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2013年2月

2013年2月28日 (木)

今日の都響は福島県いわき市の、午前は小学生、午後は中学生の前で演奏した。会場いっぱい2,000人の子供たちだ。基本的には都内での音楽教室と同じ内容で、1時間のプログラムの中には子供たちがオーケストラの伴奏で歌う「翼をください」もある。会場(いわき芸術文化交流館アリオス、ここは2年前の地震の時は避難所だった)の音響の良さは確かにあるとしても、子供たちの声が素晴らしかった。自分のパートを弾きながらぼうっとしてしまった。子供たちからも引率の先生たちからも何かあふれるものが強く伝わってきた。(客席と舞台の間には確かに行き来するものがある。例えば、演奏会の1曲目が難しいのは演奏者がかたくなっているだけでなく、聴衆も座ったばかりの客席になじめず緊張しているからだと思う。)

昨年暮れから取り組んでいる奏法の改善で、思いもかけず、これまでどうにも使いづらくて使えなかった弓が使えるようになった!(2010年1月30日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-219d.html)もちろん気に入って手に入れた弓なのだけれど、この2年くらいほとんど使っていなかった。今になってようやく、この弓の本当のところ、その良さをわかり始めたような気がする。
弓の持ち方、とは弓を持たないことだと思う。これは禅問答ではない。弓は弦の上で常に動いているのだから、つまりいつもバランスが崩れていてどこかに行こうとしているのだから、彫像のように止まった1点で保持する必要はなく、弦から落ちさえしなければいいし、それに弓ばかりでなく人間の体も自由に振動できた方がいい。

いわきからの帰り、常磐線の右手には沈む夕陽、左手には時々海が見えた。今度の休みは海に行けるだろうか。明日からもう3月、芦ノ湖の解禁だ。

2013年2月25日 (月)

昨晩放送されたJ-WAVE「Growing Reed」のゲストは解剖学者の養老孟司さん。養老さんが、現代の風潮として自分の命は自分のもの、というものがあるかもしれない、もちろん命は自分でつくる事はできず与えられるもの、という旨のことを言っていた。http://www.j-wave.co.jp/original/growingreed/
新日フィルにいた時、エキストラで来ていた若いヴァイオリンの子が何かの折にさらりと「音楽は誰のものでもないから・・・」と言ったことを思い出した。この言葉はとても印象に残っている。

今日海に行くことはできたのだけれど、北風の冷たさに恐れをなしてやめにした。もし出かけていたら体は寒さに凍え、カメラは飛んでくる砂でじゃりじゃりになっていただろう。
すっかりインドア派に。さらってから確定申告の計算をした。「明日なすべきことは今日のうちになせ」という格言に反して、僕は「後にできることはできるだけ後にする」という生き方をしてきた。2月中に申告の準備がこんなにはかどることはかつてなかったことだ。

V・ナボコフ著「ナボコフの文学講義(下)」を読んでいる。上巻ではなく下巻から読んでいるのは上巻で取り上げられているオースティン、ディケンズ、フロベールの作品を読んでいないから。下巻のプルーストの部分を本屋で立ち読みしたらあまりにおもしろかったので。こんなことが書いてある。

『プルーストはプリズムみたいだ。彼、ないしそれの唯一の目的は屈折させること、そして屈折させることによって、回想のうちに一つの世界を再創造することである。・・・』

例えば、卓越した音楽家にブラームスやドビュッシーの音楽の素晴らしさの秘密を目の前で明かしてもらっているようだ。

2013年2月22日 (金)

