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2013年1月

2013年1月29日 (火)

少しだけさらってからライカ銀座店、セイケトミオさんの写真展「Light in Monochrome 」へ。モノクロ画像しか撮れないデジタルカメラ(!)で撮影された写真が展示されている。

それから映画「塀の中のジュリアス・シーザー」を観た。
http://heinonakano-c.com/
刑務所の中がいつの間にか古代ローマのように見えてくるおもしろさがある。出演は本当に服役囚たちなのだろうか、あの表現の強さは俳優では出ないかもしれない。

ところでオーケストラや室内楽のリハーサルをする時、楽譜上のフレーズの移り変わる場所などに練習番号(1とか2とか)、練習記号(AとかBとか)がふってある。
例えば指揮者がこう指示する、Cの3小節前の何の楽器の何が何とかだから何とか、それではCの4小節前から全員で、とかそんな具合だ。その時指揮者が「スィー」と言っているのか「ディー」と言っているのか「イー」と言っているのか全員には聞きとりにくいことがある。その場合例えば、Aなら「アントン」、Eなら「イングランド」、Gなら「グスタフ」、Mなら「モーツァルト」、というようにわかりやすい単語で補足する。

新日フィルにいた時、アルミンクがよく練習記号Cのことを「ツェーザ」、と言っていた。最初「ツェーザ」とは何だ?と思った。しばらくして「シーザー」のことらしいと思い至った。映画「塀の中のジュリアス・シーザー」では「チェーザレ」と発音していたような気がする。外国人がシーザーのことを「シーザー」と発音するのを聞いたことはまだない。

映画館を出てからシャネル・ネクサスホールへ。アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真展「こころの眼」。
http://www.chanel-ginza.com/nexushall/2013/hcb/
有名な写真ばかりだった。僕はやっぱりフィルムで撮った写真が好き。

ラボに2軒寄ってフィルムの現像を受け取ってからオペラシティへ。近江楽堂で開かれているヴァイオリンの高田あずみさん高田はるみさんのデュオ・リサイタル。僕たちが普段慣れている音程より半音ほど低い調弦で演奏していた。高田はるみさんは都響の仕事の間にこのピッチでさらっていたのだろうか。初めて聴いたルクレールのソナタは楽しかった。

近江楽堂でチェロソロの演奏会をしたらどうだろう。

2013年1月27日 (日)

今日のベートーヴェンプログラムでインバルの公演は一段落。
彼を見ているといくつも感心することがある。まずとにかく元気なこと。80歳近いのに一時間以上かかるマーラーの交響曲を、素晴らしく広い腕や肩の可動域を使って振り続けること。振り間違えることが本当に少ないこと。迷ったり躊躇したりすることがないこと。いつも即決する。多少強引な気がすることもあるけれど、その一切の責任を彼は負っている。
それから、リハーサルやゲネプロをする時の時間の感覚(職業オーケストラのリハーサル時間はとても厳密だ)。手元に時計は置いていないはずなのに、今日の公演でも、先日のサントリーホールでも、普段のリハーサルでも、例えばその楽章が終わった時や曲が終わった時には、秒単位でまさにぴったり終わるべき時間になっている。

先日読み終わった「カラマーゾフの兄弟」、光文社文庫版の5巻目には訳者亀山郁夫さんの長大な解説(ドストエフスキーの生涯、解題)があり、ちょっと長いぞ、と思ったけれどとてもよかった。うぅむ、なるほど、すごい小説だなぁ。目からうろこが落ちるようだった。しばらくしたらまた読み返そう。
ジョイスの「ユリシーズ」も、丸谷才一さんの解説を読んではじめて、なぜこの小説が20世紀を代表するものなのかよくわかったもの。先達の文章はありがたい。

今読んでいるのは栩木伸明著「アイルランド紀行 ジョイスからU2まで」。アイルランドの街が、様々な歌や伝承、W.B.イェイツ、シング、ジョイス、ベケット、・・・様々な文学と結びつけられて語られる。僕も旅に出たくなる。

