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2011年6月

2011年6月30日 (木)

今年は例年より

僕のチェロは季節によってもそんなに状態が変わらない楽器だった。今立っている駒はもう7年くらい替えずに使っている。
ところが今年は弦高が高くなっている。湿度のせいで例年より指板が下がっているということだろうか。明日からは都響の演奏旅行で飛騨岐阜方面に出かけるので、帰京してから低い駒をつくってもらうようにお願いした。具体的な寸法としては低くするのは1ミリ程度だと思う。

昨日の演奏会の反省の一つは、僕のあわれな左手がへなちょこだったということだ。努力していたはずなのに・・・。
駒を低くするともう少し自由になるかもしれない。音のテンションも高いような気がするので、そのことも改善できたらと思っている。

2011年6月29日 (水)

6月29日トッパンホール

去年は酷暑の8月にトッパンホールでの演奏会だった。今年は6月だからよほどいいだろうと思っていたらやはり酷暑だった。しかも昼間、暑いさなかのコンサート。駅から近くないホールだからお客さんも大変だと思う。
昼間の早い時間の演奏会は好きだ。先月の宗次ホールもそうだった。弾き終わって外に出た時まだ明るいのはうれしい。夜の演奏会の方がきちんとした感じがするけれど、一日の疲れが積み重なった時間に弾いているような気がする。
今日は恵まれた環境で準備できた楽しい演奏会だった。反省点はある・・・。頑張ろう。

Toppan

2011年6月28日 (火)

今でも子供のような

午前中は石巻に行くクラリネット五重奏のリハーサル、午後はトッパンホールで明日の演奏会のリハーサル。どちらも僕が最年長だった、やれやれ。今でも自分は子供のような気がしているのだけれど。

トッパンホールでは落ち着いて練習でき、弾く場所も決めることができた。ゲネプロの前に場所を決められるのはありがたい。ゲネプロで場所をここでもないそこでもないと探し始めると、それだけでくたびれてしまうことがある。
ほぼ一年ぶりに弾くトッパンホールはやはりいい響きだった。

2011年6月27日 (月)

弦の自由研究

チェロの音にどうにも違和感をおぼえるようになって、下2本の弦をワーシャルにした。3月にスピロコアに戻した時はぺしょぺしょになった音を立ち上げるためだったのだけれど(3月2日の日記を参照してくださいhttp://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-8b33.html)、このところ高い音がつまって伸びなくなり、どう音を出してもしっくりこなくなっていた。スピロコアの方が無理はきくけれど、ワーシャルにしていろいろなことはすっきりした。その時その時で最善と感じることをしているつもり、ただその度に状況は違う。
普段なら本番の前々日に弦の種類を変えるなんてことはしない。でも今回はどうしてもという感じだった。明日はトッパンホールでのリハーサル、この変更が吉と出ますように。

2011年6月26日 (日)

読みふける

ガルシア=マルケス著「百年の孤独」を読み終わった。
読み終えるのが惜しく、読み耽るという言い方がふさわしい本だった。どうしてこんなにおもしろいのだろう。音楽も大変おもしろい世界だけれど、小説の持つ可能性はすごいと思った。

明日は寝坊できるのでうれしい。このところの睡眠不足の原因の一つはこの「百年の孤独」だった。

2011年6月25日 (土)

失ったものの方が

モーツァルトのクラリネット五重奏の録音はもちろんたくさんある。
実家にウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の「死と乙女」があって、それが素晴らしいので、クラリネット五重奏もこの団体にした。1951年の録音、クラリネットはレオポルド・ウラッハ。

今の世の中は技術が大変に進み、おかげで自分もなんだか進んでいるような気がするけれど、こうして古くて素晴らしい演奏を聴くと、進むどころか失っているものの大きいことに気がつく。
もちろん今の演奏の方が洗練されているとは思う。

29日のトッパンホールの演奏会のリハーサルもしていて、雲をつかむようだったのがだいぶ形が見えてきた。ピアノは村田千佳さん、フルート濱崎麻里子さん。練習の休憩中、雑談に花が咲かないように気をつけていたのだけれど、今日はとうとう咲いてしまい、ずいぶん長いこと練習が中断・・・。