もうすぐ3月というのに寒さ厳しく、朝、東京でも水たまりに氷が張っていたりする。僕が子供の頃、確かに冬はこういうものだった。
昨日、映画「レ・ミゼラブル」を観た。ミュージカル仕立て、とは聞いていたけれど全編歌づくしなのには驚いた。でも言葉が歌と結びついたときの強さはあるし、同じ旋律にそれぞれの登場人物が別の歌詞を乗せて歌ったり、対旋律にもう一つの歌詞を乗せたり、なるほどと思うことはたくさんあった。フランスを描いているのに英語の歌詞で「ビューティフルなんとか~」と歌うのはなんだか変な気もするけれど、あの旋律線とフランス語がいい関係になりそうには思えないから、まぁいいのか。それにしてもラッセル・クロウがあんなに歌うとは。
延々と続くエンドロールを見ながら、よくこんな大きな規模の映画をつくったものだと思った。映画好きの人たちが詰めかける単館上映のもの(「塀の中のジュリアス・シーザー」も「マリーゴールド・ホテルへようこそ」もほぼ満席だった)もいいし、シネマコンプレックスの広い座席に山盛りのポップコーンを抱えて座るのもいい。いつもポップコーンは塩味とキャラメル味のハーフ&ハーフ。

今日久しぶりにスキャナを動かした。

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今度はいつ海に行けるだろうか。もちろん毎日本を読んだり映画を観たり写真のことを考えたり、そんなことばかりしている訳ではなく、明日も本番がある。

2013年2月20日 (水)

先日神田の古書店街で探した本の一つが池澤夏樹著「クジラが見る夢」(新潮文庫版)。古本の迷宮の中で僕は見つけることができなかったのだけれど、近所のブックオフの書棚にあって拍子ぬけしてしまった。
池澤さんがジャック・マイヨールと過ごした日々を文章と小さなイラストで綴り、さらに写真も多数入っている。スマートフォンやパソコンの画面に現れては過ぎる情報を見るのは楽しい、でも自分の体や心の発する声にもっと耳を傾けなくては、と思った。また海に行きたくなった。

4月に「大公」トリオを弾くので少しずつ勉強を始めた。学生時代に弾いて以来だと思う。あの頃本当に何もわからないまま弾いていたことを思い出す。今だから何かがつかめる、というわけではないのだけれど。
同じベートーヴェンのピアノ三重奏なら作品70の2、変ホ長調のトリオが好き。ほとんど演奏されないのをとても残念に思う。このトリオと双子の、作品70の1には「幽霊」という名前がついている。でも二長調でさっそうと始まるから「ひゅーどろどろ」のようなものを待ち受けているとびっくりするかもしれない。
とにかく、久しぶりに聴いた「大公」は素晴らしい曲だった。

2013年2月18日 (月)

曜日にあまり関係なく仕事をしているけれど、日曜日の楽しみというものはある。日曜日の新聞を読むこと。購読していない毎日新聞も読む。出かけていたらキオスクなどで買うし、家にいたら近所のコンビニエンスストアまで行く。大きな目的は充実した書評を読むこと、それからもう一つ、平松洋子さんのエッセイ「小鳥来る日」も楽しみだった。ところがその連載が終わりとても残念に思っていた。
昨日の毎日新聞には嬉しいことに単行本化された「小鳥来る日」について、平松さん自身の言葉が掲載された。

『違和感に満ちていたり、異質なものが混ざり込んだり・・・・・。人間の日常って、実は非常に混沌としたものだと思うんです。でも、とらわれると前へ進めなくなるので、指の間からいろいろ落としながら生きていく。それらをひょいと拾い上げて、まじまじと見つめたら見えてくるものがあるんじゃないか、そうしたものを書いてみたい気持ちがありました』

コダーイの無伴奏の終楽章をさらい始めている。このところ室内楽やオーケストラのレパートリーばかりさらっていたから、ソロの曲を弾くのは何だか変な感じだ。終楽章を人前で弾くのはいつ以来だろう。久しぶりに、というかようやく初めてきちんと楽譜を読んでいる。恥ずかしいことに意味のない変な癖が山のようについていた、あぁなんと、笑止千万。今度弾く時は見違えるように素晴らしいコダーイでありますように。

2013年2月16日 (土)

引用をたくさん

「ピアニストの脳を科学する」の中では、脱力して弾く、ということにも多くのページが割かれていて、例えばこんなことが書いてある。
http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-93563-7/

