アークヒルズの桜
新日フィルにいた時も都響に移ってからも、必ずと言ってよいほどこの時期にサントリーホールで公演がある。アークヒルズ周辺の桜が美しかった。
昨日は満月、なくなった人たちのことを思う時なのかもしれない。
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新日フィルにいた時も都響に移ってからも、必ずと言ってよいほどこの時期にサントリーホールで公演がある。アークヒルズ周辺の桜が美しかった。
昨日は満月、なくなった人たちのことを思う時なのかもしれない。
マーラーの3番の演奏を一度だけ聴いたことがある。10数年前イタリア、シエナのドゥオモで、確かズービン・メータの指揮するイスラエル・フィルだったと思う。
けっこう楽しみにして行ったのだけれど、近くで聴いていたイタリア人らしき男性がやたら興奮して手で拍子をとっていたこと以外、実はほとんど記憶がない。
今日のインバルが指揮する都響の演奏会で僕はマーラーの3番を初めて弾いた。弾いてみて、あの時のイスラエルフィルの演奏を覚えていないのは確かにそうかもしれない、と思った。例えば1,2,4,5番に比べると3番は、僕には、漠然としているような気がする。
それにしてもチェロの忙しい曲だった。ファーストヴァイオリンにも難しいところがあるし、それぞれの楽器の大切なソロもあるが、のべつ弾いていたのはチェロのような気がする。気のせいか?グスタフさん、チェロばかり弾かせすぎ、ということはありませんか?
もう一公演あるので、今めでたしめでたしとはできない。明日またぐぎぐぎ弾こう。
演奏会の予定を更新しました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html
5月22日に名古屋の宗次ホールでチェロ2本の小さな演奏会があります。
忙しい時には笑ってしまいたくなるくらいさらに用事が集まってきてますます身動きがとれなくなる。昨日はそんな1日だった。次の仕事の勉強譜読み録音の仕事もっと先の仕事の準備問い合わせいきなり増える雑用夜はブルックナーの本番。帰宅してから、すっかりしょぼしょぼした目でPEラインとリーダーを一生懸命結んだ。
3月26日、芦ノ湖の水温は8.3度。
風向きだけを気にして箱根に着いたら雪で白くなっていてびっくりした。天候は回復しそうだったのでボートに乗ると大粒の霰が降ってきてひどい目にあった。でも魚は寒さを忘れさせるくらい釣れたし、昼前には晴れ間も出てあたたかくなった。
ここ数日悪天候で多分釣り人が少なかったこと、放流が数日前にあったこと、きっとそんな要因でこれまでにないくらい釣れたのだと思う。ボートでルアーを流していても釣れたし、表層でも釣れたし、底でも釣れたし、桟橋でも釣れた。サイズは上がらなかったけれど、釣果は二桁。午後は早川水門まで出かけいっとき入れ食いのようになり、しかし3時をすぎるとぱったり釣れなくなった。
釣ってやろう、と思うと釣れなくなるのでできるだけよそ事を考えながら釣りをした。昼は桟橋に戻ってカツ丼だな、とか。そうすると、ぐん!とアタリがある。
1月下旬からずっと自転車操業が続いていて、時として前のめりであったりよろよろと倒れそうであったりとはしながら、でも止まれないことには変わりがなかった。そうしているうちに何かはっきりとしないものが僕を包み始め、気付いた時にはどうにも救いがたくがんじがらめになっていた。それはたとえどんなに仕事が充実していてもどんなにチェロを弾くことが楽しくてもどうにもならないことだった。
たまには人間の都合をはなれよう。
刻々と変わる天気、風向き、風の強さに対して感覚を開き、鳥の鳴き声を聞き、魚の気配をさがす。本来こういうことのために人は能力を持っているはずだ。数時間釣りをしただけですっかり体が軽くなった。
チャイコフスキーのプログラムが終わった翌日からブルックナーの8番のリハーサルが始まった。読響もまったく同じ日程でブルックナーの8番を演奏するそうだ。さらにミュンヘンフィルも来日して月末に同じ8番を演奏する。
