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2011年10月11日 (火)

ヴィンシャーマン、シールマンス、自分の中に降りていって

今朝のinterFM、ハーモニカとウッドベースの絶妙なデュオが流れて、誰だろうと思ったら、トゥーツ・シールマンスだった。("KILLER JOE" MARC JOHNSON W. TOOTS THIELEMANS) 来日中で、明後日までブルーノート東京でライブだそうだ。残念ながら売り切れ。http://www.bluenote.co.jp/jp/artist/toots-thielemans/
御歳89歳、いくら上等の席でもヨーロッパから日本まで来るのは決して楽ではないと思うのだけれど。

一方92歳のヴィンシャーマンさんは、昨日もお元気で、握手をしたら驚くほど力強かった。いつも明るくポジティブな方だった。

雑誌「Number DO」2011年4月号はランニング特集、村上春樹さんのインタヴューがある。その中に、
『・・・毎年受けている健康診断の先生が、「村上さん、人間60歳を過ぎたらもう生きていること自体がおまけなんです」というわけ。人間の体というのはもともと、それくらいの耐用年数で設定されているんだと。』
シールマンス、ヴィンシャーマン、あの年代の人たちの強靭さを僕たちは持っているだろうか。

その村上さんのインタヴューの中にこんなところがあった。
『・・・ほかの小説家のことは分からないけど、僕の場合はというか、自分の意識にあるものだけを使って書いていても小説はつまらないんです。意識から下の方に降りていって、自分ではコントロールできない世界に入っていかないと、物語って湧いてこないです。たとえば「1Q84」ってすごく長い小説でしょう。でも書き始めるときはどんなものを書くかというプランはまったくないんです。最初のシーンがあって、とにかくそこから始めるしかない。ただ「僕には最後まで書き終えることができるし、それは必ず面白い物語になる」という自信だけがある。そしてそのためには自分の中に降りていって、暗い闇の中で格闘しなければならない。実際にその暗い中に降りていって、毎日力ずくでそれをやる。・・・』

ピアノをもたもたさらっていると、僕にとってチェロを弾くことは無意識の部分の作業が多いことがわかる。一方オーケストラの中で弾くことは、意識的に全体を聴いて意識的に音を出すことだ。
ソロの時、緊張した舞台の上でうまく集中して自分の中へ降りていくことはできるだろうか。

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