仕事の帰り、本屋に寄った。B.リッツマン編「クララ・シューマン ヨハネス・ブラームス 友情の書簡」を求めるためだ。もともと、みすず書房のホームページでは昨年11月の刊行予定となっていたのに、遅れに遅れてようやく。とても凝った函つきの製本だ。
http://www.msz.co.jp/book/detail/07727.html
もしブラームスが同時代人で、何月何日に彼の交響曲第3番が初演される、とかヴァイオリン協奏曲が初演される、とかだったらどんなだっただろう。ブラームスの音楽はよく知っているつもりだけれど、彼の文章は初めて。楽しみ。

書店の音楽書のコーナーで見つけたのは古屋晋一著「ピアニストの脳を科学する」。この本のことは人から教えられていた。手にとったら想像以上におもしろく、荷物が増える結果となった。帰宅してからあっという間に半分近く読んでしまった。
研究はまだ始まったばかりのようだけれど、楽器を演奏したり、音楽家が音楽を聴いたりする時、脳の中はどうなっているのか、という話だ。例えば、数日ぶりに楽器に触った時の他人の手のような感覚は、とか、弾いたことのある曲を聴いている時、脳の中では楽器を演奏するための領域が活性化している、とか。なるほどなるほど。最近うすうす感じていた、楽器を弾く音楽をするということは多分に頭の中でのこと、ということが書いてある。やみくもにさらうのではなく、きっと上手なさらい方がある。楽器の演奏で苦労したことのある人にはよくわかる話しではないだろうか。

もう一冊、丸谷才一さんの文章が読みたくて(僕は丸谷節、と思っている)「快楽としてのミステリー」も。
本が読めるのは幸せなことだ。

2013年1月25日 (金)

もっとも演奏されない

今日からベートーヴェンの4番のリハーサルが始まった。
9曲あるベートーヴェンの交響曲の中でもっとも演奏されない曲の一つだと思う。難しいし演奏効果が上がりにくい。けれど、あまり弾いてこなかったせいもあって一つ一つのモチーフが新鮮だし、様々な要素が詰め込まれていておもしろい。弾いていて楽しいのは4番と8番だ。でもこの2曲で演奏会を組んだらチケットは売れないだろうなぁ。
1番から9番まで、それぞれの曲の個性的なことは驚くばかり。しかも1曲1曲まるで違うのに、どこを取り出してもまぎれもなくベートーヴェンだ。

ところで4番の交響曲の終楽章といえば、ファゴットのオーディション(オーケストラの入団試験)を思い浮かべる。同じベートーヴェンでチェロなら「運命」の第2楽章が避けて通れない。オーディションには定番があり、ヴァイオリンだと例えばマーラーの9番がよく出される。実は僕はこの曲を弾いたことがなく、オーディションでヴァイオリンのパートを聴くばかりだ。

仕事の後歯医者へ。都響の中にこれまで歯医者に行ったことが無いという人がいた。あの音とにおいを知らないなんて、なんとうらやましい。

2013年1月23日 (水)

昨日サントリーホールでのイリス・フェルミリオンさんの歌、音から音、声から声へと言ったらいいのだろうか、次の音や言葉に移る瞬間の見事さに聴き入って、自分の弾いていることを忘れそうになった。フェルミリオンさんはいつも悠然としている。この人は慌てたり急いで走ったりすることはあるのだろうか。
終演後プールに行って体をほぐしぐっすり眠り、チェロを弾く心と体は完全に休み。

今朝はまずギャラリー冬青で開かれている加納満さんの写真展「RICALCO 風景を翻訳する」へ
http://www.tosei-sha.jp/TOSEI-NEW-HP/html/EXHIBITIONS/j_1301_kano.html
イタリアに行きたくなった。その場所や時間帯の空気感が伝わってくるようだった。

