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2011年1月

2011年1月31日 (月)

「Klang」

昨日の産経新聞にオーボエの渡辺克也さんのベルリン音楽紀行『「響き」に必要な環境と練習』、という文章が載り、とても興味深かったので引用させていただきます。企業秘密とも言えそうな大事なことが書いてあると思うのだけれど。

『音楽演奏に使われる音のクオリティーを表現する、「音色」という日本語があります。ドイツ語でそれに当たるのは、「Klang」という、一般的には「響き」を指す単語です。ただ意味が少し異なりまして、「音色」という単語はともすれば平面に描かれた色のイメージを与えますが、「響き」は、振動体から広がっていって場合によっては反射音も伴った、立体的な空間を想起させます。
自分が理想とする音像を具体的にそして強くイメージすることは、われわれ演奏家にとって非常に大切なことですが、この目的のためには「音色」よりも「響き」という単語で表す方が断然有利です。
ドイツ留学する日本人演奏家の音楽修行が、まず最初にこれを認識するところから始まる、と言っても過言ではないでしょう。音楽演奏に使われる音そして表現は、「響き」が大切にされていて立体的でなければならない・・・』
『この「響き」は、ヨーロッパの建築文化と密接な関わりがあります。具体的には、よく反響する石の素材が多く用いられていることと、天井が高くよく共鳴することが挙げられます。・・・このような部屋では、人の話し声もとってもよく響くんですね。高い天井は、優れた音楽ホールの重要な条件でもあります。
このような常に「響き」と接している環境においては、耳と感覚が自然に研ぎ澄まされます。日本家屋の場合、畳などが吸収してしまう上、天井も低いので、立体的で美しい「響き」に日常的に接するのは簡単ではありません。お風呂場のようにワンワン鳴りすぎてしまうとまた困るのですが、練習室はある程度の残響があった方がよいと思います。
さて練習する環境が整ったら、より美しくより深い表現が可能な「響き」を得るためには一体どうしたら良いか?という次の課題に向かいます。発音体、つまり声楽の場合でしたら声帯、ピアノの弦、オーボエのリードといった物から、必要最小の力でうまく効率よく最大限の振動を引き出す訓練、これこそがわれわれ演奏家にとって、一番大切な、基本中の基本練習です。
最大限引き出せた振動から得られる「響き」は容易に整形でき、さまざまな表現を可能とします。力任せに鳴らそうとしても、最大限の振動を得ることはできません。この理論は、私がドイツで得た最大の収穫のひとつであります。』

2011年1月30日 (日)

ヤーガーの「スペシャル」

ヤーガーの新しいA線「スペシャル」を張ってみた。
ヤーガーのフォルテを使わなくなった理由の一つは、実は音色が暗くて手元の感触ほど音が通っていないかもしれない、と感じたことだ。初めて張った「スペシャル」はミディアムと同じように見えるけれど、けっこうテンションが高い。数時間しか弾いていなくてまだ音は開いていないが、フォルテの感触でミディアムの倍音の多さ、と思った。しばらく使ってみよう。

001

おもしろいと思うのは、ヤーガーの同じテンションの弦で上から下まで4本そろえると上2本に対して下2本が強すぎて上の良さをいかせないように感じるし、スピロコアの同じテンションでやはり4本そろえると下2本に対して上が軽すぎてどうも具合がよくないことだ。だから上2本をヤーガー・下2本をスピロコアという組み合わせが定番だったのだと思う。そういえば上をスピロコア、下をヤーガーという組み合わせは考えたこともない。
数年前クラウンという弦が出た時、上2本を試して良かったのでしばらく使っていたことがある。発売当初は音だけでなく弦に巻いてある糸もパッケージまでもヤーガーに似ていて、実はそこも気に入っていたのだけれど、さすがにクレームがついたのだろうか、ある時パッケージが変わり、巻きの糸も綺麗な青から黄色やオレンジに変わってしまった。

2011年1月28日 (金)

決めるべきところで

普段サッカーはあまり見ないのだけれど、先日の日本対韓国戦は見てしまった。決めるべきところで決められる強さを持ったことは素晴らしいと思う。
それにしても、同じ名字の選手が活躍して放送中にその名前が何度も言われるのはうれしい。長谷部誠、いい名前じゃないか。なんといっても長谷部という名字は、例えば長谷川に比べると圧倒的なマイノリティだもの、放送でそれを聞くなんてこれまでほとんどなかった。

2011年1月27日 (木)

「パウゼ弦楽四重奏団」

今日も都城行きの室内楽の練習。
練習とは言うものの、休憩中の雑談にいったん花が咲くといつまでたっても音が出ない。このありさまを端で見ていたヴァイオリンの矢部さんから「パウゼ弦楽四重奏団」という名前を頂戴してしまった。

