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2012年1月

2012年1月31日 (火)

だんだん短く

年に1回のことなのに、だんだんその間隔が短く感じられるようになり、しかも昨年何を弾いたのかすぐには思い出せなくなってきた。これも年をとった証拠なのだろう。
今年もJTチェロアンサンブルは楽しく、あっという間に終わった。12人全員のアンサンブルの充実した音がとても心地よかった。本番の皆さんの集中力は素晴らしく、ソリマのテラ・ダンツァは終わってしまうのが残念なくらいだった。スリー・フォー・スリーも、昨日の夜中に勉強した甲斐があったのか無事(?多分)終わった。よかったよかった。

明日はどこかに写真を撮りに出かけよう。

2012年1月30日 (月)

「チェロ学校」

フランセの「チェロ学校」の1曲目、最初の4小節は10パート12人の大ユニゾンだ。それがまるで、朝全校生徒が校庭に整列してラジオ体操をしているようでおかしい。
5小節目からはそれぞれのパート(特に上)に速いパッセージが現れる。この学校の先生はけっこう厳しい人で「お前たち、しっかり勉強しろ!」と難しい課題を出す。生徒(チェロを弾いている)は「先生、一生懸命やってます!」とひいひい言っている景色が見える。
明日本番。

昨日買ったカメラの試し撮りが上がってきた。高速側のシャッターが遅いように見えるけれど、僕が使うには多分問題ない。35ミリのレンズもおもしろそうだ。
それより驚いたのは、新宿ヨドバシカメラのフィルム売り場コダックの棚。トライXやTマックスの場所はすき間だらけで、さらに400のカラーネガは欠品中だった。尋ねると、先日のコダック破産法云々のニュースの影響らしい。

2012年1月29日 (日)

変わらず伸びやかな、新しいカメラ(中古)

サントリーホールで聴くへフスさんのトランペットは変わらず伸びやかな音で、やはり素晴らしかった。ラフマニノフの2番は、少し違う面が見えかけていたけれど、本番ではテンポが上がり結局いつものいけいけどんどんになってしまった。
昨日はいい演奏会だった。

ラフマニノフをぐぎぐぎ弾いた体の疲れはなく、ただ頭がぐったり疲れた。
JTチェロアンサンブルのリハーサルで今年も自分の無能ぶりを痛感したせいか、めくってもめくっても終わらないラフマニノフの音符を追いかけるのに足りない脳がすっかり消耗したせいか。

今日は心機一転中古カメラ屋へ。
年末以来気になっていたNewFM2の黒をとうとう手に入れようと思った。これまで目を付けた安くて状態の良い2台の黒はまたたく間に店頭から消え、最初の考えにはなかった銀色のFM2を買った。いかにも今日初めてカメラを買ってこれから写真の勉強をします、という感じでいい。実際ヨドバシカメラで電池を買って入れようとしたら向きがわからず、親切な店員さんに入れていただいた。
レンズは同じく新調した35ミリのf2。今はこれで全てのものが撮れるような気がする。冬の日本海を青森から山口まで旅したらどんなにいいだろう。

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試し撮りをし(時々挙動不審だけれど大丈夫だろうか)、ピザを食べ昼間からワインを飲んでから(久しぶりのワインは美味しかったなぁ)、銀座ニコンサロンへ。ハワード・ワイツマンの写真展「FACING SHIBUYA」http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2012/01_ginza.htm#03
渋谷にいる人たちの顔を撮った写真は、日本人では気付かない撮らないような表情をつかまえている。そこには異物感があって、それは彼が日本人に対して感じているものかもしれないと思った。(この写真展、肖像権の問題はどうなっているのだろう。)

2012年1月27日 (金)

音が出る瞬間、意識せずに

午後のリハーサルはトランペットのへフスさんのソロでアルチュニアンの協奏曲。ゆるがない、大きな河のような音楽の流れは、、そうありたいと感じるものだった。

遊び呆けていたせいで、弦をはじく右手の指先は水ぶくれ寸前、左手の指先も弦との摩擦でちょっと痛い。職業音楽家にあるまじきていたらく。

シャフランが演奏を始める前、弓先を床につけてから振りかぶるようにして弾き始めるのは、自分の裸を人に見られたくないように、弓の毛が弦に接して音が出る瞬間を見られたくない(注視されたくない)からだそうだ。シャフランが来日してレッスンをした時に、尋ねられてそう答えた、とチェロの桑田さんに教えていただいた。
(シャフランの映像はこちらhttp://www.youtube.com/watch?NR=1&v=7AaRT1o3sME&feature=endscreen

