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2012年2月

2012年2月29日 (水)

「やがてわたしがいる場所にも草が生い茂る」

明日から3月というのに東京には重たい雪が降った。

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連続企画展 Remembrance 3.11の開かれている銀座ニコンサロンへ。石川直樹さんの写真展「やがてわたしがいる場所にも草が生い茂る」http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2012/02_ginza.htm#03

先日いわきを訪れた折に入った寿司店で、ご主人が地震の時のことをさまざま話してくださった。直後のいわきは「異様な雰囲気だった」という言葉が印象的だった。もう寿司屋はできなくなる、と思ったそうだ。
あの時都響は函館公演のゲネプロ前だった。長くゆらゆら揺れる揺れの後、当日の公演と、続く八戸、盛岡公演は中止になり、幸い無事に戻れた東京は別の国になってしまったようだった。街は薄暗く、皆口数少なく足早に歩き、スーパーの棚は空っぽだった。

あの地震でこの国は変わってしまったと思う。残念なことにどうしたってその前には戻れない。地震の前に収録されたテレビ番組が放映されると、夢の国を見ているような気がする。

今度の3月10日は秋田、11日には盛岡で都響の公演がある。中止になった函館にも八戸にも秋に行く。同じ日付が近づき、思い出さずにはいられない。

2012年2月28日 (火)

本の場所

弦によって駒との距離が異なるテールピースは、コントラバスでは見たことがあった。弦が太くなるほど駒との距離が増えるよう斜めの形をしている。低弦の方が張力が大きくなるのだろうか。
そのヴィオラ版をHさんが使っていて調子よさそうだった。チェロにもあるよ、と教えていただいた。うーむ。

もう一つ興味深いのは見附さんが作っているエンドピンを留める部品(インナーコレットホルダー、と言うそうだ)http://www.vcyoyo-mitsuke.jp/shopdetail/017000000003/order/
音に関しては重心が下がって明らかにいいのだけれど、楽器の仕舞寸法が長くなることや重さが気になる。

演奏は腕と心の問題と思いたいが、時々現実逃避したっていいい。

打ちのめされることになりそうだけれど、今読みたい本はワシーリー・グロースマン著「人生と運命」http://www.msz.co.jp/book/detail/07656.html
大きく重くしかも3分冊のこの本は、僕の小さな本棚のどこにも入りそうになく、いったいどうしたらよいのだろう。図書館に通おうか。

新しい本の場所がないので、本棚にある本をもう一度ひっぱり出すようにしている。
今はポール・オースターの「ムーン・パレス」。奥付を見ると平成10年刷で、20代後半の僕が確かに読んでいるはずなのにほとんど印象がない。とてもおもしろい。柴田元幸さんの訳文も素晴らしく、主人公の心が自分の中に入ってきてしまうようだ。年をとると残念なことが多い、でもこのおもしろさがわかるならそう悪いことでもない、と思う。

読むべき本がある時はその本をどこへ行くにも持ち歩きたくなるし、その本に守られているような気がする。

2012年2月26日 (日)

「キツツキと雨」

今日は休み。映画「キツツキと雨」を観た。http://kitsutsuki-rain.jp/
おもしろかったなぁ、何だろうこのおもしろさは。次の展開が予想通りに来ても吹き出してしまうことがよくあった。細部まで気持ちが行き届いていて、でも即興的な部分もあって。
映画の製作を題材としたこの映画は、仕事の現場を臨場感豊かに伝えてくれるようだった。オーケストラやスタジオ録音の仕事場にちょっと似ている。仕事のいい流れよくない流れ、小さなことで信頼を勝ち得たり失ったり・・・。

そもそもこの映画のことは、昨年秋「セロ弾きのゴーシュ」でご一緒させていただいた朗読のいちかわあつきさんに教えて頂いた。あの時、終演後に映画の話しで大いに盛り上がったのだった。
いちかわさんも「キツツキと雨」に出演されている。知っている方が出ている映画を観るのはうれしかった。

昼間の都心は東京マラソンの影響か車がとても少なかった。
市ヶ谷から神楽坂のあたりを歩いた。閑静な住宅街が市ヶ谷鷹匠町、二十騎町、南山伏町、矢来町、箪笥町・・・、という名前を持っていて驚いた。
2匹だけ会えた神楽坂の猫はおだやかだった。

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2012年2月24日 (金)