帰宅してから見たニュースにびっくりした。新燃岳の噴火で都城は大変なことになっている。彼の地は演奏会どころではない。一刻も早い噴火の収束を願うばかりです。

2011年1月26日 (水)

昨日のことのような

今日からJTのチェロアンサンブルのリハーサルが始まった。12人のメンバーの中には毎日のように顔を合わせる人も、この仕事でしか会わない人もいるけれど、集まると昨年のチェロアンサンブルがまるで昨日のことのような雰囲気になる。
僕のように能力が足りなくて迷惑をかけていた人間もたぶん少しはましになり、お互いをおっとりと認めている感じがなんだかいい。
このアンサンブルが始まった時は(95年くらい)最年長でも30歳代だったのに、今や30代は1人となり、いつも盛り上がる雑談の話題は体の検査のことになってしまった。ちなみにバッハのシャコンヌの席は年齢順。

JTチェロアンサンブルだけでなく、都城に行く室内楽の練習も、もちろん都響の業務もあり、都城の後にもいろいろあるような気がするのだけれど、今は目の前のことを見ていよう。

2011年1月24日 (月)

帰京

午前中帯広市内の小学校で弾いて、帰京。

Syougakkou

北海道滞在中、風がほとんど吹いていなくて助かった。吹くと本当に寒いそうだ。

1月17日以降の日記に画像を追加しました。

今週の一枚を更新しました。

http://ichirocello.cocolog-nifty.com/photos/konsyu/1107vietnam6.html

2011年1月23日 (日)

テールピースが

今日は帯広市民文化ホールで本番。音がまとまる会場で仕事がしやすかった。
よく言われるように北海道の建物は暖房が効いていてとてもあたたかい。東京より薄着で十分なくらいだ。もちろんその分空気は乾燥している。たまたま今日東京に住む2人のチェリストから別々にメールを受け取り、なんと2人ともテールピースが割れてしまったということだった。乾燥のせいだろうか。空気が乾き過ぎてコントラバスが割れることは時々聞くのだけれど。

2011年1月22日 (土)

日本有数の

今日から青島さんの弾丸ツアー。札幌公演の会場はキタラ。音響はもちろん、舞台袖の使い勝手まで含めて日本有数のコンサートホールだと思う。

Kitara

終演後帯広へ移動。雪深い夜道をバスで走っていくのはなかなか風情があった。札幌より帯広の方が雪が少なくて寒い。当地には10年以上前ピアノトリオの演奏で来て以来だ。

Snowbus

Vendingmachine

2011年1月21日 (金)

北の大地へ

昨晩遅くFMをつけたら「アメリカ」(ドヴォルザークの弦楽四重奏曲)の第2楽章が流れていて思わず聴き入った。
思い出したのは20年以上前、テレビで見たスメタナ・カルテットの解散公演のことだ。この楽章はアンコールで演奏された。第1ヴァイオリンで始まる旋律が最後にもう一度チェロに受け継がれ、音域がゆっくり下がっていって曲が終わる、その最後の旋律をチェロのコホウトが万感迫る表情で弾いた。そのことが強く印象に残っている。

今日から北海道。羽田を飛び立った飛行機からは建設中の東京スカイツリーがひときわ高く見え、さらにその先には富士山が見えた。

2011年1月20日 (木)

巧みに

昨日のケラスの演奏会、ブラームスの2番もフランクのソナタも、チェロとピアノのバランスが見事にとれていた。でも実はなかなかそうはいかないことだと思う。ケラスの音はよく通り、それにもましてタローが巧みにピアノをコントロールして、チェロが自由にふるまえる場所を空けていると思った。(白状すれば去年、楽しみにしていたあるチェリストのリサイタル、以前とは別人のように音が出ないチェロとあまりにつれない重い音色のピアノに、嫌になって前半で帰ってきてしまったことがある。)

昨晩のアンコールの2曲目、ブリテンのソナタの終楽章はなにもそこまでというくらい速いテンポだった。でもこの人は現代音楽のスペシャリストだったことを思い出させる切れ味鋭いものだった。

2011年1月19日 (水)

今の10人で初めての

19日みなとみらいでの都響チェロアンサンブル公演、多くの方にお越しいただき本当にありがとうございました。

Minatomirai

若い2人が加わって、今の10人で初めてのチェロアンサンブルはこれまでとちょっと違う感じで楽しかった。
夜はジャン・ギャン・ケラスのリサイタルを聴きにトッパンホールへ。みなとみらいでぐぎぐぎ弾いた後、楽器と衣装を持って飯田橋に移動するのは少々骨が折れたけれど、くじけず行ってよかった。