それからBunkamuraの「白隠展」へ。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_hakuin/index.html
実に楽しかった。おろかにこりかたまった僕の心は解き放たれ自由にしてもらえた。

ニコンF2がなおってきた。ファインダーの見やすさは本当に素晴らしい。手にとるようにピントがわかる。早くフィルムを通したい。

2013年1月21日 (月)

昼間、普段の職場を離れて違う人たちと違う仕事をした。同じチェロを弾いても大きな気分転換になる。
夜、マーラーの5番の楽譜を見なおした。昨日目が泳いだところ、むぎぎっと弾いてしまったところ、落ち着いて小さい音で少しだけさらった。

もうひと頑張りしてさらう、という時には砂糖をどっさり入れたエスプレッソを飲むことが多い。ちょっとしたエネルギー充填だ。美味しいエスプレッソは業務用のすごい機械がないと無理、と思っていた。でも、コンロにかける小さなエスプレッソメーカーでもけっこういける。手動のミルで豆を細かく挽くのは手間だけれど、まぁ、それも儀式のようなものだ。

去年の暮れから取り組んでいるチェロを弾くもろもろのことの革新は、成果が音に現れ始めた、ような気がする。今晩とても良くなった、ような気がする。今までできなかったことができるようになり、今まで見えなかった世界が見えるようになった。今年は爆発的に良くなるはずなのだが、うぅむ、どうだろう。何かに気付くたびにもう昨日までの自分とは違う、そう感じながら僕はチェロをさらい続けてきた。

最近遊んでいない。見たい写真展、展覧会、映画はたくさんある。修理に出しているカメラが戻ってきたら動物園に行く、と決めているし。

さて、明日はサントリーホールでマーラーの5番。

2013年1月19日 (土)

今日の都響はみなとみらいホールで本番。
マーラーの5番の前に、同じくマーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌曲」があった。歌はイリス・フェルミリオンさん。昼の演奏会がこの曲で始まるのは素敵だ。本番の歌はリハーサルやゲネプロとは別物でさらに素晴らしかった。こういう時やっぱり歌だなぁ、と思う。声にかなう楽器はない。
みなとみらいはオーケストラも室内楽も弾きやすいホールだと思う。いい演奏会だったのではないだろうか。

Untitled_9

マーラーの5番はだいぶ慣れてきた(以前1回弾いたことがある、とは思えないありさま)。音符がとにかく多いし、易しくない。なかなか手に入ってこないのは、音型のパターンが不規則だからだと思う。指が回るかどうか、よりこのテンポに頭がついていけるかが問題のようだ。パート譜の分量はだんとつでチェロが多いらしい。第1も第2もヴァイオリンは30数ページ、コントラバスはどうやら20ページ台、他の楽器は・・・、やめておこう。だいたいそもそも楽譜以前にチェロは持ち運びが大変だ。
それなら他の楽器がいいですか?と聞かれたら、やっぱりどう考えてもチェロだ。この交響曲でもいい音域で旋律が弾けるし、格好いいところもいっぱいあるし、中声部もあるし対旋律もあるし(この役割が難しい)、和声を支えるバスも弾く。バスを弾く充実感にはこたえられないものがある。旋律かバスか、と聞かれたら、それは困る質問だ。

明日は池袋の東京芸術劇場へ。

2013年1月18日 (金)

様々な白鳥

ピアノの長尾洋史さんに教えていただいた、3人で白鳥を弾く方法。聴いているほうはおもしろいかもしれないけれど、弾くほうは大変だなぁ。終わり方がおもしろい。(15分ほどの動画の、8分30秒頃から始まります)
http://www.youtube.com/watch?v=WOrW6ucrdQ0

動画は見つけられなかったけれど、2人と2本の弓で一台のチェロを弾き、旋律も伴奏も、という編曲の白鳥もある。

これもある方に教えていただいた、若者の弾くうっとりとした白鳥。今をときめく2CELLOSの一人だろうか。
http://www.youtube.com/watch?v=xHbMbvCtuGw

