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2011年10月26日 (水)

「モダン・アート、アメリカン」、靴

東京で木枯らしの吹いた今日、国立新美術館の「モダン・アート、アメリカン」展に出かけた。

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いろいろな作品があったのだけれど、それでもオキーフ、ホッパー、ロスコの作品は抜きんでて素晴らしかったし、チャールズ・シーラー、ラルストン・クロフォードなど名前も知らなかった作家の魅力ある画もいくつもあった。
マーク・ロスコの画は、もちろん遠くからでも一目でそれとわかるものだった。でも川村記念美術館にある大きくて黒い画とは異なり、あまりに小さいのに驚いた。二つの作品の制作年代には10年の開きがあり、今日見た画の淡く美しい色使いとその大きさには、作家の晩年を思わされた。
今回の展覧会はワシントンのフィリップス・コレクションによるもの。ロスコに関して、ここと川村記念美術館は大きなコレクションを持っているそうだ。ワシントンは遠くても、また川村記念美術館に行きたくなった。http://kawamura-museum.dic.co.jp/collection/mark_rothko.html

新美術館の後、靴を買いに行った。
僕はどちらかというとよく歩くほうだと思う。一番良くはく靴は、3年たってさすがに上はよれよれ、靴底も十分にすり減ってしまった。形も色もまったく同じものが売っていて、それにした。同じ靴を2度買うのは初めてかもしれない。

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靴と言えば、最近2度ほど引用されているのを目にした須賀敦子さんの文章を思い出した。
『きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と。』(須賀敦子著「ユルスナールの靴」より)

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