしてあるところがMusiliaの特徴の一つだと思うが、ストラップを両肩に分岐させるプラスチックの部品が2ヶ月で割れてしまう。1月に割れて、代理店に連絡したら素早い対応ですぐ新しい部品を送っていただいたのだが、今日また割れてしまった。強度不足だと思う。
・弓を固定するマジックテープがゆるくて、時々外れてしまう。改良の余地あり。
・ケースの素材(カーボン)に柔軟性があるせいもあって、かみ合わせはあまりよくない。閉めるときにちょっと注意がいる。

初めてこのケースを見た時に、考え抜かれたデザインに惹かれたのだけど、完璧なものを作るのはやはり難しいようだ。

*2010年1月15日の追記。改良されたもの(写真上)を発売元が送ってくださった。下の写真は割れてしまう古い部品。多分これで大丈夫と思う。Musilia_2 1月15日の日記もご覧ください。

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2009年3月22日 (日)

トムとジェリー

東京MXテレビで毎週日曜日午後7時に「トムとジェリー」を放映しているらしく、見てしまった。
僕は子供の頃一日30分しかテレビを見させてもらえず、その至福の時間の大半は夕方6時からの「トムとジェリー」ではなかったかと思う。

30年近くたっても相変わらずおもしろい。
今頃気づいたのは、この台詞のほとんどないアニメではたしている音楽の役割だ。画面の動きにポルタメントたっぷりの音楽がぴったりくっついて、ぐっと効果的にしている。

僕も少なからず「劇伴」(げきばん)と呼ばれる、映画やアニメ、テレビドラマなどの音楽の録音をしてきたから、画面の背後にいるアメリカのスタジオミュージシャンの仕事に共感せずにはいられなかった。作曲者か編曲者か指揮者が画面を見ながら棒を振り、その場で音を変え、音楽の寸法を変え、誰かが間違えると録りなおし、という作業をしたのだろう。
もちろん今のようにデジタル化されていなくて、映像や音声の編集がもっと面倒だったはずの時代のアメリカでこんなに丁寧な仕事をした人たちがいたのだ。

2009年3月21日 (土)

ラロの

3月18日、都響定期演奏会のソリストはロシアの若いヴァイオリニスト、ユージン・ウゴルスキでラロのスペイン交響曲だった。
アンコールのバッハを聴きながら、彼の音程の取り方のことを思った。もちろん音程をはずすことはなく十分正確な中での、音程感といったらよいのか、音色や和声と切り離せない感覚だ。最近の僕はちょっといい加減である・・・。

チェロのフィリップ・ミュレール氏がラロのチェロ協奏曲のレッスンの時、この曲に出てくるスペイン的なものは、フランス人ラロ(都響のプログラムによるとスペイン系の血筋だそうだ)が考えるスペイン風だ、と言っていたのを思い出す。スペイン交響曲もきっとそうなのだろう。
チェロ協奏曲は4月10日の定期演奏会で堤剛さんが弾く。さんざん勉強した曲だけど、実際にオーケストラで音が出るのを聴くのは初めてで楽しみ。

今日からインバルのリハーサルが始まった。引き続いてのラヴェルプログラムで、今まさにラヴェル強化週間だ。インバルは時間的な伸び縮みの作り方が実に巧みだと思う。とても効果的で、少しでも自分の表現に取り入れられたらと思う。

2009年3月20日 (金)

巨大な

首都高速大橋ジャンクションの建設現場には巨大なクレーンがある。動き始めると、キャタピラの一枚一枚が敷いてある鉄板にあたり、がん!がん!と騒々しかった。

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2009年3月19日 (木)

読む本と

登山家山野井さんについて書かれた本がある、と早速教えていただいた。
本屋に行ったら目当ての沢木耕太郎著「凍」はなく、まったく関係のないヨハン・ブリュニール著「ツール・ド・フランス 勝利の礎」を買ってしまった。こちらはランス・アームストロングがツール・ド・フランスを7連覇した時の、チーム監督の著書だ。このおもしろい本をぐいぐい読んでしまって、「凍」にとりかかりたいと思っている。
「凍」について調べたら、ご本人の書かれた本があることがわかった。山野井泰史著「垂直の記憶」。すごく読んでみたい。

読む本と、さらう曲があることは幸せだと思う。

2009年3月18日 (水)

4本の赤い弦

毎日ちくちくさらってもなかなか上手くならないので、気分転換に弦を変えてみた。上2本をヤーガーのミディアムからフォルテ(より強い弦)に。下がスピロコアだから、テールピース側の巻きは4本とも赤くなった。

