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2012年12月

2012年12月31日 (月)

大掃除のまねごとをしてから近所の蕎麦屋へ。席からは蕎麦を打つ様子がよく見え、しばらく見入ってしまった。

ごく個人的なこの日記を読んでくださって本当にありがとうございます。新しい年が良い年でありますように。

2012年12月30日 (日)

昨日が仕事納め。
この秋は、僕としては(世間的に見ればかなりちっぽけ)、大統領のように働き王様のように遊んだ。休みの日も家でじっとすることなくあちこち出かけた。20代の頃は一つ仕事を終えるとくったり疲れていた、それからすると40代は意外と悪くない感じだ、と思っていたら風邪が長引いて12月はすっかり失速してしまった。やれやれ、まぁこんなものか。楽しみにしていた映画をいくつも見られなかったのは残念。

大リーグ松井秀喜選手の引退会見、大好きな選手だからもっと活躍してほしかったのだけれど、この潔い身の引き方をする彼だからこそ好感を持っていたのだと思った。昨日の日経新聞のコラム「春秋」では引退にふれて、「矜恃」という言葉を使っていた。確かに。

「カラマーゾフの兄弟」を中断して多和田葉子著「雲をつかむ話」を読んだ。
「カラマーゾフ・・・」は健康診断(採血やバリウムや、とにかくもっとも苦手な年中行事)の待ち時間に読んだり、早朝の飛行機に乗るべく4時半に起きて空港に行く電車の中で読んだり(しかも難解な「大審問官」の部分だった)、風邪で寝ている時に半ば義務感にかられて読んだり、なんだかちょっと辛くなってしまったのだ。
「雲をつかむ話」はあっという間に読んだ。うすうす感じていて、でも意識には上っていなかったことが言葉にされているおもしろさやこわさがある。たとえば

『手紙の返事を書こうとしてもなかなか書けない時、つい日記をひろげてしまう。悪い癖だと思う。手紙は一人の人間に向かって真っ直ぐ飛ばさなければならない紙飛行機のようなもので、紙とは言え、尖った先がもし眼球に刺さってしまったら大変。責任を持って書かなければならない。責任を気にかけすぎると、書きたいことが書けない。それで、とりあえず責任のない日記をひろげてしまうのかもしれない。・・・』 (多和田葉子著「雲をつかむ話」)

夢中になって読んでいるとだんだん話がこわくなってくる。さて「カラマーゾフ・・・」は光文社文庫版の4冊目から再開。おもしろい。布団の中でころころしながら本を読むのは極楽だ。小学生の時、こたつみかんで漫画を読んでいた時間を思い出す。

長いこと使っていた腕時計をしばらく前、不注意で舞台に落としてしまい、遅れるようになった。時計を落としてはいけない。遅れ始めると具合が悪い。
時計は一つの世界だ。人間の時間は伸び縮みするのに時計の針は変わらず動き続ける。だから時計は大切なのだ。進んだり遅れたりするのは愛嬌だろうか。
電波時計を買った。もはや愛嬌はなく、示す時間はおおやけのものになってしまった。

ずいぶん長いことチェロを弾いてきた。少々ポンコツではある、でも日々進歩を重ね今が一番いいと思っている。そう思っているのは自分だけで実は少しずつ悪くなっている、ということのないよう怠りなく精進しよう。
11月にイッサーリスの演奏を2日間聴き、以来弾く度に彼のことを思い出している。心のあり方体の使い方、まるで初めての楽器を弾くような感覚でいる。僕のチェロは来年爆発的に良くなりますように。

2012年12月27日 (木)

都響は昨日の第九が仕事納め。なんだかほっとして体がゆるんでしまった。今日はゆっくり。

原美術館で開かれている「MU[無] ペドロ コスタ ルイ シャフェス」展へ。http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
原美術館に行くのはいつも昼で、併設のカフェでご飯を食べる。時々見に行くのか食べに行くのかわからないことがあるけれど、今日はどちらかというと食べる方だったかなぁ。でもルイ・シャフェスの鉄の彫刻も好きだった。

