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2009年5月

2009年5月31日 (日)

八丈島公演

5月30日は都響の八丈島公演。
本来は去年予定されていたのが、悪天候のため大型楽器の輸送ができず今年に延びた。実は今回も楽器を載せる船が出るのか、人間の乗る飛行機が飛ぶのか、多少やきもきする場面もあったけれど、無事行われた。
島の方々が400人以上来てくださったのだろうか、真剣に聴いてくださるその姿に僕たちがすっかり取り込まれてしまったような素敵な夜だった。

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2009年5月30日 (土)

柳瀬順平さん

この日記にも時々登場する柳瀬順平さんに始めて会ったのは学生時代、春の京都フランス音楽アカデミーだったと思う。それ以来ご縁の切れることなくいろいろな機会に一緒に弾かせていただいて、今は都響で毎日のようにお世話になっている。

写真は、本番前に順平さんが集中力を高めている様子。(眠っているのかな・・・)

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2009年5月29日 (金)

グーワタナベさん

吉祥寺の鞄店、グーワタナベさんのHP(http://www.guu-watanabe.com/)を久しぶりに拝見したら、僕が撮った写真が名前入りで使われていてびっくりした。ずいぶん前、チェロほったらかしで写真に夢中だった頃撮ったものだと思う。お二人の笑顔が素敵だ。あの頃本当に写真が楽しかったんだなぁと思う。

グーワタナベさんのショルダーは実によく使って、一代目はくたくたになるまで使って修理してもらい、現在使っているのは二代目。今この形は作っていないのかもしれない。
中にカメラを入れやすいよう仕切りを入れて、ずいぶんいろいろなところを旅行した。パスポート、航空券、書類、カメラ、フィルム、露出計、本、手帳、いろいろ入れた上でさらに折りたたみの傘とかペットボトルとか、もう一息詰め込む必要があるときでも入ってしまうのでとても重宝する。

先日のソウル・シンガポールの演奏旅行もこの鞄がお供してくれた。

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2009年5月28日 (木)

アクアマリンふくしま

実家と名古屋の東山動植物園は近いので、小さい頃よく父に連れて行ってもらった。コアラが来るずっと前のことだ。
いつも植物園門から入園してこども動物園やトド、キリン、ライオン、ペンギンなどを見て、水族館が最後だった。現在の立派な「世界のめだか館」ではなく、正門のサイの檻の近くにコンクリート造り2階建ての水族館はあった。この水族館が僕にとってのクライマックスで、なかでも奥の方の水槽にいた2匹の、1メートルくらいあっただろうか、クエを見るために動物園に行っていたと言ってもいい。身動きもできないほど小さな水槽にとらわれてしまった大きな魚を間近で見ることにひきつけられていた。

先日アクアマリンふくしままで足を延ばした。
大きく明るい水族館は楽しく、子供のころを思い出した。大水槽の底に沈んでいる全長4メートルもあるウシエイ、無数のイワシがカツオやマグロを避けて群れをなす様子、水の中を砲弾のようにぶーん、と進むアザラシ、小さく動くクリオネ、展示の仕方も工夫されていて飽きない。たまたまトドやセイウチの給餌時間にあたって、大変な迫力だった。数百キロの体重と長い牙を持ったセイウチに命令し、餌を手渡しするスタッフの女性たちには脱帽した。僕だったらちびって逃げ出してしまうだろう。
一番印象にのこったのはナメダンゴという金平糖とフグを足して2で割ったような小さな魚。本当におかしかった。
建物の外には立派なビオトープがあって、カエルの鳴き声がよく聞こえた。でもこういうものをつくらなくてはならない時代になってしまったのかなぁ。

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2009年5月27日 (水)

オーボエの大植君

しばらく前仕事場で何気なく撮った写真を、オーボエの大植君がプロフィールに使ってくれています。下記のアドレスをご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/kinoko2001/member/ooue/ooue.html

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2009年5月26日 (火)

2回の演奏会

5月25、26日の「わが祖国」、多くの方にお越しいただき本当にありがとうございました。

同じ内容の演奏会でも、日によってまったく違う景色が見える。
昨日はなぜだか体がすっきりせず、本番中は嫌な感じの汗をかいてしまった。今日はよく反省して臨んだから集中できたし、特に前半はステージ全体にいい風が吹いていたと思う。

オーケストラはタフな仕事だ。でもたまにはこんな時があってもいい。

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

2009年5月24日 (日)