今日はそのリハーサルの2日目で、全体像が見えてきた。僕はようやく今日からマーラーの3番の勉強を始める。マーラーが終わると、都響ではないけれど、翌日からシベリウスの2番。こういうのを自転車操業というのだろうか。おまけにどうにかして今月中に一度芦ノ湖に行きたいと思っている。ひたすらリハーサル室にこもるばかりの毎日だから。
以前たまたまある仕事の帰りにおもしろいものを見つけた。
大きな仕掛けの中を小さな玉が転がって、ところどころで音が出るようになっている。今日はその場所をカメラを持って通った。それは外苑東通りに面していて、僕はどうしても足を止めて見てしまう
19日の演奏会にはある素晴らしい弦楽器奏者が聴きに来てくださっていて、今日ラズモフスキーの演奏についていろいろ伺うことができた。録音を聴いて気になっていたところをずばり指摘された。それは全曲の解釈に大きく影響することで、今まで気付かなかったことを恥ずかしく思うばかりだが、でも曲が実にすっきりと見通せるようになった。
もし演奏の数日前に教えて頂けていたら、特に第1楽章は劇的に変わったかもしれないと思うけれど、やはりこういうことは近道を通らず一つ一つ試行錯誤して身にしみないと駄目なのだろう。本当にありがたかった。
昨日19日の演奏会のゲネプロ(本番前の通し稽古)は客席にエディロールを置いて録音してあり、今日それを編集した。
文化会館の小ホールできちんとした室内楽を弾いたのは実は初めて。録音を聴いて、ホールの音響にとても助けられていると思った。音も雰囲気も大好きだ。
低い音は特に意識してかたく弾いていたのに、距離をおいたマイクにはぼんやりとしか入っていない。遅れて聞こえやすいし、ここが難しい・・・。
ゲネプロの時には4人で弾くとはこういうことかも、と少し響きをつかめていたような気がしていたけれど、本番ではどうしても緊張して力が入ってしまった。実際どうだったのだろう。
今回ラズモフスキーの1番を練習して思ったのは、もしベートーヴェンのカルテット16曲すべて弾いたら、世界は違って見えるのかもしれないということだった。
明日はチャイコフスキーの4番の本番。明後日からはブルックナーの8番が始まるので今ごろ勉強している。ブルックナーが始まると、チェロセクションには大事な仕事が待っているし、さてその次のマーラーの3番はいつ勉強しようか。
3月19日東京文化会館小ホールでの演奏会、多くの方々にお越しいただき、またあたたかく聴いていただき、本当にありがとうざいました。大好きな小ホールで弾けてとても幸せでした。
僕としてはこんなに室内楽を練習したことはない、というくらい練習したけれど、ラズモフスキーを弾くには最低限と感じた。オーケストラのスケジュールの合間に、多分できるだけのことはしたと思う。でもできなかったことはいっぱい・・・。
フルタイムのカルテットは本当にすごいと思う。今回小ホールで弾くにあたって、クァルテットエクセルシオの吉田有紀子さんにステージのセッティングを教えて頂き、それが本当に助けとなった。ありがとうございます。
いつものリハーサル室で練習をしている時と、本番の舞台で弾くのはやはりまったく違うものだった。ラズモフスキーはとても精密にできているのに大きなエネルギーを持っていて、本番ではどうしても強く弾かされてしまう。そうなった時練習では経験できない面が現われてきて、やはりこれも経験を積むしかないことなのかもしれないと思った。ソロやオーケストラとは違う世界が少しだけ見えたような気がした。
後半のシューマンは、ご褒美のようだった。第3楽章を弾いている時に「英雄」の調性だ(変ホ長調)、と思ったら楽しくなってあっという間に終楽章の最後のページにいた。早く終わってしまってちょっと残念な気がした。
明日20日は朝10時半から都響のリハーサル。そう、今日の演奏会はマエストロも来てくださっていた。
朝から晩までベートーヴェンの作品番号の考察にふけってばかりいた訳ではもちろんなく、ひそかに釣りの準備はしていた。リールに新しい糸を巻いたり、ルアーを買い足したり。
いつもは3月になってから芦ノ湖の解禁を意識していたのに、今年は早々と1月くらいから魚がアタった時の感触を思い出していた。どうしてだろう、開高健風に言えば、心に負った傷を癒したいと感じているからだろうか・・・!?