今年はずっとカラーで写真を撮ってきた。そもそも色の喜び、というものがあるし、空や海を撮るときにはどう考えたって色があった方がいい、と思ったもの。

Sora

ところが先日、北井一夫さんの写真展を見てから、夕焼けの空を、モノクロで撮ったら美しかろう、と感じてしまった。以来、カメラに新しく入れるフィルムは白黒。

露出計もついていない古いカメラを2台持っている。両方とも僕よりはるかに年上だ。写真に夢中だった頃、オーバーホールをしてもらい調子はばっちり。でも露出を気にしながら、というのが面倒になり、もったいないと思いつつ何年も使っていなかった。
久しぶりにその内の一台を持ち出したらしっくりきた。ファインダーをのぞくと50ミリのフレームとピントを合わせるための二重像だけが見える。露出を決めピントを決めシャッターを落とす。あっているかどうかはともかく、自分で迷わずに決める。このことがデジタルカメラだとどうも難しかった。モニターには様々な情報があふれ、カメラの決めた露出、ホワイトバランス、ピントが半信半疑、あるいは八信二疑くらいでなんとなく心が定まらず、画像を見ては撮り直し・・・。

新製品が出るたびに、店頭においてある実機を手にとりサンプル画像を見るのだけれど、どれも均質にきれいに撮れていてかえって現実感がないような気がする。
デジタルカメラはいつも8割方撮れる。でも撮れない2割の部分に大切なものがあるような気がする。例えばおもちゃのようなロモのカメラでも、ぴったりはまる時がある。

Takashimaya

Shinkansen

12月5日の日記に画像を加えました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-7488.html

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2012年12月24日 (月)

日本のオーケストラで仕事をしていると年末は第九を弾くことになる。とにかくルーティンワークにならないよう気をつけているのだけれど、今日舞台で第九を弾きながら、いいものだな、と思った。
チェリビダッケがミュンヘンフィルとのリハーサルで、耳の聞こえないベートーヴェンが第九の第2楽章のこの響きを書いた素晴らしさを、と言ったことを思い出した。

ゲネプロと本番の間に少し時間があったので、本を買った。自分へのささやかなプレゼントだ。帰宅してから一月ぶりのプールへ。こんなに長く行かなかったことは最近なかった。血が体のすみずみにまで巡り始めた。

2012年12月23日 (日)

昨日から第九のリハーサルが始まっている。今日はオーケストラの後、来年2月の室内楽の練習、というより弓付けをした。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html
ラヴェルのピアノ三重奏を弾くのは久しぶり。特別なあたたかさと覚悟を決めた透明感が大好きな曲だ。ドビュッシーの弦楽四重奏は、どんな音で(押すのか軽いのか動くのか止まるのか)弾くのか楽しみ。ショーソンはまだ全体が見えていない。

チャイコフスキーの「偉大なる芸術家の思い出」を最近よく聴いている。第2楽章から始めることが多い。最初のピアノソロを聴くと、外は真冬、でも家の中は暖炉に薪がくべられていて暖かい、そんな景色を思い浮かべる。夢の中の景色だろうか。

2012年12月21日 (金)

幸いまだ

今日は12月21日、冬至。寒いけれど、幸いまだ人類は滅亡していない。

昨日の本番、久しぶりに普通の体調で弾けた。やっぱり楽だ。ずいぶん前のインタヴューでヨー・ヨー・マが、忘れられない演奏は高熱を出した時のもの、と言っていたことを思い出した。

マルティヌーの6番は良かった。知らない世界がある。ただ、ブージー&ホークス社の手書きのパート譜は実に読みにくく、同社には切に改善をお願いしたい。
ベルリオーズの幻想はいつもより難しかった。抑えたテンポで、これまで勢いで弾けたパッセージを全部意識的に弾かなくてはならなかったからだろうか。客席ではどうだったのだろう。
フルシャが振った二つの演奏会、さわやかだった。

2012年12月18日 (火)

日曜日FMを聞いていたら、ピーター・バラカンさんが、病気療養をしている時に人や本と大きな出会いをすることがあるのだから決して悪いことばかりととらえなくても、というようなことを言っていた。
なるほど確かに。僕はこの10日ほど、間抜け具合がいつもより5割増しだったり2割増しだったりと多少の変化はあったけれど、ゆるゆるとしかチェロを弾けなかったので、なかなか取れなかった体の疲れはだいぶ癒されたような気がする。
関取やプロ野球の選手が体の故障で引退するのを見ると、本当に辛くどうにもできなかったんだろうと思う。

