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2012年11月

2012年11月30日 (金)

どうにかスピーカーの前から逃げ出すことなく、FM放送を最後まで聴いた。

出した音は消すことができず、言い訳もしない。反省はじゅうじゅうしている。プログラムの後半、ブラームスになったらやっと楽器が鳴ってきた。やれやれ、未熟者め、最初はいつもかたい。(いいところも、少しはあった)
先日2日間イッサーリスの演奏を聴いて、学ぶことが多かった。心と体がやわらかいまま舞台に出る方法がきっとある。緊張したときにかたくならない心の持ち方、体の使い方、心と体が集中で一体となる方法を見つけよう。

2012年11月29日 (木)

先週休むことができて疲れはとれたのだけれど、休み癖がついて左手の指はゆですぎのマカロニのようになってしまった。やれやれ。

先月録音した室内楽が明日FMで放送される。
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2012-11-30&ch=07&eid=89051
放送される本番テイクは聴いていない、どんなことになっているのだろう・・・。先日この時のメンバーで打ち上げがあり、放送されることは決まっているのだからじたばたしても始まらない、という話しになった。
(10月21日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-649e.html

さて、明日ラジオの前でじっと聴くことはできるのか、それとも聴こえるか聴こえないかくらいの小さな音で流すのか、あるいはやさぐれて外をさまよい歩くのか・・・。

2012年11月28日 (水)

急な用で遠方に出かけた。

Haneda

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家を出たのは夜明け前、羽田空港の機内から昇る朝日を見た。宵っぱりの僕が日の出を拝むのはなかなかないことだ。燃えるような夕日も見た。ちょっとした旅は楽しかった。

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日が暮れてから在来線と新幹線を乗り継いで帰京。途中越後湯沢には雪が積もり吐く息は白かった。秋は終わりらしい。

さて、明日からは再び通常業務。

2012年11月25日 (日)

天高く

こういう言い方が正しいのかどうか知らないけれど、今、秋は盛り。天高く馬肥ゆる秋。

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カメラを持ってどこかへ旅したくなった。さぁ頑張って仕事しよう。

Shinjukugyoenneko

2012年11月24日 (土)

雑誌「日本カメラ」、今年のフォトコンテストの審査はモノクロプリントが木之下晃さん(!)だったので、この部門ばかり見ていた。カラープリントは十文字美信さん、こちらも大変興味深かったことにようやく気付いた。8月号の総評、十文字さんの文章から

『 停止することがない時間を、写真という静止画像で切り取る行為には、出来事のクライマックスを探し出す感覚では見逃してしまう一瞬があると思います。私たちが生きている世界は、見えない場面の集積だと思っていいのではないでしょうか。見えているのは、波に例えると波頭の部分で、その下には波を支えているたくさんの水模様があって、その見えない水の存在をたんねんに見つめてあげるのが、写真を撮るためにふさわしい感覚のような気がします。一つの出来事や行為の陰には、繊細な場面が存在していて、その微妙でかすかな存在は、写真という静止画像で取り出してあげないとすぐに消えてしまいます。・・・』

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デジタルカメラは便利できれいにすっきり撮れる。スキャナでフィルムを取り込むのは時間もエネルギーもかかり時々面倒になるけれど、やっぱりいい。
11月14,15日の日記に画像を加えました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-4d1e.html
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-5db8.html

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2012年11月23日 (金)

東京は冷たい雨。長期予報は一転して、今年の冬は寒くなると言っている。

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3日間の休みは終わり、今日からリハビリ開始。
チェロを弾かない日は時間がとてもゆっくり動くことは知っていた。加えて食べ物の嗜好も変わるらしい、無性にコーヒーを飲みたくなったり甘い物を食べたくなったりすることがなくなる。

イッサーリスはハリネズミのようなもじゃもじゃ頭をぶんぶん振り回して弾く印象が強く、よく動く人と思っていた。でも首より下、肩はあまり動いていない。気持ちが高ぶっても体はリラックスしたままのように見える。左手はおそろしくたくましく、右手はあきれるほど自由だ。きっと心はもっと自由なのだと思う。
弾き始める時にかまえる動作がない。弾いていない時も弾いているような心なのだろうか。本番の舞台で心と体がかたくならない何かがありそうだ。

