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2013年5月

2013年5月31日 (金)

5月23日、8時起床。朝食の後、松岡さんと出かける。プラハ・マサリク駅(ローカル線の駅らしい、通勤の人たちがどっと降りてきた。駅舎はきれいな木造)からプラハ駅へ。このあたりは昨日歩いた場所とはまったく性格が違う場所だ。朝から飲んでいる人たち、なんだかたむろしている人たち、物乞いする人たち。プラハ駅は広く、ホームへの上がり方がなかなかわからなかった。

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古く美しいはずの駅舎は改修中でほこりだらけ。ホームに上がるとアナウンスが聞こえた。
「国際列車ドヴォルジャーク号・・・、ドレスデン、ミュンヘン、ベルリン・・・」、こんな感じだっただろうか。僕も鉄道の旅がしてみたくなった。今回は空路の移動ばかりだ。

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ホームをドーム型に覆う天井は何でできているのだろう、半透明で柔らかい光が注ぐ。チェコの鉄道少年少女がカメラ片手に走り回っていた。

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駅を出て国立オペラ劇場、国立博物館へ。

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博物館を背にするとヴァーツラフ広場が眼下に開ける。「プラハの春」の時はここにソ連軍の戦車が入ったのだ。少し前、東京都写真美術館で開かれたクーデルカの写真展で写っていたのはまさにここだ。

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(5月26日日経新聞、後藤正治さんの連載「ひと言の余韻」は「節義のために」と題して、東京・メキシコ両五輪の女子体操個人総合の優勝者、チェコのベラ・チャスラフスカに関する文章だった。その中から
「メキシコ五輪が開かれた1968年。冷戦時代、社会主義政権下にあったチェコでは「プラハの春」と呼ばれた民主化運動が進行していた。運動の核となったものに「二千語宣言」があり、彼女もその署名者だった。夏、ソ連軍がチェコに侵入し、「春」は押し潰される。政権は旧体制に戻り、書名者は撤回を迫られる。
 頑として撤回に応じない少数の人々がいた。彼女もその一人であった。スポーツ界から締め出され、コーチの職にも長く就けなかった。署名さえ撤回すれば国のヒロインとして生きることができたはずである。何故であったのか・・・。
 1989年、ベルリンの壁が崩壊し、チェコもビロード革命が成就する。ベラはオリンピック委員会の会長となり、社会への復帰を果たす。が、・・・・」)

ムハ(ミュシャ)美術館の前を通りホテルに戻る。

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技術博物館にも行きたかったのだけれど(広大なスペースにさまざまな乗り物が展示してあるらしい)、今日は演奏会。楽器を弾く体に戻そう。
部屋でテレビをつけると、CNN、BBCともにロンドンで起きたテロを現地からの生中継で報じている。英語が今一つわからないので日本のインターネットニュースで探してもなかなか出てこない。同じニュースでも国によってまったく扱いが違うことを実感する。2年前の地震とそれに続く原発事故の報道の内外での落差は、聞いてはいたけれど、確かに大変なものだっただろうと思った。少し眠り、シャワーを浴びてホールへ。

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美しいスメタナホールは残響が長く、ほかの楽器の音が遠くに聴こえる。楽屋は狭く、僕の手はふにゃふにゃ。ゲネプロ後、ホール近くのカフェで松岡さん有馬さんと軽く食事。あのホールの残響は高音成分が多いのでは、という話になった。チェロを弾いていて、音が核をもたずに力がどこかに抜けていっている感じだった。
ホールに戻り着替えて間もなく本番。チケットは完売。聴衆は皆盛装し、舞台から客席を見るとその華やかさにどきどきしそうだった。さらに驚いたことは、皆はっきりと目が開きいきいきと聴いていることだ。(僕が演奏会を聴きにいくときはたいていぐずぐずの格好だし、おまけにすぐ眠くなる)

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この演奏旅行のプログラムは山田耕作:序曲、ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲(ソロは庄司さん)、チャイコフスキーの5番。
今日の演奏は悪くはなかったけれど、時々舞台の上に「本当にそうなの?」というシグナルが現れる感じ、日本ではあまり経験しない音響にもばっちりとは対応できなかったと思う。