ペレーニがトッパンホールでバッハの組曲を弾いた時、それぞれの曲を始める時をじっと見ていたのだけれど、いつの間にか音が出ている感じだった。弾く前に身構えたり予備拍を感じたり、ということはどこにもなかった。
達人の演奏に接すると、僕のチェロはよちよち歩きでしかないことがよくわかる。

夜のニュースにハンマー投げの室伏選手が出て、「意識せずできた時に最大の投擲ができるはず」と言っていた。きっとそうだろう。
JTチェロアンサンブルのスリー・フォー・スリー、意識せず弾けるようになりたい。(僕の楽譜には他のパートのガイドが書き込まれ、がちがちな意識のかたまりになっている)

2012年1月26日 (木)

見通しの良い、懐深く

ラフマニノフの2番のリハーサルが始まった。
声部の重なりが多く厚く書かれているし、演奏する側の思い入れが過剰になりやすいこともあって、混沌とした曲という印象を持っていたけれど、山田和樹君の指揮はとても見通しの良いものだった。なんだかいい曲に思えてきた。
今回の練習はいつものリハーサル室ではなく、昭和女子大の人見記念講堂。やはりホールで練習するのはいい。人見は今でこそそんなに演奏会は開かれないけれど、まだ僕が名古屋にいた時、メニューインのベートーヴェンの協奏曲を聴きに行ったり、カルロス・クライバーがバイエルンのオーケストラを振った空駆けるようなベートーヴェンの7番もここだった。
明日はトランペットのマティアス・ヘフスさんを迎えての協奏曲もあり、楽しみ。

夕方からはJTチェロアンサンブルのリハーサル。時間をかけて全体のバランスを試行錯誤した。旧知の仲の人たちが互いの個性を懐深く認め合い、新しい音楽を作りだそうとする雰囲気の中にいられることは幸せだ。

2012年1月25日 (水)

分厚い音、どこかに自分を

JTチェロアンサンブルのリハーサルが始まった。久しぶりの分厚い音は楽しい。フランセのチェロ学校、どうして「チェロ学校」という名前が付けられているのかわかったような気がした。喜劇的、でもお洒落だ。

今日の日経新聞夕刊、グルジア出身の映画監督オタール・イオセリアーニさんの話が載った。その中から

『つまらない映画を作るより何もしない方がよい。だから今の我々はタッグを組んでいる。1人で制作会社とぶつかってはなにもできないからだ。
 技術者も助監督も30年来のスタッフだ。彼らは私を助けてくれる。バカなことをすると「そんなことはしてはいけない」と言ってくれる。
 彼らは私が絶えず酒を飲むことを許してくれる。私も彼らの欠点を許す。撮影技師は下手だが、友人だから我慢している。そのかわり彼は私が照明に口出しすることを許してくれる。ただ彼は時々「オタール、その演出はいけない」とはっきり言う。
 私たちは同じ船に乗っている海賊だ。冷淡で無関心なスタッフと仕事はできない。
 人生で一番重要なのは互いに知り合うことだ。
  ・・・・・
 地上にいてほしい。彼らの存在を望む。そういう人々に向けて、私は映画を作る。
 どこかに自分を理解する観客が1人存在すると思う。それが映画作りの支えになる。』

2012年1月24日 (火)

冬の朝

この数日、久しぶりの雨と雪で乾ききった東京はようやく一息ついた。そうは言ってもやはり晴れた冬の朝は好きだ。

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明けない夜はない。
再びダンピットを湿らせる毎日になりそう。

2012年1月23日 (月)

譜読みの山

今、都響は現代曲(野平さんとブーレーズの作品)を練習していて、その次の仕事はラフマニノフの2番、さらにその期間に重なってJTチェロアンサンブルのリハーサルがあり、都響チェロアンサンブルのリハーサルもそろそろ始まる。すっかり遊び呆けた付けがたまって久しぶりに譜読みの山だ。