昨日から始まった都響のリハーサル、だんだんマルティヌーの6番がいい曲に思えてきた。時々ショスタコーヴィチやブラームスのハイドンヴァリエーションにそっくりの部分がある。フルシャ曰く、ドヴォルザークからの引用があるそうだ。ベルリオーズは、いつもの幻想だったらこうする、というのを排している。うぅむ、どうだろう。もしかしてうまく当たれば、大スペクタクルが舞台に出現するだろうか。

2012年12月16日 (日)

昨日12月15日の日経新聞「文化往来」欄に作曲家スティーヴ・ライヒが取り上げられた。国立音楽大学での講演でライヒは
『中世ルネサンス期の教会音楽では当時のはやり歌が取り入れられていた。ベートーベンの交響曲第6番にしても民族音楽が下敷きになっている』
『コンサートホールとストリートの間の窓はずっと大きく開かれてきた。それを閉めたのがシュトックハウゼンとシェーンベルク。私が革命的なのではなく、窓をまた元に戻そうとしているだけ』
と話したそうだ。

僕は高校生の時、テレビで放映されたライヒの「木片のための音楽」(演奏はカナダのネクサスという打楽器アンサンブル)を見て衝撃を受けた。それからしばらくして音楽の授業の試験(普通科)で何をしてもいいというので、裏山から適当な太さの木を切ってきて、男子何人かで「木片のための音楽」のまねごとをしたことがある。

ライヒの「クラッピング・ミュージック(手拍子の音楽)」は楽譜を持っていて様々な機会で音を出してみた。手拍子ができれば誰にでも、しかもミニマル・ミュージックの醍醐味が体験できる曲だ。

風邪のせいで「カラマーゾフの兄弟」は3冊目(亀井郁夫訳、光文社文庫版)で足踏みしている。10代の頃、確かに読んだはずなのにほとんど何も覚えていない。
カラマーゾフを読みかけであるにもかかわらず読みたい本はたくさんあって、本屋に出かけてあれこれたくさん本を買うことを夢見てしまう。本を買えることは幸せなことだ。

リルケの「若き詩人への手紙」から(高安国世訳)

『人々はすべてを(因襲の力を借りて)容易な方へと解決してきました、容易なものの中でも最も容易な方へと。しかし私たちが困難なものに就かなければならぬことは明白です。すべて生あるものはこれに就くのです、自然界のすべてのものは、おのおのの流儀で成長し、自らを守るのです、そして自分の内部から独自なものとなり、どんなにしてでも、どんな抵抗を排除してでも独自であろうと努めています。私たちの知識は乏しい、しかし私たちが困難に就かなければならないことだけは、決して私たちから離れることのない確実な事実なのです。孤独であることはいいことです。というのは、孤独は困難だからです。ある事が困難だということは、一層それをなす理由であらねばなりません。』

2012年12月15日 (土)

昨日あたりぼちぼちプールに行こう、と思っていたら風邪がぶり返した。やれやれ。僕の熱は上がっても空は見事な晴天だった。その二つに関係は無いか。

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今日の演奏会、きっと良かったのだろうと思う。熱で頭が大きくなったような感じで舞台にいた。普段よりよく周りが聴こえているような気がする時も、いざという時には体が重くてまどろっこしいと思う時もあった。自己最長記録の風邪だ。いい加減そろそろ治ろうよ。

2012年12月13日 (木)

僕の体調はまだなんだか良くなく仕事場でも間抜けた顔をしているけれど、昨日から始まったフルシャのリハーサルはいい感じだ。

難しい曲なのに、皆がしゃがしゃ弾かず音が集まろうとしている。客席で聴くとどんなだろう。
桐朋の学生オーケストラでバルトークの「オーケストラのための協奏曲」を弾いた時、聴いたCDのカップリングは「中国の不思議な役人」だった。タイトルも曲の感じも変わっている曲、と思っていた。それから20年以上たってようやく弾くことになった。

来週の演奏会はマルティヌーの6番の交響曲とベルリオーズの幻想。
新日フィルにいた時、この曲はもう2度と弾かないんじゃないか、と思う珍しい曲がよくプログラムに組まれていた。(アルミンクの企画だ)マルティヌーの6番もそう思った曲の一つ。しかし、うぅむ、早くも2回目を弾くことになったぞ。

Enoshima

2012年12月11日 (火)