節電の影響でコンサートホールの空調も弱くなっているように思う。
いつもスーツを着て演奏する都響の小中学生向け音楽教室、この夏は上着を脱ぐことをお許しいただいた。ありがたい。僕ですら暑いと感じるのだから。
もともと空調の効きにくい古いホールや、孵卵器のように舞台の照明が強力なホールでは、この夏いったいどうなってしまうのだろう。

Aircon

2011年6月22日 (水)

きっと寄り添ってくれる

石巻ではモーツァルトのクラリネット五重奏も弾くことになった。ブラームスの五重奏は弾いたことがあってもモーツァルトは初めて。音も持っていなかったので、早速スコアとCDを手に入れた。

生きていく上で悲しいこと辛いことは起こり、それに対して僕たちは無力だけれど、そんなときこのモーツァルトの五重奏はきっと寄りそってくれる音楽だと思う。

2011年6月21日 (火)

来月石巻へ

先月は名古屋、今月は福岡に行って、街ではこれまでのようにしっかり冷房が効いて、何事もなかったように見えた。東京は節電のためさすがに冷房は弱くなっているけれど、生活は元に戻っている。

昨日仙台の方から頂いたメールには、宮城県ではまだ水、電気、電話の復旧していない地域が沢山あり、水の出ない南三陸町は紙コップと紙皿の生活、魚・野菜・パンなどは高くて買うのに大変、とあった。

来月都響の室内楽で石巻に行く。

2011年6月20日 (月)

両足が地に

昨日から月末のトッパンホールでの演奏会の練習が始まった。
フンメルの「ミンカの主題による・・・」という曲の様子がつかめなくて気がかりだったけれど、音を出してみて少し落ち着いた。特にピアノに関しては技巧的、ということがよくわかった。チェロも弾きやすくはない。

これで譜読みの自転車操業は終わり。ようやく両足が地面に着いた。

さて今日はこれからファウスト交響曲の本番。

2011年6月17日 (金)

午前中から

福岡空港7時発の全日空機はビジネスマンでいっぱいだった。確かにこれに乗れば東京で午前中に一仕事できる。

Fukuokaairport

そのまま都響のリハーサルへ。リストのファウスト交響曲のモチーフの使い方は1番のピアノ協奏曲とそっくりだ。

2011年6月16日 (木)

勢いの秘密は

一年半ぶりに九響定期にお邪魔して、この間にびっくりするくらい上手になっている人が何人もいた。また、仕事への愛情の深さにこちらの頭が下がる人も何人もいた。今の九響には勢いがあると思う。

Acros

ホロディンコのピアノは、顔はやはり夢見心地なのだけれど、行くときは行くよという感じで、終楽章の畳み込んでいくところなど、骨組みのがっしりした音量で気持ちよかった。

今日、福岡では全国のオーケストラの事務方の集まりがあったそうで、思いもかけずいろいろな方にお会いできたり、他の楽団の話を聞けたりして楽しかった。

さて、明日は早朝の飛行機に乗らなくては。

2011年6月15日 (水)

できるだけ音を減らさないように

明日の九響定期、シベリウスの2番の前にチャイコフスキーのピアノ協奏曲がある。ソリストはヴァディム・ホロディンコ、去年の仙台のコンクールの優勝者だ。
その時の本選の伴奏は仙台フィルで、僕も弾いていたから、彼の演奏は2度目。コンクールの他の参加者が硬めの音色でアピールの強い演奏をしていたのに対して、ホロディンコは夢を見るような感じでラフマニノフの2番を弾いていたのが印象的だった。

今日のチャイコフスキーはおおらかでよかった。
この曲の第2楽章に、チェロがミュートを付けて8小節の旋律を弾くところがある。臨時記号がいっぱい付いて倍音が出にくい上のミュートだ。ミュートの音色で、しかも音をできるだけ減らさないようにするために軽いBECHミュートを持ってきた。ただ、このミュートはテールピース側に小さな金属柱があり、これが雑音の原因になって困っていた。
今日チェロの宮田さんに、その金属は取れるよ、と教えてもらい、アクロスのスタッフにお願いして取ってもらった。さて、ミュートが軽くなって明日は少しでも音が伸びるかもしれない。

帰京したらすぐ都響のリハーサル(リストのファウスト交響曲)が始まる。僕の持っている録音はムーティ指揮のフィラデルフィア管弦楽団で、あつい音のする素晴らしい演奏だ。でもちょっと長い曲だなぁ。

