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2011年1月15日 (土)

「どうしても必要なもの」

雑誌「図書」1月号、片岡義男さんの連載がとても興味深かったので一部引用させていただきます。

『書くにあたって、これはどうしても必要なものという、核のように機能するものを見つけていないと、書くことは出来ない。どうしても書きたいもの、とは違う。書くにあたって、どうしても必要なもの。どう違うのですかと問われたなら、いま書こうとしているこの小説に限って言うなら、これさえあればその小説は書ける、と確信する自分にとっての、これ、というものだとしか答えられない。これさえあれば間違いなく書ける、というものと、これをぜひ書きたい、というものとは、まるで異なる。後者はあるに越したことはない、という程度のものだ。しかし前者はどうしても必要であるからには、どうしても必要なのだ。
・・・・・
 小説を書くにあたって、どうしても必要なものは主人公であり、それとは別に、これさえあれば小説が書ける、と僕を確信させる、これ、というものは、主人公がその身を置く状況のなかの、ふとしたほんの一部分であることが、僕の場合は多い。猛暑が続いた夏のあと、残暑も暑く長く続き、そこへ台風が来て雨が降り、気温が大きく下がって寒ささえ感じる、という気象状況を完全に共通の背景として、たとえば七編の短編による一冊の短編集を、僕が書くことが出来ると思う。そのような気象条件が、これさえあればの、これ、であり、そこへ物語の展開、つまり主人公とその動きが、僕の想像力のなかから物語のなかへと、物語の必要に応じて居場所を移す。』

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