ヤーガーのフォルテは10年近く前、手を痛めてしまった本番の時に使っていて、もちろん弦に責任はないのだが、以来封印していた。苦い経験だ。
強い弦の難しいのは、手元の感覚は強くなっても、張力で楽器を締めてしまい徐々に音が伸びなくなることだ。このところラーセンを使わないはこのためだ。
ただ、ヨーロッパから来るソリストのほとんどは上2本がラーセンで下がスピロコア、そして足の長いベルギー駒を使っている。その理由はすごくよくわかる。今なら印象は違ってくるかもしれないとは思う。

久しぶりにヤーガーのフォルテを張ってみて、音色はとても落ち着き、高音の神経質さがなくなりコントロールしやすくなった。左手の負担は増えるが、思ったほどテンションも高くない。ただ、ミディアムのあの倍音の伸びはない。これこそ音を飛ばすための、ミディアムの最大の長所かもしれないなぁ。
ともかく手元のいい感じが遠くにも届くかどうか、しばらく使ってみよう。

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2009年3月17日 (火)

「一言半句の戦場」

「文藝春秋」誌の連載「今月買った本」、3月号はエッセイストの平松洋子さん。最後の10冊目の紹介を引用させていただく。
「もう一冊、天から降ってきた贈りものが開高健『一言半句の戦場』。なにしろ、もう開高健の新刊など読めるはずもないと思っていたから。未収録だった言葉が白刃のように煌めき、今なお生きて暴れる。分厚い一冊をめくりながらあらためて慄然とした。」

そうなのだ。もう開高健の新しいものは読めないと思っていたから、僕も書店でこの本を見つけた時は思わず手に取った。
「全集・単行本未収録 エッセイ、コラム、インタビュー、対談、座談会、聞き書き他」がおさめられた同書の年表で作家38歳の年を見ると「輝ける闇」刊行、とある。代表作の一つだ。

38歳の僕はというと、相変わらず未熟で毎日チェロをさらっている。
取り組んでいることの一つは、楽器の位置を下げること。今まで夢中になって弾くほど、どうしても前のめりになって楽器におおいかぶさり、肩が上がった。チェロが胸にあたる場所を少し下にすると、肩に力が入らないし、たぶん楽器が少し遠くなるせいで、自分の音をより客観的に聴けるような気がする。
もう一つは、プールにできるだけまめに通うこと。水泳で少しでもやわらかさや強さを補えたらと思っている。まぁ泳ぐというよりは短い時間水につかっている感じだけど、少しでも腕に自然な重さがかかるようになりたい。

「一言半句の戦場」の中にはやはり釣りに関する部分も多い。最近僕の釣りの虫がうずうずしているはこのせいかもしれない。

2009年3月16日 (月)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。小樽の写真をクリックしてください。

突き抜けたようなさわやかな

何を録画したのかわからないビデオテープがあって中身を確かめたら、登山家山野井夫妻が2007年夏にグリーンランドの大岩壁に挑んだ番組だった。ひきこまれるように見た。
その数年前のヒマラヤで二人は遭難し、ひどい凍傷のために手足の指を何本も失っている。テレビカメラの前でその時の模様を淡々と話し、また普段の生活でも、高さ1,300メートルの巨大な岩壁を前にしても見せる突き抜けたようなさわやかな笑顔に深く感銘を受けた。山のためにほとんどすべてのことを通り越してしまった人たちだと思った。

ふぬけた生活をしている僕も、もっと音楽を切実なものにできるのではないかと思った。

2009年3月14日 (土)

楽器の状態

・オーケストラの演奏会が終わり舞台袖に戻ってチェロを弾くと、開演前より明らかに音が分厚く、よく鳴るようになっていて驚くことがある。ぐぎぐぎ弾くからか、あるいは周囲の大音量に楽器が振動するからか。
・僕の楽器のテールピースにはアジャスターがついていないので、調弦はペグ(糸巻き)でする。だから弦は常に上に引っ張られていて、駒の弦と接触している面も同じ方向に引っ張られる。たとえばそれで1ミリくらい上に動いてしまった駒の面を元に戻すとずいぶん楽器のテンションが上がるような気がする。
・酷使した弓をしばらく使わないでおくと、またぱりっと張りが戻るような気がする。

