« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

2009年6月30日 (火)

いくつかのエピソード

フルニエがグルダと弾いているベートーヴェンのソナタのCD、ライナーノーツにフルニエの息子ジャン・フォンダの書いた文章があり、いくつも興味深いエピソードを知った。
演奏会場にまだピアノが届いていなくて、フルニエはその扱いに激怒したが、グルダは「辛抱強く耐えることしかできない」と言ってステージ上のハープシコードで「フィガロの結婚」の抜粋を弾いたこと。フルニエがカラヤンに、なぜグルダとザルツブルクやベルリン、ウィーンで共演しないのか問いただしたこと。・・・。

新日フィルにいた時、アルゲリッチがカプソン兄弟を連れてグルダを偲ぶ演奏会を開いた。それ自体とても思い出深いコンサートだったけれど、こうしたエピソードやグルダの演奏をあの時もっと知っていたら、なぜアルゲリッチがそれほどグルダを慕うのかが少しわかっていたかもしれない。

2009年6月29日 (月)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

2009年6月28日 (日)

10月のプログラム

10月の演奏会のプログラムがだいたい決まってきた。
プーランクのフランス組曲で始めて前半は無伴奏のアローンで終わり、後半はラフマニノフのソナタ、という骨組みは決めていたので、プーランクとソリマの間をどうするのかというのが悩みどころだった。

バッハ、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、シューマン、というレパートリーの中心にくる作曲家は今回は弾かないことにした。僕は邦人作品をあまり弾いてきていないので、武満徹のオリオンも考えたのだけれど。
今考えているのはドヴォルザークのロンドとボッケリーニの有名なイ長調のソナタ。ドヴォルザークは前から好きだったが弾くことはなぜかこれまでまったく考えていなかった。譜読みを始めてみると思ったより音域が高くてびっくり。
ボッケリーニはチェロの技巧を見せる曲と思ってきた。でも技巧というよりはチェロを弾く喜びにあふれている曲ではないかと思い始めた。帰宅して疲れていても、ボッケリーニをさらうと幸せになる。イ長調のソナタはほとんどの場合アダージョとアレグロしか演奏されないと思う。チャーミングな3拍子のアフェトゥオーソも弾いてみようか。

2009年6月25日 (木)

今まで気付かずに

何年も前、宮崎の音楽祭でアイザック・スターンがモーツァルトの協奏曲を演奏した時のことを思い出す。
もちろん全盛期のスターンではなく、少なくとも表面的には美しい演奏ではなかった。しかしコンサートホールは完全に彼の音楽に包まれてしまった。その演奏を聴いた後では世界が違ってみえるようだった。それが何だったのか、言葉で形容するのは難しい。体験するしかないものだったのかもしれない。忘れられない時間となった。

アレクサンダー・シュナイダーが若いオーケストラを指揮した時、とにかく怒鳴り散らしていた。僕たちには彼の要求が過激すぎるような気がして、多分オーケストラはあまり応えていなかったと思う。シュナイダーには若者たちの表現がとても足りなかったのだろう。

室内楽のレッスンを受けただけだけれど、シモン・ゴールドベルクはシュナイダーとは対照的に集中力を内に静かに秘めた感じだった。すごい気迫だった。

沖縄、ムーンビーチのキャンプでイヴリー・ギトリスの演奏を間近で聴いたりレッスンを受けたりした時、滅茶苦茶な人だと思ったが、演奏をちょっとでも聴くとこの人は何をしても許されると思った。演奏に悪魔的な魅力があり、あっという間に取り込まれてしまう。

巨匠と言われた、あるいは巨匠たちのいた時代を生きた人たちと接することができたのは、大変な幸運だったと今わかる。彼らのまとっていたもの、僕たちに伝えようとしたこと、それがまぎれもなく音楽だったのだ。どうしてこんな大切なことに今まで気付かなかったのだろう。目の前の楽譜を処理することにとらわれてばかりいた。

2009年6月24日 (水)

50ミリレンズで

カメラマガジンno.10の巻頭は加納満さんが撮ったトリエステやナポリの写真が掲載されている。
全て50ミリレンズで撮られていて、その奥行きや広がりに深い印象を受けた。僕にとって50ミリは緊張感のある画角でときどき窮屈な感じがするから、35ミリを使うことが多い。でも50ミリでこんな写真が撮れるなんて本当に格好いいと思う。

同じ雑誌の中ほどには石川直樹さんが南米で撮影した牛の写真があって、こちらも素晴らしい。うーん。

トリエステとナポリにいつか行ってみたい。
Photo

2009年6月23日 (火)