いい演奏会は短く感じる。
低めにチェロをかまえるケラスは多彩な音色と音楽の持ち主だった。この人の素晴らしいのは並外れた技術を持っているのに、音楽が前面にあることだ。感じている音楽が技術的な制約を受けずに出てくるようだった。
時代の先端を行くような演奏だったけれど、時々基本に忠実な左手の使い方をケラスがしていておもしろかった。音程が跳躍するとき、1から3へという指使いをする場合によく、まず人差し指でシフトしておいてそれから薬指で到達する音を押さえる、だから到達する一瞬前に3度下の音が聴こえることがあった。
ピアノのアレクサンドル・タローも素晴らしかった。一つ一つの音はもちろん、和音を鳴らす時のバランスの取り方や、全体の音量を上げずに必要な声部が浮き立つことなど。
2人の息の合った音を聴くのか、ケラスの音を聴くのか、タローの音を聴くのか、いろいろな楽しみがあった。繰り返しのある部分は聴き方を変えて聴いた。
素晴らしい演奏を聴いてまたチェロがさらいたくなった。

2011年1月17日 (月)

演奏会の予定を

東京は毎日見事な冬晴れ。全国のニュースを見るとこんなに晴れているところは珍しいようだ。今週札幌と帯広に行くのでちょっと身構えている。

Sora

演奏会の予定を更新しました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html
4月20日にルネこだいらで小さな演奏会があります。
http://www.runekodaira.or.jp/salon139/index.html
チケット発売開始は2月4日です。お求めの方はどうぞお早めに。

2011年1月15日 (土)

「どうしても必要なもの」

雑誌「図書」1月号、片岡義男さんの連載がとても興味深かったので一部引用させていただきます。

『書くにあたって、これはどうしても必要なものという、核のように機能するものを見つけていないと、書くことは出来ない。どうしても書きたいもの、とは違う。書くにあたって、どうしても必要なもの。どう違うのですかと問われたなら、いま書こうとしているこの小説に限って言うなら、これさえあればその小説は書ける、と確信する自分にとっての、これ、というものだとしか答えられない。これさえあれば間違いなく書ける、というものと、これをぜひ書きたい、というものとは、まるで異なる。後者はあるに越したことはない、という程度のものだ。しかし前者はどうしても必要であるからには、どうしても必要なのだ。
・・・・・
 小説を書くにあたって、どうしても必要なものは主人公であり、それとは別に、これさえあれば小説が書ける、と僕を確信させる、これ、というものは、主人公がその身を置く状況のなかの、ふとしたほんの一部分であることが、僕の場合は多い。猛暑が続いた夏のあと、残暑も暑く長く続き、そこへ台風が来て雨が降り、気温が大きく下がって寒ささえ感じる、という気象状況を完全に共通の背景として、たとえば七編の短編による一冊の短編集を、僕が書くことが出来ると思う。そのような気象条件が、これさえあればの、これ、であり、そこへ物語の展開、つまり主人公とその動きが、僕の想像力のなかから物語のなかへと、物語の必要に応じて居場所を移す。』

2011年1月14日 (金)

新しい弦

ヤーガーから新しい弦が出た。A線のみで「スペシャル」という名前がついている。30年近く使っているこの弦に新しい種類が出るのは初めてのことだ。
昔は弦の種類はあまりなかったのに、この十数年で多くの新製品が出た。張力の高い弦が多いような気がする。強くて太い弦は無理がきくし、何より手元の感覚が強くなるから大きい音がしているような気になる。でもテンションが高い分、音は暗くなりがちだし、楽器を締め付けて鳴らなくしている状態を見ることもある。
僕はいくつか試した後、結局ヤーガー(ミディアム)の倍音の多さに魅かれて今も使っている。無理がききにくい部分は弾き方や楽器の状態で補うようにしている。
早速手に入れた新しい弦はどんな音だろう。

2011年1月12日 (水)

集中

今日の産経新聞、「話の肖像画」というインタヴュー記事はF1ドライバーの小林可夢偉さん。1時間半のレース中の集中について
「集中しようとすると失敗するんです。平常心。映画なら1,2時間、集中しようなんて思っていなくても勝手に入ってくるでしょ。同じです。なんで集中力が切れるかというと、集中しようとするから。そのエネルギー自体が無駄です。」
なるほど確かに、演奏も同じだと思う。

2011年1月11日 (火)