普段感じるこんなことを父に話した。「楽器の物理学」で扱っていることは、もっとおおざっぱなことらしい。楽器は本当に不思議だ。
2月に弦とエンドピンを変更し、僕の楽器は大幅に変わった。なのにそれがこのところとても普通になってしまった気がする。新しい状態にすっかり慣れたのか、それとも変更した当初の状態が失われてしまったのか、戸惑っている。

2009年3月13日 (金)

「楽器の物理学」

父が「楽器の物理学」(N.H.フレッチャー/T.D.ロッシング著)という本を持っていて、もしかして演奏の役に立つかも、と広げたら数式ばかりでちんぷんかんぷんだった。
様々な楽器の音の出る仕組みを、物理の人たちが僕らの思いのつかない観点からアプローチして解き明かそうとしているらしい、ということはわかった。

チェロは弓で弦をこすって音を出すが、このことだって不思議だ。弦の振動は、単純な往復運動ではないのかもしれないが、仮に往復だとしたら、どちらか向きは弓の動きと同じ方向だけど、半分は反対になる。2回に1回は弓が弦の邪魔をしているのか?そこのところがいったいどうなっているのか、高速撮影して見られたらきっとおもしろいだろうと思う。
実際、弦の動きはかなり複雑らしい。

でも、いい音や美しい音、というものを学問的に定義することはきっととても難しいと思う。
良い音の条件の一つとして倍音の多さを挙げることはできると思う。ストラディヴァリウス製作の楽器の特徴の一つはそこではないだろうか。名手の弾くヴァイオリンのあの華やかな音、弓が弦にふれた瞬間に様々な音色があふれ出すあの感じだ。
CDの規格をつくるときに、人間の耳ではきこえないはずのある周波数から高い音は入らないことにしてしまった。CDが出始めた頃、CDの音の悪さの理由のひとつにされた。もし僕にお金と時間が売るほどあったら、是非素晴らしいアナログレコードプレーヤーが欲しいと思っている。高級オーディオシステムで聴くLPレコードからは上まで伸びきった倍音が出るのだろうか。

チェロに関して言うと、もちろんストラディヴァリウスは素晴らしい。けれどモンタニアーナやゴフリラといった、どちらかというと華やかさより太さやたくましさを持つ楽器も好まれる。
はい、僕にも山のようにお金があったら是非・・・。

2009年3月12日 (木)

3月の芦ノ湖

熱が写真に移ってからも年に1回、少なくとも2年に1回は芦ノ湖に釣りに行っていた。
でも3月の芦ノ湖は本当に久しぶりだ。前は湖面を吹きわたる強風で竿と糸がきらきらと凍り付いても意識がぼんやりとしても、雪がボートに降りつもっても、ものともせず通っていた。そういう熱を失っていた訳だ。

今朝芦ノ湖に到着したら、思いの外暖かくて拍子抜けした。
ボート屋の平田さんにポイントとルアーの傾向を聞き、広い湖面をのたのたボートをこいで早川水門まで行く。最近の僕の釣りのモットーは「釣れても釣れなくてもいい」というものなので、あまりがんばらずルアーを投げちゃ巻き投げちゃ巻きする。
ぼんやりしてきた頃、最初のぐん!というニジマスのアタリがあって目が覚めた。何度釣りに行っても、その日最初のアタリは無が有になる最高の瞬間だ。この何年かの芦ノ湖はボウズ(一匹も釣れないこと)もあったし、釣れたとしてもまるで釣った感じのしないことばかりだったので、今日はものすごくたくさん釣れた訳ではないけど、僕としてはとても楽しい釣りになった。ちなみにヒットルアーは5グラムの金黒のスプーンで、それを沈めて使った。

日が陰って風が強くなるとつま先の冷たさが全身にしみ渡り、アタリも遠のいたので竿を納めた。
山積みの日常を離れて、それでも日常は箱根まで追っかけてくるけど、遠くの釣り糸を見ている日があってもいい。

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2009年3月11日 (水)

さらに重なった入れ子を

最近「ノルウェイの森」を再読した。
「ノルウェイの森」は僕が高校生の時にベストセラーになり、同級生に借りて読んだ。時のベストセラーを、しかも上下巻が赤と緑の美しい装丁をまとった本を読むことが、その頃の僕には気恥ずかしくて、それにやはり刺激的だったし、とにかく筋だけ追ってひたすら早く読み終わり、わかったような顔をして同級生に返したのだと思う。