今月に入り釣りに行くチャンスは何度かあった。その度に確定申告だの風邪だので見事に行けない。今日こそは芦ノ湖、のはずだったのに先週不覚にもひいてしまった風邪がきれいに抜けていないこと、強風の予報に怖気づいたこともあって諦めてしまった。そうだ、あんなに頑張ったラズモフスキーの本番前に風邪がぶり返すようなことがあってはならないのだ。
休みの度に雨で、1月の後半からいつ遊んだのか覚えていない。よほど日ごろの心がけと行いが悪いらしい・・・。今本当に必要なのは作品番号の考察ではなく外て遊ぶこと。
本棚にある開高健の著作から「オーパ、オーパ!! アラスカ篇 カナダ・カリフォルニア篇」を出してきて久しぶりに読んだ。おもしろい。こんな具合だ、
『・・・いきづまった創作のことを考え、文体と主題のひめやかで決定的な相関関係のことを考えているうちに、いよいよ魚が釣れなくなった。私は私と対話するだけだが、それはセント・ジョージ島の沖でもおなじことだったが、どうやらここでは私は自身を川に落としてしまったのであるらしい。まるで、ダメだ。・・・
・・・竿のさきには、いつまで待っても、ついに電撃と重量がつたわってこない。たくましい手でやにわにいきなりひったくるようなショックは、ついに、ひとつも、つたわってこない。カモメが風のなかで上ったり下ったりしつつ、ときどき短く絶叫し、私は私自身を釣ることができないでいるらしいと、鋭く感知させられる。晴れる日もあれば、曇る日もあると。そう思うことにしておこうか。・・・』
『・・・釣師は魚にそれ以外の何かを求めて放浪する。その'何か'は短く説明することがなかなか容易でなく、意識下にひそむものもおびただしいので、釣師自身も知覚しきっているとはけっしていえない。いわば彼は輝かしい川岸に立つ暗い人である。』
「オーパ、オーパ!!」を読みながら江ノ島に行った。久しぶりの江ノ島はあたたかでおだやかだった。砂浜に柔らかく打ち寄せる波の音は実に心地良かった。このところきつい音ばかり耳に入っていたのではあるまいか。
なんだか人が多く、猫は少なかった。かくれているというより絶対数が減ったような気がしたし、おびえているような気もした。駐車場でバスケットボールのようによく肥えた何十匹もの猫に囲まれたのは遠い昔になってしまった。江ノ島の猫が減ったことは良いことなのかそうではないのか僕にはよくわからないのだけれど。
でもいつものアイツには会えた。
昨日3月12日からインバルの指揮する「運命」のリハーサルが始まり、いちいちその書き方がラズモフスキーの1番に似ていると感心しながら弾いている。いろいろ気付いて実はあまり開いたことのない「運命」のスコアを見たらとても新鮮だった。
ラズモフスキー第1番との関連を感じるのは「運命」交響曲だけれど、作品番号が隣り合っているのは第4番の交響曲だ(作品60)。
そう思ってゲオルグ・ショルティの指揮するシカゴ交響楽団のCDを引っ張り出してきて聴いた。このCDは、世の中にCDというものが出現して我が家にもようやくCDプレーヤーというものが入った時、多分最初に買ったものの中の一枚ではないか、と思う。発売は1988年、カップリングは「運命」で、もちろんこちらが目当てだった。
第4番の交響曲は本当に演奏される機会が少ないと思う。もしかしてベートーヴェンの交響曲の中ではもっとも演奏されないかもしれない。僕はフリーの時に一回弾いたきりで、オーケストラに入ってからは一度もない。ちなみに頻繁に演奏されるのは言うまでもなく「運命」、7番、第九。