巨大なダクトが2本

今日の都響は目黒パーシモンで本番。
その前に、あるギャラリーで写真展を見たら期待外れだった。うーむ。

目黒パーシモンの大ホールに入るの初めて。木の匂いのするホールは雰囲気も音も申し分なかった。舞台裏にはステージの空調のための巨大なダクトが2本ぶらさがり、不思議な光景だった。

2012年2月23日 (木)

あたたかく素朴な

今日の都響は福島県いわき市で午前は小学生、午後は中学生向けの2公演。あたたかく素朴な子供たちだった。

昨晩はいわきの方に地震の時の状況を教えていただいた。あの頃どんなだったか時々思い出す。もうすぐ一年になる。

夕陽を追いかけるようにして帰京。一日ぶりの東京は巨大都市に見えた。

2012年2月22日 (水)

あまり考えないで

できるだけいつもカメラを持ち歩き、何か気になるものがあれば撮るようにしている。

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デジタルカメラだとモニターを見て構図や露出を変えてもう一枚もう一枚・・・、とどんどん写真が悪くなるような気がするので、今はフィルムのカメラ。一つのものに対してシャッターはできるだけ一回、あまり考えないでさっと撮る。毎日何か撮っていると36枚撮りフィルム一本に2〜3週間分の生活が入っていることになる。

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そういう自分のルールを決めて最初の一本の現像があがってきた。実に待ち遠しかった。撮った結果はすぐには見えない方が意識や集中が持続するような気がする。何枚かをキャビネサイズくらいにプリントしたい。

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2012年2月21日 (火)

この響きを想像して

舞台の上でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾きながらいろいろなことを思った。

4拍子の曲が、ティンパニが4つ拍を打つことで始まる。どうして音程の変わらない4つの八分音符が強い音楽になるのだろう。本当に不思議。
第一楽章の展開部は全曲を通じて最も好きな場所だ。いい演奏の時は何かかが降りてくるような気がする。カデンツァの後、ソロのヴァイオリンが弾く主題をオーケストラの弦楽器がピチカートで伴奏する所や、弦楽器が下地を作ってそこに木管楽器とソロのヴァイオリンが乗っかる所など、この響きをベートーヴェンは想像していたのだろうか(この頃彼の聴力はどのくらいあったのだろう)。

長大な第一楽章の後、箸休めと言うには素晴らしすぎる緩徐楽章を経てアタッカでロンド形式の終楽章に入る。この書き方はトリプルコンチェルトと全く同じだ。
弱起で始まる美しい第2楽章も、活気あふれるロンドも、その始まる瞬間は胸をつかまれる。

長いヴァイオリン協奏曲、今日の演奏会はあっという間に最後のページだった。

2012年2月20日 (月)

親密な旋律、思い込み、経験

ブラームスの3番、チェロを弾く身にとってまず頭に浮かぶのは、映画音楽としても使われた第3楽章のハ短調の主題だろう。でも今回一番楽しかったのは第2楽章だった。木管楽器の持つ親密な旋律が、花開くように視界が開けるように感じられる時があった。

J-WAVEのGrowing Reed、昨晩は指揮の山田和樹君。話しもおもしろかったし、途中で流されたフルトヴェングラーの指揮する「運命」には驚いた。思い込みをひっくり返されるようだった。聴きなおしたい。現代の指揮者と現代のオーケストラでこういう演奏をするのは難しい、というより無理かもしれない。

5月にエルガーの協奏曲を弾かせてもらうので、そろそろ取り組んでいる。これまでに何度か弾いて、でも最後に弾いたのはオーケストラの仕事が始まる前だった。改めて音を出すとまるで別の曲のようだし、以前いったいどういうつもりで何を感じて弾いたのか。今は初めて弾く曲のように新鮮だ。

残念ながらチェロのソロのレパートリーはとても狭い。僕の経験はたいしたことはない、でもチェロを弾く人間はできればオーケストラと弦楽四重奏の経験を多く積んだ方がいいと思う。それからの方が貴重なレパートリーがどんな曲なのか、ずっとつかみやすい気がする。

明日の都響はベートーヴェンプログラム、まん中にはヴァイオリン協奏曲がある。この曲は全ての協奏曲の中の最高峰の一つだと思う。これ以上ない、と思えるほど充実した音楽を弾けることは幸せだ。竹澤恭子さんのソロは変わらずエネルギッシュで、16型(ファーストヴァイオリン16本の編成)のオーケストラがのまれてしまいそうだった。