『実は、筋肉というものは、狙った大きさだけ力を発揮するときよりも、弛めるときのほうが、よりたくさんの脳部位が働くことがわかっています。意外に思えますが、脳にとっては、筋肉を収縮させるよりも弛めるほうが、大変な作業なのです。・・・』
『脳が筋肉に「収縮しなさい!」と送る指令にはノイズが混ざりますが、その量は、筋肉が大きな力を発揮するときほど増えるという性質があります。たとえば、ボールを投げる速さを速くするにつれてコントロールが悪くなるのは、速く投げるときほど、筋肉にたくさん指令を送るので、そこに混ざるノイズも増えてしまうためとされています。したがって、同じ速さで手を動かすとしても、もし筋力をあまり使わなければ、ノイズの量も減り、より正確に身体を動かせるはずです。』

すぐに練習に取り入れた。昨日今日でだいぶ進んだ、ような気がする。

写真家、渡部さとるさんのブログにこんなことが書いてあった。
http://d.hatena.ne.jp/satorw/20130215/1360902628

『一昨年のネパールでは僕はデジタル一眼レフを2台持って行った。何でも写るし、使いやすいし、撮った写真はすぐに皆に見せられるし、
感度を上げて月明かりに浮かぶ8000メートルの山々を撮ったりしていた。使っている間はいいことづくめのような気がしていた。

帰国後、マキナ67で撮られた小川さんの200枚近くのモノクロプリントを見せられたときに、ローライを持って行かなかったことを後悔した。彼の写真には彼が見たネパールが写っていた。僕の写真はただネパールを紹介するような写真のような気がしてきたのだ。これはちょっとショックな出来事でもあった。「写る」ということがどういうことなのかを考えてしまった。』

なるほど、確かに。やっぱり今度の演奏旅行にはフィルムのカメラを持っていこう。

2013年2月15日 (金)

古屋晋一著「ピアニストの脳を科学する」を読み終わった。なるほど!ということや、うすうす感ずいていたことの説明があったりしてとても興味深かった。ハンマー投げの室伏選手が「脳を鍛える」と言っていたことを思い出した。楽器の練習は、やみくもに回数を重ねたり精神論を持ちだすものではもうない。

来月コダーイの終楽章を、来週は「ひばり」や「浄夜」を弾かなくてはならない。さらうことにエンジンがかかってきた。今までとは違う体や頭の使い方で弾いているので、これまで弾いたことのある曲でも、まったく新しい顔が見える。さらうこととは変わっていくことだ。

2013年2月14日 (木)

海へ

この休み中に海に行かないと絶対に後悔する、と九十九里へ。

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ここの海は広くて好きだ。
車窓を流れていく景色をぼんやり眺めたり、波の音を聞きながら水平線を見ることは人生にきっと必要だ。

海からの帰り、神保町の古書店街に寄った。今は案内所があって、欲しい本を検索してくれたり、文庫本に強い古書店はここ、と教えてくれたりする。結局欲しい本はなかった。小さい頃から僕の眼は節穴で、探しているものはいつも見つけられない。
今日撮ったフィルムを現像に出して帰宅。さぁ、そろそろチェロを弾こう。

2013年2月13日 (水)

今日は映画に、「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」。
http://www.foxmovies.jp/marigold/introduction/
実におもしろかった、映画の魅力を堪能しました。女優、俳優たちが見事な芸達者だし、行ったことのないインドにいる気持ちにさせる画面もよかった。

それから西武百貨店で開かれている「ロバート・メイプルソープ flowers写真展」へ。数点のカラーと多くは白黒で写しだされた花々の写真は、うっとりするほど豊かな諧調だった。倒錯した言い方になるけれど、絵のような写真がいくつもあった。素晴らしかったなぁ。

芦ノ湖の解禁がせまり、ボート屋から情報が届くようになった。もうそんな時期だ。

2013年2月12日 (火)

横浜美術館で開かれている写真展「ロバート・キャパ / ゲルダ・タロー 二人の写真家」へ。
http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/capataro/
圧倒された。見終わって美術館の外に出ると、世界は違って見えるようだった。幸せな状況の写真は少ないのにキャパが撮った写真が際立っているのは、きっと彼のあたたかさと被写体への深い共感があるからだと思う。

その後銀座のキャノンへ。オンラインショップでしか扱わないカメラを手にとってみたかったから。パワーショットN。
http://cweb.canon.jp/camera/dcam/lineup/powershot/ps-nsp/index.html
キャノンらしくない、と言ったら怒られるだろうか、とてもおもしろそうだ。僕は丸くてころんとしたものに弱い。