4番は難しいし、しかも演奏効果はあがりにくい。下手をすると最大の労力で最小の効果になりかねないからあまり取り上げられないのだと思う。終楽章のテクニカルな部分はファゴットやチェロのオーディションの課題になることがあるかもしれないけれど。
ショルティの指揮するシカゴ交響楽団の演奏は4番、5番とも文句なしに素晴らしいものだった。CDを買った時はオーケストラの経験がほとんどなかったし、もしかして再生装置も今ほどは良くなかったかもしれず、ふーんと思っただけだった。あの時この演奏の良さはわからなかった。年はとるものだ。
かつてのジョージ・セルが指揮するクリーブランド管弦楽団が鍛え抜かれたアスリートのような演奏だとすると、こちらは重厚長大でゴージャスなベートーヴェンだ。どのセクションも抜群に上手でパワフル。ファーストヴァイオリンは言うにおよばず、内声も活力にあふれているし、チェロ、バスにいたっては弾きすぎて弦が指板にばしばし当たる音がよく聞こえる。素晴らしい弦、金管、打楽器に劣らず聞こえてくる木管楽器群はそうとう強い音楽を持っていると思う。
シカゴの金管楽器はすごい、ということはしばしば耳にする。ヴィオラの首席奏者の楽器ケースには、金管楽器の咆哮で耳をやられてしまわないように耳栓が入っていた、とか、マーラーを前の方の客席で聴こうものなら炸裂する金管の音で何が起こっているのかわからないうちに演奏会が終わる、とか。
エネルギーがみなぎっていてはちきれそうなベートーヴェンの演奏がしたい。
宮本文昭さんがオーボエの演奏活動を引退した時の引き際は見事なまでの潔さだった。僕にとって宮本さんといえばオーボエ奏者だし、今あの音を聴けないのは残念に思う。その宮本さんが先日何かの番組で、ヴァイオリニストの父、という紹介をされていたのは少しショックだった。
3月10日大田アプリコでの都響演奏会の指揮は宮本文昭さん。
オーケストラの中で弾く時、常にアンテナを立ててセクション内や他のセクションとの関係、全体との関係に気を配る。自分勝手に演奏できる部分は多くない。宮本さんは指揮をしていても、何十年もオーケストラで吹いていた習慣でどうしても様々な楽器のかみあわせを聴いてしまう、と言っていた。指揮をするには聴きすぎてしまう、ということなのかもしれない。
対して指揮者は他人のことはあまり考えずに自分の主張を貫く仕事だと思う。もしかしてオーケストラ奏者と指揮者は対極にある仕事かもしれない。
宮本さんはご自身に指揮の技術がない、としきりに恐縮していたけれど、音楽のありようはとてもよくわかる。指揮の仕方は小澤さんをほうふつとさせるものだった。指揮法を習ったのだと思う。なるほどこう振られるとオーケストラとしてはこう弾かざるを得ないなぁ、と感じるところがいくつもあった。
宮本さんの指揮にはいつも充分なブレスがあり、それはいっそう深い音楽を生み出したと思う。弦楽器は息を吸わなくても弾けるが、音楽が無呼吸になってしまわないよう気をつけよう。
本番の宮本さんは楽しそうだった。都響もいつもとちょっと違う感じで楽しかった。音楽が奔流となってほとばしるブラームスの2番は幸せだった。
昨日帰宅してから練習の録音を聴かなかったのは4人のうち僕だけだったらしい。加えてヴァイオリンの二人は夜更け(夜明け)までさらったそうだ。今日も朝からオーケストラのリハーサル、その後また夜10時近くまで室内楽の合わせをしていたのに平然としている。恐れ入りました。
ラズモフスキーの練習にいつも時間がかかるのは、もしかして僕たちの進め方の要領が悪いせいかもしれないし、いったん休憩に入ると雑談に大きな花が咲いてしまうせいかもしれない。でも学生時代に戻ったようにしらみつぶしに練習するのは新鮮だ。楽ではないスケジュールで長時間の練習をしていても一度も雰囲気が悪くならないのはすごいと思う。
