ピアニスト、アルカディ・ヴォロドスのウィーンでのリサイタルが放映されて、後半しか見られなかったのだけれど、素晴らしかった。
マシュマロのように丸く柔らかく分厚い手から生み出される音は、見事にコントロールされていて、うちのテレビからどうしてこんなにいい音が出てくるのか、と思うくらいだった。
新日フィルにいた時、彼がソリストとしてラフマニノフの3番の協奏曲を弾いたことがある。小澤さんの指揮で、確か酒田、北上、東京、と隙間のない日程で回ったはずだ。
北上公演は夜の早い時間で、翌日のパルテノン多摩は午後か夕方くらいの本番だったと思う。旅程は北上公演の後、現地泊、翌日帰京してそのまま多摩へ、となっていた。
でもぎりぎりのタイミングで北上から東京へ向かう最終の東北新幹線があり、北上公演当日はそれに間に合うかどうかが最大の関心事だった。そわそわしていたのは僕だけではなかったと思う。きついスケジュールだったから帰れるものならどうしても帰りたかった。
でももしヴォロドスがアンコールを弾いたらその時点でこの計画はご破算となる。気難しい人らしい、ということだったからなおさらアンコールについて尋ねる訳にいかない。もちろん北上に泊まる人たちもいたけれど、僕は宿をとらず帰るつもりだったから、やきもきしていた。
ふとしたときにヴォロドスが、オーケストラのメンバーはどうやって移動するのか?とスタッフに尋ねることがあって、その説明に彼も事情を飲み込んでくれたらしい。僕たちは終演後楽屋口に呼んでおいたタクシーに飛び乗り、最終列車に間に合った。
テレビを見てそんなことを思い出した。あの時は必死だったけれどアンコールの可能性がなくなった北上のお客さんたちには申し訳なかったと思う。
彼の演奏は当時より格段に素晴らしくなっていると感じた。