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2011年8月

2011年8月31日 (水)

自分にもできるような

昨日広い部屋で録音した自分の演奏を聴き、反省しきり。以前は自分の録音を聴くとただただ絶望していたのだけれど、少し何か見えるようになったと思う。頑張る。

先日タワーレコードで発見したスティーヴン・イッサーリスのマスタークラスのDVDを見た。「The Masterclass Media Foundation」という所が出している一連のマスタークラスのものの一つで、シューマンの幻想小曲集。
僕にとってシューマンはとらえにくく、弾くたびにいつもシューマンの大事なところを気付かず通り過ぎている自覚はあった。5月に紀尾井ホールで聴いたイッサーリスの演奏会はこの幻想小曲集で始まった、あの素晴らしい演奏を彷彿とさせるレッスンだった。楽器の都合は離れて、音楽だけがある、そんな感じがする。こういうものを見るとなんだか自分も同じようにできるような気がしてしまう。またいつもの勘違いだろうか。
今日はチェロを弾かない日だったけれど、猛烈に弾きたくなった。

2011年8月30日 (火)

圧倒的な力

今日の昼間、広い部屋を借りてさらった。
チェロの前に、演奏会で使うサイズの大きなグランドピアノをよちよち弾き、すごく楽しくなった。よちよちでも楽器の圧倒的な力がわかる。この大きなピアノとブラームスやラフマニノフの大きなチェロソナタを弾くのは本当に大変、いつもバランスを取るのに苦労するはずだ。

さて、ピアノを触った後に本業のチェロに戻ったら、ずいぶん進歩したはずなのに・・・。まだまだ。

2011年8月29日 (月)

秋の気配

教えに行っている大学オーケストラは秋の演奏会でバルトークのオーケストラのための協奏曲に取り組む。

Rikkyo

この前の演奏会でチャイコフスキーの4番を弾いた彼ら彼女たちにプログラムの相談をされた時、もちろん素晴らしい曲だしバルトークもきっとできる旨答えた。でも先日久しぶりに音を出してみたら思いの外難しかった。桐朋に入った1年目の3月に初めてこの曲を弾いた時、なかなか譜が読めなくて苦労したのだった。
今日様子を見に行ったら難儀していた。それはそうだろう、大学に入ってからチェロを始めた子もいるもの。小学校1年生の2学期にいきなり微分積分をやるようなものだ。

それにしても若い人たちがまぶしく見える40歳の夏、今朝の東京は少し秋の気配が感じられた。

2011年8月27日 (土)

あちこちに、「魔弾の射手」から

昨日の日記に書いたあるもの、弓の毛箱に貼ると確かに音が変わり、最初貼ったものは大き過ぎたらしく響きが減ってしまうので、今日1センチ強の円に切り抜いて貼り直した。

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エンドピンのねじに貼ると低音が強くなった。エンドピンに細長いものを貼ったらそれは駄目、逆に締まりすぎて下が出なくなってしまう。弓のねじにゴマ粒より少し大きいくらいのを貼ったらこちらは大きな効果があった。

弓のバランスは微妙で、以前毛箱に釣り用の鉛を米粒の半分くらいに切ってくっつけた時、驚くほど変わったことがある。今回のあるものが思いこみなのかどうか厳密に調べるなら、例えば厚手のアルミホイルを同じように貼りつけて比べた方がいいのかもしれない。
とにかく何かは変わっている。不思議。

今日からの都響はウェーバーの歌劇「魔弾の射手」の抜粋など。その中の第3幕第14番「民謡:花嫁の冠を編んであげましょう」の旋律は、よく演奏するクレンゲルの即興曲(Impromptu、4パートのチェロアンサンブル)に使われていることに気付いた。「即興曲」の最後にメンデルスゾーンの結婚行進曲が出てくることはもちろんわかっていて、他の旋律も多分どこかから、とは思っていた。その一つが「魔弾の射手」だった。

2011年8月26日 (金)