このところ続いたラズモフスキーの練習も今日で一段落、あとは19日本番前の数日。しばらく他の曲を弾いて忘れてからもう一度さらいなおそう。
都響は午後まで宮本文昭さんの指揮でブラームスの2番の交響曲のリハーサル、それから19日の室内楽の練習をした。今日はピアノの三浦さんが入ってシューマンの五重奏の音を出した。この曲にもいっぱい思い出がある。
ラズモフスキーももちろん合わせたので、結局朝から晩まで弾いていたことになる。本当にカルテットの練習には時間がかかる。明日もまたオーケストラのリハーサルの後、合わせをする。4人とも練習をよく録音するのだけれど、問題はその録音を聴く時間がなかなかないことだ。
メロスカルテットのラズモフスキーの録音を借りて聴いた。素晴らしかった。今風ではないが、質実剛健という言葉がぴったりくる演奏で、なにより音楽がぐいぐい進んでいく強さが魅力だ。今風といえば、例えばハーゲンカルテットなんて時代の先端を行っているように思う。
メロスカルテットの演奏は実際に聴いたことがある。
20年以上前僕がまだ名古屋にいた頃、彼らの演奏会が岐阜県の恵那市で開かれた。プログラムはシューベルトの「死と乙女」と、確かベートーヴェンの13番と「大フーガ」だったと思う。僕は最前列か2列目の席の真ん中で聴いた。基本的には外側にいるファーストバイオリンとチェロの音が聞こえていて、でも必要な場所になるとセカンドヴァイオリンとヴィオラの音がすっと前に出てくる。そのバランスは魔法のようだった。あの時ファーストヴァイオリンのメルヒャーさんの腰は深く曲がっていて痛々しかった。
今こういう職人肌の団体はあるだろうか。
ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の作品番号は67、ピアノ・ソナタ「熱情」は作品57、ヴァイオリン協奏曲は作品61、第3番のチェロ・ソナタは作品69、そしてラズモフスキー伯爵に捧げられた3曲の弦楽四重奏曲は作品59、いわゆるベートーヴェンらしい最も充実した時期だと思う。これより先になるとベートーヴェンはだんだん人間ばなれして、地上の人ではないような高みにいってしまう。
ラズモフスキー第1番の第2楽章は16分音符がさまざまなモチーフの形をとりながらひたすら続いていく軽快な楽章だ。都響で運命」を演奏していた時、あの有名な8分音符のモチーフ(「運命がとびらをたたく」)が続いていく第1楽章のアイデアはすでにラズモフスキーで練られていたのでは、と思った。ラズモフスキーの方はかなり精密に書いてあるのだけれど、運命では同じ音価の音符の連続がより明快に力強くなっていると思う。
他にも、ラズモフスキーの第1楽章の中で2本ずつの楽器が2分音符を交互にやりとりする場面が3か所あり、それはちょっとした謎だった。でも「運命」の第1楽章の再現部に入る手前で木管楽器と弦楽器が同じように2分音符をやりとりしていることに気付いた。これだ、と思った。
ピアニスト、リチャード・グードがカザルスホールでベートーヴェンのピアノソナタの連続演奏会をした時、ベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタはどれも個性的あるいは独立している、というような趣旨のことを述べていたのがとても印象的だった。
ラズモフスキーの3曲もまぎれもなくベートーヴェンの作品なのだけれど、まるで似ていない。どうして同じ時期にこんなに違う曲が書けたのだろう。当時彼はまだ30代だった。