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2009年12月

2009年12月31日 (木)

新しい年が

ごくごく個人的なメモのようなこの日記をこんなに多くの方々に読んでいただき本当にありがとうございます。2月に始めたときはこんなに続けられるとは思ってもみませんでした。

新しい年が実り多い年でありますように。

2009年12月30日 (水)

「グァテマラ伝説集」

M.A.アストゥリアス著「グァテマラ伝説集」を読んだ。これまで知らなかった情熱的で幻想的な色彩がある。
『村ではそれぞれ、ドン・チェーペ、ニーニャ・ティーナの愛称で知られ、恩寵の甲状腺腫をわずらっているホセとアグスティーナは、その先祖が岩石のなかに世紀を示す層を数えあげたように、とうもろこしの粒をひとつずつ左から右へ積み重ねながら、わたしの歳を数える。歳を数えるのは悲しいことだ。わたしの年齢は彼らを悲しませる。』
(「金の皮膚」の回想)

その後読み始めたのはG.ガルシア=マルケス著「生きて、語り伝える」。うーん、おもしろい。
読む本と弾く音楽があることは幸せだ。

2009年12月29日 (火)

FM放送(続き)

先日久しぶりにスタジオ録音の仕事があった。
スタジオの仕事というのは、スタジオに入るまでどんな編成でどんな曲を録るのか知らされないことが多い。初めて見る目の前の楽譜を弾いて録音する、いわば職人芸の世界だ。
ずいぶんいろいろな録音をしてきた。演歌、ポップス、映画やドラマ、演劇の音楽、テレビCM、教材などから、何のために録ったか知らないものまで実にさまざま。

福岡から帰京してそのままNHKのスタジオに行ったら、ヴァイオリン2本・ヴィオラ・チェロ・コントラバスの弦楽器5人とギター、胡弓、サックスでラジオドラマの音楽だった。一度もプレイバックを聴かずに何十曲かを3時間でひたすら録った。長生淳さんの曲にも入っていけたから楽しかったのだが、実際どんな音で入っているのか不安もある。調子っぱずれでなければよいのだけれど。
NHKの番組表を見たら来年1月2、3日夜にFMで放送される、オーディオドラマ『祖国を想う 沖縄を想う ~ドラマ照屋敏子伝~』のようだ。

2009年12月27日 (日)

仕事納め

早くも来年2月のJTチェロアンサンブルの練習があった。いつもは演奏会の前3日くらいしかしないのだけれど、ブーレーズのメサージエスキスが大変そうだというのでその7人が集まった。

実は学生時代に桐朋のチェロアンサンブルで弾いているのに、例によって覚えていなくて、またさらいなおすことになる。
楽器を弾くことには、スポーツのように身体的能力を問う要素もあるが、まさにメサージエスキスはそういう曲だと思う。

皆さん素晴らしくリハーサルは思いの外スムーズに進んで、あとはさらっておきます、ということになった。
もう一つ仕事をして、今日が仕事納め。

FM放送

中学生の頃、FM雑誌というものがあった。2週間分の詳細なFMの番組表が掲載されていて、その中からおもしろそうな番組を探してカセットテープに録音していた。R.シュトラウスの「英雄の生涯」ってどんな曲なんだろう、とわくわくして放送日を待ったりした。

東京に出てきたとき、部屋にテレビがなかったからラジオはとても大切だった。92年と思う、冬季五輪の開会式の生中継を夜中ラジオで聞いていて、解説の元スポーツ選手が「皆さんにもこの光景を見ていただきたいですね」とおっしゃった時はラジオを投げてしまおうかと思ったけれど。
今年4月にシンガポールに行った時、ホテルの部屋でFMが聞けたのはとてもうれしかった。あまり話しを入れずずっとクラシックを流している放送局があった。選曲も、演奏者も実に心憎くて、こんな放送が日本にもあればと思った。

今でもラジオはよく聴く。どちらかというとクラシック以外のものを聞いていることの方が多い。FM放送独特の伸びやかで広がりのある音質は大好きだ。

2009年12月25日 (金)

エンドピンの太さ

見附さんに作ってもらった短めのエンドピンは、この上なく気に入って使っているのだけれど(6月17日の日記、http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/index.html)、エンドピンを固定するソケットとの間にほんの少しガタがある。もしかしてエンドピンをぎりぎりまで太くしてガタをなくしたら、もっと音に密度が出るのではもっと低音が締まるのでは、と気になりだした。