犬や猫が

8月中にもう一度釣りに行きたいと思っていたのだけれどぶり返した暑さに断念し、松濤美術館へ。

松濤美術館に行くのは多分学生時代以来、人で溢れかえる渋谷から少し上がった高級住宅街にある小さな美術館は隠れ家のようだ。

Shoutou

その後昨日教えてもらったものを買いにいった。店で何でできているのか聞くと、ある鉱石とある金属を配合して云々、と実に的を得ない。
シート状に加工されたそれを適当な大きさに切って個性的な弓の毛箱に貼ると、弾いている本人しかわからない程度かもしれないけれど、確かに変わるようだ。音も弓の挙動も落ち着く。広がって散らばりがちな音はまとまると思う。
根拠は無いから、思いこみなのかもしれない。

演奏と気持ちは深く結びついていると思う。
あの厄介な緊張というものは、人によく思われたい、いいところを見せたい、という意識の裏返しではないかと思う時がある。
僕の経験では、風邪をひいて熱がある時と二日酔いの時はまったくと言っていいほど緊張しない。(ただし、どちらの状況も避けたい)
ずいぶん前のインタビューでヨー・ヨー・マが、一番良かった演奏は高熱を出してふらふらだったとき、と言っていた。

今日の東京は晴れていたのに、午後から土砂降り。犬や猫でも降ってきそうな勢いだった。

2011年8月23日 (火)

テレビの笑い

日経新聞金曜日の夕刊、桂三枝さんのコラムがおもしろい。先週19日「スタジオの笑い声」から引用させていただきます。

『最近のテレビ局のフロアディレクターは良く笑う。元気にどれぐらい笑うかで給料が決まるのかと思うほどよく笑う。
 その昔、まだテレビ局に潤沢に製作費があった頃、スタジオで起きる笑いはお客様の笑い声だった。・・・

・・・そんな笑い屋さんでも大阪では面白くなかったら簡単には笑わなかった。
 だから芸人が鍛えられた。
 近年、製作費の削減からお客様を呼ぶお金も厳しくなり、番組によっては、お客の笑いをフロアディレクターが一手に引き受けるようになった。昔はフロアディレクターをテレビ局の制作部の新人社員が務めたが、今は大抵外部の下請けの制作会社のフロア専門職の人が務める。だから、必死で盛り上げる。盛り上げないと他社に変えられれるからだ。生活がかかっている。ちょっとでも面白いと思ったら大音量の笑い声で笑う。
 こちらはしらける時があるぐらいだ。おそらく、あまり笑いを勉強していないんだと思う。というより彼らには時間がない。馬車馬のごとく働かされているからだ。
 ・・・・』

テレビ番組を見ていると、僕にはわからない内輪受けのネタやたいして面白くないことでスタジオが盛り上がっている時がよくあり、それは不思議だった。なるほど、こういうことだったのか。テレビは1億人近い人間が見るのに、作り手側は所帯が小さく内向きの論理や都合で動いているように見える。
もちろんテレビの素晴らしい番組はある。でもラジオの方が骨があったり筋が通っていたり自由な空気があるように感じる時がある。

2011年8月22日 (月)

国際線の移動

昨晩放送されたJ-WAVEの「Growing Reed」のゲストは棒高跳び日本記録保持者の澤野大地さん。どのようにトレーニングをするか、日本記録の時はどんな状態だったか、試合ではどのようなタイミングで助走を開始するのか、どのように周りが見えているのか、などとてもおもしろかった。
ヨーロッパに遠征する時、体を動かすために移動の飛行機ではあまり座らず通路を歩きまわっているそうだ。なるほど。

演奏は、一センチあるいは百分の一秒を争う陸上競技ほどコンディションに関してシビアではないと思うけれど、それでも国際線を降りた後はどうも楽器を弾く体が思い通りではない。