リハーサルの後、京橋のアイランドギャラリーへ。田中長徳さんの写真展「屋根裏プラハ」http://islandgallery.jp/4857
プラハの街を撮った写真には多くの要素が写っている。その多さは驚くほどかもしれない。僕も写真を撮りたくなって京橋から八丁堀まで歩いたけれど、街にはほとんどドラマがなかった。それはプラハでなく東京だからなのだろうか、それとも僕の眼が節穴なのだろうか。不思議だ。
プラハにも行ってみたい。

2012年2月17日 (金)

ブラームスの3番

昨日ブラームスの3番のリハーサルが始まってから、楽器を弾いていない時でもこの交響曲のどこかの旋律が頭の中で鳴っている。

ブラームスの3番の演奏経験はあまりなく、たぶん新日フィルにいる時に1回、都響に移ってからも1回だと思う。そして、頻繁に演奏される1番のようにこれだ、という決定的な経験もない。

この名曲がそんなには演奏されない最大の理由は静かに終わることだ、と思う。
大音量でぱんぱかぱーんがっしゃーんと演奏が終わるや否や怒号のようなかけ声と拍手が、というのがオーケストラの演奏会のわかりやすい定型ではあるけれど、いつもそうじゃなくてもいい。

3番の交響曲、終楽章の後半だんだん音楽が収束していって、第1楽章の主題(2拍子にも3拍子にもとれる多面性がある)が、弦楽器の移弦を使った音色で、夕陽のあたったステンドグラスのように現れて全曲が終わる。この美しいアイデアは、ブラームスが作曲した当時かなり斬新なものだったのではないだろうか。
演奏が成功するためには静謐で親密な火が強く燃えていなくてはならないと思う。

明日の演奏会、ブラームスの前にはシューマンのピアノ協奏曲がある。いいプログラムだなぁ。

2012年2月15日 (水)

動物園、高精細、生意気だった

寒くてきっと空いているだろうと上野動物園へ。
新しく来たパンダたちは活発だった。知識や映像では知っていても、目の前で竹をばりばり食べられるとやはり不思議だ。あんなものに栄養がある気がしないし、味も良くなさそうだし、人間だったらささくれが刺さって大変なことになってしまうだろう。
象はなぜかいつも隅の方にいる。人間が通勤電車の端の方に座りたがるのと同じだろうか。
楽しみにしていたゴリラは寒さのせいか麻袋のようなものを頭からかぶってじっとうつぶせになっていた。残念。やっぱり動物園はゴリラとかサルがおもしろいと思う。
動物と触れ合える子供動物園に意外と大人が多いことを発見した。僕もその一人だ。

上野から田町へ足を伸ばし、フォトギャラリーインターナショナルで開かれている佐藤信太郎さんの作品展「東京|天空樹 Risen in the East」へ。http://www.pgi.ac/content/view/326/1/lang,ja/
デジタルカメラで撮った高精細の画像を合成して大きな画面を作っている。

例えて言うと、非常に詳細でしかも巨大な立体地図を目の前に突きつけられるようで、くらくらしそうだった。東京の町のどんな場所にも詳細な細部があることは頭ではわかっている。でも人間の眼ではそれらはとらえきれないし、意識の上でも認識しないと思う。その全ての細部を、しかも人間の視野よりずっと広く、一度に見せられることに驚きがあるのだと思う。
もう一つおもしろいのは一つの画像がいくつかの画像から合成してあり、つまり異なる時間が同じ画面に共存していることだ。荒川の河川敷を撮った写真は、絵巻物を見るようだった。
克明で高密度、高精細、しかもそれらを合成して、まさにデジタルカメラならではの写真だった。

明日からの都響はブラームスの3番など。
このところチェロアンサンブルや現代曲やラフマニノフをぐぎぐぎ弾くばかりだったので、久しぶりのブラームスは新鮮だ。
この曲を初めて弾いたのは名古屋大学に通っていた頃、一度だけ名古屋大学のオーケストラにエキストラとして参加した時だった。ずいぶん生意気だったと思う。あの頃から少しは成長できただろうか。

2012年2月13日 (月)

のんびりぼんやり

今日はのんびりぼんやり過ごした。
チェロアンサンブルのリハーサルやゲネプロを撮ったフィルムを現像に出してから渋谷のロモグラフィーの店へ。http://www.lomography.jp/
雑誌の紹介記事では知っていたけれど、実際手に取ると実におもしろそうなカメラたちだった。トイカメラというのだろうか、ざっくりと機能を単純にして、それでいて予想をいい意味で裏切る写真が撮れるような気がする。ただし、意外と安くない。