終演後、松岡さんと夜のカレル橋へ。ピンクのおばちゃんに追いかけられたおかげで橋をまだきちんと見ていなかった。

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夜のプラハは格段に美しかった。別世界のようだった。今晩は満月だったのだろうか。荷物の整頓をして1時過ぎに就寝。

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5月22日、6時に目が覚めた。スマートフォンから日本に電話する。驚くほど近くはっきり声が聞こえ、国際通話で何秒も時差があったのは遠い昔のことかと思った。
朝食の後、1人で街に出る。明日演奏する市民会館の前を通り、火薬塔を経て、考えていたより南の通りからヴルタヴァ河に出る。チェコ軍団橋から河沿いにカレル橋まで写真を撮りながら歩いていたら、意味不明な何かを叫び続けるピンク色のジャージを着たおばちゃんが近づいてくる。すぐその場を離れてやり過ごし歩く。すると引き返してまた「&%$#”!」と叫んで近付いてくる。しつこいのでこちらも日本語で返したらどうやらそれがおばちゃんの逆鱗に触れたらしい。
その時は振り切ったつもりでカレル橋たもとの行き止まりから河を見ていたら、また「”#$%&!」と叫びながら入ってきた。

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仕方ないのでそこを出ようとしたらつかみかかってくる。ふりほどいてもまだ追いかけてくる。かの有名なカレル橋をピンクジャージのやせた色黒のおばちゃんに追われて渡るはめになった。初めての道も知らない土地を訳もわからず追いかけられるのはまるで安手のアクション映画のようだった。やれやれ、朝からこれだ。
前を歩く観光客を気にしながら右へ左へとあがっていくと、いつのまにか新登城道に入っていた。たどり着いたプラハ城は一大観光地だった。都響のメンバーにも何人も会った。聖ヴィート大聖堂、聖イジー教会、

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黄金小路を通ってダリボルカという塔にたどりついたあたりでにわか雨。寒くなってきた。門に戻って衛兵の交代式を見、

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さらに写真展(Jaroslav Kucera という写真家の "How I met people" おもしろかった)を一つ見て、

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今度は旧登城道を降りてヴルタヴァ川へ。ドヴォルザークホール(チェコフィルの本拠地)を左手に見ながらカフカの生家近くのカフェで昼食。

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いったんホテルに戻りコーヒーを飲みながら日記を書き出す。けれどガイドブックに目を通したとたんむずむずして、いてもたってもいられず雨の中出かけた。
火薬塔から今度は旧市街の方角へ。黒い聖母の家の上階にあるカフェのウェイターが大きく手を振ってくる。誰に?、と周りを見渡しても誰もおらず、僕なのだろうか、うぅむ。ピンクジャージおばちゃんの印象が強烈だったので慎重に少しだけ手を振り返した。エステート劇場、

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カロリヌム、野菜とみやげ物市場を通り、壁の中の聖マルティン教会へ。小さな教会の中では小さなオルガンを練習する音が聞こえた。いい音だった。オルガンの音を聞くとほっとする。

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ベツレヘム礼拝堂からクレメンティヌムへ。旧市街のこのあたりは好きな雰囲気だった。旧市庁舎の天文時計前には人だかりができていた。僕も一緒に5時の時報を聞き(鐘が鳴り終わった瞬間周囲からため息がもれた。期待すると拍子抜けする)ホテルへ戻る。

少し休んでからスメタナホールへ。別送された楽器の調子を見る。

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夜は地下鉄に乗って食事に。プラハの地下鉄はかなり深いところにあり、エスカレーターは素晴らしい速さだ。苦手な人は足を踏み出せないかもしれない。パリの地下鉄よりずっと明るい雰囲気なのは意外だった。

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地元料理の店に入り、窓際の席に9人でテーブルを囲んでいたら、窓の外からじっと長い時間我々の食卓を見る人がいた。日本ではなかなかお目にかかれそうにない人たちに遭遇する一日だった。
今日はトライX(白黒フィルム)を2本。

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2013年5月30日 (木)