2013年1月17日 (木)

雑誌「ストリング」2012年11月号には「ピエール・アモイヤル校訂 ハイフェッツの音階練習の正体」として、アモイヤルの解説によるハイフェッツの音階練習が連載される、という記事があり楽しみにしていた
その記事から

『 -和音で練習することのメリット-
 同時に2音押さえることで左手の形を安定させることができます。1音だけの場合、押さえる指が1本で簡単なので、ほかの3本の指が余計な動きをしたり、余計な力を入れたりしかねません。
 3度の重音では1 3、2 4と押さえることで、指が1本1本別々の行動をとらず、チームを組んで正しい手の形を作ることができます。』

僕にとっては実に耳に痛い話だ。

ところが、「ストリング」誌は同号で休刊と聞き、大変残念に思った。どこか誰かが引き継いで記事にしてくれないないだろうか。ハイフェッツのドキュメンタリー(God's Fiddler)にも、彼自身が音階をさらう様子(素晴らしい音階だ)が含まれていて、是非もっと知りたいと思っていた。

2013年1月16日 (水)

今日からマーラーの5番のリハーサルが始まった。昨日のぐうたら感謝がたたって、なんとも情けない弾け具合だった。終楽章のテンポがとても速かったこともある。反省し帰ってからもう一度読み直した。第3、5楽章は八分音符の無限地獄のようだ。めくってもめくっても八分音符が現れる。
ところで、第2ヴァイオリンのパート譜は33ページだそうだ(チェロは46ページ)、うぅむ。

2013年1月15日 (火)

ぐうたら感謝の日

写真展を見て美術館に行ってうっかりスペアを切らしていた弦を買って、とあれこれ予定はあったのだけれど、ぐすぐすの分厚い雪に覆われた道路に恐れをなした。出かけたのは近所を散歩して公園に作られた雪だるまの写真を撮ったことくらい、すっかりぐうたら感謝の一日になってしまった。年が明けてから意外と忙しかったから、暖かい部屋でゆっくりできたのは幸せだったかもしれない。でも今度の休みは雪でありませんように。

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カラマーゾフの兄弟を読み終わった。エピローグを読みながら、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を思い出した。アリョーシャが少年たちに話しかけること、その言葉まで覚えていた。けれどそれ以外はほとんど何も。20歳頃の僕は何を読んでいたのだろう。

2013年1月14日 (月)

今日の都響は静岡音楽館AOIで本番。小さく良いホールだった。
帰りの新幹線、静岡から小田原までは雨、そこから景色は白くなり、東京は雪国になっていた。雪が積もると街は静かになる。明日はあちこち出かけようと思っていたのだけれど、さて。

2013年1月12日 (土)

今日はサントリーホールで仕事だった。なんだか楽器の調子がいま一つ、と思いながら帰宅。夜、C線を新しくしたら、なぁんだ、という感じだった。それだけで楽器全体の深みや強さがぐっと出た。

ラヴェルのピアノ三重奏にはC線の自然倍音でかなり高いところまで上がる部分がある(第1楽章の最後)。弦が古いと出にくいので、2月9日の本番ぎりぎりまで交換をこらえるつもりだった。しかし、今日ついに我慢ならず。
今使っているのはスピロコアの弱い弦。同じくタングステン(ヴォルフラム)でも弱い弦が用意してあったのだけれど、音が簡単に出てしまうこと、音色が神経質なことが気になって使うのを見合わせた。下2本の弦は全体への影響が大きいから高価な弦を長く使うより、普通の弦をまめに交換した方がいいと思う。

チェロを弾く時、孫子の「彼を知り己を知る者は 百戦殆(あやう)からず」という言葉を最近よく思い浮かべる。
「己」には、もちろん自分や自分の能力や、それだけでなく自分の楽器や演奏会場、共演者があてはまり、「彼」にも自分の能力や楽器や演奏会場、共演者があてはあまるような気がする。残念ながら「己」はなかなかつかむことができない、なかなか。