意外とまじめ

今日から19日の都響チェロアンサンブルのリハーサルが始まった。これまで驚くほど練習をしない団体だったのだけれど、今日は意外とまじめだった。新しく入った若い2人のおかげだろうか。
ベルリンフィルのチェロアンサンブルは席をほぼ固定している様子、一方都響チェロもJTのチェロアンサンブルも曲ごとにパートを変える。つまり普段あまり経験しない、高い音でいつも旋律を弾いているパートや、旋律とバスの間を埋めるパート(オーケストラではチェロは必ずと言ってよいほど主音で曲を終わるが、このパートはしばしば第3音で終わる。それがとても新鮮)も弾けておもしろい。
今我々は10人。オーケストラの最前列は8人、それが10人1列に並ぶとけっこう広くて時差が増える。JTでは12人となり、さらに離れたパートの聞こえにくさと時差に慣れるのに苦労する。でもベルリンの人たちは12人で見事なアンサンブルだ。

2011年1月 9日 (日)

今週の一枚を

年末に発売された雑誌「サラサーテ」38号、小さな連載のテーマはチェロアンサンブルです。よろしければどうぞご覧ください。

今週の一枚を更新しました。

http://ichirocello.cocolog-nifty.com/photos/konsyu/1107vietnam5.html

2011年1月 8日 (土)

演奏会の予定を

演奏会の予定を更新しました。

http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html

1月19日に今の10人になって初めての都響チェロアンサンブルがみなとみらいで(平日の昼間です)、2月3日はJTのチェロアンサンブル(当日券のみ)。
2月5日は宮崎県の都城でピアノの小山実稚恵さんと、去年の春にラズモフスキーを弾いた都響メンバーによる室内楽があります。
同じく2月にはサントリーホールで「チェロコングレス・イン・ジャパン」というチェロの集まりがあり、その中で「親子チェロ教室」というのに出ます。これまで僕が各地の小学校の教室などに出向いて子供たちの前で楽器の説明をしながら演奏をしてきた、それをやるように言われています。持ち時間は朝の10時から40分ほどで内容を思案中。なんだか盛り沢山にしてしまいそう。

4月下旬には都内で小さなリサイタルがあります。1月下旬にも詳細をお知らせできそうです。

2011年1月 7日 (金)

違うイントネーションで

山手線の田端駅、電車がホームに入ると自動音声で
「たばた、たばたです」
とアナウンスが流れる。そのアナウンス、最初の「たばた」は下がるイントネーションで、次は上がるイントネーションでしゃべる。なぜだろう。

2011年1月 6日 (木)

40分の20

昨日の新幹線で帰京。今度の春で東京に出てから20年たったことになる。僕は40歳になり、残念ながら人間としても演奏家としてもとうてい年相応とは言えないが、それはともかく東京の街にはすっかり馴染んだ。

明日の都響の仕事にはバルトークの2番のヴァイオリン協奏曲がある。まだ新日フィルにも入る前、都響のエキストラとしてこの曲を弾いたことを思い出す。ベルティーニの指揮で、ソリストは急遽変更になったイザベル・ファウスト(この時も素晴らしかった)だった。あの時僕は曲の中で現在地をしょっちゅう見失いあたふたしていた。
今回はスコアも入手して(どうしてブージー&ホークスの楽譜はあの値段なのだろう・・・)、ちょっと勉強した。前は何も感じなかったけれど、今はとてもおもしろい。深い森の中にいるようだ。

2011年1月 4日 (火)

正月休み

今年の正月は食べて寝ただけ。
2010年はぎりぎりまでベートーヴェンにつぐベートーヴェンだったからそれも許してもらえるだろうか。3日間チェロを弾かなかったのは久しぶり、弾かない日は時間がゆっくり流れて長い。半年に一度これくらい休めると人間は長持ちしそうだ。
今日からそろそろ体と気持ちを起こしている。3日ぶりのチェロは心がふるえるようだった。

2011年1月 1日 (土)

常に明晰な

あっという間に終わった昨日の演奏会のことを思い出している。
マゼールの常に明晰な表情を見て、ピカソの写真を多く撮った写真家が、ピカソは目を閉じて写っている写真が一枚もないと言ったことを思い起こした。マゼールの頭脳は人の数倍は速くまわり、しかもとてもはっきりしているのだろう。
確かにリハーサルの時、音楽が停滞するとしばしば「moving」ということは言っていた。でもどうして長いはずの演奏会があんなに短く感じられたのだろう、魔法のようだった。
僕は高校生か中学生の頃ベートーヴェンの交響曲を全て弾きたいと思った。昨日素晴らしい演奏者に囲まれ、しかも目の前にはマゼールがいて、夢のようだった。
2011年が実り多い年でありますように。

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