ペレーニのドヴォルザーク

!、感嘆符しかない。
2月にミクローシュ・ペレーニがN響と演奏したドヴォルザークの協奏曲が放映され、食い入るように見た。素晴らしい音と超絶技巧の連発に圧倒されて、まったく参考にならなかった。

ペレーニがエルガーの協奏曲の冒頭をどういうボウイングで弾いたか、というのは僕たちの間ではすでに伝説になっている。
ドヴォルザークでもすごかった。最初の和音をアップ(上げ弓)で弾く人は初めてだ。だいたい巨大なNHKホールで演奏しているのに、弓を半分とか3分の1しか使っていないところが実に多い。チェロの人間だったらできるだけ弓を多く使ってとにかく音量をかせごうとするはずだ。
フィンガードオクターヴとか、一弓でやたら長く弾いたりとか、気付きにくいかもしれないけど、とにかくウルトラCばかりだった。

その超絶技巧がひたすら音楽のため、というのがペレーニに本当にほれてしまうところだ。いいところを見せてやろう、といった姿勢はどこにもない。

参りました。

(ペレーニについて、2007年の近況報告No.191
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/kinkyouhoukoku2007.html
もご覧ください。)

2009年5月23日 (土)

「わが祖国」

スメタナの「わが祖国」はオーケストラのレパートリーの中で最もきつい、つまり肉体的な負担が大きい曲の中の一つだと思う。ひらたく言えばひたすら弾きまくってくたくたになってしまう、ということだ。
今日のリハーサルの後、木管楽器の人に「わが祖国は管楽器もきついの?」と聞いたら、「えっ!弦楽器もきついんですか?」と言われてしまった。

ハープの霊感あふれるテーマで始まるヴィシェフラードは大好きだ。2曲目の有名なモルダウは実はそれだけでも十分大変だし、続く3曲目のシャールカ、後半の戦いの場面ですでに盛り上がってかなり弾いてしまう。その後4、5、6曲と容赦なくたたみ込んでくる。
5曲目のターボルの真ん中でひたすら弾きまくる部分は、例えると自転車で坂を登っていてすでに足はぱんぱんになっていてどうにも動かなくなってきているのに、峠はまだずっと上でしにものぐるいでもがく感じ。そして6曲目、最後のブラニックにはどうしても続けて入ってしまうから、その頃には肉体は疲弊して売り切れていて、ただ勢いだけを頼りに・・・。

小林研一郎と「わが祖国」、なんてものすごくベタな組み合わせのような気がしていた。でも楽しい演奏会になりそうだ。
「わが祖国」は本当に大変だけれど、オーケストラを弾く醍醐味、オーケストラで弾く醍醐味にあふれていると思う。

古賀さんの

昨日トロンボーンの古賀さんにデジタルカメラの使い方をいろいろ教わった。なるほど!と思わず膝をたたいてしまうような便利な機能がGRデジタルにはあった。
古賀さんがご自身のブログで僕の日記のことを丁寧に紹介してくださった。古賀さんのページはこちらです。
http://ktrb.seesaa.net/

2009年5月21日 (木)

効き目の少ないミュート

プーランクのフランス組曲を弾く時にミュートを使うのだけれど、持っているミュート(写真右)では効果が大きすぎると思っていた。
また北口君が教えてくれた。BECHというところのミュートがよいかもしれない。少し軽そうだし、着け外しに音がしないところもいい。

6月20日のプログラムのことが話題になり、ヒンデミットはどうかという案が出た。そうだ、すっかり忘れていた。このソナタの最初の楽章で始めてみるのも悪くない。早速音をだしてみよう。

明日からは「わが祖国」のリハーサル。久しぶりにもりもり弾く仕事だ。

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2009年5月20日 (水)

5月の芦ノ湖 その2

今日はボウズ(一匹も釣れないこと)だ、と思った。
もう桟橋に着く、という最後の最後で流していたスプーンに待望の一匹がかかった。この一匹があるかないかは天と地ほども違う。ぐったりとした疲れか、爽やかな疲れかの大きな分かれ目だ。

前回の釣りが悪天候から逃げ帰るような感じですっきりしなかったので、もう鱒のシーズンは終わりかと思いながら芦ノ湖にでかけた。
5月の箱根はとても好きだ。新緑が青空に映え、うぐいすの鳴き声が聞こえ、生き物の気配にあふれている。今日は釣り人も少ないし、魚の反応は少なくてもスプーンをぶんぶん投げているだけで楽しかった。これまで金黒とかチャートといった色がよく釣れたけど、今日は赤系にばかりアタリがあった。
一日がんばってほとんど釣れなかったので、なんだか納得してしまった。

