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2011年9月

2011年9月29日 (木)

優しい目

夕方明治神宮に行った。
境内を歩いて、初めて参宮橋の方へ出たら馬がいてびっくりした。代々木ポニー公園、こんな都心に馬がいるとは。馬の目は本当に優しい。

Uma2

その後新宿のニコンへ。来月下旬に発売されるカメラが展示されている、というので待ち切れず見に行った。ずいぶん前から噂されていたニコンのいわゆるミラーレス一眼は、とても手堅く作られている印象だった。いいなぁ。
この数か月ペンタックス、オリンパス、ソニー、リコー、ニコン各社から魅力的な新しいカメラの発表・発売が続き、久しぶりにカメラのことが気になっている。
僕が写真に夢中になっていた頃はちょうどフィルムからデジタルへの移行期で、あの頃のフィルムカメラは最後のきらめきのような魅力があった。デジタルになってから、カメラもあっという間に陳腐化する家電製品になり、興味を失ってしまった。でも今月はカメラ雑誌を3誌も買って日々研究にいそしんでいる。以前の楽しさが戻ってきたようだ。

このところの新製品の発表を見ていて、製品としてのカメラの流れがはっきり変わったと思う。
おそらく多くの人にとって、携帯電話のカメラで充分なのだと思う。素晴らしい画質の大きくて重いカメラより、いつも持ち歩ける、軽くてそこそこ写るカメラがきっと望まれている。ミラーレスの流行はそれを現わしているのではないだろうか。カメラを持ち歩く癖を失ってしまった最近の僕は、この日記の写真をほとんどiPodTouchで撮っている。
一方ますます高性能になる本格的な一眼レフは、プロをはじめとした限られた人たちのものになっていくような気がする。先日セイケトミオさんの写真展を見て、M8やM9というライカのデジタルカメラも素晴らしいと思った。とても手の出るものではないけれど。

Uma1

2011年9月28日 (水)

郡山、丸谷才一

都響の室内楽で郡山の行健小学校に行った。
演奏中に歌ったり踊ったり、のりのりで元気な子供たちだった。楽しかったなぁ。午後の僕たちの演奏が終わってすぐ、校庭に子供の姿があったので尋ねたら、すでに表面の土を5センチ削ってあるそうだ。線量計というものも初めて見た。

Kokensyou

行き帰りの新幹線で読もうと思って、家の本棚なら取り出してきたのが丸谷才一著「猫のつもりが虎」。和田誠さんの挿絵も相まって絶妙の面白さだった。丸谷さんの文章を読むとしばらく頭の中が丸谷節になってしまう。こんな具合だ。
『渋谷のオーチャード・ホールへウィーン室内合奏団を聞きに行つた。あのホールのステージ正面は、教科書出版社の出す本の装釘みたいで、なんだか固苦しくて、気づまりで、見てゐて厭になる。それで、幕間にはロビーに行つた。ところがこのロビーも、みんながせつせと煙草を喫ふのに換気装置が追ひつかないらしく、煙がこもつて、まるで夜霧のたちこめた港みたいである。昔、ヘビー・スモーカーだつたころのわたしなら、こんなのはちつとも意に介さないが、禁煙してからはもう駄目で、我慢できない。あわてて自分の席に帰る。
 わたしが腰かけてから数分後、すぐ後ろの列に一人の男が戻つて来て、ちようどわたしの真後ろの席に腰をおろした。そして、隣にゐる奥さんらしい人にかう言ふ。
「何てロビーだ。人を狸と間違へてやがる。音楽聞きに来た人間を煙でいぶして、何になるつてんだ。しかしまあ、ロビー一つ作れないなんて、呆れた先生もゐたもんだぜ」』(「驢馬の耳」より)

オーチャードホールにはすっかり行かなくなってしまった。あのホールは、敷地の問題なのだろうけれど、楽屋と舞台が離れていてあまりうれしくない。いちいちエレベーターで行き来しなくてはならないし、楽屋も狭い。銀座にある楽器店のホールも、舞台と楽屋が違う階で、しかもかつて見たことのないほど小さなエレベーターに乗らなくてはならない。
演奏する側としては舞台と楽屋、できればトイレも同じ階で近接していて欲しい。その点でも優れている池袋の芸術劇場や川崎のミューザは、今は両方とも使えない。