明日から始まるリハーサルは3曲とも初めて。(バルトーク:ピアノ協奏曲第2番、コダーイ:ガランタ舞曲、バルトーク:中国の不思議な役人)プログラムのすべてが初めて、という演奏会は久しぶりだ。
恥ずかしながらコダーイの作品は、唯一無二の無伴奏チェロソナタしか弾いたことがなかった。ガランタ舞曲を弾いて新しい景色が見えたら、と思っている。僕が聴いた録音はイシュトヴァン・ケルテス指揮ロンドン交響楽団の1964年のもの。素晴らしい演奏でびっくりした。
協奏曲のソリストはオピッツさん、指揮のフルシャも含めて楽しみなことが多い演奏会だ。

昼間、時間を盗んで北井一夫さんの写真展「神戸港湾労働者」へ。
http://www.tosei-sha.jp/TOSEI-NEW-HP/html/EXHIBITIONS/j_exhibitions.html
ギャラリー冬青はひっそりと明るく、別世界のようだった。写真美術館での展示についても興味深いお話を伺えて楽しかった。冬青での展示は写真美術館より小さいプリントで、それでもやはり美しかった。
最近の僕はカラーでばかり撮っているけれど、夕方の空を見てモノクロで撮ってみたい、と思った。

譜読みをしてからフィルムのスキャンをした。11月28日の日記に画像を加えました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-2d84.html

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2012年12月10日 (月)

仕事の後、散髪した。風邪がようやく治りかけ、というのにいつもよりいっそう髪の毛が短くなり、首もとはとても寒い。帰り際、仙川の跨線橋からは富士山が見えることを思い出した。(写真ではとても小さく見えます)

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明後日からフルシャの指揮するバルトーク、コダーイのプログラムが始まる。楽譜やCDはとっくに準備してあった。しかし、この数日まるで使いものにならず(昨日は一日が短く感じられるほど眠っていた)、まだ何もしていない。やれやれ、今晩から始めよう。

2012年12月 8日 (土)

情けないことに風邪は3日たっても体から抜けず、仕事場でぼんやりしていたら飴やビタミン剤をいただいた。都響の方々のやさしさが身にしみた。

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このところの都響はいつもより少しだけ遠いところに出かけている。

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2012年12月 6日 (木)

いやおうなくぼんやり

ばたばたしている時は、あぁぼんやりしたい、と思うのだけれど今日は風邪気味。否応なくぼんやりしている。風邪をひいた時のオーケストラの仕事はあまり楽しくない、でも緊張しないのはいい。

明日も終日仕事、さらって買い込んだCDを聴いてフィルムのスキャンをして、という楽しい予定はやめて早寝しよう。

僕も今をときめくスマートフォンに機種変更した。ようやく電話に出たり電源のオンオフをしたりできるようになった。付属のカメラはけっこう撮れる。大変な時代になったものだ。

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2012年12月 5日 (水)

「いつか見た風景」

昨日仕事の後、楽器の調整をしていただいた。音がぺたぺたになっていたのだ。素晴らしい弾き方ができていればきっと楽器の状態も素晴らしいまま、と思うのだけれど。弓はちょっとパワフルな毛で毛替えしていただいた。がんばろう。

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今朝は江の島へ。ぽかぽかした陽気で富士山がはっきり見え、波の音に心洗われた。海の青空の青。猫たちはいっときより穏やかな顔をしていた。小さな島なのに行きと帰りで違う猫に会えるのは不思議だ。

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午後は写真美術館で開かれている北井一夫さんの写真展「いつか見た風景」へ。
http://syabi.com/upload/3/1714/kazuo_kitai.pdf
http://syabi.com/contents/exhibition/topic-1714.html
1970年代の写真が特に好きだった。人々の顔が生き生きとしている。北井さんの写真を見て幸せだった。写真展を見てこんな気持ちになったことはない。しばらく余韻の中で生きていられそうだ。

2012年12月 4日 (火)

来年も

秋に弾いた無伴奏の演奏会、準備は間際になるほど大変になったけれど、ふたを開けてみたらやっぱり楽しかった。来年もソロの機会をつくろうか。何を弾こう、今度バッハは3番で、コダーイを全楽章・・・。