その後行った新宿ヨドバシカメラの、フィルムの棚にはぎっちりとコダック製品が積み上げられていて安心した。

横浜のCP+ではエリオット・アーウィットのトークショーがあったそうだ。その言葉から。http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/20120213_511674.html

『私にとってカメラは、スヌーピーに出てくるライナス少年の毛布みたいなものでしょうかね。』

(犬がジャンプしている有名な写真について、シャッタースピードをきかれて)
『それは覚えていません。多分、撮るのに十分だったのだと思います。』
絶妙な受け答え。

(ゼラチンシルバープリントの今後についてきかれて)
『生き残ると思うし、それを望んでいます。ただ特別なものにはなるでしょうね。デジタルの問題点は、簡単すぎることです。どこか難しさがないとよいものは生まれにくいのではないでしょうか。』
いろいろなことがすとんと腑に落ちる言葉だった。

(マグナムのメンバーが写った写真について)
『これは私の仲間です。マグナム・フォトの年次総会をパリで開いた時のものです。なぜ顔を隠しているかというと、ここにいない人がいたので、誰が欠席したのか分からないように、そうしたんです。 』

2012年2月12日 (日)

都響チェロアンサンブル

都響チェロアンサンブル演奏会、多くの方々にお越しいただき本当にありがとうございました。

細かいことはともかく(時々あまり細かくないこともありました、すみません)、全体の流れは良かったと思う。
終演後の打ち上げはいつにも増して大騒ぎだった。

有り難いことに明日は休み。

2012年2月11日 (土)

少しは良く

先日、新宿のブックファーストで平積みにしてあった旅行雑誌を手にとったら、「九州の小さな町へ」という特集も良かったし、デザイナーのヨーガン・レールさんの撮った写真も良く、買って帰った。
驚いたのはこれが「旅」という雑誌の最終号だったことだ。いい雑誌なのに。編集に携わった人たちは本当に残念なことだろうと思う。

おそらくフィルムで撮っているであろうレールさんの写真も、先日のアーウィットの白黒写真も、やっぱりこの感じが好きだ。今のデジタルカメラは大変なスピードで高画質化していて、もちろん仕事で撮る写真には高画質が必須だろうけれど、何かが伝わる写真はまた別なところにあるような気もする。

そうは言っても、今横浜で開かれているCP+(カメラと写真映像の情報発信イベント)で発表された、各社の熱の入った新製品は早く見てみたい。

明日は東京文化会館の小ホールで都響チェロアンサンブル。文化会館の小ホールは最も好きな演奏会場の一つ。久しぶりにここで弾く僕は、少しは良くなっただろうか。

2012年2月10日 (金)

いかにさらわないか

昨日も今日も都響のリハーサル後にチェロアンサンブルの練習。
同じ楽器のアンサンブルは音色が似ているので、例えば弦楽四重奏よりもずっと、必要な声部が浮き立つのにエネルギーがいると思う。昨日弾き過ぎてしまったので今日は気を付けた。今回の都響チェロアンサンブル、皆よくさらっているような気がする。

本番前、以前はいかにさらうかだったけれど、今はいかにさらわないかということを考えている。残念ながらもうがりがりさらう年代ではないし、弾いていればいいというものでもないだろう。

明日の都響はラフマニノフプログラム。「岩」より交響的舞曲より、やはり2番のピアノ協奏曲がラフマニノフらしいと思えてしまう。

2012年2月 8日 (水)

ひと安心

昨晩、都響チェロアンサンブルの練習の録音を聴いた後、同じブランデンブルクの6番を4年前のJTチェロアンサンブルで弾いた録音をひっぱり出してきて聴きなおしたら、すっかり目が冴えてしまった。反省反省。

朝少しさらい、考え込んでも仕方ないので出かけた。銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開かれているエリオット・アーウィットの写真展へ。http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2012/erwitt/index.html

ちらしにはこんなアーウィットの言葉があった。
『「パリ変わらぬパリ、世界で一番美しい街」という歌があります。少し尊大な感じがするかもしれませんが、実際パリは本当にそうなのです。美しさはたいてい表面にありますが、そこに本質が宿ると強力な磁石になります。それこそが私が撮ろうとしているパリなのです・・・。』
写真はもちろん良かったし、「犬に吠える」というアーウィットを撮った短い映像もおもしろかった。初めて見た彼の映像はなかなか抜け目ない感じだった。
写真展のちらしもお洒落。僕のリサイタルのちらしもこんな感じにしたら、それなら真ん中に載せる写真を撮りにパリに行こうか!