王子ホールでのベートーヴェン全曲演奏会の1日目、1番のソナタが充実していて驚いた。ベートーヴェンのソナタの中で最も演奏されないこの曲は、素晴らしい曲だったのだ。昔ビルスマが桐朋でレクチャーをした時、みんな2番ではなくもっと1番のソナタを弾こう、と言っていたっけ。
3番を弾く時のイッサーリスはお茶目だった。フォルテピアノのロバート・レヴィンが即興で何か始めるとじっと見ている。
2、4、5番のソナタを弾いた2日目はいい意味でラフな演奏で、それがおもしろかった。昨年紀尾井ホールで聴いた時はその完璧さに驚いた、でも今回はこの人でもここは難しいんだな、と思うことがあった。演奏会場も相方の楽器も違うので比べられないけれど、前の楽器の方がはまっていたように思う。
(2011年5月31日の日記をご覧ください http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-c3df.html

王子ホールは満席、聴衆の年齢層は高かった。確かに安いチケットではないし、仕事をしている人が平日の夜7時に演奏会場に行くのは易しくないと思う。
20年前、僕がカザルスホールの公演に胸をときめかせて当日売りの学生券に並んだ頃はもっと活気があった気がする。気のせいだろうか。当時カザルスホールの主催公演は8時開演(画期的だった)。20歳だった僕が40歳を過ぎ、若い世代の聴衆はあまり増えず、そのまま年をとった、ということだろうか。

2012年11月22日 (木)

昨晩は王子ホールでイッサーリスの演奏を聴いた。クリスマス仕様にライトアップされた夜の銀座を歩くのは思いのほか楽しかった。

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今朝は渋谷の小さな映画館、シアター・イメージフォーラムへ。「情熱のピアニズム」。小さいけれど魅力的な作品を上映する映画館のように見えた。http://www.pianism-movie.com/
その後、東京ミッドタウンのフジフィルムスクエアへ。写真歴史博物館の「MAGNUMを創った写真家たち」という写真展を見に行ったつもりが、星野道夫さんの「アラスカ 悠久の時を旅する」にすいよせられてしまった。鳥肌が立つようだった。すごかったなぁ。http://fujifilmsquare.jp/detail/121116012.html

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神宮外苑の銀杏は色づくのにもう少し時間がかかりそうだ。

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2012年11月20日 (火)

桑山忠明展 HAYAMA

神奈川県立近代美術館葉山で開かれている「桑山忠明展 HAYAMA」へ。
http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/481598.pdf
海に面したこの美術館に行くのは少々骨だ。でも今日はとても気持ちの良い陽気だった。展示がなくても海と波の音だけで行く甲斐が充分あると思う。

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桑山忠明展は、これの何が芸術なの?という人もいるかもしれない。僕にはとても楽しかった。5つの部屋に5つの作品、一つの部屋に入るごとに驚きといったらいいのか喜びといったらいいのか、声をあげたくなる何かがあった。

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久しぶりにデジタルのカメラを持ち出した。すぐに撮った画像を見られるのは便利ではある。
美術館からの帰り、先週の演奏旅行で撮ったフィルムの現像を受け取った。何本撮っても現像を見る瞬間は特別だ。明日スキャナを動かそう。
街はもうクリスマス模様だった。

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2012年11月19日 (月)

9月からずっと続いた忙しさは今日の本番で一区切り。風邪もひかず大きなトラブルもなく無事予定されていた演奏会で弾けたことを本当にうれしく思う。
演奏会が続いた中で得たことは多くアイデアもたくさんある。でもちょっと疲れがたまってしまった、今は少し休もう。

さらっていると、あぁこんなことも知らなかった、ということはよくある。何かに気付き今度こそゆるぎないものを掴んだ、と思うこともある。だから、2ヶ月もたつと自分はもう別人になったように感じる。それだけ進んだのならもっと素晴らしい演奏ができてもよさそうなものなのだけれど・・・。そんな時、ジャコメッティのことを思う。