国際線の長時間の移動が最近少しおっくうになってきた。20代の頃はまったく気にしなかったのに。
チェロを機内に持ち込むのは面倒な手続きがいる。それでも自分の片側が通路で反対側にチェロ(もちろん一人分払っている)という状況は楽だったのだ。オーケストラの移動では楽器は別便で送るので、時として両側に人がいる、これもおっくうの原因らしい。

離陸して飛行機が安定するとすぐエコノミークラスとビジネスクラスの境にカーテンがさっと引かれ、その度になんだか屈辱的な気分がする。あちら側ではプラスチックではない食器のかちゃかちゃいう音がする一方、こちらは狭い座席の中、毛布や枕やヘッドホンのコードやシートベルトでくちゃくちゃになっている。

この夏ヨーロッパに出かけたチェリストと飛行機の話をしていたら、彼女の帰りの便はなんと航空会社側の問題からビジネスクラスになったそうだ。そういう時はもしかして「お客様、大変申し訳ございませんが、ビジネスクラスに変更していただけませんでしょうか?」などとお願いされるのだろうか。僕は残念ながら一度もそういうお願いをされたことがない。
実際あのカーテンの向こうでは(「鉄のカーテン」と呼びたい)まずシャンパンがサービスされたそうだ。しかも平らになるシート、実にうらやましい。

2011年8月20日 (土)

一本一本の弓にも、小笠原

僕の持っている中で一番個性的な弓は、2年近く試行錯誤した挙げ句扱いきれないと思い、半年ほど前から on sale にしていた。
でも最近いろいろなことが変化しわかるようになり、その弓をもう一度弾きたくなった。幸いまだ人の手に渡っておらず、今日手元に戻ってきた。久しぶりに弾いて、おもしろい!手放さなくてよかった。自分の不明を恥じるばかりである。一本一本の弓にもそれぞれの世界があり、教えてもらうことは多い。この弓は個性的なだけ相応の対応をしなくてはならないが、今の僕が得るものもきっと多い。
弓は持たないと落ちてしまうので持たない訳にはいかないけれど、それでも持たないことが大切だと思う。禅問答ではない。

今晩放送された「アド街」は小笠原。つい全部見てしまった。僕が行った12月は、波は高くおがさわら丸は揺れ、25時間半の船旅の後到着した日は船酔いでダウンし(震える手で楽器を持ち、カルテットの練習をした)、3泊の滞在中連日しとしと雨で海の色はいつも暗く星ももちろん見られなかった。
テレビの画面に映る小笠原は目の覚めるような海の色でびっくりした。あの海に入ったり釣りをしたりしたらそれは楽しかろう。滞在中まったく天候に恵まれなかったのは日頃の行いがよほど悪いということか・・・。

2011年8月19日 (金)

「東京ポートレート」

天気予報は見事に当たり、昨日までの身の危険を感じるような暑さは一転して肌寒い雨が東京には降っている。

Syabi

恵比寿の写真美術館に鬼海弘雄さんの写真展「東京ポートレート」を見に行った。http://syabi.com/contents/exhibition/index-1384.html
鬼海さんの写真はまっすぐだ。どこにも曲がったところや濁ったところがない。正方形の画面と確か80ミリのレンズ、道具立てまで直球なのに、普段見ているはずの東京の人や街がエアポケットに入ったように深い淵を見せる。市井の人々の持っている個性を際立たせ、瞳にははっとするような光が見える。時としてぞっとするような写真もあった。
素晴らしかった。こういう写真は到底撮れないと思う。鬼海さんの文章も好きだ。「靴底の減りかた」http://www.asahicamera.net/info/blog/detail.php?idx=238

最近あまり写真を撮らなくなってしまったけれど、影響されやすい僕は、ハッセルブラッドに80ミリレンズは無理にしても、持っているカメラに50ミリレンズを付けて出かけたくなった。

2011年8月18日 (木)