「猫のつもりが虎」は発売された2004年に買ってもちろん読んだはずなのに、例によって何も覚えていない。オーケストラの曲をすぐ忘れてしまうのは嘆かわしいばかりだが、この忘れっぽさのおかげでまるで初めて読むような楽しさだった。

そういえば先日、父の運転する車に乗っていた時のこと、ラジオから明らかにマーラーの交響曲だろうという音楽が流れていた。知らない曲だから、ということは弾いたことのない8番か9番だね、という話をした。なんとそれが弾いたことのある7番で、がっくり。

今日の行きの東北新幹線、窓が割れていて外側から粘着テープで補強してあった。昨日上海で地下鉄事故があったばかりだから悪い冗談だろう、と思ったら、そのまま走り始めてしまった。何があったのか知らないが、新幹線の窓ガラスが割れるのは相当な力がかかったはずだ。トンネルの出入りで受ける風圧は大丈夫なのだろうか(郡山まではあまりトンネルがない)。

Touhokushinkansen

郡山駅前のビルの中にある真ん丸の物体はプラネタリウムだそうだ。こんなに高い所にある。

Koriyama

明日からは現代曲のリハーサル。微分音が出てくるのだけれど、それが4分の1音ではなくて3分の1音。そしてその音程を3つ続けると全音になる、と説明書きにある。確かにそうだ、理屈の上では。さて。

2011年9月27日 (火)

「特別展 磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」

午前中練馬区美術館に出かけた。
ずっと見ようと思っていた「特別展 磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」。
http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/isoe-tsuyosi.html

Isoe

まるでその物が目の前にあるような写実的な絵は、単に本物そっくりなのではなく、写実を通して何かを目指す画家の強い意志が感じられる。それはほとんどの絵で一貫していて、最後の作品では見事な到達が見られると思う。言葉にならない、絵でしか表現できないものが確かにある。
自分の目指すものを貫いた磯江毅さんの絵と生き方に心打たれた。

夜はサントリーホールで本番。明日は郡山へ。

2011年9月26日 (月)

金属製の入れ物に

今日の都響は東京文化会館で本番。

今バイエルン国立歌劇場が文化会館に来ていて、楽屋や舞台裏はそのオペラの荷物や舞台装置であふれかえっている。衣装や大道具にもそれぞれの流儀があるようなのだけれど、彼らの荷物入れには驚いた。金属製でぴかぴかだ。いろいろなことがとてもきっちりしているように見える。

Nimotsu

様々な写真展

先日、銀座で二つの写真展に出かけた。
一つ目はシャネルで開かれている『ココ シャネル 1962』ダグラス・カークランド写真展。
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2011/kirkland/index.html
僕には映画「ココ アヴァン シャネル」の印象がとても強い。実際のシャネル本人は小柄で眼がきらりと鋭く光り、モデルのフィッティングの時でもくわえ煙草。
一つのブランドを興してしまう強い個性を持つ人物とその華やかな時代、銀の粒子まで見えそうな写真の美しさがあいまって、陶然とするようだった。

その後、銀座ニコンサロンへ。橋口譲二写真展「Hof ベルリンの記憶」。
http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2011/09_ginza.htm#02
旧東ベルリンの、一般的には知られない地区を撮った写真だ。
1983年に才能教育の弦楽合奏団の演奏旅行で旧東ドイツに行った。モスクワ経由で空路東ベルリンに入る予定が、大韓航空機の撃墜事件が起こり、当時のソビエト国営航空アエロフロートは成田への乗り入れ禁止となった。旅程は変更され、成田からアラスカのアンカレッジ経由(!)、ロンドン経由で西ベルリンに入り、陸路東に入った。
ベルリンの検問所を通ると、にぎやかな西ベルリンとはまるで違う陰鬱な空気に戸惑った。中学生の僕はあの頃、外国はどこもユートピアのような国だと漠然と思っていた。
橋口さんの写真を見て、初めて東ベルリンに入った時の空気を思い出した。ニュアンスが豊富な素晴らしいプリントだった。