明日本番の野平作品、「響きの連鎖」のソロは堤剛先生。昨日のリハではオーケストラの方を向いて、今日は本番のように我々に背を向けて弾いた。どちらでもチェロのきこえ方は変わらないし、遠くにいるのに近くにきこえる。簡単に言えば、よく通る音、大きい音なのだろう。不思議。しかも技術的に相当困難なはずなのにいつも素晴らしい音だ。

ラフマニノフの2番はどんな曲ですか?、ともし尋ねられてもすぐには旋律は浮かんでこない。何度か弾いているのに。
昨日から頭のしわのどこかにあるはずの記憶をたぐり始めた。指揮者はよくこの曲をやりたがるのだけれど、チェロ弾きの立場からすれば、同じラフマニノフならチェロ・ソナタの方がいい曲に思えるし、好きだなぁ。

今回のJTチェロアンサンブルは、ソリマのテラ・アリア、テラ・ダンツァ、シュテュッチェスキーのスリー・フォー・スリーなど、初めての曲が多く、全体の様子がつかめない。どんな演奏会になるのだろう。

2012年1月21日 (土)

とうとう

とうとうコダックが破産法の適用を申請した。http://www.cnn.co.jp/business/30005336.html
僕としてはとにかくトライX(古典的な白黒フィルム)が作り続けられることを願うばかり。もし不採算部門を切り捨てて経営再建するなら写真フィルムは真っ先に、と心配してしまう。

富士フィルムは時代の流れを読み違えず多角化に成功している。2000年度売上の2割を占めていた写真フィルム事業は2010年度には1%に縮小したそうだ、ふぅ。今富士フィルムがフィルムを製造しているのは半ば義侠心のようなものだろうか。
コダクロームがなくなりスーパープレストがなくなり、そのフィルム独自の世界がなくなってしまったのは寂しい。

ラボテイクにフィルムの現像を受け取りがてら、東京写真美術館の「見えない世界のみつめ方」展へ。http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1452.html
NASAの40年前の写真、ジェミニ宇宙船や、アポロ計画の月着陸船、月面の宇宙飛行士、宇宙から見た地球、などどれも美しく、見入ってしまった。特にモノクロのはっとするくらい美しい画像を見て、当時デジタルカメラはもちろん存在しなかったことに気付く。
不思議なことに写真の現実感がまったくない。ほとんどの人間は宇宙空間に行ったり、月面に降り立ったりしたことはない訳だから、そこがどういう所なのか知らないのだけれど。

2012年1月19日 (木)

歯ブラシで

12月に立てた新しい駒がどうも高く左手がきついので(12月8日の日記をご覧くださいhttp://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-d52d.html)、ほんの少し低くしてもらった。僕のへなちょこの左手が悲鳴をあげたのだ。最近遊び呆けていたのはその悲鳴を静めなくてはならなかったので(言い訳)。

今日重野さんのところに行ったのはもともと弓の毛替えをしてもらうためだった。
弓の毛のひっかかりが少なくなったら、歯ブラシで毛を梳き、毛をはらってこびりついた松脂を落とすといい、と教えて頂く。実際松脂を落とすと音が明るくなったように感じた。
ひっかかりを生み出すキューティクル(というのかな?けばだち)は、実はそうそうなくなるものではないそうだ。その凸凹の隙間が松脂で埋まってしまうと具合が悪いらしい。なるほど。

それにしても、つるつるになった毛がその度に歯ブラシでよみがえっていては儲からないのではありませんか、と尋ねると重野さんは、いいんです、と笑っていた。やはり素敵な方だ。

最近、C線を下げ弓で弾いた時に毛箱がチェロの表板に激突したり、手がすべって弓が表板をスキップしながら落ちて行ったり、と楽器の生傷が絶えなかった。職業音楽家としてあるまじき弓使いだ。
傷もきれいに治していただいて、さぁがんばろう。

2012年1月18日 (水)