相変わらずよちよち

休みの間できるだけベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴くようにしている。先日「ワルトシュタイン」を初めて楽譜を見ながら聴き、びっくりした。冒頭にピアニシモが書いてあることからすでに驚きだ。音楽の強さは言うまでもなく、多様な方向性や発想も人間離れしている。ピアニストは一人でこれだけの音楽を完結できるのだから大変なものだ。しかも彼は32曲もソナタを書いている。
僕は相変わらずよちよちピアノをさらっているけれど、もしベートーヴェンのソナタが弾けるなら(かなり無理がある)おもしろくて、ずっとさらっていそうだ。

以前からいつか挑戦しようと思っていた曲の一つにラヴェルのヴァイオリンとチェロのソナタがある。実は今、小さな演奏会の内容を考えていて、この二重奏を入れようと思えば入れられる状況にある。
もちろん楽譜はとっくに手元にあり、昨日から音を出している。この難曲が自分に弾けるのかどうか、もしできるとしてあまりに実験的なプログラムになりはしないか、悩んでいる。

下の画像は銀座の天使

Tenshi

2011年8月15日 (月)

帰省

僕としてはとても珍しいことなのだけれど、お盆の真っただ中に帰省した。
東京の、排気ガスを含んだ真綿にくるまれるような暑さに比べれば名古屋の暑さなんて、と思っていたら、陰性か陽性かの違いはあってもやはり暑いものは暑かった。

Atusa

名古屋大学のキャンパスに久しぶりに入ったら大変近代的になっていてびっくりした。地下鉄の駅までできている。

Nagoyadaigaku

人生の半分を東京で過ごし、すっかり東京の人間になったつもりでも、時々東京タワーのことを「テレビ塔」と言ってしまう。名古屋のテレビ塔には保育園児の時に上ったきり。東京タワーはふもとに行ったことしかない。一度登ろうか。

Terebitou

昨日は小学校の同級生に会った。普段様々な世代の人と接してできるだけ多くの刺激を受けたいと思っている。でもそれぞれの局面を迎えている同級生に会うと、また違う力をもらえるような気がする。皆とても元気だ。

早朝の新幹線で帰京。寝不足で具合が悪くなりそうになりながら、1週間ぶりにピアノとチェロを開けた。思ったより悲惨なことになっていなくてほっとした。ゆっくりリハビリするつもりが、数日後に仕事が入ったのであまりうかうかできない。
チェロを弾いて元気になった。

2011年8月12日 (金)

「メカスの難民日記」

ジョナス・メカス著「メカスの難民日記」を読み終わった。
新聞の書評にあったように、特に後半は読み終えるのが惜しかった。日記は、断片的で、日付も飛び飛びでまとまりがなく、時としてざらりとした感触を残す。でも読んでいるこちらは救われる、なぜだろう。
1949年の日記から、
「アメリカへ来い!一つの偉大な夢、資本主義の悲惨を体験できるだろうから。体験してみるだけの価値はある。ヨーロッパにいたときは、どういうわけか僕はいつも、自分は例外的な人間で、他の人たちとはちがうと思っていた。僕は難民で、リトアニア人で、詩人だった。ここに来て、ふと気がつくと、僕は、列に並んで立っていたり、煙だらけのウォーレン・ストリート職業紹介所の部屋ですわっていたり、四十二丁目の人ごみで道に迷ったりしている、失業中のただの一労働者だ。他のだれともなにも変わらない。群衆のなかの一人。毎晩、仕事にありつけずに家に戻り、隅に上着を投げだし、ベッドに倒れこみ、今日の新聞のフロリダでの休暇の記事にさっと目を通す、何百万人の一人なのだ・・・・・・」

読みたい本はたくさんあり、でも家の小さな本棚はすでにいっぱいで困っている。

2011年8月11日 (木)

大きな

佐倉にある川村記念美術館まで出かけた。http://kawamura-museum.dic.co.jp/

Kawamurakinenn

朝一番だったせいか、館内にはほとんど誰もおらず伸び伸び見ることができた。なんと言っても楽しかったのはフランク・ステラ、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマンの大きな作品で、こちらの心が解放されてふわりとなるようだった。大きな絵をそう感じたのは初めてだった。よかったなぁ。
対照的なジョゼフ・コーネルの作品もおもしろかった。デボラ・ソロモン著の伝記「ジョゼフ・コーネル 箱の中のユートピア」もおもしろそうだった。「イリアス」を読み終わったら是非読もう。