5月21日、オーストリア航空52便でウィーンへ。昨年パリに行ったANAより座席の幅が狭い気がして閉口する。カーテンで隔てられたビジネスクラスは遙か彼方、あぁ階級社会。プラハにに題材をとった本を読んで過ごす。

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ウィーンは気持ちのよい天気。凝ったデザインの空港だ。荷物を受け取るターンテーブルの背後の壁には楽譜がプリントしてある。

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再度手続きをしてプラハへ。今回初めて、フィルムをX線による感光から守る鉛の袋を持ってきた。さて、ウィーンの保安検査場を自分の荷物が通過する時にモニターを見ていたら、その袋にフィルムが7本入っていることがはっきり見えた。やれやれ。ウィーンを飛び立った飛行機からは稲光が見え、最初のうちはけっこう揺れた。飛行機が揺れるとよく、昔の飛行機乗りはいったいどんな人たちだったのだろうと思いをはせる。プラハ着。

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少し涼しい。思ったより明るい街だ。日本から10数時間飛行機に乗るだけで異国に来られるのは不思議。見るもの触れるものすべてが初めてだ。あまりの眠さに熟睡。

2013年5月29日 (水)

長大な昼寝をしてしまわないために、昨日フィルムを現像に出しにでかけた。それでも電車に乗っているとふっと気を失うように眠っていた。
結局今回の旅行ではトライX(白黒フィルム)を4本、カラーはポートラ400を1本撮った。飛行機に乗ることが多く、空港の保安検査場を通るたびフィルムをX線に通さないように頼んだ。だんだんそのことにうんざりし、次外国に行く時はもうデジタルだけにしてしまおう、と思った。オストラヴァ、コシツェはもちろん、観光都市プラハでもフィルムで写真を撮っている人なんか一人も見なかったし。

でも、今日現像が上がってきた4本のトライXは宝物になった。リルケが言うように、困難なことには意味があるようだ。フィルムでしか撮れないものがある。どうしてだろう、気持ちだろうか。気持ちが写るのだろうか。写真を撮るのは、何かごりっとした、ものすごく大げさな言い方をすれば、生きることの確証のようなものを得るためだ。
カラーの現像が上がるのは明日。結局何が良くて何が駄目なのかわからないのだけれど、ヨーロッパで数回X線を浴びてもフィルムはどうやら無事らしい。

旅行中の日経新聞を読んでいる。1週間分の朝夕刊はけっこうなかさで、ようやく5月23日の夕刊までたどりついた。日本の株式市場が急落した日だ。たかだか1週間のことなのだけれど、それを少し前にさかのぼってみるのは興味深い。1週間分の歴史だ。23日の朝刊にはすでに「株、個人マネー流入加速 売買高、最高に迫る 過熱感に警戒も」という記事があった。うーむ。
今日29日の夕刊「十字路」には5年前、95歳で亡くなった投資家ジョン・テンプルトンの言葉が紹介された。

『強気相場は悲観のなかで生まれ、懐疑のなかで育ち、楽観とともに成熟し、陶酔のなかで消えていく』

この人は1910年代前半の生まれ、1929年の世界恐慌をどのように経験したのだろうか。

今月の文化面、「私の履歴書」はプロゴルファーの岡本綾子さん。特に他の選手とのやりとりが、試合中でも試合の外でもざっくりと描かれて、おもしろい。

2013年5月28日 (火)

帰国

都響のチェコ、スロバキア公演は盛況のうちに無事終わり、今朝の便で帰国。
滞在した3都市ともに変わりやすい天気で、ほとんど毎日雨が降り肌寒かった。1週間ぶりの東京は温暖で湿潤で、まるで僕が暑がりになったようだ。

ウィーンからの飛行機では眠り、写真の整理をし、「熊を放つ」の下巻を読み終わり、日記を書き、映画を観てどうにか過ごした。そろそろ誰か「エコノミークラス向上委員会」というのを立ち上げて運動してくれないだろうか。映画のプログラムや食事は二の次でいい、座席の幅や前後がもう5センチ広かったら、と思う。

そろそろ猛烈に眠くなる時間だけれど、今日の昼間はがんばって起きていよう。

2013年5月26日 (日)

