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2013年9月22日 (日)

9月20日の日経夕刊、原田禎夫さんの連載最終回の言葉も印象的だった。その中から

『・・・・・カルテットはただ漫然と練習しているだけではできない仕事です。僕なりの自負もあった。それなのに先生は認めなかった。完全に自信を失いました。
 それからステージ・フライト(舞台恐怖症)に悩まされるようになりました。本番になるとどうしようもなく不安になるんです。
 完全に克服しようと、米国の精神科医のもとへ訪ねたことがあります。先生が前にいると想定して、「なんで意地悪したのか」と言いたいことをぶつける。次は自分が先生役になってそれに応じる。そうすると「おまえはきつく言わないとちゃんとやらない」と自分の口から答えが出てくる。先生の角度から振り返ることで多少楽になりました。』

『・・・・・ピーター(第1ヴァイオリンのピーター・ウンジャン)はユーモアのあるやつで、険悪になりそうなときにひょいとジョークを言う。日本人だけでやっている時は、これから切腹するかというほどの悲壮感でステージに出ていましたが、ピーターは本番前にちょっとした冗談で和ませる。すごく助かりましたね。
 彼が指の故障で脱退せざるを得なくなった時、次のバイオリニストが入りましたが、どうもなじまないと思いました。僕が思う東京カルテットの音とは、精緻なアンサンブルや「シルキーサウンド」と呼ばれたなめらかさ、和音の美しさです。それが保てないのなら続ける意味がない、と悩んだ末、辞めることにしました。』

『幸い病気らしい病気はしたことがなく、健康には恵まれてきました。江戸時代の職人は自分の引き際が直感で分かるという話を聞いたとき、なるほどと思いました。僕も職人のようなものですから、その時が来たら自然と分かるのではないでしょうか。体が元気なうちは弾いていこうと思います。』

学生時代にラズモフスキーの2番を弾いた時、禎夫さんとウンジャンが弾いている東京カルテットのCDは何度も何度も聴いた。東京カルテットの人たちのレッスンを受けた時、ちょうど彼らは新しい第1ヴァイオリンを探している時期だった。僕がカルテットを弾く時はいつも禎夫さんの音や弾き方が心に浮かぶ。明日からしばらくカルテットの小さな仕事が続く。

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