« それぞれの | トップページ | 演奏すること »

2012年3月 9日 (金)

演奏旅行

8年前の演奏旅行は、ほとんど奇跡的といってもいいくらいの偶然で、新日フィルのスペイン・ツァーとサイトウキネンのヨーロッパ・ツァーがつながった長いものだった。

スペイン・ツァーは、リハーサルの最初の1時間のうちにオーケストラが指揮者を見切ってしまった。オーケストラが指揮者を見切ってしまう瞬間は恐ろしい(逆のことももちろんあると思う)。特に外国への演奏旅行は、演奏以外の要素も多くお祭り気分のところはある。でも身のない演奏旅行は味気ないことをこの時痛感した。

その指揮者ありきの仕事だったから仕方なかったのだけれど、マーラーの「巨人」はその早振りについていく人とそうでない人がいてオーケストラが不和になりそうだったし、武満徹の「弦楽のためのレクイエム」は、日本のオーケストラだから、という理由だけでプログラムに入れたとしか考えられない理解の仕方だった。武満さんの音楽に艶や色や、それを実現するためのテンポがなければ何のために弾くのかわからない。

でもバルセロナやマドリード以外の、おそらく2度と訪れることのないであろう小さな街は魅力的だった。
確か大西洋岸のヴィーゴという場所で、終演後に入ったレストランは素晴らしかった。大皿いっぱいに盛られたハムやサラミの美味しさは僕の知らないものだった。

新日フィルのツァーはマドリードで終わり、数日してからバレンシアでサイトウキネンのリハーサルが始まった。武満さんのレクイエムがそんな状態だったから、やはりこの曲でプログラムが始まるサイトウキネンが待ち遠しかったことを覚えている。
あの頃のサイトウキネンにはコントラバスのツェパリッツさん、ティンパニのファースさん、クラリネットのライスターさんがいた。移動のバスの中でたまたま耳にしたティンパニとクラリネットのお二人の会話は痛快だった。ファースさんがちらりとこちらを見て目くばせをしてくれた。

都響はちょうど昨年の今日、秋田県の大館で演奏をし(この日の昼にもけっこう大きな地震があった)、函館に移動してからあの地震に遭った。僕は出かける前iPodにマタイ受難曲を入れて、函館に向かう電車の中で聴いていた。どうしてだったのだろう。
今回の演奏旅行も、その時と同じ小林研一郎さんの指揮と小山実稚恵さんのピアノで、明日秋田公演、11日には盛岡公演。全体から見るとささいなことかもしれないけれど、それでもこの演奏会は僕たちにとって、少なくとも僕にとって大きな意味がある。

今朝、東京から直接秋田には向かわず、新潟を経由した。新潟を出てしばらくすると羽越線の窓から日本海が見える。にぶい色の海が目に入った時ぐっと胸がつかまれるようだった。
秋田の手前で特急から各駅停車に乗り換え、下浜という小さい駅で下車した。浜に降りて行くと波の音にまじって、強い北風に砂の動く音が聞こえた。耳が痛くなるような冷たい風に早々に退散した。

« それぞれの | トップページ | 演奏すること »

音楽」カテゴリの記事