通るたびに気になる場所がある。

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2013年5月24日 (金)

5月の爽やかな季節はもうすぐ終わりだろうか。

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2013年5月22日 (水)

先日植え替えた観葉植物が落ち着いたらしい、ぐんぐん新しい芽が出るようになった。

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2013年5月20日 (月)

今読んでいるのはジョン・アーヴィング著「熊を放つ」。
ずいぶん前、夏の松本の本屋で単行本を見つけ読み始めたのだけれど、なんだかなじめなくて読むのを止め、そのハードカバーも手放してしまった。先日、書棚で手に取り再発見した。小説の最初の方にこんな部分がある。訳は村上春樹さん。

『ヨゼフス通りの議事堂の裏手に、中古オートバイのいささか怪しげな取引で知られる一角がある。その場所を見つけたことについては、フィヒト教授に感謝しなくてはならない。僕はフィヒト教授の試験をしくじったおかげで、いつものお昼の市庁舎公園行きの習慣を変えてみようという気になったのである。』

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2013年5月18日 (土)

昨晩はJTアートホール、山崎伸子先生プロデュース「JTが育てるアンサンブルシリーズ」へ。初めて聴いたアレンスキーのピアノ三重奏は、ラフマニノフにも似ていていい曲だった。山崎先生に「聴いたら弾きたくなったでしょ」と言われた。演奏会の最後はブラームスの第2番の弦楽六重奏。若い音楽家のひたむきさに心打たれたし、一緒に弾く山崎先生もとても楽しそうだった。

2番の六重奏は、ブラームスの作品の中でも最も好きな曲の一つだ。僕が桐朋に入って確か初めて弾いた室内楽(原田幸一郎先生の室内楽講座)という個人的な思い出もあり、その美しい数々のモチーフと陰影に富んだ響きを耳にすると、甘酸っぱい「青春」という感じがする。昨日舞台で弾いていた若者と同じくらいの年代に僕もこの曲を2度ほど、はるかに格上の演奏家と一緒に弾かせていただく機会があった。その時々でできるだけのことはしたとは思うけれど、あの時こうできていたらあぁできていたら、と思い返すことはある。
1番の六重奏も学生時代、海外の素晴らしい学生たちと弾く機会に恵まれ、それらももちろん忘れられない思い出だ。最近は六重奏にとんと縁がないけれど、また弾くことがありますように。

昼間赤坂にいた。あのあたりのパースペクティブは様々な方向の動きが重なっていて力強いことに気付いた。

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今日、旧赤坂プリンスホテルの撤去工事の大きな区切りだったと帰宅してからのニュース番組で知った。空が広いとは思っていた。

チェコ・スロバキアのガイドブックを買った。実は旅行に出るのがなんだか少しだけおっくうになっていた。でもプラハの街の説明を読んだらむずむずしてきた。持っていくカメラは決まっている。白黒とカラーのフィルムの本数を決めよう。

2013年5月15日 (水)

新しいカメラ

新しいカメラを、と言うとチェロの順平さんに「また買うの!」とこの世の終わりのように呆れられる。
先日の演奏旅行に出かける前日、新しいカメラを買った。オリンパスのXZ-10。このためにヨドバシカメラのポイントを貯めていたもの。
http://olympus-imaging.jp/product/compact/xz10/

オリンパスのカメラについているアートフィルターのラフモノクローム(高感度フィルム、製造中止になったフジのスーパープレストのようにコントラストが高く粒子が荒い)というのをずっと使ってみたかった。黒いフチもつけてみたかった。

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(都響のステージ、男3人衆)

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(大阪駅には音符の形をした水が落ちてくる場所がある)

5月12、14日の日記に画像を加えてみて、カラーの時は黒フチが無い方がいいのかも、という気がした。でも今日2Lサイズでプリントしたらいい感じだった。
アートフィルターにはラフモノクロームの他にも、コントラスト低め明るめの画像になるもの

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周辺光量が落ちるもの

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色が派手になるもの

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有名なドラマチックトーン

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さまざまあっておもしろい。ただ、アートフィルターのせいか電池の減りは早いような気がする。