写真を撮る道具は、キャパやタローの時代からは考えられないほど進歩したけれど、人間の撮る写真そのものは進歩したりより深くなったりしただろうか。それは音楽も同じで、例えば録音の機材はまるで別物になり音響の良いコンサートホールも次々と建てられたけれど、現代の演奏は過去の巨匠たちにまったくおよんでいないのではないか、と思うことがある。

2013年2月11日 (月)

ぐっすり眠り、起きると抜けるような冬の青空。ゆっくり朝のコーヒーを飲みながらこれ以上何がいるだろう、と思った。

それはもちろん僕にだって、暖炉のある家に住みたい、とかリビングから海の見える家に住みたい(昨日放映された「ビフォーアフター」でのお家がまさにこれで、じつに素晴らしかった)、とかポルシェに乗りたい(運転免許を取ることから始めなくちゃ)、とか、おっと忘れてはいけないのは誰もがうらやむような素晴らしいオールドのチェロを弾きたい、などという煩悩はありますよ。

そういう天文学的な物欲は別として、毎日考えていることの一つは、春に行くちょっとした演奏旅行にどんなカメラを持っていくか、という僕にとっての大問題。デジタルカメラを持っていけば何の問題もないのだけれど、どうにも味気ないので本当のところはフィルムのカメラを、そうすると空港のX線検査をどうやってくぐり抜けたらよいのか、とくよくよ考える・・・。

昨日まで忙しく、でも思ったより、というよりほとんど疲れていなくて、ますます楽しいチェロを一日8時間くらいさらうこともできそうだったけれど、やっぱり予定通り今日からしばらくの休み。正月もばたばたしていたし、11月の末から走り続けていたような気がする。右手も左手も革命的な奏法の改善を発見したところでさらうのを休み、頭の中が少し組み変わったところで再び始めよう。

今日であの地震から1年と11ヵ月たった。

2013年2月 9日 (土)

東京文化会館小ホールでの演奏会、多くの方々にお越しいただき本当にありがとうございました。
盛りだくさんのプログラムは、ゲネプロもぎりぎりまでかかって大変だったけれど、あっという間に終わってしまった。あっという間に終わってよかったという気持ちと(あっという間に終わる時はいい時だ)、もっと弾いていたかったという気持ちと、今両方ある。

ピアノの児玉桃さんに聞いた話。
先ごろ、パリのグラン・パレでエドワード・ホッパー展(アメリカの画家)があり、あまりの盛況に会期末の数日は24時間会場を開け、しかも行列をして待つ人々に美術館側がコーヒー、クッキー、ビタミン剤、ハンドクリーム(!)を配ったそうだ。
少し前にやはりパリで、あるスーパーが深夜12時まで営業するようになった。そのスーパーに11時40分頃行くともう入れてもらえない。12時まで、というのは従業員が12時に店を出るということだそうだ。
フランスという国はおもしろい。

明日調布で都響の本番があり、それが終わったら少しほっとしよう。

2013年2月 8日 (金)

最近よくチェロを弾いている。
今日も朝から晩までみっちり室内楽のリハーサル。今回のプログラム、ドビュッシー、ラヴェル、ショーソンを弾いて、フランス音楽に対するイメージが変わった。思っていたよりずっと骨太だし、少しずつ様々な景色が見えるようになってきた。なかでもやっぱりラヴェルのピアノ三重奏は好きだ。澄み切ったあたたかさがある。
児玉桃さんのピアノで弾くラヴェルやショーソンは楽しい。和音の進行や音楽の動きの感覚がとても新鮮だ。僕たちの音楽は律義過ぎるし、とどまりがちだということがよくわかる。

先日のJTチェロアンサンブルの時、向山さんの弾き方を見ていてなるほど!、と思うことがあった。左手のことなのだけれど、時々できるような気がすることがある。あともう少しで実現できるような気がする。昨年から右手のことを変えていて、おそらくこちらの改善があって初めて気付いたことなのだと思う。こうなってくるとチェロを弾くのは楽しい。