乾燥注意報

東京は34日連続して乾燥注意報が出ているそう。乾いた関東平野をローカル線の旅。

Kidousya

新日フィルにいた時、仕事で佐野や足利に行った。あの時は大儀な感じがしたけれど、チェロをカメラに持ち換えるととたんに体が軽くなる。
佐野の町を歩いて、駅前でラーメンと餃子を食べたら美味しくてびっくりした。このごろ流行りのラーメンは油の海の中に味噌煮込みうどんのような硬くて太い麺が入っている。でもここのは澄んだスープのあっさりとしたラーメン、そして具がたっぷり詰まった餃子だった。

足利に向かう両毛線は、すっかり見なくなった緑と柿色のツートンカラーの車両だった。
何の下調べもなく訪れた足利学校跡は整然としていて、すぐ近くの鑁阿寺(ばんなじ)の境内は立派で、驚いた。
食べ物は美味しく被写体にあふれ、おそるべし栃木県。

Tekkyo

渡良瀬川を渡って帰京。

Watarasegawa

2012年1月17日 (火)

大きな教会の

昨日の「ミッション:インポッシブル」、ところどころに喜劇的なしぐさや台詞(blue is glue,red is deadと韻を踏んでいたり)、設定があって、そのあたりのはずし方も上手と思った。2枚目と美女が本気で地球を救う、ではウルトラマンみたいになってしまうもの。

「ミッション・・」からうってかわって、国立西洋美術館のゴヤ展へ。上野にある美術館、博物館は仕事場に近すぎてかえって行きにくく、ようやく足を運んだら結構な混雑だった。もう少しで押しくらまんじゅうの様相を呈しそうなゴヤ展の後、広々と空いている常設展示へ。
中世の宗教画が充実していて驚いた。1点あるハンマースホイも良かった。

夜は現代曲の本番。リゲティのロンターノという曲、静かで激しい動きはないのだけれど、オーケストラ全体の音を聴きながら大きな教会の中で鳴るパイプオルガンの音を思った。西洋美術館の書籍売り場でランスやアミアンの大聖堂の写真を見たからかもしれない。

2012年1月16日 (月)

ぽっかり

ぽっかり時間が空いた。
神保町界隈を写真に撮ってから銀座キャノンギャラリーへ。千葉潤六さんの写真展「冬陽」(ふゆび)http://cweb.canon.jp/gallery/archive/chiba-winter/index.html

写真に夢中になり始めた頃、綺麗とはとても言えない路地や看板を、どうして中高年男性が好んで撮るのか不思議だった。今の僕はそういうものに逆らいがたく惹きつけられてしまう。

もしパリに出かけるとしたらどんなカメラを持っていくか、という空想を最近している。軽快にそして限りなく視線の延長として撮るためには、できればレンズは一本で、とするとどのレンズでどのカメラで・・・。
もし宝くじで3億円当たったら、という空想よりはるかに現実的で楽しい。

先日東京駅で食事をした時、大盛りご飯を頼んだら見事な山盛りだった。

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夜は映画「ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル」を観に。荒唐無稽もここまでやるとあっぱれ、久しぶりの映画は楽しかった。やはり劇場の大画面、大音量はいい。家ではどうしたってこのずんずんどかん!は無理だもの。

2012年1月14日 (土)

映像を見て

シャフランがヴァイオリンのような指使いができるのは、彼の使っていたチェロが少し小さい、ということはあると思う。
これまで彼の左手にばかり気を取られていたけれど、映像を見て、まっすぐな弓使いで駒ぎりぎりを弾いていることに気がついた。こうやって弾くんだなぁ。

シャフランが弾く前に一度弓先を床につけて、それから弓を振りかざすようにして駒のところに持ってくるのは、緊張を和らげるため、と思っていた。
古武術の甲野さんが、弦楽器の弓を持つ時に毛を下向きに持っている(弾く態勢)のと、逆に毛を上にして持っているのとでは、体の使い方から見ると違う、ということを言っていた、とある方に教えていただいた。
シャフランが弓を振りかざすときに、一瞬毛が上を向いた姿勢を通過するのは、実際に何か意味のあることかもしれない。

2012年1月13日 (金)

ベン・シャーン、シャフランの指使い

葉山の神奈川県立近代美術館で開かれているベン・シャーン展へ。http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2011/benshahn/index.html
ベン・シャーンは、小学校の図工か中学校の美術の教科書に載っていた野球の絵を見て以来。子供心に変わった絵だと思っていた。