小説の主人公の年齢は10代の終わりから20歳にかけて、それを書いた村上春樹さんは確か37歳だったはずだ。
18歳の時に読んだ小説を、38歳になった僕がもう一度読むのは、さらに重なっている入れ子を解き明かすようだった。ほとんどおぼえていないのに、なぜかよく知っている話を、18歳のどうしようもなく脆かった僕を思い返しながら読んだ。
「ノルウェイの森」の文章はいつも人の死を負っている。それがなぜなのか、村上さんのエルサレム賞受賞のスピーチを読んで、少しわかったような気がした。

言葉と行動の

「文芸春秋」4月号に村上春樹さんのエルサレム賞受賞式のスピーチと、そのことに関するインタビューが掲載され、興味深く読んだ。
僕が何かを言えるような問題ではない。

僕の見たテレビのニュース番組では村上さんのスピーチの以下の部分が中心に取り上げられていたと思う。
「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。」
この部分の直前にある文章には
「・・・なぜなら小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。
 だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです。何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだのです。・・・」とある。
難しい状況の中で、自分の言葉と行動に重さと責任を持っていることを素晴らしいと思った。
(続く)

2009年3月10日 (火)

緑、黄緑?

特に意味はないのだけれど緑色の傘と緑色の針の腕時計を持っていて、ついユニクロで緑色のジーンズを買ってしまった。どうやってはくのだろう。

さて、早く確定申告をすませなくては。

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2009年3月 9日 (月)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

多治見で

今日は多治見で、中島顕先生の生徒たちのチェロアンサンブルの練習。高校生が中心で、恐れを知らない姿に、自分もあのころこうだったのだろうか、と思う。
こちらの演奏会は名古屋でゴールデンウィークに開かれる。

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2009年3月 8日 (日)

トリプルコンチェルト (さらなる続き)

トリプルのもっとも有名な録音の一つは、カラヤン指揮のベルリンフィルでリヒテル・オイストラフ・ロストロポーヴィチがソリストを務めるものだと思う。(リヒテルは「リヒテル 謎」というドキュメンタリーの中でこの録音についてとてもおもしろいエピソードを語っている。)
トリプルのCDはいくつか持っていて、その中でも隠れた名盤とでも言いたくなるのは、ゲバントハウスのチェリスト、ユルンヤーコブ・ティムさんがソロを弾いているものだ。一般的にはそれほど有名ではないのに、こんな素晴らしいチェリストがいることは、ヨーロッパの層の厚さの証明だろう。

音楽家でよかったことの一つは、38歳はまだまだ若僧ということだ。スポーツ選手で30歳代後半だとベテランと言われてしまうし、体力的なハンデを克服しつつ、というような印象がつきまとう。
確かに今の僕の体は、もはやすみずみのパーツまでぴちぴちと完璧ではなく、以前のようには無茶もしなくなっている。でも音楽をする上ではいつも今が一番いい状態だと思っているし、もっともっとよくなりたい。

とても幸運なことに3回目のトリプルを弾く機会を与えて頂いた。9月の福岡、九響の定期演奏会です。
(九州交響楽団 http://orchestra.musicinfo.co.jp/~kyukyo/kyukyoFiles/index1.html

2009年3月 7日 (土)

トリプルコンチェルト(続き)

初めてのトリプルがどうだったのか、実はあまりよくおぼえていない。今よりはるかに軟弱な心構えで、そのくせいっちょまえのつもりでいたから始末が悪い。最近仕事場で桐朋出身の若い世代の音楽家と一緒になり、「あの時のオーケストラで弾いていました。」と言われた時は、どこかに隠れてしまいたくなった。

それからしばらくして、才能教育の韓国の大会で再びトリプルを弾く機会があった。1月の韓国は寒く、とにかく手を冷やしてしまわないことばかり気にして弾いた。オーケストラは大田(デジュンと発音するのだろうか)のオーケストラで、ホルンの一番がやたらよくヴィブラートのかかる人だったことをおぼえている。

僕にとってはとても思い入れの強い曲だが、世間的には必ずしもそうではないらしい。
もう亡くなられたさる高名なピアニストは、トリプルのピアノは「バイエルが弾けたら弾ける」とおっしゃったそうだ。初めてのトリプルで張り切っていた時、知り合いのピアニストに、なんだトリプルか、というようなニュアンスのことを言われてしまった。確かにピアノには星の数ほど素晴らしいレパートリーがあるのだから。
またある新聞には、曲の出来が良くないので演奏者が一生懸命になればなるほど滑稽だ、という旨の批評が載って、さすがにこれには憤慨した。
 (さらに続く)