ニコンF2は修理に出した、2週間かかるそうだ、待ち遠しい。F2に50ミリレンズをつけて冬の日本海を旅したら、とうっとり考える。なおってきたら、日本海は遠くても、上野動物園には出かけよう。

2013年1月10日 (木)

マーラーの5番はデプリーストの指揮で一度だけ弾いたことがあり、会場はオペラシティ、第4楽章(有名なアダージェット)をぴんぴんとした8つ振りで振られて弾きにくかったことは覚えている。でもパート譜を開いてみると音符は見事に忘れていた。チェロは46ページもある。ヴァイオリンより多かったりするのだろうか。管楽器や打楽器はうんと少ないページ数だろうなぁ・・・。

あまりYouTubeは見ないのだけれど、何かを探しだすと関連する動画が芋づる式に表示されて、いつまででも見てしまいそうだ。アルゲリッチ、レヴァイン、プレトニョフ、キーシンがバッハの4台の鍵盤のための協奏曲(もとはヴィヴァルディの4つのヴァイオリンのための)を弾いている映像を見つけた。後ろの弦楽器も有名な人たちがいっぱい。
http://www.youtube.com/watch?feature=endscreen&v=tJ49G2-Chhs&NR=1

2013年1月 9日 (水)

2月の室内楽の練習が少しずつ始まっている。一人で譜読みしていたものが、全員で音を出して少しずつ形になっていくのは楽しい。ほとんど10年ぶりに弾くラヴェルのピアノ三重奏はやはり好きな曲だ。こうあってほしい、というものが自分の中ではっきりしている。

来週からマーラーの5番が始まるので勉強を始めた。この曲を初めて聴いたのがバーンスタイン指揮ウィーン・フィルのライヴ録音。熟しきって落ちる寸前の果実のような音色は、ウィーン・フィルだから出るものだろうか。一つのセクションだけでも、いくつかのセクションが合わさった時も、あるいは全体でも、溶けあった音色はこれ以上ないものと思える。

ニコンF2フォトミックが手元にやってきた。なんと電池を入れ替えたら露出計が動いた!モルトは劣化してぐずぐずになっているし、シャッター幕に穴があいているという大問題はあるのだけれど、とりあえずフィルムを入れてみた。何かは写るかもしれない。

2013年1月 7日 (月)

実家にいる時掃除機をかけるついでに、エアコンのフィルターは、と聞くと掃除していないという返事。開けてみたら、なんとまぁ、フィルターの上には灰色の分厚い絨毯がびっしり張り付いていた。久しぶりにすごいものを見た。
昔、ご飯を炊こうとして、しばらくほったらかしにしてあった炊飯器を開けた時のことを思い出した。お釜に残っている米はもちろん見えず、風の谷のナウシカに出てくる「腐海」のようなものが出現していた。深いカビの層は意外とカラフルだった。幸いにおいはなかった。

名古屋駅のホームで新幹線を待っていたら、立ち食いのきしめんのいい匂いがした。だしの味と、湯気で生き物のように動く花かつおの姿がありありと浮かんだ。しばらく食べていないなぁ。今度名古屋に行ったら早めにホームに上がってきしめんを食べよう。

年末に撮ったフィルムの現像を受け取りにラボテイクに行った。製造中止になったフジの高感度フィルムに代わるフィルム、増感現像について教えていただいた。帰りにイルフォードのデルタ3200というフィルムを買った。どんな調子になるのか、楽しみ。

2013年1月 6日 (日)

初仕事を終えてから帰省。
JRの在来線に乗った時、鞄から携帯電話を出そうとして開けたら隣の見知らぬ年配の男性に、「そのカメラは**ですね」と即座に言われた。僕の鞄にはカメラももちろん入っていて、開けると側面が少し見える。話がはずんで楽しかった。