実際目にすると、あたたかいものが伝わってくる絵だった。何でもそうかもしれないけれど、教科書や図版では大切なところが失われていた。複製するとどうして消えてしまうのだろう。
メモ書きのような小さなスケッチやLPレコードのジャケットも展示されていて楽しかった。あのスケッチのどれか一つ欲しかったなぁ。

美術館からは海とその向こうに富士山も見える。風もなくいい陽気の中、久しぶりに波の音を聞いた。

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昔、シャフランが来日公演でアヴェ・マリアを弾いた時、オクターヴの重音の指使いは人差指と小指だった、という伝説は聞いたことがあった。昨日他の調べ物をしていたらYouTubeでそのアヴェ・マリアを見つけた。
http://www.youtube.com/watch?v=rxGvKwiAeBU&feature=related
人差指と小指どころか、途中で指を入れ換えてフィンガード・オクターヴにしている。なんとまぁ。他の指使いもまるでヴァイオリンのようだ。
彼が桐朋で公開レッスンをした時学生に、後で私の書き込みをした楽譜を見て弓使いを参考にするといい、ただ指使いは参考にならないだろうけれど、と言ったことを思い出した。

僕は東京芸大の6ホールにシャフランのリサイタルを聴きにいった。白鳥の冒頭、ソ・ファ・シを小指・薬指・親指で弾き始めたのには、あんぐりと口を開けてしまった。その白鳥もYouTubeにあった。
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=7AaRT1o3sME&feature=endscreen
この白鳥は、ちょっとドヴォルザークの協奏曲のようではあるけれど、聴いた後、自分の演奏にはまるで感情がないかのように思えてしまう。今日白鳥をさらったことは言うまでもない。
シャフランはやはり英雄だ。

2012年1月12日 (木)

薄着

昨日の仙台公演でこの冬の青島ツァーはおしまい。のびのびした仕事で楽しかった。電力ホールで弾くのは初めてだった。

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開演前のアナウンスで、地震が起きたときの心得が言われた。東京で聞くより切迫感がある。最近東北東日本はよく揺れ、あまりいい心地はしない。http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/

いつも思うのだけれど、北国の人々は薄着だ。東京の都心の方がよほどダウンジャケットを着てもこもこしている。
東北新幹線で新白河を越えると景色が一変する。

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ツァーの打ち上げが終わって外に出ると刺すような冷気に酔いが覚めた。

2012年1月10日 (火)

世界は違って見える

雑誌「ユリイカ」1月臨時増刊号は写真家石川直樹さんの特集。実におもしろかった。

森山大道さんとの対談から
 森山  『写真集や雑誌なんかで石川さんの写真を見ると、いいなぁと思います。せせこましい決めつけがないんだよね。石川さんは僕がさっき言ったような、意味やリアリティは自分の内側だけじゃなくて世界のなかにひそんでいるということをよくわかってるなと思う。』
 石川  『自分では、世界を切りとるというよりは、向こうから飛んでくるものをカメラでキャッチするという感覚なんです。』
 ・・・
 森山 『昔、多木浩二さんが言ってたことを要約すると、言葉と言葉の編み目の間に浮遊する得体の知れない領域を埋めていくのが映像だってことで、僕もそう思ってるんです。』
 石川 『写真も文章もなにか向こうから飛んでくるものを、それがなにかわかる前に瞬間的に反応してキャッチしなくちゃいけないと思っています。』

また登山家服部文祥さんとの対談では
 服部 『未知は作れないからね。作れないことを夢見てもしょうがないから、逆にいま持ってるもの、もしくは手に入れるもので楽しむ方法を考えたほうがいい。なんでも基本はそうだよね。写真も一緒でしょ。もはや誰も写してないものはないみたいな。』
 石川 『確かにそうなんだけど、写真家の仕事はそのもはやないという世界のなかで、誰も視線を注いでいない階層に滑りこんでいけば、その写真は見たこともない世界を写せるんですよ。前人未到の場所はないけど、誰も見たことのない世界を写真に撮ることはできる。今ある世界の別の見方を顕にさせることが写真には可能だから、・・・・』