「羆撃ち」

久保俊治著「羆撃ち」を読んだ。
都会で生活するようになって使わなくなった人間の能力がたくさんある、と思った。気配とか殺気ということに紙数が割かれていてものすごく興味深い。

卑近な例だけれど、僕が釣りをしていて釣れるのはたいてい集中力が切れかかってよそ事を考えていたり、竿を持たずにボートでルアーを流している時だ。糸を通して殺気が魚に伝わるのだろうか、と時々思う。
もしかして人や猫の写真を撮る時にもあてはまることかもしれない。

Photo

2009年6月22日 (月)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

2009年6月21日 (日)

いま考えていること

先月末から釣りにも行かずひたすらチェロを弾いているような生活だったので、今日は休み。
ちょっと弾き過ぎだったのか、このところ左手首が痛くて指にも影響があって辛かった。でも昨日の演奏会が終わったらきれいに痛みは消えていた。まったく。こういう体の変化は本当に子供のようだ。
たくさんやるべきことが見つかってとてもチェロを弾きたいのだけれど、今は心と体を休めよう。

こんなことを考えている:
・とにかく自分の音をよく聴くこと。これができていないのでエディロールの出番となる。耳元で鳴っている音をきちんと聴けていないのは実に滑稽だが、本当だから仕方がない。
もし耳がうんと長く延びて、演奏会場の後方の席で自分の演奏を聴けたら劇的に上手くなると思う。それとも現実に絶望してしまうかなぁ。
・無駄な動きをしないこと。僕はよく動いて弾く方だと思うけれど、首や体を動かして耳の場所が一定しないのはよくないと思うし、たぶん音にもいい影響はないと思う。
・左手を見ながら弾くのをやめる。音程の大きな跳躍や難しいパッセージがあると指を見つめている。たぶん指をじっと見ている間は耳が閉じてしまって自分の音を聴けなくなっていると思う。
・左手の指が指板に落ちる時のインパクトを強くして、正確さをうんと向上させる。そして弓の動きに対する左手の動きのタイミングを見直す。音の厚みがきっと出るはずだ。

30年以上かかってしみついた癖を変えるのは本当に大変だ。でも秋の一連の演奏会までにこれらのことをどうにかしたいと思っている。

2009年6月20日 (土)

6月20日文化会館ホワイエ

6月20日、東京文化会館ホワイエでの演奏会、多くの方にお越しいただき本当にありがとうございました。椅子が足りず席のないまま長時間聴いて下さった方々、本当にありがとうございました。

手を休めたら秋の演奏会に間に合うよう頑張ってさらいます。

Photo

2009年6月19日 (金)

見附さんの日記

何年も前、エンドピンが欲しくて見附さんに初めて連絡を取ったとき、すでに僕のことを知ってくださっていて驚いた。
ご自身の6月19日の日記に僕のことをとても丁寧に紹介してくださった。ほめられ過ぎと思うのですが・・・。
vcyoyoの音楽日記 http://vcyoyo.no-blog.jp/vcyoyo/

2009年6月18日 (木)

どんどん強く

新しいエンドピンを狭い部屋で弾いた時は、より柔らかい感じになるのかな、と思った。
今日オーケストラのリハーサルで弾いていたらどんどん楽器のテンションが強くなった。変化の方向としては好ましいと思う。エンドピンを少し短くしただけでこんなに変わるものだろうか。関係ないけど長さの語呂もいい。(39センチ)

2009年6月17日 (水)

短いエンドピン

見附さんに頼んでいたエンドピンが届いた。今までのものよりたった20ミリ短いだけなので、もしかしてあまり変化がないかも、と思っていた。
音を出してみると変化は明らかで、低音のドスの効いた感じはなくなるけれど、音離れはよく響きも増えた。響きが多くなる分、輪郭は少しぼやけるかもしれない。410ミリを390ミリにした、つまり全体をおよそ5パーセント短くしただけで弾く感じはかなり変わる。

昨日のバッハの練習でさんざん苦しんだことが、響きが多くなったことで少し楽になるかもしれない。明日広い部屋で弾けるのでそれが楽しみ。

(見附さんのHPはこちら http://www.vcyoyo-mitsuke.jp/

Photo

2009年6月16日 (火)

あと3日

昨日は昼からゆっくりさらい、今日は都響のリハーサルの後広い部屋を借りて録音をしながらさらった。うぅむ、音程地獄・・・。バッハは本当に難しい。あと3日でどのくらいましにできるだろうか。

2009年6月15日 (月)