XZ-10はセンサーが小さいこともあり、大きく伸ばして画質をとやかく言うカメラではないと思う。でもこの小ささは抜群で、いつもの街を歩いていてもまったく退屈しない。(僕はオリンパスの回し者ではありません) 
飛行機雲を撮ってみたかった。

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ズーム全域で明るいレンズもいい。今晩の月。

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2013年5月14日 (火)

大阪は外国のようだ。少し街を歩くと、大阪の人たちは東京とは全く違う感覚で生きているのがわかる。パリもおもしろいけれど大阪もおもしろい。

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昨日の午前中は新世界へ。ありのまま、包みかくさない感じが衝撃的で好きだった。通天閣にも上った。高所恐怖症気味の僕には十分すぎる高さだった。手にじっとり汗をかいた。

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初めての大阪フェスティバルホールは広大な会場だった。舞台袖も楽屋も広く、うっかり忘れ物でもしたら取りに行くのに時間がかかって大変なことになりそうだ。

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(写っているのはホルンの岸上穣君)

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演奏会は満員御礼。終演後はとてもとても懐かしい人たちに会え楽しい時間だった。大阪泊。

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今日は横浜で一つ仕事をしてから帰宅。大阪から無色無臭の世界に戻ってきたような気がする。

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日経新聞夕刊の連載「人間発見」、今週は富士重工業社長の吉永泰之さん。昨日と今日の記事から。

『 国内営業で左遷の場合、たいてい遠方の小さなディーラーに出されます。目立たないし業績も上げにくいので、そのまま埋もれて終わりです。
 だから私は今、みんなにとんがった社員をつぶさないように、よく見てくれよと言っています。意見を持っていれば、上司や先輩と衝突することはありますからね。』

『 大学は時間の無駄に思えて、早く社会に出たかった。生きるってどんな意味があるのかと考えて、プラトンやソクラテスなどばかり読んでいました。
 経済学部ですが、経営をしたことがない人から経済学を学んで意味があるのかと疑問を持ちました。現実の社会で人間性を深めていく経営者こそ、生きている哲学者だと考えて、経営者の著作をよく読みました。どういうことで悩み成長したのか、学びたかったのです。』

いつのまにか八朔の時期は終わっていて、今日熊本産の晩柑を食べた。身がくずれやすくちょっと食べにくいけれど、さわやかな味は旅の疲れを癒してくれるようだった。

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2013年5月12日 (日)

昨日はリハーサルが終わってから名古屋へ。東京で降っていた雨も西に移動するにつれやんだ。

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久しぶりの名古屋は人が多く、街には青い色が目についた。

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実家泊。今日の日経新聞にハーバード大学教授ニーアル・ファーガソン氏のインタビューが掲載された。その中から

「経済史を振り返ると、環境が変わるたび理論も変わってきた。物理学と違い経済学には”永遠の真実”などなく、歴史や人々の心理にいつも縛られている。今も世界の中銀などの独創的な芸術家らが問題の解決に取り組みながら他方で新たな課題を作り出している。完璧な場所に行き着くことは決してない」

午前中の特急で福井へ。武生からハーモニーホールまで乗った福武線(ふくぶせん)は脱力してしまうくらい情緒あふれる電車だった。

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まさに田んぼの中に建っているハーモニーホールは音響もよく美しいホールだ。
演奏会は、どこから来てくださるのだろう、情熱的な聴衆でいっぱいだった。

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終演後最終の特急で大阪へ。明日は新装なったばかりの大阪フェスティバルホール。

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2013年5月10日 (金)

1ドルが100円を超えた。このところの動きをどのくらいの人が予想できただろうか。

マーク・ストランド著「犬の人生」を読んだ。巻末に訳者村上春樹さんのあとがきが載っていてとても興味深かった。なるほどこうやって読むんだ、と思う。その中から

『ストランドの詩は、使われている言葉そのものは決して難解ではないのだが、彼の伝えたい総体的なイメージ(それは確固としてそこにある)を正確につかみ取ることは、そんなに簡単ではない。言葉が簡単だからこそ逆にむずかしいと言えるかもしれない。それは詩でも小説でも同じことだった。そのような意味あいにおいて、翻訳をするにあたっては、ずいぶん苦労させられたところもあった。でもいちばん大事なのは、立ち止まらずにとにかく流れ(flow)に乗ることなのだと、途中からだんだんわかってきた。立ち止まってイメージの静止的細部に拘泥していると、全体像が摑めなくなってくる。数学の数列の問題を解くときのように、ひとつのイメージともうひとつのイメージの差異をつかみ、その差異の差異性をチャートしていくことによって、彼の文章の持つ自然な流れによじ登っていく、というのがいちばん正確な表現かもしれない。』