石川直樹さんは1977年生まれ。なんと。素晴らしいなぁ。

同じ号にやはり写真家の鈴木理策さんの文章があった。その中の一節から、
『写真を志す若い人には、過去に見た映像をデータベース化し、いつかどこかで見たことがある様な写真的場面に遭遇するとシャッターを押して、撮った気持ちになっている人が多い。それは過去に作られたイメージとの絵合わせに過ぎない。』

今日は時間があったから少しだけ写真を撮りに行こう、と思っていたけれど、それはやめにした。もう一度本屋に行って森山大道さんの写真集「ブエノスアイレス」を求めた。
森山さんの写真にはどうしてこんなに惹きつけられるのだろう。むきだしの何かだろうか。

明日は仙台へ。

2012年1月 8日 (日)

都内のある録音スタジオの向かいに青い丸があった。何だろう?

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地下には青い電車が走り

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空には深海魚のような雲が浮いていた。

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青い装丁が素敵なウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの対談「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」は期待を裏切らずおもしろかった。僕が普段あくせくしていることなんてたかだか身の回りの半径3メートル、時間にして昨日今日明日の72時間くらいの小さなもの、と教えてくれる。

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2012年1月 7日 (土)

帰京

青島さんのツァーが再開して今日は瀬戸で本番。

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名古屋と瀬戸の行き帰りの車中からは、知らなかった新しい道路、環状線、高架、分岐が見えて知らない街に来たようだった。血のめぐりを良くするように、道路を整備することは産業や生活のために不可欠なのだろうけれど、多すぎる高架は空をなくしてしまう。

終演後帰京。この正月Gパンがきつくなってしまったのでプールに行った。

名古屋の東急ハンズで小さなガマ口を見つけた。これは自分へのお年玉。

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名鉄瀬戸線の栄町駅で、「でいなかほけんき、?」

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1月5,6日の日記に画像を追加しました。

2012年1月 6日 (金)

名古屋名古屋

生まれてから二十歳まで名古屋にいたのに、僕はあまり名古屋のことを知らない。

昼間久しぶりに山本屋の味噌煮込みうどんを食べた。どう考えても塩分過多だし、うどん一杯が二千円以上する(鶏肉豚肉牡蠣入りの場合)のはなんだか腑に落ちないけれど(お新香とご飯はお代わりした)、時々食べたくなる。(以前よりうどんが少なくなったような気がするのは、気のせいか)

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それから徳川美術館の「名物刀剣」展へ。徳川美術館に行くのも日本刀を間近に見るのも初めてだった。http://www.tokugawa-art-museum.jp/planning/h24/01/index.html
刀は、思っていたより刃が薄く、反っていた。鉄の色といえば、ピカールで磨いた自分のエンドピンくらいしか知らなかったけれど、戦乱の世を超えてにぶく光る刀身を見ると吸い込まれそうだった。

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2012年1月 5日 (木)

帰省

昨日から帰省。東京より名古屋の方が寒く感じられる。
昨日も今日も栄周辺をうろうろして、今日はテレビ塔の写真を撮った。テレビ塔は保育園を卒園する前に登って以来、下から見上げるばかり。

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東京タワーも見上げるばかり、スカイツリーは遠くから眺めるばかり。

2012年1月 2日 (月)

仕事始め

元日の朝、いつも寝坊の僕がめずらしく夜明けの時間に目を覚ました。今年はいいことがあるだろうか。

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シアン・バイロック著「なぜ本番でしくじるのか」を興味深く読んだ。
テニス、ゴルフ、大リーグ、アメリカンフットボール、など特に優勝がかかるような場面でスター選手たちがどんなプレーをしてきたのか、具体的な例が示され、どのように対処すべきだったのか書かれる。緊張を強いられる時にいかに力を発揮するのか、というテーマは、演奏の場で僕がこれまでうすうすとしかも身に沁みて感じてきたことに一つ系統だった説明を与えてくれた。
長いことチェロを弾いてきて飽きることがないのは、それが自分の心と体を舞台にした壮大な(少なくとも僕にとっては)実験だからだと思う。去年できたことつかめたこと、かなわなかったことを思い返し、さてどうしようか。今年の演奏がもっと楽しみになった。

今日仕事始め。リハーサルが終わったら、月が出ていた。

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