見附さんにその旨伝えたら、それは10分の1ミリ単位の話ではないだろうとのことで、こんな素晴らしい道具があることは知らなかったのだが、100分の1ミリを計測できるマイクロゲージを使わせていただくことになった。
はたして、気にしているエンドピンの太さは9.98ミリ。別のエンドピンで、ぎりぎり入る太さのものは10.00~10.01ミリだった。ちなみに、昔使っていたカーボンのエンドピンは10.07ミリでこれはソケットに入らない。ほんの少しの差を僕は気にしていることになる。

もう一つの問題を見附さんに指摘していただいた。僕の希望の太さに作ることは可能だが、ソケット側の精度がどの程度か、ということだ。確かに。
もしそれなりの費用と時間をかけて作って、見合う効果があるのかないのか。

Photo

2009年12月22日 (火)

今の9人で弾く最後の

明日の都響チェロアンサンブル、実は今の9人で弾く最後の演奏会だ。
オーケストラ間でのメンバーの移動は決してめずらしいことではない。もちろん希望のところにすんなりと入れる訳ではなく、厳しい選別をくぐらなくてはならない。都響には僕のように新日フィルから移った人が何人もいる。もちろん他の団体から来た人たちもいるし、都響から他のオーケストラに移る人もいる。
それぞれの人生に幸多からんことを。

2009年12月20日 (日)

今週の一枚を

今週の一枚を更新しました。

http://ichirocello.cocolog-nifty.com/photos/konsyu/photo_3.html

2009年12月18日 (金)

雪の九州

先週の東北と今週の九州が逆でなくて本当によかった。昨日の熊本はもちろん、今日の博多も冷たい風が吹き付けてものすごく寒い。
東北、九州バスの旅8公演は今晩の福岡でどうやら無事終わりそうだ。
帰京したら年内は東京での仕事ばかり。

2009年12月16日 (水)

宮崎

今日から再び青島広志さんの仕事で、九州バスの旅。まず空路宮崎へ向かうのだが、バイオリンやビオラの人達は楽器を載せるAB券の搭乗手続きに戸惑っていた。
飛行機に乗るときいつも、小さい楽器の人たちは早くていいな、と思っていたのに、これからはこの人たちもカウンターで待たされるようになるのだろうか。やれやれ。

演奏会場は宮崎の音楽祭で使っているところで、ここでアイザック・スターンの素晴らしいモーツァルトを聴いたことを思い出した。
でもその時の印象よりずっとホールが小さくて驚いた。年を取ったのかなぁ。

明日は熊本へ。

2009年12月15日 (火)

今週の一枚を

明日から再び旅の仕事で、今度は久しぶりにフィルムのカメラを持っていくつもり。

今週の一枚を更新しました。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/photos/konsyu/photo_2.html

イザベル・ファウスト

12月16、18日の都響定期演奏会のソリストはイザベル・ファウスト。
以前彼女の演奏を聴いたのは、新日フィルでハルトマンの協奏曲だったか、都響でバルトークの2番だったか、はっきり覚えていないのだけれど、素晴らしい演奏と格好いい舞台衣装はとても印象的だった。

今回都響で弾くシューマンの協奏曲(あまり演奏されない曲と思う。彼女はいつもとんがった曲を弾いている感じがする)のリハーサルは今日から始まり、期待は裏切られなかった。鮮烈という言葉がぴったりくる。
イザベル・ファウストのプロフィール写真にはヴァイオリンも写っていて、その楽器は裏返しになっている。裏板の虎のような木目がぶわっと写っていておもしろい。楽器もいいのだと思う。弱音まで実によく通っていた。(http://www.tmso.or.jp/j/profile/Isabelle-Faust.php

いつもと違って今日のリハーサルは府中の森芸術劇場の大ホール。オーケストラの後都響チェロアンサンブルの練習があり(僕が出ているのはこちらだけ)、それも終わってから、隣のウィーンホールでは桐朋学園のチェロアンサンブルの本番だったので、そのゲネプロをちょっとだけのぞいた。
僕たちが学生の頃、333という大きな教室で開いていた内輪の発表会みたいなものが発展して演奏会になり、こうして続いているのだと思う。後輩たちが上手でびっくりした。怖いもの知らずで勢いがあり、よく弾けて、でも時々方向がなくなりそうだったり詰めが甘かったりするところまで、とてもまぶしかった。
彼らが弾いていた曲を、僕もうちに帰ってからこっそり弾いてみた。

