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2012年9月30日 (日)

みなとみらいでの「復活」、昨日とは違った景色が見えた。

インバルの指揮するマーラーの交響曲は、すべての演奏会にCD制作用のマイクが立っている。昨日の東京芸術劇場でも今日のみなとみらいでも録音した。おそらくどちらかの演奏を基本テイクにして「ライヴレコーディング」として発売されるのだと思う。
残念ながら一つ一つの演奏が無傷であることは滅多になく、録音には編集作業が加わる。(僕の持っているバーンスタイン指揮ニューヨークフィルの「復活」は終楽章でチェロの誰かがはっきり音間違いをしているのがわかる。それはそれで親しみを感じるのだけれど)
今日のゲネプロは実質、これまでばっちりではなかった箇所、演奏上危険な箇所の編集用素材を録るためのパッチセッション(部分部分を録音する)だった。

音響やマイクセッティングの違う演奏会場で録音したものを組み合わせて一つにする、ということは、当然それを補正する技術、ホールの音響データがある、ということだろう。
それなら、どこかの録音スタジオで楽器別に多重録音して、例えばウィーンのムジークフェライン風、とかアムステルダムのコンセルトヘボウ風の音でCDを作ることもできてしまうんだろうか、と思ってしまった。

少し前、9月2日の日経新聞に作家いしいしんじさんの「雷鳴とタイムマシーン」という文章が載った。蓄音機の話だ。下記に引用させていただきます。

『・・・京都で借りている木造家屋の、わりと広い座敷、まんなかに蓄音機を置き、ゼンマイを巻いてから、あまり期待もせず、エルヴィス・プレスリーのSPレコード「ハウンド・ドッグ」をターンテーブルにのせ、針を落とした。
 真っ暗になった。雷鳴が走る。家が揺れ、空気が光り、台所でだしをとっていた妻が、
「なに、どうしたの!」
 と、たまじゃくしを握ったまま駆けこんでくる。畳一畳分後ろにふきとばされた僕は、アウアウ、とことばにならない声をあげ、右腕をのばし、レコードのまわるターンテーブルを指さしている。
 そこにエルヴィスがいた。
 ・・・・
 SPレコード自体、のちのLPレコードやいわゆるドーナツ盤とちがって、電気による圧縮なしに、演奏されているスタジオの空気振動が、ダイレクトに盤面に刻まれた、いわば音の原板だ。蓄音機も電気を使わない。LPやCDのように、アンプによって拡大された電気信号音がスピーカーから出てくるのでなく、SP盤上の横揺れが、そのまま版画のように、いま現在の空気を震わせ、木のボディが共鳴して音楽となる。懐古趣味なんてとんでもない、過去と現在の空気が、音楽によって直結され、煙をたてて発火する。
 ・・・・』

ずいぶん前、僕も蓄音機でカザルスのSPレコードを聞かせてもらったことがある。気味が悪いほどなまなましかった。なるほど、確かに電気的な何かは介在していない。

チェロで音を出すのはとても幸せだ。楽器を弾く技術に拘泥して気づかなかったのだけれど、気持ちにある何かを、そのまま音へ、空気がふるえる何かへ。

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