矢内原伊作著「ジャコメッティ」から

『・・・毎日の仕事は、きょうこそは、という歓喜に似た大きな希望をもって始まり、絶望のすぐ近くまで行ってそこに長くとどまりながら、あすこそは、という苦い希望のうちに終わる。日が暮れて仕事が続けられなくなると、疲労に打ちのめされながらも彼は、「早くあしたになればよい。」そう言ってくやしがった。・・・』

『「いよいよ始まる」と彼は不意に大きな声を出した。「今までは本当の仕事が始まるための準備だったのだ。」しばらく描き続けたあとで、「こんなに遠くまで行く勇気が自分にあるとは今まで思わなかった、これほど自由に仕事ができるのは生まれてはじめてだ。・・・』

『すべり出しはたいてい調子よく行く。「二年前あるいは三年前にぶつかったような困難はもうない。今度は何らかの成果に達し得るだろう。」意気込んで彼はせっせと筆をはこぶ。「こんなに遠くまで進んだことはかつてなかった。三十年間試みて成功しなかったことが、今や成功の一歩手前まで来たのだ。」しかしたちまち困難がやってくる。「駄目だ、これは全く不可能だ。」ありとあらゆる悲観的な言葉をはき続けながら彼は真暗になるまで筆をおかない。「ああ」と彼は嘆く。「今日は確かに非常に進歩した。しかしさらに進歩するためには既に描いたものを全部こわして初めからやり直さなければならない。こわすか放棄するかどちらかだ。」こうして彼は苦労して描いた私の顔を塗りつぶしてしまう。真暗になってようやく筆をおく時、彼はきまってこんなふうに言った。「今日の状態は非常に悪い。しかし悲観してはいけない。明日の最初の十分間で何倍もよくなるだろうから」と。』

2012年11月16日 (金)

演奏会の予定を

演奏会の予定を更新しました。
来年2月9日に都響メンバーによる室内楽があります。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html

2012年11月15日 (木)

函館は抜けるような快晴、青函トンネルをくぐった青森は雨、盛岡は晴れ。街、海、山、様々な景色をうとうと見ながら鉄路帰京。

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旅の疲れは移動時間ではなく移動距離に比例するという人がいる。確かに飛行機で上げられ下げられあっという間に着いて一日うすぼんやり過ごすより、陽射しの変化を感じながら地面に接したまま帰るのは悪くないかもしれない。

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函館公演も無事終わった。これでできていなかった演奏会は全て終了、少し肩が軽くなったような気がする。

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地震当日ゲネプロ直前だった都響は、反響板がゆらゆら揺れ続ける函館市民会館のホールから出て楽屋に集まり、携帯電話のワンセグでニュースを見ていた。公演中止が決まった後、トロンボーンの人たちと路面電車に乗りホテルに戻ったこと、駅前のホテルの窓からは音もなく押し寄せる黒い水が見え、停電したこと、コンビニからは収奪にあったように食べ物がなくなったこと、テレビには目で見てはいても信じることのできない映像が繰り返し流されていたこと、何が起こっているのかわからないからかえっていっそう危なそうな原発のことを話しながら順平さんとラーメンを食べたこと、迅速に動いてくれたスタッフのおかげで人間も楽器も幸い無事帰京できたこと、戻った東京は別の国のようになっていたこと、・・・、様々なことを思い出した。

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東北新幹線の車窓からは今も仮設住宅が見える。ニュースでは右往左往する政治ばかり報道される。

2012年11月14日 (水)

本来の八戸公演は2011年3月12日だった。その日来てくださるはずだった方々はお元気でいらっしゃるだろうか。
昨日あたたかい、というよりはあつい拍手を受けながら八戸で「田園」を弾けたことを深く感謝したい気持ちだった。胸がいっぱいになった。

今朝少しだけ早起きして種差海岸へ。
先月南三陸で堤防が破壊されたままの海を見てから、無邪気な気持ちでは海に向かえなくなった。久しぶりに訪れた種差海岸には津波の到達高が示されていて、それは信じられない高さだった。雨がやみ陽の光が差し始め、太い波の音が聞こえた。