めぐろパーシモンホールでの演奏会当日ゲネプロと本番の間に時間があったので、目黒ブリッツギャラリーまで足を伸ばした。セイケトミオ写真展 「Charleston Farmhouse」(チャールストン・ファームハウス)。
http://www.blitz-gallery.com/gallery_exhi_cur.html
フィルムで撮った写真とデジタルで撮った写真と両方あり、最終的にはインクジェットプリンターでプリントしているそうだ。フィルムが、デジタルが、という議論はもう意味がなくなるかもしれないと思った。

2011年9月23日 (金)

プロコフィエフの5番

今日からプロコフィエフの5番のリハーサルが始まった。
書いてある音が想像しにくくて、弾きにくい。この難しさは必要なのだろうか、と思う箇所もいくつかある。

Image

エリザベス・ウィルソン著「ロストロポーヴィチ伝」の中にあるエピソードを思い出した。プロコフィエフがロストロポーヴィチに自作のチェロ協奏曲の改訂の手伝いを頼んだ時のこと、
『第二楽章の楽器編成に、スラーヴァが一度口を出したことがあった。オーケストラが八分音符を繰り返す部分の編成が、展開部ではそれぞれ楽器の音域にうまく合っているのだが、再現部ではトランペットに信じられないほど低い音が使われていたのだ。彼が指摘すると、プロコフィエフはむっとして言った。「なんだい、スラーヴァ、トランペットには低すぎるだって?いいかい、トランペット奏者がこの音を出そうとして、顔を真っ赤にしているところを、ちょっと想像してごらん」』

2011年9月22日 (木)

反省しきり

今日の演奏会、白鳥と黒鳥はきっと良かったのだと思うけれど、コダーイはかたかったなぁ・・・、反省しきり。出だしの勢いがうまくつながっていたら。
精進します。

2011年9月21日 (水)

ちょっといい加減な方が

先週放映されたNHKのディープピープルは落語家桂三枝さん、春風亭昇太さん、立川談春さんの鼎談。
間の取り方や、客席への視線の向け方、ネタの作り方など、企業秘密とも言えそうな内容満載で、実におもしろかった。演奏にもすぐ応用できそうなことがたくさんあった。
春風亭昇太さんの、落語家にはちょっといい加減な人が向く、という言葉には深く納得した。一人で演ずる落語家はいい時は全てを一人占めできるが、ウケないと逃げ場がなくなる。演奏家もきっとそうだ。

演目を決めるのは本当に直前、と聞いて驚いた。
そういえばずいぶん以前、ロストロポーヴィチはリサイタルの時、その都度舞台袖でピアニストに次弾く曲を聞いてから、舞台に出て行く、という嘘か本当かわからない話を聞いたことがある。

台風が近くを通り過ぎた今日の東京、夕方は怖さを覚えるほどの強い風だった。
広い部屋が取ってあったので雨風がひどくなる前に、一人で黙々と録音をしながらコダーイをさらった。

2011年9月20日 (火)

天白川、庄内川

天白川とか庄内川とか、小さい頃からよく知っているローカルな名前が全国のニュースで取り上げられるとびっくりする。大雨で名古屋市内も大変なことになっている。数人の同級生に連絡を取ったところ、幸い大丈夫とのことだった。皆、川が近い。
今年は水害が続く。そろそろ勘弁してもらえないだろうか・・・。

東日本大震災後初めて公表された基準地価は震災の影響を受けている旨、報道された。7月に石巻を訪れた時、高台の土地はすでに値上がりしていると聞いて、そのあまりに現実的な話しに驚いたことを思い出した。

2011年9月19日 (月)

画像を

旅行中の日記に画像を入れました。

2011年9月18日 (日)

ホームのような

昨日、今日と札幌コンサートホール「キタラ」で2公演。
都響がキタラで演奏する時はいつも、なんだかアウェイで戦っているような感じだったのだけれど、今日はあたたかく聴いて頂けたような気がする。本当にありがとうございます。

Nakajimapark

午前中のゲネプロは体が重く、40歳になると旅の仕事が辛くなるのか、としょんぼりしていたら、どうやら風邪らしい。
やれやれ、肌寒い雨の降る札幌から帰京したら久しぶりの休みだから、今度こそ釣りに行こう、と思っていたのに。
幸か不幸か、天気にも恵まれないらしい。おとなしくしていよう。