その日、思いがけずニコンの古い一眼レフ(F2フォトミック)を手に取る機会があり、感触の良さにちょっと参った。ニコンが横走りのシャッターを作っていたことは知らなかった。工芸品のように丁寧に作られたカメラはいい。
FM2やFM3は使っても結局手放してきた。どうしてだろう。マニュアルフォーカスの一眼レフはもう使わないことにしていたのだけれどF2は気になる。よかったなぁ。

毎日新聞の書評に坪内稔典著「柿日和」が紹介され、おもしろかった。本文の引用をそのまま引用します。

「あるところで、会があり、貞徳が一足先に帰ろうとすると、その家の主が見事な熟柿を籠に盛って出した。その場にいた人々は、「これに発句せずば帰さじ」(この柿で一句を詠まないと帰しませんよ)と口々に言った。すると貞徳、即座に、
  かきくけこ
と詠んだ。意外な展開に人々は固唾を飲んだのではないか。(中略)人々の注視の中で、
  くはではいかで
と続ける。食べないではどうして、という意味だ。ここでちょっと休み、先生は皆の顔をゆっくりと眺めた。それからおもむろに、
  たちつてと
と最後の五音を書いた。
  かきくけこくはではいかでたちつてと
 これで、柿を食べないでどうして帰ろうか、食べてから帰るよ、という意味の句が完成だ。」(「俳句が見つけた柿」)

2013年1月 4日 (金)

もともと朝は弱い上に、年末年始ののんびりですっかり寝坊助になっていた。今朝、夜明け前、この世のものとは思えないほどの眠さから無理くり起きて衛星放送を見た。秋に収録したシューマンとブラームスの室内楽の放送日。

音はFMですでに聴いていた。映像があると、どうしてその音になったのか手に取るようにわかる。いろいろなことの解決の糸口が見えた。自分の映像を好んで見たいとは思わない。でも、良薬は口に苦し、とてもとても勉強になった。

秋に音と映像を録りながら室内楽を弾けたこと、イッサーリスの演奏会を2日間聴けたこと、この二つは大きな出来事だった。これがなければ僕はもっとおろかなままだった。

放送を見て冷めないうちに少しさらい、プールに行った。今年最初の営業日、近所のプールの水は東京体育館のそれのように澄んでいた。早起きするといろんなことができる。

いつもはこんなことを考えないのだけれど、今年の目標。
チェロを背中から弾く。心が熱くなっても体はかたくならない。40年近くも、んぎぎっ、と弾いてきたからとても難しいことではある。本番の舞台に上がった時の心の有り様をこれまでと違うものにする。かなうことなら火傷しそうに速く熱い音を出してみたい(ハイフェッツのように)。
もう一つ、オ・バカナルでこころゆくまでフレンチフライを食べながら(2皿平らげたっていい)ビールを飲む。サントリーホールで昼本番の後にできたら最高だなぁ、いつも逃げるように帰ってきてしまうもの。

2013年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます。

大掃除のまねごとが続いていて、今日は棚にしまいっぱなしになっているたくさんの写真の整理に乗り出した。ふぅ、いつになったら目途がつくことやら。

明日から1月4日まで、恵比寿の東京都写真美術館で映画「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」の無料上映があるそうです。(昨日ピーター・バラカンさんのFM番組で紹介されました)
残念ながら僕は明日から仕事なので行けないのですが、お時間のある方はお出かけになってはいかがでしょう。おもしろそうな映画です。

写真美術館のHPから
『郵便局員のハーブと、図書館司書のドロシー、夫婦共通の楽しみは現代アートのコレクションだ。選ぶ基準はふたつ。1)自分たちのお給料で買える値段であること。2)1LDKのアパートに収まるサイズであること。・・・・』
http://syabi.com/contents/exhibition/movie-1860.html

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