« 動物園、高精細、生意気だった | トップページ | 親密な旋律、思い込み、経験 »

2012年2月17日 (金)

ブラームスの3番

昨日ブラームスの3番のリハーサルが始まってから、楽器を弾いていない時でもこの交響曲のどこかの旋律が頭の中で鳴っている。

ブラームスの3番の演奏経験はあまりなく、たぶん新日フィルにいる時に1回、都響に移ってからも1回だと思う。そして、頻繁に演奏される1番のようにこれだ、という決定的な経験もない。

この名曲がそんなには演奏されない最大の理由は静かに終わることだ、と思う。
大音量でぱんぱかぱーんがっしゃーんと演奏が終わるや否や怒号のようなかけ声と拍手が、というのがオーケストラの演奏会のわかりやすい定型ではあるけれど、いつもそうじゃなくてもいい。

3番の交響曲、終楽章の後半だんだん音楽が収束していって、第1楽章の主題(2拍子にも3拍子にもとれる多面性がある)が、弦楽器の移弦を使った音色で、夕陽のあたったステンドグラスのように現れて全曲が終わる。この美しいアイデアは、ブラームスが作曲した当時かなり斬新なものだったのではないだろうか。
演奏が成功するためには静謐で親密な火が強く燃えていなくてはならないと思う。

明日の演奏会、ブラームスの前にはシューマンのピアノ協奏曲がある。いいプログラムだなぁ。

« 動物園、高精細、生意気だった | トップページ | 親密な旋律、思い込み、経験 »

音楽」カテゴリの記事

  • (2017.10.19)
  • (2017.10.04)
  • (2017.08.21)
  • (2017.08.25)
  • (2017.07.11)