今やウィーンホールの舞台に乗り切らないほどチェロの学生はいるのだそうだ。でもあんなに弾ける子たちが数年のうちにどんどん卒業していくのだから、彼らをとりまく状況は決してやさしくないと思う。僕たちが出たてのころはもう少しどうにかなっていた、たぶん。

2009年12月13日 (日)

帰京

東北各所をまわって仙台に着いた時、大都会だと思った。広い道、林立するビル、あふれる人たち。
終演後バスに乗って駅に向かったら、「光のページェント」の影響か再び大渋滞で新幹線にはどうにか間に合った。最近の旅はいつもこんな感じだ。
明日は都響チェロアンサンブルの練習。

Photo

2009年12月12日 (土)

仙台到着

東北地方バスの旅、今日は朝米沢を出て午後山形テルサで演奏し夜仙台に着いた。佳境である。
仙台では丁度今晩から「光のページェント」というイルミネーションの点灯が始まっていて、大変な人出だった。

2009年12月11日 (金)

絶妙

ほぼ毎日バスでのりうちしている今回の仕事は、青島広志さんの演奏と話しに我々小編成の弦楽合奏が参加するもの。
秋田、湯沢と2公演終わって、とにかく青島さんの話しの運びが絶妙だった。材料の多さ、たたみこんでいくテンポ、毒を盛ってもトゲにならない何か。
いい雰囲気で楽しく仕事している。今日は米沢へ。


2009年12月 9日 (水)

東北へ

当日目的地まで移動して演奏することを「のりうち」(乗りこんで討つ、の略だろうか。そうだとするとちょっと喧嘩腰だ)という。
今日から久しぶりに旅らしい旅の仕事で、5日間毎日のりうちだ。
まず秋田へ。その後湯沢、米沢、山形、仙台とまわる、さて。

Photo_2

演奏会の予定を

演奏会の予定を更新しました。今月都響チェロアンサンブルがあります。

2009年12月 7日 (月)

今週の一枚を

すっかり写真を撮らなくなって期限がきれてしまったリバーサルフィルムが1本あったので、カメラにつめて近所の公園にでかけた。レンズは大好きな90ミリのエルマリート。まったく今風ではないのだけれど、丁寧に一枚一枚撮るのはやはり楽しかった。
久しぶりに今週の一枚を更新しました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/photos/konsyu/photo.html

2009年12月 6日 (日)

体の疲労ではなく

フライシャーが長時間楽器を練習することについて話すのを聞いて、ずいぶん前ニュースステーションに往年の名ピアニスト、シューラ・チェルカスキーが出演した時、練習は一日3時間でそれ以上は必要ない、と言ったことの意味が少しわかったような気がした。
長い時間練習して体が疲労してしまうことではなく、気持ちやもっと具体的には脳や神経に負担がかかってしまうことに問題があるのかもしれない。何十年も楽器を弾いていくためにはいつもできるだけ新鮮な意欲を音楽に持ち続けることがどうしても必要と思った。

2009年12月 5日 (土)

レオン・フライシャー

演奏を仕事にしているのに、しているせいか、演奏会に足を運ぶのがますます億劫になっている。でも、昨晩テレビで放映されたレオン・フライシャーのリサイタルはどうしてその空間にいなかったのかと思わせるものだった。久しぶりに心を揺さぶられるような音楽を聴いた。

僕が学生だった90年代前半フライシャーは桐朋学園のオーケストラを指揮した。もちろんその頃彼は左手のピアニストで、演奏会のプログラムはストラヴィンスキーのプルチネルラとポーランドの作曲家バチェヴィッツの弦楽のための曲、それからピアノの左手と弦楽器のための室内楽、そのほかに何かだったと思う。
何公演かあって、確か最後のカザルスホールでのゲネプロが終わった時彼は、僕たち学生に対して今の世の中がこのようになってしまったことに我々古い世代は責任がある、という内容のことを言い、なんて大きな人だろうとびっくりした。大きな分厚い右手で握手をしてくれたとき、どうしてこんな素晴らしい手なのに弾けないのだろうと思った。
フライシャーが若い頃ジョージ・セルの指揮するクリーヴランドのオーケストラと録音したベートーヴェンの協奏曲全曲も、小澤さんの指揮するボストン交響楽団と録音した左手のための作品集も、どちらのCDも素晴らしく、よく聴いた。