2011年9月17日 (土)

ガルシア=マルケス、「イリアス」、「独楽吟」

今回の演奏旅行に持ってきた本はガルシア=マルケスの短編集「エレンデイラ」。
まだあまり進んでいないけれど、読み始めるとすぐその世界に連れ込まれてしまう、抜群のおもしろさだ。

先日、「イリアス」を読み終わった。
読んでいる間、読まない日は何か大切なものが欠けているようで味気なかった。岩波文庫版に収録されている伝ヘロドトス著「ホメロス伝」もあわせて、はるかな時間と空間の広がりを感じた。まさに壮大な叙事詩という形容がふさわしい。生身の人間のぶつかり合い、実に人間くさい神々・・・、今でも読後感に浸る。

雑誌「図書」の坪内捻典さんの連載「柿への旅」、7月号掲載分の中に幕末、福井の歌人橘曙覧(たちばなのあけみ)の「独楽吟」からの引用があり、それを。
「たのしみは まれに魚煮て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時
 たのしみは つねに好める 焼き豆腐 うまく煮たてて 食はせけるとき
 たのしみは 人も訪ひこず 事もなく 心をいれて 書を見る時」

2011年9月16日 (金)

東北・北海道へ

都響の短い演奏旅行が始まっていて、昨日は山形公演、今日は仙台空港に出てから空路札幌へ。

大きな地震の時、やはり都響は東北・北海道の演奏旅行中だったから、どうしてもそのことを思い出さずにはいられない。
定期便の運航が始まって間もない仙台空港は、周辺では重機が瓦礫を片づけていたり、流された車が集められていたり、店舗や住宅が壊れたままだったりしたけれど、空港はよくぞここまでというほどきれいになっていた。

Sendaiairport

札幌に着いてから、夕方の海を見に行った。
函館本線に少し乗ると銭函(ぜにばこ)という駅があり、銭函から海はすぐ。久しぶりに波の音を聞いた。

Zenibako

2011年9月12日 (月)

最終講義

文學界9月号に上野千鶴子さんの東京大学での最終講義「生き延びるための思想」が掲載された。上野さんの著作はほとんど読んだことがなく、尖がった人、もし喧嘩したら絶対勝てない人、そんな印象を持っていた。
この最終講義の中から。

『私は日本では人口の一%に満たないクリスチャン・ファミリーの生まれです。十代のころ、父に背いて教会を離れた棄教者です。それ以後、私は自分に祈ることを禁じました。祈りとは無力な者の最後の営み、此岸で果たせない望みを彼岸に託す願いだと考えたからです。
 私が社会学を志したのは彼岸を、あの世を待ち望むのではなくて、此岸に、この世に留まることを選んだからです。つまり、人間がつくり出したことなら人間がつくり変えることができるという、信念のためでした。それが私の社会学者としてのアイデンティティを支えてきました。』

本当に強い人だと思う。

仕事と仕事の合間、市ヶ谷駅上のスターバックスに入った。アークヒルズや銀座みゆき通りの店は広々として本を読みやすいけれど、残念ながら窓からの景色はあまり開けない。でもこの市ヶ谷のスターバックスからは靖国通りや外堀通りの方角が見渡せる。

Ichigaya

今晩は中秋の名月。残暑厳しいが空はすっきり晴れ渡り、まん丸の月もよく見える。

2011年9月10日 (土)

火傷しそうなほど

ひとしきりコダーイをさらって、録音して聴いて落ち込んで。それから、今回は聴くまいと思っていたのだけれど、シュタルケルの弾く1948年の録音を聴いた。
やっぱりすごい。弾け具合はもちろん、チェロを弾く根本からこの人は違っていると思わずにはいられない。うっかり触ると火傷しそうなほど熱い演奏だ。シュタルケル節全開で、楽譜を見ながらだと首を傾げたくなるところはあるにしても、間違いなくチェロ演奏史上に輝く録音の一つと思う。
何しろ当時コダーイの無伴奏の録音はほとんどなかっただろうし、60年以上前にチェロが目の前にいるような録音をしたピーター・バルトークの腕というのも恐るべきものだ。(ピーターの父、作曲家ベラ・バルトークがアメリカで悲劇的な生涯を閉じて数年後の録音だ)

