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2012年7月 2日 (月)

意識に上る前の

前ほどひどく落ち込まなくなったとは言え、昨日自分の演奏の録音をあれこれ聴き、あぁこんなことでは駄目だと思った。チェロの調子もこのところぺたぺたしてきて、さらっても良くなく悶々とした。
4月前半は怖いものが無い感じだったのに、楽器全体のテンションが下がってしまい、人間同様いじけている。何だろう、弾き方のせいか、駒や魂柱が動いてしまったのか、季節的なものか・・・。弦を変えることにした。

古風な考え方かもしれないけれど、もし上にヤーガーのミディアムを2本、下にスピロコアのミッテルを2本張って、それで良ければそれが一番いいと思っている。僕のチェロは上2本の弦がぺしょぺしょになってしまった。今朝順平さんにご意見を伺いラーセンにすることにした。

ラーセンが日本に入ってばかりの頃はしばらく使っていた。もちろん良かったのだけれど、楽器を締めてしまうのかだんだん鳴らなくなり使わなくなった。それはヤーガーのスペシャルも同じ感じだった。
なので今回はテンションの低いソフトにする。マリオルッチに行ったらラーセンのパッケージは2重になっているし、スピロコアの弱い弦は「weich」ではなく「light」と表記が変わっているし、さらに驚いたのはヤーガーの棚に「superior」という見慣れない弦が並んでいたことだ。いったい何だろう、これも試してみようか。スペシャルの2番線やテンションを低くしたものの話は聞いていたのだけれど、うーむ、世の中は大変な勢いで進んでいる。

店を出て原宿まで写真を撮りながら歩いた。
いくつもおもしろい光景に出会えて楽しかった。街を歩く時、気になるものなぜか心に引っかかるものを撮るようにしている。目にとまったものを撮り、現像があがるのを待ち、半ば忘れていた映像を見るのはちょっと不思議な感覚だ。自分の潜在意識の部分を知りたいのかもしれない。

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先日出かけた川内倫子さんの写真展がおもしろかったのは、彼女のとらえる映像が無意識の領域に接しているからのような気がする。理屈よりもっと意識下の部分に働きかけてくるのだろうか。だからおもしろくない人にはきっとおもしろくないのだと思う。

演奏を録音して気付くのは、すみずみにまで意識が行き届いていなければならないということだ。でも演奏する時には半ば無意識の方がいいと思う。どうしたらいいのだろう。練習は徹底的に意識的にして、本番で解き放ってみようか。

願わくば揺るがない心を持ち、人間や楽器の調子に左右されずいつもいい演奏ができるようになりたい。
最近さらう前やさらった後に、アンドラーシュ・シフの弾くシューベルトのピアノ曲をよく聴く。活き活きと愛らしく、自然なフレージングで歌う素晴らしい演奏だ。シューベルトの音楽があって本当に良かったと思う。これを聴くたび自分の拙さが身にしみる。

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