今週の一枚と演奏会の予定を

今週の一枚と演奏会の予定を更新しました。

2009年6月14日 (日)

アファナシエフ

6月14日都響演奏会のソリストはヴァレリー・アファナシエフでベートーヴェンの第4番のピアノ協奏曲。

アファナシエフは違う国から、というより違う星から来た人のようだった。
4番の協奏曲の冒頭の和音をあんなに無造作に弾く演奏は初めてだった。そして第1楽章のテンポはものすごくゆっくり。第2楽章は完全に彼の世界で、サントリーホールは水を打ったように静まりかえった。ステージも客席もいつもはもっとざわざわしているのに本当に音がなくなった。
彼がそのように音楽を感じるのは何故なのか、僕の狭い世界から想像するのは難しい。でもとにかくのまれてしまった。アファナシエフ恐るべし。

まだ新日フィルに入りたての頃、アファナシエフが未完成とブルックナーの9番の指揮をする演奏会があった。10本の指がぬっ、と出てくるような棒の振り方だった。
この時も彼は強烈な印象を残し、錦糸町の居酒屋(新日フィルの本拠地はすみだトリフォニーホール)には「あふぁなしえふ」という名で焼酎の一升瓶がボトルキープされるようになった。今でもあの名前の一升瓶は受け継がれているだろうか。

2009年6月13日 (土)

グルダと

宗次ホールで弾く前日の夜フルニエやハイフェッツの演奏を聴いて、この人たちは本当にすごいんだなと思った。これまでもよく聴いてきた演奏なのに、今まで何を聴いていたんだろう。
ずいぶん頑張ってよくなってきたつもりだけれど、自分の演奏に正面から向き合うといろいろなことの拙さを思い知らされる。ボウイングやフィンガリングのごくごく基本的なことにも気付いていないことがいっぱいあった。

だから今、チェロを弾くことはまったく新しいことのようで楽しいし、これまで聴いてきた録音を聴きなおすのもとても新鮮だ。
フルニエのベートーヴェンのソナタは僕の知る限り3種類の録音があり、それぞれのピアニストはシュナーベル、フリードリッヒ・グルダ、ケンプ。特にケンプと弾いている4番、5番のソナタは何度も何度も聴いた大好きな盤だ。でも、先日何気なく聴いたグルダとの録音もとても素晴らしいことに気付いた。グルダ、というと奔放でとんがった印象を持っていたけれど、この演奏はとても端正でうっとりするくらい美しい。さらう前に聴き始めると、ついつい手が止まってしまう。

Photo

2009年6月12日 (金)

巨大なミズスマシ

地下鉄副都心線渋谷駅にはエスカレーターを覆う大きな構造物がある。量感があるので初めて見るとびっくりする。

街中の会話に耳を澄ませていると、副都心線が話題になっているらしいことがある。そして時々

「しんふくとせん(新副都線?)」とか「しんとしんせん(新都心線?)」

とか呼ばれている。新しい路線だから「しん(新)」という言葉を入れたくなるのかなぁ。

Photo

2009年6月10日 (水)

エンドピンの長さ

エンドピンをどのくらいの長さで使うか、によって音が違うような気がする。チェロからどのくらいエンドピンを出して弾くかということだ。
理由はいくつか考えられる。もちろんエンドピンの長さで弾く姿勢が変わる。エンドピン全体の長さのどこにネジの力が加わり固定されるのかによって、共鳴点も変わると思う。楽器の内部にエンドピンがどのくらい残っていて、それが胴の中での音の反射に影響を及ぼしているのかもしれない。

ほとんどの日本人の体格だと、45センチとか50センチあるエンドピンの長さをフルに使うことはあまりないと思う。使っていない部分のエンドピンが楽器の中にあまり残っていない方がよいような気はしていた。

今僕が使っているのは2月に見附さんにつくってもらった長さ410ミリのもの。(2月14、19日の日記をご覧ください。 http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/index.html
今日390ミリという長さを依頼した。380ミリでもぎりぎりいけそうだけど、演奏会場の椅子が高いと対応できなくなるので、この長さにする。
20ミリ短くすると、少し重さも変わるから、そのことだけでも高音の伸びや低音の深みに影響があるかもしれない。
どのくらい変わるのか変わらないのか、到着が楽しみ。

2009年6月 9日 (火)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

2009年6月 8日 (月)

宗次ホール

6月8日、宗次ホールでの演奏会、多くの方々にお越しいただき本当にありがとうございました。とても楽しい時間でした。音響の素晴らしさだけでなく、宗次ホールスタッフの皆様にはゆきとどいたご配慮をしていただき、深く感謝しております。