昨日はブルックナーの9番、今日も一つ仕事をして、明日はチャイコフスキーの5番のリハーサル、そしてそのまま旅に出かける。これからしばらくぼんやりしていると自分の現在地がどこかわからなくなる生活になりそうだ。
そんな訳で最近はなかなか水平線を見ることができない。昨日、トランペットの内藤君がロタ島で撮った素晴らしい写真を見せてくれた。海の青、魚、差し込んでくる太陽の光。地上からの海は見ても、僕はもう何十年も海の中には入っていないのだった。

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photo by Tomohiro Naito

2013年5月 8日 (水)

明日の都響定期はインバルの指揮でブルックナーの9番。
ブルックナーの9番は新日フィルにいた時にアファナシエフの指揮で(強烈な印象だった)、都響に移ってからはデプリーストで弾いたはず。今回こんなに重たい曲だったかと驚いている。例えばよく演奏される4番や7番に比べて、ある部分から別の部分に移る時の、その時どうしてそうした移り方になるのか考え込みたくなる感じがある。素晴らしい箇所がある一方ですんなりいかないところがある、その重さだろうか。それから、時々第1ヴァイオリンや木管楽器にとても技巧的なパッセージが出てくる。

ジュリーニが指揮するウィーンフィルのCDのライナーノーツにブルックナー自身の言葉が紹介されていた。

『私の第9交響曲の3つの楽章が出来ました。最初のふたつの楽章は完全に出来上がったのですが、第3楽章には少し陰影を施す必要があります。私はこの交響曲に随分力を注ぎこみました。自分の齢と病気のことを考えれば、そんなに頑張るべきではなかったかもしれません。演奏は簡単にはやってもらえないでしょう。アダージョは(中略)、私が書いたいちばん美しい緩徐楽章です。私はこれを演奏するたびに、心を深く捉えられます。私がこの曲の完成の前に死ぬようなことがあったら、《テ・デウム》をこの交響曲の第4楽章に使ってほしいと思います。私はすでにそう決心しましたし、そのように準備もしてあります』

果たしてブルックナーの9番は未完なのだけれど、もし終楽章が書かれていたら、その重さを受け止めることはできただろうか、と思う。
演奏会の前半は児玉桃さんのソロでモーツァルトのジュノム。弦楽器の編成が急遽減らされて残念。

この定期が終わると都響は旅が続く。まず福井と大阪へ。こちらの公演の前半は宮田大君のソロでロココ。今日そのリハーサルもあった。昨年よりいっそう伸びやかな音になっていて素晴らしかった。

2013年5月 7日 (火)

久しぶりに自転車に乗った時、車輪が回っているのを見て、フランス・ブリュッヘンが新日フィルに初めて来たときのことを思い出した。
リハーサルを始める前にブリュッヘンが、トリフォニ―ホールのトイレから持ってきたロールのトイレットペーパーを皆の前で引き出して、音楽もこのように流れる、と説明をしたのだった。変わった人が来た、と思ったのだけれど、今本当にそうだと思う。事実ブリュッヘンが指揮をすると音楽が滞ることなく流れた。

動き始めた乗り物が一箇所にとどまっていないように音楽も動く。不思議なことに写真は動きを止めてしまうものだけれど、やはり動きの感覚があると思う。時が流れる、というのは不思議なことだ。

今日ヨドバシカメラのフィルム売り場に行ったら、コダックのトライXの棚が空になっていてぎょっとした。経営危機のニュースが流れた時のことを思い出してしまう。聞くと船便の到着を待っている状況、だそうだ。
昨年撮った写真を整理していて、どうしても写さなくてはならない切実な何かのためにフィルムは必要と思った。デジタルでそつなく撮った写真にはあってもなくてもどちらでもいいような感じがなぜだかある。