その後、新宿コニカミノルタプラザでジム・ブランデンバーグ写真展。隣では宇宙から見たオーロラの映像や宇宙服も展示されていて興味深かった。

夕方は重野さんのところへ。
僕のチェロはこのところ別にどこか悪い訳ではなく、ただなんとなく音がf字孔のあたりにいじけて張り付いているような気がしていた。見ていただくと、魂柱がわりときつい場所に立っていたそうだ。先日のテラ・ダンツァで楽器をばしばし叩いたせいだろうか。
魂柱を少し手前に立てなおしたら、音はよみがえった。楽器の負担は減ったはずなのに音も手元の感覚も強くなった、不思議。

とにかくチェロを弾く僕がいじけていた訳ではないことがわかって安心した。夜はプールにも行き、今晩はぐっすり眠ろう。

2012年2月 7日 (火)

録音を聴いて、「空の拳」

昼間、都響は中学生向けの音楽教室。その後上野に集合し、夕方チェロアンサンブルのリハーサル。
ブランデンブルクの6番を録音して、先ほど聴いた。

同じメモリーカードに先日のJTチェロアンサンブルのゲネプロも録ってあり、まずそれを聴いた。
アンコールに弾いたフィドル・ファドルの中間部分、歌える人は弾きながら歌った。よく通る美声ということに関して山本祐之介さんの右に出る人はいない、ということで祐之介さんが冗談でそのパートをさらっていたら(すばらしく通る声で)、すかさず山本裕康さんが「音程よりもテンポをお願いします」と突っ込んで(歌は遅れやすい)皆が大笑いしている、その模様までばっちり入っていた。楽しかったなぁ。

その後聴いたブランデンブルクは、反省・・・。明日ゆっくりさらおう。

今日の日経夕刊、連載の終わった小説「空の拳」(すみません、読んでいませんでした)について、作者の角田光代さんの文章が載った。その中から
『連載中、幾度も後楽園ホールに足を運んだ。今までもボクシングの試合を生で見てきたけれど、その日に行われる全試合をこんなに集中して見たのははじめてのことである。そんなふうにして見ていると、デビュー戦もタイトルマッチも、どんな試合もおもしろかった。知っている選手でも知らない選手でも、試合を見ていて幾度か私は落涙した。この人たちはいったいなんのために打ったり打たれたりするんだろうと、見れば見るほど不思議だった。地位とか名誉とか、お金とか、世間一般で「成功」と見なされるわかりやすい何かを、その拳で勝ち取ろうとしている人なんていないように思えた。闘う人はほんとうに何も持っていないし、何も持とうとしていないように見えた。彼らが唯一持っているのは、今、負けたくない、勝たなくちゃいけない、というその気持ちだけなのではないか。記録に残る大きな試合も、すぐに忘れ去られてしまうだろう試合も、同様に美しかった。
  ・・・・・  』

2012年2月 6日 (月)

最後の学生オーケストラで

僕が桐朋を修了する直前の、最後の学生オーケストラはフルネさんの指揮、「牧神の午後への前奏曲」とシューマンのピアノ協奏曲、そして「展覧会の絵」だった。
この時の展覧会でトランペットの1番を吹いたのが福島君で、とても上手だった。学校を出てからも時々仙川でばったり会うことはあったけれど、仙川を離れてからはとんと会わなくなった。
昨年の秋にトランペットのIさんに会った時彼のことを尋ねたら、芸人と結婚して、と教えてくれた。

今日夕方のニュースを見ていたら、なんとまぁ、彼が夫婦でおめでた会見に出ていた。元気そうでよかった。

当時の桐朋のオーケストラはお世辞にも良い状態とは言えなくて、チェロに関して言えば、初めて弾くシューマンのピアノ協奏曲、第1楽章をさっと見て(ちなみに最初の主題のリズムはアルペジョーネソナタと同じだ)、ゆっくりな第2楽章も大丈夫、終楽章は四分音符と四分休符ばかりだからもちろん大丈夫、とろくに読まずに練習に行ったら、終楽章でどこにいるのかわからなくなって右往左往した。(ぼんやりしていると2小節が大きな3拍に聞こえてしまう)

プロ野球のキャンプもニュースで放映される時期になった。音楽家は若く見られることがあるけれど、野球選手はどうして老けて見えるのだろう。

2012年2月 4日 (土)