さぁ、明日からまた一生懸命さらおう。

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エンドピンのねじ

ものすごくマニアックな話。
エンドピンを固定するネジのエンドピンと接する面は、何ヶ月かすると減って溝ができる。これを耐水ペーパーを使って平らにすると音が変わる。響きの成分が少なくなって、輪郭がはっきりする感じだ。

ついでにエンドピンの先も尖らせた。鉄のエンドピンのいいところは、ヤスリで簡単に研磨できるところだ。

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2009年5月18日 (月)

ボンベバイク

外国に行くといろいろなことがいちいちおもしろい。

ソウルで、何のボンベかは知らないけどボンベを積んだバイクが走っていた。それから、山のようにざるを積んで売っていた車、荷台に靴下をいっぱい吊るして売っていた車、日本で言うところのヤクルトおばさん・・・。

シンガポールでは超高級車が当たり前のように街を走る一方で、路上にミシンを出して何かをしている人がいた。

デジタルカメラで撮った画像は旅行中始終モニターで確認し整理していた。フィルムで撮った写真は現像があがってくるまでの間に何を撮ったのか忘れてしまい、時間を見つけてそのときの興味をもう一度再現する。この作業もフィルムで撮る醍醐味の一つだと思う。

今週の一枚を更新しました。

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2009年5月17日 (日)

ホルショフスキー

たまたま見つけて買ったCDが、ミエチスラフ・ホルショフスキーの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」、第30番、第32番、1951年の録音だ。

残念なことにホルショフスキーは一般的には知名度の高いピアニストとは言えないと思う。
僕が耳にタコができるくらい聴いた、カザルスのホワイトハウスの演奏会でピアノを弾いているのがホルショフスキーだ。さりげないたたずまいで、でも実は完璧なバランスを保っている。こういう演奏をすることは本当に難しい。カザルスは彼のことを評して、神童がそのまま大人になった奇跡的な例、と言ったはずだ。
(このホワイトハウスの録音で、ヴァイオリンを弾いているアレクサンダー・シュナイダーには会ったことがある。カザルスホールの企画で、彼は若者のオーケストラを指揮した。強烈な頑固爺で、オーケストラのていたらくによく腹をたてて「Out of tune!(調子っぱずれ!)」とか「Go home!(家にかえれ!)」とか叫んでいた。僕がホワイトハウスのCDにサインを求めると、「君はこの録音をたくさん買わなくてはならない」と言われてしまった。)

ホルショフスキーの弾くベートーヴェンを聴いて、すっかり力がぬけた。毎日自分が張り切って弾いているチェロは、子供の遊びのようだ・・・。
作為的なものはどこにもなく、ただただ素晴らしい音楽がそこにある。懸命に努力してもこういう音楽に近づけるとは思えないが、でもこういう音楽を知ったことは幸せだ。もし実際に目の前で演奏を聴いたら、その後で世界はまったく違うふうに見えると思う。
「ハンマークラヴィーア」はもちろん素晴らしい。僕が好きなのは32番のソナタの第2楽章だ。ずっと聴いていたくなる。

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2009年5月15日 (金)

バッハを弾くこと(続き)

バッハがチェロのために書いた曲は多くないが鍵盤楽器のための音楽はたくさんあり、よく聴いている。
たとえば平均律クラヴィーア曲集は第1集と第2集の二つある。同じ調性で二つずつある、というのはとてもおもしろい。聴いていると、僕にも調性による性格があることがわかるような気がする。当たり前のことかもしれないが、ト長調の屈託ない明るさ、とかニ短調の悲劇的な暗さ、とか。

チェロの組曲は昔からずっと弾いてきたし、それなりに一生懸命取り組んできたから、残念ながらかえって変な癖がべったりこびりついている。ほとんどが技術的な都合で音楽に集中できなくなっているものだ。情けない。
今していることは、まずもとのまっさらの姿に戻して、新しい曲のように取り組むことだ。

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2009年5月14日 (木)