さて明日はその室内楽の本番。。

2013年2月 6日 (水)

JTアートホールができた95年頃は、紀尾井ホール、三鷹の風のホール、名古屋のしらかわホール、確か少し遅れてトッパンホールなど、音楽専用のホールがたくさんできた時期だった。ホールと共に当然オープニングの企画がたくさん立てられ、その頃ちょうど世の中に出られた僕たちまでの世代はとても幸運だったと思う。今は、例えばカザルスホールが閉じられたり、主催公演をしなくなるホールが出てきている。残念ながらそういう時代になってしまったのかもしれない。

JTのチェロアンサンブルが始まったのも95年、憧れの先輩たちと同じ舞台を踏める光栄な機会だった。隣で弾かせてもらえるのは何よりの経験だった。若手のチェロアンサンブルとして始まったのに、今やなんと30代がたった一人、あとは40、50歳代になってしまった。

今日の東京は幸い雪は積もらず、2回の公演はあっという間に終わった。右手の指先には水ぶくれが二つ、これを破らないように気をつけなくては。打ち上げの後帰宅。これから少し勉強しよう、明日は朝から室内楽の練習だ。

2013年2月 5日 (火)

昨日も今日もドビュッシーの弦楽四重奏を練習した後にチェロアンサンブルのリハーサル。どちらもピチカートを多用し、とうとう今日のリハーサル中に右手の中指も薬指もかなり痛い状況になってしまった。普段から少しずつピチカートをさらって指先をかたくかたく育てていけば問題は起こらないのだけれど、やれやれ、やってしまった。
しかも明日は昼間都響のリハーサルがあり、プログラムはファリャやラヴェルのボレロなど。明後日からはラヴェルのピアノトリオの練習も始まるから、僕の指は連日絶え間ないピチカートにさらされる・・・。

確か95年に始まったJTのチェロアンサンブルは今回で最終回。大変残念なことにJTアートホールの室内楽シリーズ自体がなくなってしまう。演奏会の録音をする、ということで今日からマイクが立てられた。
どうか明日は雪が積もりませんように。

2013年2月 3日 (日)

今日から待ったなしで2月9日の室内楽のリハーサルが始まった。明日からはJTチェロアンサンブルのリハーサルも並行して始まる。

一生懸命室内楽を練習していたので、番組の最初は見られなかったのだけれど、今晩放映された沢木耕太郎さんの推理によるNHKスペシャル、おもしろかったなぁ。あまりに有名なロバート・キャパが撮ったとされる報道写真について、沢木さんは昨年のクリスマスにJ-WAVEで放送された番組でも話していた。確かに、そして悲痛な話だ。
横浜美術館で開かれている写真展「ロバート・キャパ / ゲルダ・タロー 二人の写真家」をきっと見に行こう。

2013年2月 2日 (土)

朝少しさらったらあまり楽しくないのでやめてしまった。気乗りしないでぐずぐずさらうくらいなら、ぜんぶ放り出してすっぱり休むほうがいい。このところよく働いていたからいいのだ。

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修理から戻ってきたニコンF2はいい感じだ。鳴り響く立派なシャッター音には、あっぱれ!とほめられているようだ。カメラについてきた200ミリF4のレンズも、コントラストは低く現代的ではないがかえってそれがいい感じだった。
先日上野動物園に持ちだした。共感を覚えるのはやっぱりニホンザルやブタやゴリラ、見飽きることがない。

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こんな動物もいた。下顎を左右に大きく動かして何か食べていた。

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1月15,19日の日記に画像を加えました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-8e85.html
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-4894-1.html

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今日はフィルムのスキャンをしたりしてゆっくり。

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2013年2月 1日 (金)

換えるタイミングを逃して僕としては長く張っていた1番線を新しくしたら、最近白鳥をさらうたびにがっかりしていたのが、急に上手になったような気がする。なぁんだ、できるじゃないか。こういうことがあると、金で腕を買う、という言葉を思い出す。
こちらもタイミングを失って、この10年くらいで最大の大きさになっていた頭を散髪した。2週間ほど毎日我慢していたもの。あぁすっきりした。

さて今日から2月、しなくてはならないことは山積み。

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