2月12日都響チェロアンサンブル

都響チェロアンサンブルの演奏会が2月12日にあります。
http://www.tmso.or.jp/j/concert_ticket/detail/index.php?id=3473

おかげさまでA席は残り少なくなってきたそうです。お問い合わせは
都響ガイド03-3822-0727までお願いします。
(都響ガイドは平日10~18時、土曜10時~17時、日祝休みです)

演奏会の解説は僕が書きました。都響のホームページで見ることができます。
http://www.tmso.or.jp/j/topics/index.php?id=281
かなり気まぐれな解説なのは、どうかお許しください。

2012年2月 3日 (金)

街を歩く

森アーツセンターで開かれている歌川国芳展へ。
作品数も多く、宣伝通り斬新な発想に触れられるのだけれど、人を見に来たのか絵を見に来たのかわからないような混雑だった。地上52階でこの人口密集はあまりぞっとしないので早々に退散。

その前に青山学院中等部前のトラットリアで食べたランチが素晴らしかったので良しとしよう。主客転倒だろうか。1,050円でドルチェとエスプレッソまでついてくるのだもの。地に足の着いた味は、イタリアはこうだったかも、と思い出させるものだった。旅に出たくなる。

六本木から歩いて麻布十番の商店街に行ったら、ちょうど節分の豆まきで大変なにぎわいだった。その華やかな商店街から少し歩くと、開発の手の入っていない東京が残っている場所があった。街を歩くのは楽しい。

夜放映されたNHK「世界街歩き」はイタリア、シエナ。またいつか行く機会がありますように。

2012年2月 2日 (木)

心を静めてから

中古カメラ騒動、昨日返品してから数件カメラ屋を回った。相場から離れた金額を出せば状態の良いものがあり、安いものはどこかしら問題があった。つまり何台見ても良いものはなかった。うぅむ。
煩悩にとりつかれた僕は、帰宅後インターネットであれこれ探し、一つ見つけて、今日中野のカメラ店へ。黒のFM2のつもりがシルバーになり、結局当初の予算から1万円オーバーしてグレーとなった。この値段でこの内容は良かったのでは。良い相棒となりますように。

心を静めてから、原美術館で開かれているジャン=ミシェル・オトニエル「マイ ウェイ」展へ。
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
何が良かったのかまだわからないし、もちろん説明できないけれど、良かった。もう一度行ってもいい。ガラスで作られた大きな作品が、冬の低い太陽光線にあたってとても美しかった。曇りの日では印象はずいぶん違うだろうし、夏の真上からの強い光でも違うと思う。晴れの多い冬の東京ならではの展示かもしれないと思った。

原美術館には、展示を見に行くのかランチを食べに行くのか時々どちらが主目的かわからなくなる。カフェダール、今日のパスタも美味しかった。

昨日は久しぶりに仙川駅前の仙川とんかつに行った。店の雰囲気も味も変わらずうれしかった。
仙川に行ったのは、髪が伸びて開いた松ぼっくりのように大きくなった頭を小さくするため。短い髪の毛はシャンプーが減りにくくすぐ乾いていいけれど、この時期は耳もとと首もとがすうすう寒い。

新宿をあちこち歩いている時に、昨日も今日も知り合いの演奏家に会った。遠くに見かけるのではなく、歩いていたら目の前に、という感じだ。確かに新宿は人の行き交う場所であるし、楽器を持っていると目立つのも間違いない。でもこうしてばったり会うのは不思議。

2012年2月 1日 (水)

良い驚きではなく

昨日の演奏会、テラ・ダンツァの途中でチェロを打楽器のように扱う部分があり、皆遠慮なく楽器を叩き、その度合いが激しかったので、楽器の調子が狂うかも、と冗談を言っていた。
そのせいか、あるいは様々なチェロの音を聴いたせいかはわからないけれど、本番前に舞台袖でさらっていると、僕のチェロはこんな音がしていたのかと驚いた。決して良い驚きではない。楽器の調子が変わったのか、耳が変わって初めて自分の音が聴けるようになったのか、弾き方が変わったのか、演奏が始まるとうろたえている暇はなかった。

本番が無事終わり、今日は意気揚々と買ったばかりのカメラを持って出かけたら。
気がかりだったカメラの挙動不審は本物で、フィルム交換をしようとしたら巻きあげができなくなった。しょんぼり。他にも動くはずのところが動かなかったり、とまるで僕には見る目がないことがわかった。
買った店に返品、せっかく楽しいカメラが手に入ったと思ったのに。もう一度探してみようか。

Kawagoeneko

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