散策路も整備されていて充満する草の匂いをかいだ。広場にはたくさんのひまわり。暑くて長い時間はいられないけれど、夏休みという感じだ。
秋になったらまた行きたい。

2011年8月10日 (水)

「ピカール」

寝坊助の僕があまりの暑さに、普段仕事に行く時よりも早く起きた。暑さのピークだろうか、いよいよ電力需給が逼迫してきているらしい。

昨日、チェロの弦を2セット買い、弓の右手の親指が当たる部分が摩耗しないように巻く革を巻き直し、時間を持て余している訳ではないけれど、ピカール(金属磨き)でウルフエリミネーターと見附さんに作ってもらった真鍮のエンドピンを磨いた。
「ピカール」とは抜群のネーミングだと思う。特に真鍮はすぐぴかぴかになってうれしい。一方、手は真っ黒になる。

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チェロを休みにしたのに楽器が気になってしまうのがおかしい。

出先にIpodを忘れて「Angry Birds」ができず、昨晩はやすらかだった。

2011年8月 9日 (火)

時間の流れが

チェロを弾かないと時間の流れがとてもゆっくりで一日が長い。
残念ながら猛烈な暑さが戻ってきて、うっかり釣りにも写真を撮りにも出かけられなくなってしまった。

去年怪獣退治のゲームの何作目かが発売された後、街中電車の中でサラリーマンも学生も呆けたように携帯ゲーム機をかちゃかちゃさせているのを苦々しく見ていたのだけれど、Ipodに「Angry Birds」というゲームを入れて、ついつい遊んでいる。Ipodの電池がすぐ減って困る。フィンランドの会社が作ったもので、その世界では有名らしい。トリやブタの鳴き声もチャーミングでいい。

Yahooニュースで見つけたのはナマケモノの赤ちゃんのあくび。http://www.youtube.com/watch?v=sL5mAbwUYpM

「メカスの難民日記」は少しずつ読んでいる。でも大きくて重いので出かける時は文庫本のホメロス「イリアス」を。これまで2度挫折して3回目の挑戦。注意して読まないと一体だれの名前かわからなくなり(アキレウス、アトレウス、テュデウス、ディオメデス、・・・・・・・)、筋を追うのに苦労するのだけれど、でもおもしろい。ここにしかない広くたくましい物語がある。

それにしても「イリアス」と「Angry Birds」とでは大変な開きだ。昨日はすっかり切れなくなっていた包丁を研いだ。

2011年8月 7日 (日)

夏休み

夕方仕事から帰宅したら雷と土砂降りの雨。久しぶりの間近の雷はすごい音だった。
少しさらってからチェロの弦をゆるめ、プールに行って人間の体もゆるめてきた。

今チェロを弾く状態はとてもいい。この数週間の良くなり方はどう考えてもこれまでで一番いい。
2年前からピアノをさらい始めたこと(けっこう続いている)、ピアノのおかげで右手が柔らかくなり弓との関係が変わったこと、去年の暮れから楽器と体の位置関係を変えたこと、チェロを弾く時の心(頭?これが一番大きいのかもしれない)を変えたこと、様々なことがつながって今急に実を結び始めた実感がある。
これまでなんて不自由に弾いていたのだろう、と思うし、なんだそんなことだったのか、とも思う。

あまり休まず毎日チェロを弾いてきたのは、もちろん弾くのが好きで楽しいし、さらわなくてはという強迫観念もあるし、もう一つ、休んだ日数だけ元の状態に戻すのにかかる、ということがある。リハビリを始めて数日は、もともとマカロニのようにふにゃふにゃの僕の指が、さらに茹で過ぎたマカロニのようで思い通りにならず、実にもどかしい思いをする。それが嫌だから弾き続けてきた。
今生まれ変わったようにチェロを弾けるので少し残念な気もするけれど、明日から1週間楽器をさわらない。身も心も解放してあげよう。

