« 毛箱を | トップページ | 体の疲労ではなく »

2009年12月 5日 (土)

レオン・フライシャー

演奏を仕事にしているのに、しているせいか、演奏会に足を運ぶのがますます億劫になっている。でも、昨晩テレビで放映されたレオン・フライシャーのリサイタルはどうしてその空間にいなかったのかと思わせるものだった。久しぶりに心を揺さぶられるような音楽を聴いた。

僕が学生だった90年代前半フライシャーは桐朋学園のオーケストラを指揮した。もちろんその頃彼は左手のピアニストで、演奏会のプログラムはストラヴィンスキーのプルチネルラとポーランドの作曲家バチェヴィッツの弦楽のための曲、それからピアノの左手と弦楽器のための室内楽、そのほかに何かだったと思う。
何公演かあって、確か最後のカザルスホールでのゲネプロが終わった時彼は、僕たち学生に対して今の世の中がこのようになってしまったことに我々古い世代は責任がある、という内容のことを言い、なんて大きな人だろうとびっくりした。大きな分厚い右手で握手をしてくれたとき、どうしてこんな素晴らしい手なのに弾けないのだろうと思った。
フライシャーが若い頃ジョージ・セルの指揮するクリーヴランドのオーケストラと録音したベートーヴェンの協奏曲全曲も、小澤さんの指揮するボストン交響楽団と録音した左手のための作品集も、どちらのCDも素晴らしく、よく聴いた。

番組ではフライシャーの右手がなぜ演奏できなくなりなぜ復帰することができたのか、についても触れ示唆に富んでいた。
ジストニア、と呼ばれる脳の中の問題らしい。楽器を演奏する体勢になると、本来体の状態を脳が感知してそれに対する信号が出るはずなのに、その体勢になったとき脳に混乱が生じ筋肉に対して誤った指令が出てしまう。簡単に言えば楽器を演奏しようとすると大切な部分がこわばったり固まったりして、ものすごく不自由になったり、ひどければ音を出せなくなったりするのだ。残念なことに、突然演奏できなくなってしまった人たちの話を聞いたり接したりすることがある。もしかしてその人たちの何人かはジストニアなのかもしれない。

彼は一日8時間も9時間も厳しい練習をすることを戒めていた。何時間もさらうとホロヴィッツのように弾けると思うのかもしれないが、ある時間を越えると集中力がなくなって心のない自動的な演奏になってしまい、それがもしかして自分のように脳に混乱をもたらしてしまうかもしれない、と言っていた。

両手の演奏からリタイアして復帰するまでの35年間、彼はそれでももしかして突然弾けるようになるかもしれない、といろいろな弾き方を試しながら毎日ピアノを練習していたそうだ。すごい。

« 毛箱を | トップページ | 体の疲労ではなく »

音楽」カテゴリの記事