まず出るのはため息ばかりだが、明日も頑張ろう。

2011年9月 9日 (金)

マツヤニ禁止

昨日の都響は日比谷公会堂で千代田区の小中学校を対象とした音楽鑑賞教室。
千代田区というと、老舗の子や代々続く家柄の子がいるのだろうか、と思ってしまう。気のせいか行儀が良い印象がある。

日比谷公会堂の舞台袖にはマツヤニ禁止とある。あまり見ない看板なのでびっくりする。幸い弦楽器のものではなく、バレエシューズなどに関してらしい。

Hibiya

歴史ある日比谷公会堂は、趣はある。でも搬入口から2階の舞台までエレベーターはなく、ステージのスタッフがティンパニやコントラバスなどの大型楽器を人力で上げなくてはならない。しかも階段は今時見ないほどの急傾斜だ。

2011年9月 8日 (木)

高原の風

都響業務の合間をぬうように、教えている大学オーケストラの合宿にお邪魔した。
あわただしくて自分の現在位置がどこかわからなくなりそうだったけれど、真っ青な空と、高原を吹き渡る風の音、初秋の澄んだ空気に心洗われた。

Tateshina

2011年9月 6日 (火)

実体を持たないものに

今週の日経新聞夕刊の「こころの玉手箱」はインターネット・イニシアティブ社長鈴木幸一さん。
少し前の「東京の春 音楽祭」、リッカルド・ムーティの指揮で演奏できたのはこの方のおかげと思う。昨日9月5日の紙面から。

『・・・ハードに依存せず音楽をネットで聴ける時代が来るとは夢にも思っていなかった。昔は音楽メディアと聴くための道具が不可分だったが、ネットが浸透すると、道具との関係が変わる。コンテンツを収蔵する場所はそれこそクラウドネットワーク上にあるようになるのだろう。もう少し音質が良くなればCDも不要な時代になる。インターネットのおかげですね。寂しいけれど。自分がネット事業を営んでいて感慨深いものがある。
 SP盤の音楽はもうすっかり聴かなくなった。SP盤は管理も大変で今の忙しい身では難しいが、隠居して時間ができたら、あの不思議にやわらかな音色をまた聴くのかもしれない。』

僕にとって高校生まで、音楽はLPレコードというずしりとした実体を伴っていた。今は映像と同じくデジタルデータとなり目に見えないものになった。確かにCDというメディアもそう遠くないうちに出回らなくなるのかもしれない。

2011年9月 5日 (月)

オリンパスホール八王子

今日の都響は八王子で中学生向けの音楽教室。
今年オープンしたばかりのオリンパスホール八王子は、これまでの古い市民会館からすると別世界のようだ。広すぎて自分が建物のどこにいるのかわからなくなる。

Hachiouji

オリンパスといえば。この秋は各社から続々と新しいデジタルカメラの発表と発売が行われ目が離せない。
僕は相変わらずIpodのカメラが気に入っていて、撮りたい時に撮る、というのが楽しい。

Sinjuku

2011年9月 4日 (日)

疾走する

よく響くオペラシティでモーツァルトばかり弾いた後、夕方は録音の仕事へ。
オーケストラの中では全体の響きに入るように弾くから、音を出すタイミングはけっこう遅い。残響の長いホールでは特にそうだ。それがロックやポップスの世界では180度違う。

朝からテレビを見るのは好きでなく、出かける前はFMを流していることが多い。NHKというよりは、J-WAVE、でもそのJ-WAVEも商売っ気が見えすぎる時があって、今はInterFMが多い。すると自然にロックとかポップスが耳に入る。
クラシックと少しのジャズばかり聞いていた頃は、録音の仕事でロックやポップスがあると、借りてきた猫のようにどうにも居場所がなかったのだけれど、今はこれも楽しい。