バッハを弾くこと

学生の頃はよく演奏会を聴きにいっていて、もちろんその中にはバッハの組曲も多くあった。

聴いていて不思議だったのは、何人もの立派な演奏家がバッハのなんでもないようなところで間違えてしまうことだった。
自分が人前で弾くようになるとその訳は少しだけわかるようになった。演奏中に暗譜がものすごく不安になって、先のことが気になって仕方なくなる。舞曲の繰り返しの1回目で何か間違えようものなら、2回目は修復できるかどうか気が気でなくなる・・・。
実はちゃんと暗譜しているのだから体に任せてしまえばいいのだけれど、自分が信用できなくなり、暗譜不安の無限地獄に陥る。本番中に暗譜が飛びそうな時の恐怖といったらない。
先日のテーラー博士の考えで言えば、直感を司る右脳に任せておけば何の問題もないのに、論理担当の左脳がよけいな心配を始めトラブルが起こる、ということだろうか。

そもそもなぜこわくなるのか暗譜が不安になるのか、それはバッハの音楽に集中できていないからではないのか、と最近思っている。バッハを夢中になって弾くこと、彼の音楽に近づくことが本当に難しい、ということではないだろうか。

2009年5月13日 (水)

5月の芦ノ湖

予定では今日(5月12日)もよく釣れるはずだった。

早いうちにいつものキャンプ場沖でぽつぽつ釣れたので、たまには気分を変えてみようと、大きなブラウントラウトがいると教えてもらった立石に、深良水門、亀ヶ崎を経由して向かう。
何も釣れず、風も強くなってきたので立石の手前で桟橋に引き返すことにした。それが大変だった。強風の吹きわたる湖面を横断しようとしてもほとんど進まない。ほうほうのていで桟橋にたどりついた。

午後はまたキャンプ場沖へ向かう。雲が出てきて暗くなってきたので爆発的に釣れるかも、と思って漕ぎ出したら、あっという間に濃霧に包まれてしまった。そんな時ボートでひっぱっていたルアーにアタリはあるのに重さはなくて変だ変だと思って上げたら、5グラムのスプーンの倍くらいの大きさしかない魚がかかっていた。きれいなパーマークがついていたので、後で聞くとサクラマスだそうだ。
魚を逃がしてふと我にかえると、それまでぼんやり見えていたはずの海賊船の灯りがどこにも見えない。どちらを向いても真っ白な霧と灰色の湖面しか見えず、進んでいる方向は風向きと岸に打ち寄せる波の音だけでしか判断できなくなった。こんな時に近づいてくるエンジン船の音がきこえたらちょっとした恐怖である。

爆発的に釣れるどころか、息をひそめたみたいに水面から生き物の気配が消えた。暴力的な南風と、意志を持つ巨大な生き物のように空から降りてくる霧に恐れをなして、今日は退散。
昨日、58センチのブラックバスが釣れたそうだ。ブラボーである。水温は16度にまで上がり、そろそろマスの季節も終わりということなのかもしれない。

たまには眠っている五感を覚まして、全身全霊へとへとになるまで遊ぶ日があってもいい。
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2009年5月12日 (火)

6月20日のプログラム(続き)

6月20日のプログラムがまだ決まっていない。

ブリテンの1番の組曲の終曲で格好よく始めて、バッハの6番。全部弾くと長いので、アルマンドは弾かない。それからコダーイの終楽章とソリマのアローン、というのが当初案。かなり問題がある。

ブリテンがぱりっと弾けたら相当いいが、本番でテンポが速くなり指が絡まってしかも一曲目ですでに左手に疲労がたまる危険が高い。
6番のアルマンドは長い分、内容もたくさんある。これを弾かないのはあんこのないあんパンを食べるようだ。コダーイも弾きたいけれど、ソリマと続けて演奏するのはあまりよくないかもしれないし、もっとバッハに集中したくなってきた。

ソロの演奏会なので、ぎりぎりまで気兼ねなくぐずぐず考えていられるのは幸せだ。
バッハの6番を全部弾くことにしてもう一度組み立ててみよう。

2009年5月11日 (月)

細部に

新宿に新しくできたユニクロに行った後、やはり新宿の迷路のような大型書店で、最近どこかで見た人を見かけた。とっさに思い出せなかったのだけれど、ユニクロの柳井社長だった。ちょっと前にヨーロッパからH&M、最近はアメリカからフォーエバー21というブランドが入ってきて、衣料品も激戦らしい。
その日ユニクロで買ったパーカーは、ジッパーの取手の形や紐の先端の色など、なかなか芸が細かい。グレーの紐の先にワンポイント芥子色を入れるのは、ひょっとしてポール・スミスの手法を取り入れているのかも、と思った。比べるものではないが、値段は10分の1以下である。