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今日は函館公演。

2012年11月13日 (火)

東北へ

再び新幹線に乗って、東北へ。
活字から目を離して外を見ると見事な紅葉だった。いい時期なのだった。紅葉を見に出かけることはなかなかできなくても、演奏旅行の途中ならこういう景色に出会うことができる。
長距離の列車移動は好きだ。新聞を読み本を読み弁当を食べ眠りぼんやり風景を眺め、それでもまだ着かない。

今日の都響は八戸公演。僕たちはあの地震の当日函館にいて、演奏会は中止となった。続く東北公演も中止、今回はあの時できなかった公演をもう一度、という旅だ。
列車が仙台を過ぎたら雨が降り始めた。冷たそうだ。

2012年11月11日 (日)

宗次ホールでの演奏会、あいにくの天気にもかかわらず多くの方々にお越しいただき本当にありがとうございました。

今日の舞台では良かったことできたこと思うようにできなかったこと、たくさんのことがあり、明日も朝からリハーサルがあるけれど、今は暖かい部屋でのんびりぼんやりできることがうれしい。

2012年11月10日 (土)

昨晩NHK-FMをつけたら素晴らしい弦楽四重奏が聞こえ、どこの団体だろうと思ったらヨーロッパの若手、モディリアニ弦楽四重奏団だった。一人一人の技量より全体の味わいで聞かせる室内楽、そんな時代はもう過去のことらしい。

スピーカーが変わって、またCDを聴くようになった。同じCDでも聞こえ方が違う。ツィメルマンの弾くブラームスの1番の協奏曲(ラトル、ベルリンフィル)を聴いて、オーケストラにしかない世界があると強く感じた。
音楽のとても大事なことに動きがあると思う。音符の背後にある流れのようなものだ。もちろんソロや室内楽でも強く意識するけれど、オーケストラがうまく機能した時はその動きが人数以上に倍加して強く現れる。
この録音はそれが手に取るように見えて楽しい。

夏から使っていた音叉のついたエンドピンは、鉄のエンドピンに戻した。見附さんに作っていただいたほんの少しだけ太いエンドピンだ。今はこちらの方が音が直接的に強く出るような気がする。
音叉のついたエンドピンは革命的に良くて使っていたのだけれど、どうしてだろう。エンドピンによって楽器が変わったのか、弾き方が変わったのか、それとも季節的なものなのか。

夕方、新幹線の窓から濃い青になっていく空と、そこに消えようとする富士山が見えた。明日は宗次ホールでの演奏会。

2012年11月 8日 (木)

通るたびに写真を撮りたくなる場所がある。恵比寿の写真美術館横のガラス扉もその一つ。

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2012年11月 7日 (水)

ハイフェッツのDVDは2枚入手して、今日見たのは「God's Fiddler」。
イダ・ヘンデル、ギトリス、パールマン、伴奏者、生徒、秘書、・・・、様々な人たちが興味深いエピソードを話す。日本にはロシア革命前のペテルブルクからアメリカに渡る途中で訪れたのが最初、関東大震災直後にも来日して演奏している。
海を見ることと映像を撮ることが好きなのは僕と一緒だ。ちょっとうれしい。70歳の時の演奏も、瑞々しい音楽で素晴らしかった。ただ、このドキュメンタリーの後半部分は次第に痛切になってくる。

ハイフェッツの音は速い。弓の毛が弦に触れた途端ものすごい勢いで音が出る。うっかり触ろうものなら火傷しそうだ。

赤ん坊のよちよち歩きのような僕のチェロは、根本的に弾き方を見直さない訳にはいかなくなった。彼は同じ人間とは到底思えないけれど、ちっぽけな僕でも同じ弦楽器を弾いて暮らしていられるのは本当に有り難く幸せなことだ。

2012年11月 5日 (月)