2011年6月14日 (火)

変わらず生命力にあふれる

早朝の新幹線で九州へ。
今日からは九響、小林研一郎さんの指揮でシベリウスの2番など。変わらず生命力にあふれる九響の音を聞けてうれしかった。オーケストラは楽しい。

僕の自転車操業は相変わらずだけれど、一日目のリハーサルが終わってほっとした。夜は鶏を食べに連れていってもらい、飲めない僕もいつもより飲んだ。博多は食べ物もいい。

2011年6月12日 (日)

もし古くていい楽器を

今日の東響の演奏会、本来ならミューザ川崎で行われるはずが、会場が変更されて昭和音大のテアトロ・ジーリオ・ショウワだった。

演奏する側にとって、演奏会場の舞台袖は大切だ。ミューザ川崎の広大な舞台袖は最も快適なものの一つだと思う。舞台は言うまでもない。
それがあの地震で使えなくなった。写真を見ると大量の瓦礫が客席を覆い、あのきれいなコンサートホールとはとても思えない。天井か吊りものが落ちたそうだ。何が原因か、どうしてそうなったのかはともかく、奇跡的に幸運だったのは、その時誰もホールの中にいなかったことだ。オルガニストが練習をしていたそうだが、たまたま休憩していたらしい。もちろんオルガンも壊れた。

当初半年休館との報道がされたけれど、来年いっぱい使えないそうだ。東響は本拠地が2年近く使えないのだから影響はとても大きいと思う。都響の7月の演奏会もミューザからジーリオに変更された。
それにしても、厚木から新百合ヶ丘駅前にキャンパスを移した昭和音大の経営判断はすごいと思う。これから子供が減っていくのだから私立の学校には工夫が求められる。

帰宅して見たN響アワーはイッサーリスのソロでウォルトンの協奏曲。
なんと上3本の弦はオイドクサだった。もし古くていい楽器を持てたらオイドクサを張ってみたい、という夢はあるけれど、この人は本当にそうしている。よほど奏法がきちんとしていないと弾けないセッティングのはずだ。テレビで見てもやはり抜群の弾け具合だった。僕もさらいたくなった。

2011年6月11日 (土)

暗譜の能力(続き)

特にソロの時は、僕も暗譜で弾きたいと思う。暗譜でうまく集中できているときの深い感覚は好きだ。ただ、楽譜を目の前に置く仕事をしているせいか、覚えるのは以前より楽ではなくなったし、時間がかかる。僕の場合、どうしても楽譜がゆっくり体と頭にしみこんでいく時間が必要だ。

指揮者の暗譜は、直接その体で音を出す訳ではないから僕たちとは違うものかもしれない。
今日のゲネプロでウルバンスキがあるセクションに、音量が充分だから少し押さえてほしいと言った。それを受けてそのセクションが、どの場所が大きいのか、と尋ねると、「例えば練習番号の何番と何番」とすらすら答える。頭の中にスコアが入っていて、しかも実物をめくるより早くいろいろな場所を検索できるようだ。こういう暗譜をする人は初めて見た。もしかして彼にとってはそんなに大変なことではないのかもしれない。

今日のサントリーホールの演奏会は楽しかった。東響で弾くのは学生時代以来。オーケストラごとに仕事の流儀があって、そんなことも新鮮だった。

今日で地震から3か月過ぎた。サントリーホールの照明も普段の8割の明るさだそうだ。少し前から震災前に収録されたテレビ番組が放映されるようになり、それを見ると以前と以後ではっきりと世界が変わってしまったと感じる。

2011年6月 9日 (木)

暗譜の能力

今週は東響にお邪魔している。
指揮はポーランドの若いクシシュトフ・ウルバンスキ。暗譜の能力に驚いた。

本番を暗譜で振る指揮者は少なくない。でもこの人は最初のリハーサルからまったくスコアを見ない。1時間近くかかるショスタコーヴィチの10番の、それぞれの楽器の音はもちろん、フレーズの変わり目ごとにある練習番号まで(およそ10小節とか15小節おきに1番から206番まである)、完全に覚えている。

例えば、38番の5小節前からチェロとホルンだけで、と言って練習した後、46番の2小節前の弦楽器の3拍目にあるラのフラットの音が弱くならないように、と言ったりとか。
とにかく何も見ないですらすら言う。いちいちスコアをめくって場所を探さないから、練習の流れはとてもいい。

この人の頭の中はどうなっているのだ?

