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2010年4月 9日 (金)

ムーティのリハーサル(続き)

ムーティの指揮は、どんな音楽を欲しているのかよくわかる。だから言葉による説明がいらないし、練習も効率よく進む。もう一つの発見は大きな動きがなくても強い音や深い音が出る、ということだ。音楽上の指示や説明に多くの言葉や時間を使ったり、ぶんぶん棒や腕や頭を振り回したりすることは必要ないらしい。
そもそも言葉にならないから音楽をしているのだった。少ない言葉だから皆が集中して聞くし、ここ一発という時の強いモーションはすごみのある音を生み出す。

彼は人の気持ちの引きつけ方を心得ていると思う。
モーツァルトを最初に通した時、棒の先がかすかに動くくらいで体はほとんど動かなかった。この人はいったい何を考えているのか次は何をするのか、と思って注視してしまう。だから2日目のリハーサルで、前日とまるで違うことを振っても皆ついていくし、新しいものが生まれる。
気性は激しい。日本人にはなかなか見られない強さだと思う。

リハーサル中に多くの印象的な言葉を耳にした。象徴的だったのは「カンタンド センプレ」(いつも歌って、という意味だろうか)。もちろん、オペラの歌い手のようにモーツァルトを弾くという意味ではなく、楽器を弾く都合だけで音を出してしまわない、ということだと思う。いつも音楽的に。その音の音楽的要求をよく感じて。

マエストロのご機嫌うるわしく、3人のソリスト(デジレ・ランカトーレ、マックス・エマヌエル・ツェンチッチ、リュドヴィク・デジエ)、東京オペラシンガーズ、東京少年少女合唱隊、声も皆素晴らしい。ティンパニはベルリンからゼーガースが来ていて、あらためて素晴らしい音楽家と思った。弦楽器はN響の人たちが多く前にいて、その流儀を見ているのも楽しい。たまにはこんな仕事もある。
今晩最初の本番。

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