オーケストラの中で弾いていると、スイッチが入ったように楽器が鳴ってくることがある。それはオーケストラの中での弾き方なのか、周りでさまざまな種類の音が鳴るからなのかはわからないのだけれど。僕のチェロは今調子がいい。

昨日のみなとみらい公演で9月中旬から続いたインバルの演奏会は一段落。
リハーサル、本番と一貫してインバルは迷うことがない。おそらくはっとすることもない。心と体に隙間がない、といったらいいのか。すべきことはいつもはっきりしていて指示も明瞭だ。普通の人ならとっくに引退している年齢なのに、疲れた顔を見せることはなく、姿勢もよく声も通り、腕や肩の可動域も広い。

いつも黒い服を着て、おかしいのは、リハーサルの最中暑くなって黒のベストを脱ぐと、その下にもう一着同じ黒いベストを着ていることだ。

新宿タワーレコードのレジ前にはインバル&都響のCDが手書きのポップとともに平積みしてある。インバルの顔を仕事場以外で見るとちょっと驚くのと、そのポップで演奏がほめられていてちょっと恥ずかしい・・・。

ハイフェッツの演奏している姿が見たくてDVDを買った。
これまでの僕の勝手な思いこみは、ハイフェッツはとにかく完璧な人でどちらかというと血も涙もない、というものだった。でもその印象は取り下げることにした。
有名なホラスタッカートでも、彼の演奏の命はやっぱり音だと思う。ヴァイオリンは高音楽器のはずなのに、男性の、それもテノールより低い音域の意志のはっきりした声のように聴こえる。ポルタメントの入れ方も絶妙で、本当に歌だ。
演奏する姿に無駄な動きはなく、体と楽器と弓は常に一定の関係を保っているように見える。弦楽器はこう弾くもの、と示されているようだ。

2012年11月 3日 (土)

久しぶりに無伴奏の現代曲に取り組んで、思っていた以上におもしろい。
リゲティのソナタは、もうとっくにチェロのレパートリーになっている。一方まだそれほど演奏されていないだろうペンデレツキのディヴィエルティメントやソリマのラ・テンペスタには、白い紙に自分で何かを書いていける新鮮さがある。ペンデレツキは書法はごりごりした現代曲だけれど、伝統的なクラシック音楽の芯の部分はしっかりとあり、音楽の流れる道を見つけてそれを実現しようとする過程がおもしろい。チェロにこの音域のこの和音か!というところはある、でも楽器の技法というのはきっとそうして発展してきたのだろうなぁ。

ところでバッハは、難しい。ため息が出る。

最近よく聴いているハイフェッツの録音は1920~40年代のもの。ステレオ録音ですらないのに、弓の毛と弦がどのような関係になっているのか、なぜだか手にとるように聴こえる。この感じは最新のデジタル録音にはない。不思議だ。演奏の素晴らしさは言うまでもなく、だからいったん聴き始めると、すいこまれるように聴いてしまう。
往年の名手の録音を聴くといつも、進歩したはずの現代社会に生きる僕たちは、実は便利に薄まった空間にいるだけのような気がする。

2012年11月 2日 (金)

先日10月28日深夜に放送されたJ-WAVEのGrowing Reedのゲストはデザイナー、佐藤オオキさん。
http://www.j-wave.co.jp/original/growingreed/
アイデアについて、アイデアはトイレのようなものでいつかは出るけれどいつ出るかはわからない、アイデアが出やすい状況をつくるようにしている。毎日できるだけ決まった行動をするようにして(同じ朝食を食べるとか)いると、小さな変化にも気付きやすくなる、・・・。とてもおもしろかった。

さて僕は、いつまでもぼんやりしている訳にはいかず、火曜日の演奏の録音を聴いた。ふぅ、頑張ろう。
今もハイフェッツの演奏をよく聴いている。弦楽器の鳴り方の一つの理想ではないか、と思う。すごいなぁ。どこが決定的に違うのだろう。もし僕がヴァイオリンを弾く人間だったらまともに影響されてしまうかもしれない。

明日からはマーラーの4番の本番。

2012年11月 1日 (木)

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10月10・11・13・26日の日記に画像を加えました。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/index.html

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