2011年6月 6日 (月)

澄んだ声は

今日の日経新聞夕刊にマルタ・アルゲリッチの大きな記事が掲載された。彼女が震災の復興に大きな力を注いでくれている、という記事だ。その中に今年の別府アルゲリッチ音楽祭でのマラソン・コンサートで、彼女が九州の樫の実少年少女合唱団の歌の伴奏をしたことが書いてあった。

去年青島さんの仕事で大分に行った時、一緒に演奏したのは確かこの少年少女合唱団だったはずだ。澄んだ声で、びっくりするくらい上手だった。アルゲリッチとの共演はきっと素晴らしいものだっただろう。

今月は自転車操業、次の仕事、次の仕事と譜読みをしていかなくてはならない。でも今日は羽田空港の、行ったことのなかった国際線ターミナルに出かけた。絶え間なく発着する飛行機を見ているとあっという間に時間が過ぎた。

Haneda

2011年6月 5日 (日)

もし起きてしまったらという

NHKスペシャル「原発危機・事故はなぜ深刻化したのか」を見た。背筋が寒くなるような内容だった。見終わって、もし深刻な事故が起きたらどうするか、という議論は事故前にはなされていなかっただろうと思わずにはいられなかった。

4月2日の日記(http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/afterward-24e2.html)に引用した養老孟司さんと阿川佐和子さんの対談の中から
「・・・半藤一利さんにお話しを伺ったとき、『日本人は、起きてほしくないことは、起きないだろうと思ってしまう。・・・』」
という一節を思い出した。

4月20日の産経新聞には堺屋太一さんのこんな文章が載っていた。
「私はかねて、原発の必要性を認めながらも、日本のやり方を批判してきた。日本の考え方は基準主義、官僚が定めた安全基準を満たせば、『事故はあり得ない』とするものだ。日本やロシアはこの考えに立っている。
アメリカやフランスは確率主義だ。ここまでの安全対策を採れば事故の可能性は1億分の1か10億分の1になる。だが、ゼロでない限り、非常対策は要る、とするものだ。」

4月21日の同じく産経新聞のインタビューで 畑村洋太郎さんがこんなことを述べていた。
「― 想定外を失敗学の視点から捉えるとどうなりますか
畑村 起こると困ることは考えようとしない。(考えないから)それが想定外になる。」

2011年6月 4日 (土)

「スコットランド」

今日の都響はサントリーホールでメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」など。
僕の知っているメンデルスゾーンの全ての曲の中で「スコットランド」が一番好きだ。オーボエとヴィオラで始まる冒頭から風景と時代、視覚的なものと時間的なものの両方が立ち昇ってくるし、続く第2楽章はもっと好き。様々な楽器で生き生きとした16分音符が絡む書き方は天才と思う。
序曲もメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」。この2曲だけで充分重い。例えばベートーヴェンやR.シュトラウスとは全く違う重さがメンデルスゾーンにはある。

Tmsocar

演奏会の真ん中にはドヴォルザークのチェロ協奏曲があった。ソロはフランシス・グトン。昨日のリハーサルでは音があまり開いていなくてどうかなと思った。今日ホールで聴いたら中低音に深みのある音だった。f字孔が真ん中に寄り気味の、でもいい顔の楽器と思ったらモンタニアーナだそうだ。
音は演奏者が感じ思い描くもの、そこが演奏者の才能と思う。けれど、先日弾かせてもらったストラディヴァリウス、イッサーリスの弾いていたフォイアマンのストラディヴァリウス、今日のモンタニアーナ、と続けて名器に接して、やはり楽器の力というものはあると思った。ただし、値段は天文学的。

2011年6月 3日 (金)

「七つの夜」

それは音楽も同じなのだけれど、このところ本を読むことがより切実なことになっている。
昨日読み終えたのはJ.L.ボルヘス著「七つの夜」。良かったなぁ。自分の知らないこと、知らない考え、知らない感じ方は本当にたくさんある。

2011年6月 1日 (水)

海へ

念願かなって今日やっと海に行った。東京湾を行き来する大型船を見たり、小さな港町を歩いたりした。
時々水平線を見ることは大切だと思う。

Umi

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