それにしても、オーケストラで弾いた後にそちらの世界に行くと、つくづく自分は強拍の人間なのだと思い知らされる。(4拍子ならなにより1拍目が偉く次が3拍目、2と4は弱く弱く・・・)
裏拍や8分音符、16分音符でひっかけてあるリズムなどが基本となっているロック・ポップスで、ストリングスを録ったプレイバックを聴くとドラムやベースギターのノリに比べて重く、がっかりすることがある。

でもクラシックでも、例えばクライバーがウィーン・フィルを振った「運命」を聴くと、その疾走する感覚に圧倒される。クライバーの指揮は手綱を締めることをせず、オーケストラに風が吹いたように自由な音楽が生まれる。
僕の弾くコダーイにもその疾走する感じを少しでも実現させたい。

201109042110000

帰宅してから台風12号のニュースを見て目を疑った。どうして今の日本はこれほど頻繁に災害にみまわれなくてはならないのだろう・・・。

2011年9月 3日 (土)

演奏会の予定を

演奏会の予定を少しだけ更新しました。

http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html

2011年9月 1日 (木)

音楽とは

昨日見たイッサーリスのDVD、字幕が無く僕の拙い英語力では心もとないのだけれど、「not solid」(音楽の流れに関して、かたくならないように、ということだろうか)とか「fly!」とかいう言葉が印象的だった。

音楽とは何か、ということを最近考える。パリのフィリップ・ミュレール先生は、彼が子供の頃習った当時のパリ音楽院院長の「音楽は音と音の間にある」という言葉を教えてくれた。
このところ意識するのは、音符の背後にある音楽の動き、様々な動きだ。それを意識し始めるとベートーヴェンの音楽はものすごくおもしろいことに、ようやく気付いた。
音楽は平衡を保っている、つまりバランスがとれていてどこにも行かず安定していることはあまりなくて、歩くように進んだり、速く進んだり、たたみ込んでいったり、遅くなったり、伸びた分だけ縮もうとしたり、不安な気持ちから安心に移ったり、暗欝になったり、激情を起こしたり、勝利を感じたり・・・。ヤジロベエが一つの端からもう一つの端へ動き、さらに動いた先で別の支点に乗り移ってさらに動いていく。いつもバランスを取ろうとして動いている。
ピアニストは、ベートーヴェンの音楽を一人だけで感じつくっていくのだから、そのおもしろさはきっとこたえられないだろうと思う。

コダーイの無伴奏を(第1楽章だけ)さらっている。これまで何度も弾いてきたのに、思い返すと恥ずかしい。何度目かの今度は、まるで初めて弾くようだ。音符の後ろに様々な動きや道が見える。

自分のことがよく見えずつい調子に乗りがちな僕の手綱をいつも締めてくれたのがエディロール(PCM録音機)だった。今日新しい録音機を買った。タスカムのDR-05。

201109012018000
タスカムの音は、まだ自分のチェロの音を撮ってみただけなのだけれど、何より情報量が多くて素直だと思う。明るく、様々な倍音の乗り方がよくわかる。エディロールは、良く言えば、密度の濃い締まった音だろうか。僕に骨身に沁みる教えをくれたエディロールR-09HRはもう作られていないらしい。
タスカムのいいのは録音したファイルを後で分割できること(エディロールはこれができなかった)、残念なのはリモコンがないこと(エディロールのリモコンはとても便利だった)。
これでコダーイに磨きをかけよう

それにしても、こんなに良い音で録れて使い勝手のいい道具が1万円を下回る金額で手に入るのには驚くしかない。
僕の最初のウォークマンは中学生の時に買ってもらった「レコーディング・ウォークマン」。それは宝物だったのだけれど、付属のマイクで録った自分の音は僕に深い試練を与えたもうた。乾電池とカセットテープの残量をいつも気にしながら使ったあのウォークマンは、確か定価で\36,800したはずだ。

夕方のニュースでミューザ川崎を取り上げていた。先の地震で天井の大部分が崩落したのは、強度計算がされていなかったからではないか、という示唆があった。部材を支える金具(荷重に耐え切れず曲がり伸びていた)は近所のホームセンターで扱っていそうな華奢なものだった。
巨大な反響板がその程度の部品で支えられていると知ったら、怖くてとても舞台には上がれないだろう。あの時誰もホールにいなくて本当に良かった。

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