外国に行くと空の美しさに魅せられることが多い。でも今日の夕暮れ、東京の空も捨てたもんじゃない、と思った。

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フローベールの「ボヴァリー夫人」を読み終わった。最初とっつきにくかったのだけれど、なんという小説だろう。ざらりとした感触が残った。

村上春樹さんが5月6日、京都大学百周年記念ホールで講演した。つづいて行われた文芸評論家の湯川豊さんによる公開インタビューが日経新聞電子版に掲載された。その中から。

『僕は朝クラシックを聴く。夜に寝る前にLPに明日の聞くものをセットする。そこでたまたまリストのLPが仕事をしているときにかかって、使おうと思った。説明できないが、CDよりアナログLPのほうが音として仕事がはかどる。僕はいつも音楽に励まされて仕事をしている。これまでずっとジャズを聴いてきて、リズム曲になじんでいるので、文章を書くときにもリズムで書いている。僕は小説は独学だが、リズムに乗って文章を書けばいけると思う。最後に僕の本を読んで「泣きました」という人がいるが、「笑いました」と言われた方がうれしい。泣くという悲しみは個人的な感情に密接に結びついている。笑いはもっと一般的なものだから、読者に笑ってもらえるものを書きたい。ユーモアで笑うと人の心が広がる。悲しみは内向していくので、まず開かないといけない。ユーモアをいろんなところにちりばめて小説を書いていきたい。』

2013年5月 5日 (日)

休みの日のオフィス街は閑散とし、カフェも静かで居心地がよかったりする。
麹町の交差点付近にはエクセルシオールが2軒、ドトール、タリーズ、スターバックス、と大手チェーン店だけでも大変な揃い方だ。昨日久しぶりに入ったら意外に人が多かった。

有楽町の国際フォーラムへ。

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今日の都響はラ・フォル・ジュルネで「幻想」。5,000人入るホールAの天井はいつ見てもプラネタリウムのようだ。(写っているのは都響、ステージマネージャーの山野さん)

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今年も会場ではたくさんの催しがあった。

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2013年5月 3日 (金)

今日はチェロを弾かない日。

先日、半年くらい乗っていなくてすっかりホコリをかぶっていた自転車を手放しに行こうと漕ぎだした瞬間に、気が変わった。僕が操縦できる唯一の乗りものだし、部屋にこもって音符を追っているだけが人生でもない。
タイヤはすっかり劣化していたので交換してもらった。オープンして間もないeffectというお店。
http://www.efffffect.com/
丁寧に調整してもらい、ずいぶん心地いい自転車になった。連休中の都内は車も少なく気候も大変すばらしく、最高だった。自転車は世界で一番美しい乗りものだ。

みかんの季節が終わりしばらくデコポンを食べていた。そのデコポンも時期が終盤になったのかすっかり小さくなった。

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今日からは八朔。果肉のこのざっくりした感じがいい。

2013年5月 1日 (水)

5月になった。

昨晩は桐朋でお世話になった倉田澄子先生の古希をお祝いする会だった。
倉田先生は変わらず素敵なまま、先生を囲んでのチェロアンサンブルも素晴らしかった。学生だった時の一人一人を点とすると、同じ世代が集まって面となり、さらに幾世代も重なって分厚い層になっているようだった。長く教えてこられたことの大きさに感銘を受けた。
高校生から僕より上の世代まで数十人が集ったチェロアンサンブルは、全員で音を出したのは当日だけだったけれど、はっとするような音色だった。聴いていらした菊地さんと、(JTのチェロアンサンブルが終わってしまったことを受けて)やっぱりチェロアンサンブルはいいですね、またやりたいですね、という話しになった。

今日の都響は所沢ミューズで音楽教室。

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このチェロケースを見て真顔で「あれはピカソですか?」と尋ねた子に、僕も真顔で「どちらかというとシャガールだと思うよ」と答えた。音符とか休符とか書き加えてみたくなる。

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僕のケースではありません、念のため。

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