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2012年3月 7日 (水)

それぞれの

先日、都響のチェロ6人が、ごく短い時間ではあったけれど、同じ楽器を同じ弓で弾くことがあった。
それぞれの人がそれぞれの音を出すのは、それぞれの道具立て(楽器や弓、セッティングなど)と密接に関係していると思っていた。それがその時、同じ楽器でもいつものそれぞれの音がした、たぶん目を閉じていてもはっきりわかっただろうと思う、それは僕には驚くべきことだった。音は不思議だ。

今月の都響は3日に「悲愴」、6日にベートーヴェンの7番、演奏旅行はチャイコフスキーの5番、とぐぎぐぎ弾く曲が続いている。
「悲愴」を弾きながら、8年前のサイトウキネンのヨーロッパツァーを思い出していた。パリ公演の時、悲愴の第3楽章が終わった途端、拍手が来た。もしかしたら終楽章の前に拍手をしてしまうほどいい演奏だったのかもしれないし、そもそも楽章間で拍手をしてはいけない、という決まりがある訳でもない。

3日の悲愴はもう少し練れていればもっと良い演奏だったかもしれない。今回は弦楽器の編成が少し小さく、16型ですごい音がしたあのツァーのことを思ってしまった。
5番の交響曲と違い、悲愴を書いた時のチャイコフスキーは人生の終末を意識していたと思う。とても普通ではない。
僕はエキサイトしすぎて弓の毛をたくさん、おそらく何十本も切ってしまった。もちろんほめられたことではなく、野武士のざんばら頭のようになった弓は、左右のバランスが狂って、このままでは使わない方がいい状態になってしまった。今は毛替えに行く時間もなく・・・。

演奏旅行に持っていく本は「ユリシーズ」になった。さて。

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