番組ではフライシャーの右手がなぜ演奏できなくなりなぜ復帰することができたのか、についても触れ示唆に富んでいた。
ジストニア、と呼ばれる脳の中の問題らしい。楽器を演奏する体勢になると、本来体の状態を脳が感知してそれに対する信号が出るはずなのに、その体勢になったとき脳に混乱が生じ筋肉に対して誤った指令が出てしまう。簡単に言えば楽器を演奏しようとすると大切な部分がこわばったり固まったりして、ものすごく不自由になったり、ひどければ音を出せなくなったりするのだ。残念なことに、突然演奏できなくなってしまった人たちの話を聞いたり接したりすることがある。もしかしてその人たちの何人かはジストニアなのかもしれない。

彼は一日8時間も9時間も厳しい練習をすることを戒めていた。何時間もさらうとホロヴィッツのように弾けると思うのかもしれないが、ある時間を越えると集中力がなくなって心のない自動的な演奏になってしまい、それがもしかして自分のように脳に混乱をもたらしてしまうかもしれない、と言っていた。

両手の演奏からリタイアして復帰するまでの35年間、彼はそれでももしかして突然弾けるようになるかもしれない、といろいろな弾き方を試しながら毎日ピアノを練習していたそうだ。すごい。

2009年12月 4日 (金)

毛箱を

1本古い弓を持っていて、それはとてもユニークな弓で力もあるし音色も特徴的なのだけれど、毛箱の形が変わっていてどうしても使いにくいので、とうとう新しい毛箱を作ってもらうことにした。

親指のあたる部分がかなり磨り減っていて低いこと、高さが少し低いこと、幅が少し広すぎること、どうしても弓の毛が中央に寄ってしまうこと、の改善をお願いした。
ざっくり材料を取った太い角弓でかなり強い。バランスが先寄りなのでよけいにごつく感じるのだが、重さをはかると80グラムない。一度バランスを変えようと思って試しに釣り用のおもりを小さく切って紙テープで毛箱にくっつけたら、本当に小さなおもりなのに、バランスも音までもかなり変わってびっくりした。

もともとの毛箱にあまり金属が使われていないので、今風のものに比べるとかなり軽い。重さはできるだけ変わらないように、とお願いした。お金も時間もかかるのだけれど、使い勝手や音がどのように変わるのか、とても楽しみ。
画像は日常的に酷使している新作の弓の毛箱。

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2009年12月 1日 (火)

釈然としない

国内線旅客機機内に持ち込める手荷物のサイズが統一された。これまでもAB券を買わなくてはならなかったチェロだけでなく、ヴァイオリンやヴィオラを機内に持ち込む際にも料金を払わなくてはならなくなったということだろうか。

今日付けの日経新聞夕刊記事にはその理由として
『航空各社によると、大きなキャリーバッグを手荷物として持ち込む乗客が近年、急増。収納スペースに入りきらず、預け直して便が遅延するなどのケースが相次いだのが基準統一の背景。定期航空協会によると、昨年度は約4800回の遅れが手荷物関連で起こった。』
とある。

額面通りに受け取ると機内持ち込みの荷物を減らす規制に楽器がひっかかってしまったということだろう。荷物の大きさは3辺の長さの合計と最大長さの二つで制限されている。(100席以上の航空機の場合、3辺の合計が115cm以内、55cm×40cm×25cm以内) ヴァイオリンやヴィオラは大きくはないのにその長さが問題となる。
チェロのハードケースは小さい人間くらいの大きさだから座席にはまるし、もちろんシートベルトで固定する。でも実際ヴァイオリンやヴィオラのような小さな楽器を座席に載せて、しっかりと固定できるのだろうか。その状況まで想定されているのだろうか。気流の影響などで大きく揺れて、機内を高価な楽器が飛び交う状況はあまり想像したくない。

楽器を機内に持ち込む人は全乗客のうちごくわずかだから、航空会社にとってたいした影響はないのだろう。でもなんだか釈然としない。

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