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2009年5月 9日 (土)

「スクラップブック 1932-1946」

都心の大型書店に久しぶりに行った。あてもなく本屋をさまようのは本当に楽しい。写真集の棚にも素晴らしい本がいっぱいあった。
岩合光昭さんの新刊「猫 立ちあがる」。さすが、としかいいようがない。岩合さんの撮る猫写真には甘さがないと思う。猫かわいがり、という姿勢がない。写真集の最後で岩合さん自身が、「人間の立場」と「猫の立場」のことを述べていて、事情は簡単ではないがでもその通りと思った。

岩波書店から出版されたアンリ・カルティエ=ブレッソンンの写真帖「スクラップブック 1932-1946」が、ドアノーの写真集「パリ」と並んで置いてあった。
この2冊の大きな大きな写真集をゆっくり自宅で広げて眺める様々なゆとりがあったら、とため息がでるばかりである。

2009年5月 8日 (金)

ワイド・コンバージョンレンズ

トランペットの内藤君にGRデジタル用のワイド・コンバージョンレンズを借りて使ってみた。
本当はテレ・コンバージョンレンズが欲しいのだけれど、こちらもおもしろかった。カメラ本体にアダプターとレンズとフードを組み合わせていく。小さい頃欲しかった超合金のロボットに似ている。明るさもオートフォーカスも変わらない優れものである。前後に長くなるからブレにくくなるメリットもあると思う。軽快さはなくなるけれど。
「超合金レンズ」をいじっていたら、チェロの順平さんに、うれしそうだね、と言われてしまった。

テレコンバージョンを装着すると、28ミリ相当の画角が40ミリになる。40ミリという長さはとても使いやすい。(5年前の演奏旅行に持って行った、40ミリのズミクロンのついた「小さなライカ」をどうして僕は手放してしまったのだろう・・・。)
日記の写真はほとんどGRデジタルⅡで撮っていて、ときどきもう少し長い焦点距離を使いたくなる。

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左半球と右半球

今晩(5月7日)放映された「復活した`脳の力`」という番組がとても興味深かった。
脳卒中で自身の左脳に損傷を負った脳科学者ジル・ボルティ・テーラー博士のリハビリの軌跡をたどる。

論理や言葉をつかさどる左脳の出血によって彼女は言葉や多くのことを失う。一命をとりとめてから、何年もかけて様々な能力を取り戻していくのだが、その左脳が直感や感情を受け持つ右脳を支配してしまっているのではないか、という考えにはっとさせられた。

そう、この日記も頭の中に浮かんだことを一生懸命言葉にしている。
僕はチェロを小さい頃から弾いているから、何も考えなくても体で覚えている部分は多い。感覚で弾くのだけれど、効率よくさらったり仕事をしたりしていく上では、ある程度弾き方や表現を論理的にとらえ、言葉にして伝え、伝えてもらう必要がある。
言葉にすることで感覚や方法に定義や形が与えられる。はっきりするからそれは良いことだと思っていた。
でももしかしてそのことで音楽の大切なところを束縛してしまっているのかもしれない。

2009年5月 6日 (水)

C線のペグ

同僚の北口大輔君がチェロのC線のペグ(糸巻き)を特別仕立てにした。
チェロをかまえる時、いまひとつ楽器と体が一体化しにくい原因のひとつが、C線のペグが頭や首にあたってしまうことだと思う。

だからペグの楽器からはみ出している部分を着脱式にする、というのはかなりおもしろいアイデアだ。実際彼のチェロをかまえさせてもらうと、ずいぶん自然で自由な感じだった。
この目的で製品化されているペグもあるそうだ。(Key Pegという商品らしい)また、C線のペグだけ小さいものにしているスイス人チェリストもいた。

僕の楽器のテールピースにはアジャスターがついていないから、ペグに改造を施して何かトラブルがあると怖いけど、あのかまえやすさにはとてもひかれる。

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チェロアンサンブル・ナカジマ2009

5月5日しらかわホールでの演奏会、あいにくの天気にもかかわらず多くの方々にお越しいただき本当にありがとうございました。
裏方をしてくださった皆さんの熱意にも本当に頭が下がりました。