11時半開演という演奏会は多くはないと思う。演奏を終わって外に出てもまだまだ明るい時間というのはとても素敵だった。
小さい頃から弾いてきた曲を何曲も入れて楽なプログラムを組んだつもりが、とんでもなくて苦労した。響きの良いホールで弾くということは、山を登ってきて頂の見えるところにはたどり着いたけれど力尽きかけている、そんな時に上まで連れて行ってもらえるような、褒美のような感じがする。ホールの音響にかなり助けていただいた。

プーランクのフランス組曲がレパートリーに入れられそうな感触でうれしかった。さて10月の演奏会のプログラムを決めてしまわなくては。

Photo

2009年6月 7日 (日)

サントリーホールの楽屋

サントリーホールの楽屋の前の廊下には大きな写真が飾ってある。

サントリーのステージでオーケストラが演奏し満員の聴衆が聴いている、という設定らしいのだが、演奏家も聴衆もすべて同一人物。よく探すと一人だけ別の人物がいて(女性)、この人が撮影したらしい。

Photo

2009年6月 6日 (土)

フォーレのエレジー

演奏会が近くなって詰めてさらい録音を聴くと、自分のおろかさが身にしみてわらにもすがりたくなる。フォーレのエレジーは大丈夫だろうと思って録音するとこれもひっくりかえってしまいそうな演奏だった。

大学2年生の時参加した霧島の音楽祭で使ったエレジーの楽譜がある。高校生の男の子がこの曲で受講していて、僕は真面目にレッスンを聴いて指使いや弓使いや様々な指示を書き込んでいた。その書き込みを今見ると、うーん確かに・・・、となる。
モスクワ音楽院のナターリャ・シャホフスカヤ先生のレッスンは素晴らしかったけれど、すぐに止められて1小節進むのにもずいぶん時間のかかる厳しいものだった。僕はえらいところにきたと思い、逃げ帰って名古屋大学サイクリング同好会の一員として北海道一周するなど、今からでも遅くない青春をすべきではないかと考えたりした。

その霧島で桐朋の受験をそそのかす人たちがいて、この夏も大きな転換点となった。

Photo

2009年6月 4日 (木)

いつも素敵だった

黒田恭一さんが亡くなった。

日曜日の朝くじけてぐずぐずと寝坊してしまいそうな時に、黒田さんが司会をつとめるFM番組が9時に始まることを思い出して、起きることが何度もあった。
「20世紀の名演奏」は内容も素晴らしかったし、黒田さんの音楽を愛する気持ちにあふれていて聴いていて幸せだった。番組が終わるときの「お気持ちさわやかにお過ごしくださいますよう、・・・」という言葉がまた素敵だった。
最近は番組を休みがちで、声に元気がなかったのでずっと心配していた。とても悲しく残念です。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

テレ・コンバージョン

さんざん迷った挙句、GRデジタル用のテレ・コンバージョンレンズを手に入れた。

28ミリ相当の画角がたかだか40ミリになるだけだから、ズームのついているごく普通のカメラで十分カバーできるのだけれど、その日一日の画角を決めてから出かけたいので重宝している。

八丈島でも活躍してくれた。

Photo Photo_2 Photo_3

2009年6月 3日 (水)

搾りかすも残らない

今日(6月2日)は午前午後と都響の仕事があり、合間に6月8日に弾く曲をさらい、夕方ソリマを録音して聴いて、夜はピアノの前田君と練習をしたら、搾りかすも残らないくらいくたくたになってしまった。右腕はソリマとポッパーで消耗し、左腕はくまんばちで消耗し、頭は初めて弾くプーランクで消耗した。

いつもできるだけ無駄のないように心を使って弾いているが、最後の方はとにかく体が動いていさえすればOKという感じで、学生時代が懐かしくなるような一日だった。たまにはこういうさらい方も必要かもしれない。

今週の一枚を更新しました。

2009年6月 1日 (月)

久しぶりに

明日ソロの曲のリハーサルがあるので、久しぶりに録音をする。
最近すっかり出番のなかったエディロールの、1月や2月の録音を整理して必要なものはCDに編集した。
自分の演奏を聴くのは身を切るようなもので決して楽しくはないが、しばらく前のものはちょっと落ち着いて聴ける。自分の状態が変わったり、楽器のセッティングが変わったり、弓が変わったりした時に、以前どうだったか思い出すためにも記録は必要だと思う。
録音が怖くて何年も録っていなかった時期があり、それを今は少し悔やんでいる。

Photo

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »