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2013年7月

2013年7月30日 (火)

持たない

ラボテイクでフィルムの現像を受け取った後、東京都写真美術館の「世界報道写真展2013」へ。
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1862.html
盛況だった。圧倒的な力を持つ写真ばかりで言葉がない。心に残る写真も、へその下に力を入れていないと見られない写真も多数あった。
衣食住があり、さらに毎日チェロを弾いていられるなんてこの上なく恵まれている。

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ずっと弓の持ち方を考えていた。結論はきっと、弓は持たないということだ。強い音を出す時でも一番負担のかかる右手の人差指が柔らかいままでありたいと思っている。緊張したり興奮したりすると人間の体は硬くなりやすい。力を抜くにも僕には訓練が必要だ。
あるヴァイオリニストが生徒に、左手の指は、弦を押さえる時より離す瞬間が大切と教えたそうだ。素晴らしい演奏家は教えられたり努力したりする前にこういうことが実現できているのかもしれない。

雑誌「図書」8月号、佐藤卓己さんの「『図書』のメディア史(三)」の中で岡本太郎さんの文章が引用されていた。その中から。(同誌1970年10月号 岡本太郎「思想とアクション」)

『サルトルに言ったことがある。「あなたの説には共感するが、あのびっしりと息もつまるほど組み込まれた活字のボリューム。あれを読んでいる間、いったい人は実存しているだろうか。」 彼は奇妙な顔をして私を見かえした。私はいま生きているこの瞬間、全空間に向って、八方に精神と肉体をとび散らしたい。』

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2013年7月28日 (日)

今日はチェロを弾かない日。このところよく働いていたもの。
原美術館へ、「坂田栄一郎  江ノ島」。http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

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坂田さんの文章から

『・・・。とにかく、若者は忙しい。世界のどこにもない、現代日本ならではの光景が江ノ島にはある。便利で快適だけど忙しく、豊かだけど満たされない。そんな混沌とした現代を象徴するような寂寥感までもが漂っている。』

僕には、こんなことを書くと怒られるかもしれないけれど、雑誌の表紙写真よりずっとおもしろかった。砂浜に広げられたレジャーシートとその上の様々な物が主な被写体だから、見ているうちに口の中がじゃりじゃりしてくる。でもきっとそれらのものを坂田さんは写真に撮らずにいられないのだし、写っているのは心の自由と感じた。
原美術館のある御殿山は風がよく通り、心地よかった。いいところだ。

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その後ヨドバシカメラへ。あれこれカメラやレンズを触って煩悩を深めた。

2013年7月27日 (土)

午後の演奏会が終わって会場の外に出たら耐えがたいほどの蒸し暑さだった。でも激しい雨の後はぐっと涼しくなった。

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バイロイト音楽祭が始まったそうだ。先日京都にいる時、深夜の衛星放送で昨年のバイロイト・ガラの模様を放映していて、チェロの中ほどのプルトに、頭の感じ、眼鏡のかけ方、寝せた楽器の構え方、なんとロストロポーヴィチそっくりの人がいた。実はロストロポーヴィチは大変なワグネリアンで・・・、などと空想してしまった。

ツール・ド・フランスが終わった。楽しみがなくなって毎日ちょっと空っぽ。選手たちの個人的な戦いとチームの戦略に加え、天候の急変やメカトラブルなど様々なアクシデントが起こり、目が離せない感じだった。
選手たちには暗黙の了解のようなものがあるらしい。例えば後半のステージでフルーム(総合優勝者)がハンガーノック(電池切れのようなもの)を起こし、彼と同じチームのアシストがペナルティ覚悟で補給食をフルームに与えている間、フルームを引き離そうとアタックをかけたキンタナ(総合2位)がその手をいったんゆるめる、という場面があった。うぅむ、緻密な戦略と最新鋭の機材で戦っているのにこの人間臭さが見えるところも魅力かもしれない。来年のツール・ド・フランスが今から楽しみ。

2013年7月25日 (木)

今観たい映画も展覧会もたくさんある。「モンスターズ・ユニバーシティ」へ
http://www.disney.co.jp/monsters-university/home.html
前作「モンスターズ・インク」に引き続き文句なしのおもしろさだった。映像の進歩は大変なものだし、音楽もよくできている。大学に入るところで流れる曲はブラームスの大学祝典序曲を下敷きにしていると思う。エンドロールを最後まで見るとおまけの映像も用意されていた。

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2013年7月23日 (火)

リハーサルの前に東京都現代美術館で開かれている「フランシス・アリス展 ジブラルタル海峡編」へ。
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/141/
先に行われた同展の「メキシコ編」が予想外のおもしろさだったので期待していたのだけれど。「メキシコ編」を見ていたから今回の展示のおもしろさがわかる部分があると思う。「ジブラルタル海峡編」だけを見ると?が浮かぶかもしれない。

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フランシス・アリスにはまさに現代アートのおもしろさがある。なんだこれ、と思う人はもちろんいると思う。でも彼のやっていることがおもしろがられる世界はきっと住みやすいところだ。現代美術館にはこれからも是非このような企画を期待したい。

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2013年7月22日 (月)

はじめてチャイコフスキーのピアノ三重奏を弾いた時、なんて長いんだろうと思った。冗長だとすら感じてしまった。チャイコフスキーは感情をコントロールできないままこの曲を書いたと思った。
人を自分の物差しではかってはいけない。あの国の人たちの感情の幅は僕の想像をはるかに越えているかもしれないのだ。
今の問題は最後に弾くミの音が、僕のチェロではちょうどウルフ(楽器の構造上の問題から共振が起こり、音が出にくい状態)が出てしまう、ということだ。強い音ならまだしも、静かに終わるはずの音がぷるぷるするのは格好わるい。しかも50分全力で弾いた後だ。

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フィルムで写真を撮ることに熱を上げていたこともあり、昨年手に入れたデジタルカメラ(ペンタックスのK-01)はすっかり使わなくなっていた。はやばやと製造中止になったこのカメラは、まもなく新しい色をまとって再発売される。
http://www.pentax.jp/japan/products/k-01_white-blue/index.html
僕の好きな青、しかもいい色だなぁ。もう買わないけど。
自分のを久しぶりに出してきて使っている。どんなものにも長所と短所があり、長所を好きで使うか短所を嫌いになって使うかではずいぶん違うと思う。このカメラのオートフォーカスは素晴らしい訳ではない、でも大きさや形、各種操作部分は僕の手にしっくりくる。マーク・ニューソンのデザインは決してデザインのためのデザインではなく、実によく考えられていると思う。

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時間があるとうっとり考えるのは旅のこと。能登半島で2泊、その後京都へ、というのはどうだろう。そんなこと、できるだろうか。

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2013年7月20日 (土)

コーヒーのない人生は

この数日なんだかさえなかった。

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今日元気になった。昨日頭が痛くてまるで駄目だったのはもしかしてコーヒーを飲まなかったからだろうか。特に今日の2杯目以降はばっちりだった。うぅむ、カフェイン依存症か。毎日5杯も10杯も飲むわけではないけれど、もしコーヒーがなかったら人生はずいぶん味気ないものになると思う。

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先日B型トリオで、チャイコフスキーの三重奏(「偉大なる芸術家の思い出」)の短縮版、というものを考えた。来月、あるプレゼンテーションで弾くためで、その時の演奏に来年4月以降のB型トリオの活動がかかっている。
演奏時間50分の大曲を18分に縮めた。もし「一時間で読む源氏物語」のような市民講座があったら、その場にB型トリオも「一時間で聴くピアノトリオの歴史」みたいな感じで入れてもらえないかなぁ、と冗談を言っていた。

今はオーケストラピットの仕事をしている。

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来週は2番の交響曲、1番のピアノ協奏曲、とブラームスばかり弾く。

2013年7月16日 (火)

言葉では表現できない

いつもより早起きしてホテルの外に出たら蝉がわしわし鳴いていた。午前中の新幹線で帰京、3日ぶりの東京の街はのっぺりとしていてちょっと残念だった。

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昨日の午前中も少しだけ、京都の街を歩いた。楽しかった。いろいろなものが目に入ってくる。あちこちに様々な業種の老舗があるし、木造の建物は見事に石と組み合わせてあることにも気がついた。

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石はそこらじゅうにごろごろしている。

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20代は毎年春の2週間必ず京都にいたのに、あの頃は何も見えていなかったということか。

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あれこれ準備したのだけれど、ブライトンホテルでの演奏会はあっという間に終わってしまった。もうちょっと弾いていたかったなぁ。

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上村先生の隣で2日間弾かせてもらえたのは何よりの経験だった。音楽の捉え方、弾き方、一つ一つの音の出し方・・・、言葉では表現できないことがたくさんある。京響のメンバー(泉原君、中野さん、金本さん、神吉さん)と室内楽を弾くのは初めて、ヴィオラの鈴木康浩君とは、彼がまだ高校生でヴァイオリンを弾いていた時以来だった。楽しい時間はあっという間に過ぎる。思いもかけない懐かしい人たちにも会えた。

東京も涼しくなっていて驚いた。さぁ、頑張ってさらおう。

2013年7月14日 (日)

昼前の新幹線で京都へ。

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久しぶりの京都は、路地を一本入っただけで別世界のように新鮮だった。

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普段と違う人たちとのリハーサルも楽しかった。七重奏版のメタモルフォーゼンも良さそうだ。
夜は新作の弓や楽器を弾かせてもらう機会があり、知らなくても優れた作家がたくさんいるのだ、と感じた。

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覚悟して訪れた京都は、時折激しく降った雨のおかげか涼しい。

2013年7月13日 (土)

「フクシマ・フィフティ」

7月11日日経夕刊、前駐米大使藤崎一郎さんの「フクシマ・フィフティ」という文章が掲載された。長く引用させていただきます。

『吉田昌郎元所長が亡くなった。
 ・・・・・
 そら恐ろしくなるときがある。もしあの大震災のとき福島の現場の社員や作業員が皆逃げ出していたらどうなっただろう。外国メディアはフクシマ・フィフティと呼んでいたが下請けまで含めかなりの数の人がいたようだ。その人たちの多くは、自らも被災者だった。にもかかわらず黙々と最も危険なところに身をさらし続けて危機に対処した。・・・・・
 あるとき外国の友人に聞かれたことがある。「あの現場の社員や作業員達に、日本の国民は、なぜもっと感謝しないのか。あの人たちこそがじつは誰よりも命を賭した英雄であり戦士ではないか」
 国際的に表彰されたり、スポーツで結果を出した人に国として栄誉を与えるのは当然である。国民として、ともに慶賀すべきである。しかし同時に、黙々と責任を果たし国の急場を救ってくれた人、そしてむくわれていない人を見出して感謝する必要があることも間違いない。こうした感謝を形で示すことが次世代の国民へ何が本当に大切なことなのかを伝えていくことになるのではないか。今からでもけっして遅くはない。この機会に皆で考えたい。合掌。』

勲章が有名で評価も固まっている人に与えられるのは、そういうものだからと思っていた。誰しも自分のためには頑張れる、でも人知れず人のために身を尽くした人たちが讃えられる場があったらいい。

風邪をひいた。夏風邪は面倒だけれど、おかげでひどい暑さをあまり感じずにすんだ。悪いことばかりではない。
昨日の都響は日比谷公会堂で音楽教室。コントラバスの高橋洋太君の松脂は暑さで水飴のようになっていた。

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2013年7月10日 (水)

都響が行う小中学生向けの音楽鑑賞教室は年間でかなりの数になる。音楽教室は、音楽界の10年後20年後のためにも、とても大切にしなければならないものだ。
先日長岡に行ったのは小学校5年生の前で演奏するためだった。長岡市の広い範囲からバスに乗って市立劇場に集まった子供たちが、オーケストラの伴奏で歌う部分があり、会場いっぱいに子供の声が広がるとこちらの心も動かされた。いい子たちだった。

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東京の中でも、地域によって子供たちの雰囲気の違いはかなりある。おとなしかったり活発だったり。僕は、アウトリーチで学校に出向く時でも都響の音楽教室でも、いきなり演奏で始めたいと思っている。子供は正直だ、最初に出した音で子供たちの心をつかめなかったらそれは演奏する側の負け。

でも、場所によっては開演のずいぶん前から各方面の挨拶が始まり、演奏を聴くにあたっての諸注意(静かに聴く、拍手をする、プログラムをがさがささせない、・・・)などがある。先日のある音楽教室ではその諸注意の間ずっと客席が騒がしかった。反抗期の子供たちが先生に静かにしろ、と言われたら騒ぎたくなるだろうことは想像に難くない。幸いその中学生たちは演奏をとてもよく聴いてくれた。

クラシック音楽は、たぶんまだ教養と考えられていて、静かにありがたくかしこまって聴くものになっているのだと思う。聴くと心躍り、何かおもしろいことがあれば隣の人とささやき合い、そういうものであってほしいと思う。

2013年7月 8日 (月)

今日、明日と都響は長岡にいる。夕方のリハーサルが終わってから直江津行きの信越線に飛び乗った。日本海へ。

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このところ身の回りの半径1.5メートルの生活が続いていて、ずっと海を見たいと思っていた。小一時間で青海川着。昨年降りた鯨波のもうひとつ先の駅だ。ここはホームから海が見える。西の海に沈んでいく太陽を見ていた。楽器をさらう時間は必要だ。でも、波の音と潮風を感じる時間も必要だ。

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(昨年7月9日の日記もご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-ea84.html

2013年7月 7日 (日)

夏の飲み物

考え事をするのが無理なくらいの暑さになった。
暑くていいこともある。コーヒーを淹れるときにカップをあたためる必要がないし、何よりコーヒーが冷めない。(コーヒーは夏の飲み物だと思う。もちろん夏でもホット)
もう一つ。今日のように夕立があると、その後で虹が見えたりする。

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2013年7月 6日 (土)

月に2曲ずつ

関東地方は今日、梅雨明けした。十二分に納得する暑さだった。
恵比寿ガーデンプレイス横の木陰ではスタッフが何人もいる撮影をしていた。どうやら秋冬ものの撮影らしい、モデルさんは首まであるニットの上にさらに、厚くない生地ではあるけれど、上着を着て。スタッフの一人が始終うちわであおいでいた。
モデルさんがもし素晴らしいプロフェッショナルなら、真綿でくるまれるような蒸し暑さの中でも、涼しげな秋のような表情をするのだろう。でも真上から照りつける夏の強烈な日差しを秋らしい感じに写すことはできるのだろうか。撮影の様子を見て、楽な仕事はないと思った。

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最近新しい気持ちでチェロをさらっている。さらに今日はなぜか、久しぶりに練習曲をさらってみようという殊勝な気持ちまで起きた。僕は本当に練習曲を弾いてこなかった。時々ポッパーの40曲のどれかは弾いたりもした。グリュッツマッハーの第2巻は絶望的な状況だった、あれを弾ける気がしなかった。
今回はピアッティのカプリス。桐朋を受験した頃、ピアッティの1番は毎日弾いていた。でも1番と2番以降はまるで別物だ。3番(8度の重音責め)と6番は弾いてみようとしたことはあった。2013年は半分が過ぎた、残りの半分で12番まで弾いてしまおう。計算上は月に2曲ずつ弾けばいいはず、さて。

2013年7月 5日 (金)

新潟県の泉田裕彦知事と東京電力の広瀬直己社長が今日、柏崎刈羽原発の再稼動問題で会談したことが報道された。
僕の素人考えでは、電力会社が経営上の理由で再稼働を急いでいるように見える。どなたかが言っていた、原発を動かすことは技術的な観点から議論するべき、という意見を思い出した。そこに政治的経済的思惑が入るべきではない、ということだ。
原発は技術的にぎりぎりのところでやっているのではないか。実際、2年前の福島で事故が起きた時、人間の手に負えなくなったのだし、原子炉の中はどうなっているのか今でもわからないままだ。もしもう一度日本で大きな事故が起きたら、この国の信頼は失墜するのではと思う。
僕たちは喉元過ぎた熱さをすっかり忘れ、あれほど叫ばれた節電という言葉もとんと聞かなくなった。

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先月の日経新聞連載「私の履歴書」はテンプスタッフ創業者 篠原欣子さん。僕は小さい頃からの癖で新聞は最終面から読み始める(一般紙だとそこがテレビ欄になっていたから)。だから「私の履歴書」(日経新聞の最終面、文化面に掲載)がおもしろいとその月は楽しい。篠原さんの話は率直で興味深かった。
(「私の履歴書」に登場するのは功成り名を遂げた人ばかりだ。なのにさらに紙面で自慢話をする人がいると、僕は辟易してその月は読むのをやめる。人の自慢話をおもしろいと思う人はほとんどいないはずなのに、どうしてそんなことがわからないのだろう。少し前、私的な、胸にしまっておくべきことをほとんど露悪的に書いた人がいて本当にがっかりした。)

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文句を書いてしまった。楽しいこともある。NHKの衛星放送でもツール・ド・フランスが放映されている!
http://www4.nhk.or.jp/tourdefrance/
そうこなくっちゃ。

2013年7月 4日 (木)

ツール・ド・フランスが始まっている。第5ステージは新城幸也が大活躍だった。いったいどんな超人的な能力の人たちが集まっているのだろう。こんなおもしろいレースはそうないと思う。もっと日本のメディアが取り上げたっていいのに。
http://www.cyclowired.jp/?q=node/111851
CS有料放送を契約すると毎晩レースの模様を見られる。毎年この季節になると見たいと思う。でももし見られるようになったら、毎晩テレビにかじりついてますます駄目人間になりそうだなぁ。

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来年チャイコフスキーのピアノ三重奏を弾く。来月部分的に弾く機会があるので少しずつさらっている。楽しみ。

2013年7月 2日 (火)

七重奏版で

次に弾く室内楽はR.シュトラウスのメタモルフォーゼン。それも23人の弦楽器奏者のために書かれた原作ではなく、七重奏に編曲した版で。ブラームスやチャイコフスキーの弦楽六重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2)の編成にコントラバスを加えた形だ。

今日久しぶりに音を聴いてこんな曲だったか、と驚いた。一つ一つのモチーフはわかりやすいのだけれど、それらが幾層にも重ねられ、ぼんやりとにじんだようになる。それぞれの声部は必ずしもはっきりと聴き取れなくてもよいようだ。
曲の最後にはベートーヴェンのエロイカ(第3交響曲)の葬送のモチーフが現れる。これを初めてのように新鮮に感じる、ということは、エロイカを弾くようになってからはメタモルフォーゼンを弾いていないということだ。(僕が初めてエロイカを弾いたのは30歳を過ぎてから、遅かったと思う。でもその分感動も大きかった。こんなすごい曲があるんだ、と思った。)

メタモルフォーゼンを2回目に弾いたのは紀尾井シンフォニエッタ、ゲルハルト・ボッセさんの指揮だった。この曲が作曲されたのは第2次大戦終了間際、ボッセさんは戦争が終わった時、荒廃した国土を見てもう2度と音楽はできないだろう、と思ったそうだ。
久しぶりにメタモルフォーゼンを聴いて、パウル・クレーの晩年の絵を思い出した。直接の関係はないかもしれない。でも何か感じる。クレーが亡くなったのは1940年、同時代の共通するものがあったのだろうか。

編成が3分の1以下になったらどんな曲になるのだろう、にじんだ油絵のような感じはなくなってしまわないだろうか。演奏するのは7月15日の京都、京都に行くのは久しぶりだ。それに憧れのチェリストの隣で弾かせてもらえることが本当に楽しみ。
http://www.brightonhotels.co.jp/kyoto/hotelevent/ongakusai2013/

2013年7月 1日 (月)

休みの日にも上野に行くのはあまり気のきかない感じなのだけれどニコンの古いカメラを持って不忍池へ。先日テレビで蓮の花を見て、僕も見たくなった。
蓮はまだまだ。でも上野公園では猫(シャッター音で驚かせてしまった、ごめん)、不忍池ではカモの親子や、おじさんに教えてもらって美しく小さな糸トンボを見た。トノサマガエルや雷魚もいるそうだ。意外に生き物の気配にあふれていて楽しかった。自然に触れたくなるのはくたびれているからか、うぅむ。

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予定を決めない旅をしてみたい、とずっと思っている。ずっと思っているこのことをそろそろ実現させてみようか。日本海沿いをゆっくり移動して、行ったことのない能登半島もいいかもしれない。僕はパリよりプラハよりまず能登半島に行くべきではなかったのか。カメラには35ミリレンズをつけて、・・・。

今読んでいるのは松田千恵子著「国債・非常事態宣言」。
2年前に出版された本で、平成23年度の国の一般会計を家計にたとえる部分がある。税収と税外収入48.1兆円を月収40万円の家計にたとえると、必要経費総額(支出)は77万円、つまり37万円を借金していて、さらに6661万円のローン残高をかかえている。平成25年の今、状況はこれより良くなっているようには思えない。まともに考えると気の遠くなるような話だ、気が遠くなりそうだから皆あまり考えないようにしているのか。
預金金利が、何度ちゃぶ台をひっくり返しても返し足りないくらい低い理由もわかった(経済学部を出ているのに、そんなことも知りませんでした)。バブルの頃のような金利になったら、日本は大変なことになってしまう。

日本はそれなりに安定しているから、今の世の中しか知らない僕は未来永劫これが続くものを思ってしまうけれど、そうだろうか。2年前の地震の時、僕たちの拠って立っている社会的な基盤は驚くほどもろかった。
音楽会に来てくださる聴衆の中で、仕事をリタイアした年齢層の方たちはとても大きな存在だと思う。例えば時間もお金もある今の60歳代の人たちに対して、20歳代の若者たちの生涯賃金は同じ水準になるだろうか。20年後、今と同じような形で音楽会が開かれているだろうか。そして東京に、今と同じオーケストラ全てが存在しているだろうか。
音楽家の本分として、まずいい演奏をすることに心をくだくべきだとは思う。でも僕たちも時々全体のことを考えておいたほうが、と思う。

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