2011年8月 4日 (木)

桃、オマージュ

近所の八百屋やスーパーにいい物が入っていないだけなのかもしれないけれど、最近の桃がどうも甘くないのは、去年の夏からは考えられないくらい涼しい日がこのところ続いたからだろうか。

映画「スーパー8」を見た。よくできた映画で楽しかった。シリアスに内容を追求しているのではなく、スピルバーグ監督は自身の子供時代や、過去の作品(どうしてもE.T.に重なる)に対するオマージュとして作ったような気がする。

2011年8月 3日 (水)

8月の芦ノ湖

今日の芦ノ湖、晴れ/曇、水温22.5℃、水色:澄み。
最初の一匹はあまりに小さくて驚いたけれど、その後に充分成長してよく引くきれいなブラックバスが釣れた。

2011ashinoko

久しぶりの釣りに行く前に、久しぶりに釣りの雑誌を読み釣り道具屋へ行った。
木やプラスチックでできているルアーの多くは引くとおねおね泳ぐ。小学生の時初めて買ったルアーは、もちろんまず風呂で泳がせて、その泳ぎっぷりに驚いた。しかし日々進化する現代のバス釣り界にあっては、おねおね泳がず静かに進み、しかも前後にプロペラの着いているルアーが最近の注目株らしい。影響されやすい僕は、もちろんその最新型を入手して芦ノ湖に向かった。

そのルアーでも釣れたけれど、今日活躍したのはラパラ社の名作シャッドラップだった。僕が旧式の人間だからかもしれないが、昔ながらのルアーで釣れるのはうれしい。

いつも覚めていた体のどこかがようやく疲れて柔らかくなった。ウグイスの声をかき消すようなヒグラシの音を聞きながら、ヤンマの飛び交う湖面で生き物の気配や風向き、水の色を感じ、広い湖を手漕ぎボートでへとへとになりながら漕ぎまわり、ルアーをぶんぶん投げる。
たまには釣りに行こう。目はよく見えるようになり耳はよく聞こえるようになり味もよくわかるようになった。

Ashinoko

2011年8月 2日 (火)

赤レンガ倉庫

今日は横浜赤レンガ倉庫のホールで地域創造のプレゼンテーション。

Akarenga

いついかなる時も安定して弾きたいと思うけれど、ソロは緊張した・・・。まだまだだなぁ。でも高橋さん礒さんとのトリオは落ち着いて弾くことができた。
プレゼンでは、日本生まれイタリア育ちドイツ在住のチェリストSさんに初めて会って、ドイツのオーケストラのこと指揮者のこと、楽器のこと、イタリアのこと、様々なことを聞けて楽しかった。

2011年8月 1日 (月)

学校、楽器、宝くじ

久しぶりに仙川の桐朋に行った。
廊下の壁のところどころに白いテープのようなものが張ってあって、これはもしかして3月の地震で受けたダメージを・・・。直後はガムテープだったらしい、本当だろうか。

昭和音大のホール、テアトロ・ジーリオ・ショウワでは先日都響も演奏した。昭和音大は5年前に厚木から新百合ヶ丘駅前に移転して音楽ホールを複数持つキャンパスを新設した。
桐朋は僕の通っていた20年前とほとんど変わらないように見える。大学とは思えないほどこぢんまりとした校舎は居心地が良くて好きだった。でも、あの桐朋学園と思って入学希望者が訪れるとびっくりするかもしれない。
子供が減る時代なのだから、特に私立の学校はどのように経営していくかが大切なことだと思うのだけれど。

その後寄った楽器屋で、顔は美男子ではないが音のいいチェロを弾かせてもらい、帰りに思わず宝くじを買った。
今僕のチェロも調子がいい。

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