本番中の舞台は風が吹いていて楽譜がふわふわ飛んでしまう場面もあったけれど、とにかく無事に終わってほっとしている。裕康さんやあっちゃんをはじめ、いろいろな人達と弾けるのは楽しかったし、懐かしい方達にもたくさんお会いできて嬉しかった。

帰京する新幹線の中で週刊文春を読んでいたら、連載「家の履歴書」は小澤征爾さんで、意外な面が垣間見えてとてもおもしろかった。

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2009年5月 4日 (月)

「ガレー船徒刑囚の回想」

ジャン・マルテーユ著「ガレー船徒刑囚の回想」を読んだ。演奏旅行に持っていく本を探していてたまたま見つけたこの本もおもしろかった。

事実は小説より奇なり、といわれる通り、実際起こったことを簡潔に綴った文章は強い。生々しい記述もあるけど、ぐいぐいひきつけられる。
そして様々な交渉の場面は出色だと思う。法律や原理原則が第一ではなく、いかに自分たちに有利にできるか、実にしたたかに立ち回る。交渉の場面の描写を読むと、日本人はずいぶんお人好しなんだと思う。僕だってもう少しずるくなっていいと思った。

もちろん関係ないはずだが、マルテーユがガレー船に囚われていた1700年頃は、J.S.バッハと同時代だ。
バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどの大作曲家が生きていた時代は、現代のように便利なものは何もなく、その分本書の描写にあるように、人間と人間が生身で強くぶつかり合い、感情が激しく豊かで、それがきっと音楽にも反映されていたのではないか、と思った。

2009年5月 3日 (日)

さらうこと (続き)

たとえばプロ野球の選手のように、音楽家にも明確なオフシーズンがあって、その期間は体を休め、楽器のメンテナンスをし、新しい気持ちで次のシーズンへの準備ができたら、どんなにいいかと考える。

実際ヨーロッパのオーケストラには夏の数週間にわたるバカンスがあるはずだ。残念ながら、ほとんどの日本の音楽家は自転車操業に近いから、常に走り続けていなくてはならない。それに、もし自主財源のオーケストラが長い夏休みをとったら経営が成り立たないだろう。

でもきっと一握りの音楽家は、1年のある部分を仕事しないで休んだり、新しいレパートリーを開拓したり、何か新しいことにチャレンジしたり、しているのだと思う。
僕も含めて、多くの音楽家にそういうゆとりがあったら本当にいいのになぁ。

2009年5月 2日 (土)

さらうこと

4月は旅行中の移動日も含めて6日間チェロを弾かなかった。これは僕としては多い方だ。おかげで手はかなり休まった。
さらうことは楽しいし、まぁ強迫観念のようにもなっているから、意識して休まないとずっとさらい続けて疲労をためてしまうことになる。去年の後半はこれで少し辛い時があった。

僕の手は3日間さらわないと、ゆですぎたマカロニのようにふにゃふにゃの、使いものにならない指になる。それは指の動きを司る筋肉のようなものがあって毎日使わないとすぐ衰えるからだ、と思っていた。
しかしもしかして違う要素もあるのではないか、と最近思っている。楽器を弾く時の特殊な指の動きは、やはり特殊な神経回路を使っていて、毎日使わないとこの回路がすぐ途切れてしまうからではないか、というのが今の僕の勝手な推測だ。だからこの回路を途切れにくくすればよい。

さらえない時でも、「さらわないと下手になる」という思いこみを捨て、音楽にポジティブな気持ちを持っていたら、劣化の度合いが少しは減るのではないか。
こう考えるのはちょっと調子が良すぎるかな。

2009年5月 1日 (金)

ラ・フォル・ジュルネ

今年もラ・フォル・ジュルネが始まった。今日は「前夜祭」だった。
都響が演奏するのはストコフスキー編曲のトッカータとフーガ、齋藤秀雄編曲シャコンヌなど、今風ではないもの担当のようだ。

昨日同僚が発熱した。
幸いインフルエンザではなかったけれど、もし新型の疑いがあったらリハーサルに出ていた全員が隔離されて検査を受けることになったのだろうか、そうすると都響の演奏会も成立しなくなるのだろうか、などいろいろ考えをめぐらせた。我々も最近帰国したばかりだ。
今世間を騒がせている豚インフルエンザではなく、流行が懸念される毒性の強い鳥インフルエンザがどのくらい人間にとって脅威なのか、きちんと政府が情報を行き渡らせるべきではないのかと僕は思う。

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