2009年3月 6日 (金)

トリプルコンチェルト

トリプル、といえば僕たちにとってベートーヴェンの三重協奏曲のことだ。

名古屋大学1年生の夏に参加した草津の音楽祭で、クリストフ・ヘンケル氏に目からうろこが落ちるようなレッスンを受けた。そしてこの時どうしてもチェロを弾きたいと思った。草津が僕の人生の大きな転換点となった。
音楽祭を締めくくる演奏会、ピアノのメジモレック、ヴァイオリンのパイネマン、チェロのヘンケルという講師陣がソロを務めたトリプルは素晴らしく、親切にレッスンしてくれていたヘンケルがとても遠い人に感じられた。だってトリプルのチェロパートはとても難しいし、それを弾ける人が目の前にいることは信じられなかったからだ。

そのトリプルを2000年に桐朋のオーケストラと弾くことになった。
直前に行っていた宮崎の音楽祭で原田禎夫さん、岩崎洸さん、上村昇さんと、この曲のいくつかのフレーズの左手の指使いについてあぁしたらこうしたらという話になった。もうすぐ開演で、これから舞台に出て行く時だったと思う。今考えると夢のような時間だった。
 (続く)

2009年3月 5日 (木)

少しずつ

秋の演奏会のことが少しずつ進んでいる。
東京と名古屋の会場は決まり(10月初め)、プログラムのメインがラフマニノフのソナタ、ということも決めた。

プログラムの全体像が意外と決まらない。プーランクのフランス組曲で始めるのが本当に良いのか、バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、シューマンといったドイツものは入れるのか入れないのか・・・。
楽譜を引っ張りだしCDの棚を探し回ると、つられていろいろ考えがめぐり、まったくさらえなくなる。リサイタルには関係ないのに、フルニエの弾くトリプルコンチェルトのCDを発見。聴くと、あの素晴らしい音にため息ばかり出てますます練習に手がつかなくなる。

もう何年も、誰かに頼まれるのを待ってその中で精一杯やってきた。久しぶりに自分で枠組みを作るところから始めてみて、とても楽しいことに気づいた。

2009年3月 4日 (水)

演奏会の予定を

演奏会の予定を更新しました。

4月もひたすらオーケストラの仕事をします。

2009年3月 3日 (火)

今考えていること

今考えていること。

・今年に入ってからよくプールに行って泳いでいる。水をうまくつかむ感覚と良いボウイング(弓づかい)には共通点があるような気がする。馬鹿げた僕の勘違いかもしれないけれど。
弦楽器の音を出す過程は損失が大きい、つまり弓の毛で弦をこする力のごくわずかしか音にできていないので、入力を大きくする(より強い力で弾く)ことより、力を音に変換する効率を少しでも上げることを考えたらどうか、と父が言っていた。たとえば100の力で弾くことを120に増やすより、変換効率を0.1パーセントから0.2パーセントに上げることの方が効果が大きいのではないのか、ということだろうか。(120の力が0.1パーセント音になると0.12だが、100が0.2パーセント音になるとそれは0.2だ!この計算で合っているのかな。)

うぅむ、なるほど。魔法のボウイングを体得して劇的に素晴らしい音を出せるようになりたい。

・どうしてもチェロを抱え込むようにして弾くので、上向き、開放的な姿勢で弾けないだろうか。そうしたらもっと音が飛ぶような気がする。
ヨー・ヨー・マ、イッサーリス、ロストロポーヴィチ、ブルネロ、皆体が開いている。
オーケストラの仕事をしている時もこのことを心がけているのだが、気がつくとすぐ丸まっている。

2009年3月 2日 (月)

趣味そっちのけで

最近岩波書店から出版されたロベール・ドアノーの写真集「パリ」を実際に書店で手にとってみた。安くないのは知っていた。でも分厚くて大きいのは計算外だった。参ったなぁ。ハートウォーミングなドアノーの写真集は是非欲しいのだけれど、問題はその大きさだ。しまっておく場所を作り出せるだろうか。

1月と2月に撮ったフィルムの現像とベタ焼きを先日ようやく受け取り、スキャンした。チェロはほったらかしで写真に夢中だった時もあったけど、本業がおもしろくて趣味そっちのけという状況は決して悪くない。

今週の一枚を更新しました。

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2009年3月 1日 (日)

2月

ひたすら走り続けたような2月も今日の福島公演で終わり。ここで少しほっとしよう。

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