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2009年5月14日 (木)

バッハを弾くこと

学生の頃はよく演奏会を聴きにいっていて、もちろんその中にはバッハの組曲も多くあった。

聴いていて不思議だったのは、何人もの立派な演奏家がバッハのなんでもないようなところで間違えてしまうことだった。
自分が人前で弾くようになるとその訳は少しだけわかるようになった。演奏中に暗譜がものすごく不安になって、先のことが気になって仕方なくなる。舞曲の繰り返しの1回目で何か間違えようものなら、2回目は修復できるかどうか気が気でなくなる・・・。
実はちゃんと暗譜しているのだから体に任せてしまえばいいのだけれど、自分が信用できなくなり、暗譜不安の無限地獄に陥る。本番中に暗譜が飛びそうな時の恐怖といったらない。
先日のテーラー博士の考えで言えば、直感を司る右脳に任せておけば何の問題もないのに、論理担当の左脳がよけいな心配を始めトラブルが起こる、ということだろうか。

そもそもなぜこわくなるのか暗譜が不安になるのか、それはバッハの音楽に集中できていないからではないのか、と最近思っている。バッハを夢中になって弾くこと、彼の音楽に近づくことが本当に難しい、ということではないだろうか。

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