すでに新しい曲を譜読みし始めている。Miklos Rozsa(何と読むのだろう、ミクローシュ・ローザだろうか?)のトッカータ・カプリチョーザ。最後のページの重音に問題がある。でも弾けたら楽しそうだ。
この曲の楽譜にはブライトコップフ社のカタログがついていて、チェロ・ソロの項目を見るとB.A.ツィンマーマンの「5つの短い練習曲」(桐朋学園の図書館にはジークフリート・パルムがこの曲を弾くLPがあって、学生時代に聴き衝撃を受けたのだった。楽譜を取り寄せてみようか)やVolker Heynの「Blues in B-flat」(どんな曲だろう)なんていう曲もあった。

先日はバッハだけ暗譜して、ソリマ、ペンデレツキ、リゲティは楽譜を見た。いつもバッハの暗譜は怖くなっていたのだけれど、今回はつかむところがあり、やっぱり暗譜はおもしろいと思った。リゲティをもう一度出してきて、暗譜をするためにさらっている。

思ったよりずっと早く冬が来た。湘南の海を見たくなった。

2012年12月 3日 (月)

そもそもどうしてトンネルの天井に大きくて重いコンクリート板を吊るのだろう。重さ1トン(小型車1台分だ)の板が5メートルの高さから落ちたら大変なことになるのは容易に想像できる。重い物が上になければ落ちることもないのに。
もし仮にどうしてもその重い板が必要ならなぜ、一つの支えが何かの理由で効かなくなっても、もう一つ別の支えで補えるようにしておかなかったのだろう。

東京は今日も冷たい雨。少し時間があったので布団にくるまって「カラマーゾフの兄弟」を読んだ。寒い日にあたたかいところにいられるのは幸せだ。子供の頃を思い出した。こたつみかん。あの頃読んだ本や漫画は、そこらじゅうのページにみかんの染みがついていた。

2012年12月 2日 (日)

夜になって冷たい雨が降り始めた。今朝起きた痛ましい中央道のトンネル事故、物流が増えるこれからの時期への影響が心配だ。中央道はいつ再開するのだろう。トンネルの天井が落ちてくるなんて。走っても走っても終わらない長い恵那山トンネルも同じ構造と聞いてぞっとした。

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先日イッサーリスの2日間の演奏を聴けて本当によかった。聴いた直後はまともに影響されていたし、今もその時のことを思い出し自分の体に取り込むようにしている。自分たちの演奏をFMの放送で聴いたことも大きい。何をしなくてはならないか何をしてはならないか、前よりわかる。
僕は劇的に良くなった、ような気がする。何かを表現するにはどうしても技術が必要だけれど、技術はそれ単独では存在していなくて、音楽と不可分のものだと思う。音楽にすっかり含まれてしまう技術を。

2012年12月 1日 (土)

もし一斉に

今日から12月。東京は真冬の寒さとなった。

何年も前から着ているユニクロの黒いコート(ユニクロっぽく見えないところも気に入っていた)、よく着るのでさすがにいたんでいて、すでに昨年から新しいものを、と思っていた。ようやく新しいコートを買った。
夕方入った紳士服店のスーツ売場はすっかり「就活」向け、大学生が母親とスーツを選んでいた。この子たちは社会という海を漕ぎ渡っていけるだろうか。

ユニクロは今の経済状況を象徴する存在の一つだと思う。安さ、とか無料ということが何よりも優先する世の中になった。無料の演奏会の盛況ぶりも大変なものだ。時々ちょっと複雑な気持ちになる。

学生時代、カザルスホールの公演をよく学生券で聴いた。開演1時間前に売り出される学生券を、さらにその1時間前夕方の6時には窓口に並び、チケットを手に入れてから、お茶の水駅近くの吉野家で牛丼を食べてホールに戻る、公演中はよく眠くなった。
あの頃、牛丼の並は確か400円だったと思う。20年たって380円。最近のニュースによると、吉野家は並を250円で販売する実験店を都内でオープンさせたそうだ。

安い商品は当座、財布にやさしい。でもお金を使わないことは結局自分たちの首をしめると思う。衣料品や牛丼の値段が上がっていない、どころかむしろ下がっている、ということは、ものすごく乱暴な言い方をすれば、やはり給料やギャラは上がらないのだ。
銀行の預金金利はちゃぶ台をひっくり返したくなるくらい低いまま、一方でクレジットカードや様々な店舗のカードにはかなりの金額に相当するポイントが発生する。予想もできない規模やスピードでいろいろなことが動いている。

人々がスマートフォンをいじって潰す時間を減らし、実体のあるものに一斉にお金を使い始めたら景気は劇的に回復するのでは、と時々空想する。

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