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2013年9月

2013年9月29日 (日)

「百代の過客」

ドナルド・キーン著「百代の過客 日記にみる日本人」を読み終わった。平安時代から江戸時代末期まで、実に様々な日記が網羅されている。キーンさんが読み込んだ書物の量はいったいどれほどになるのだろう。想像すると気が遠くなりそうだ。本書は文庫で600ページを越え、なかなか読み進めない時もあったけれど、タイトルにあるように芭蕉が出てくるあたりから一気に読んだ。少なくとも「奥の細道」はぜひもう一度読んでみよう。
キーンさんは外国人だったから僕たちの気付かない日本の様々な魅力に目が止まるのだろうか。そして、記述に日本人的婉曲表現のないことも新鮮だった。
本屋でこの本を初めて手に取った時、序文が魅力的だったので迷わず買った。その序文から

『なるほど自分の日記を他人に読まれては困るというので、日記を暗号(啄木の場合はローマ字)で書くという極端な人もいる。また自分が死んだら日記を焼却するようにと、わざわざ生前に指示を残しておく人間もいる。しかし日記をつける人が、自分の日記を実際に焼却したり破棄したりすることは、そう滅多に起こることではない、他人の目に触れることを恐れて、どれほど万全の配慮をしてみても、いつかは、誰かに読んでほしいという気持ちも、どこか心の片隅に、必ず動いているにちがいない。日記をつけるのは、詩を書くのに似て、一種の告白的行為であることが多い。そして告白というものは、誰かそれを聴いてくれる者がいなければ、なんの意味も持たないのである。』

弦の自由研究の続き、下2本のマグナコアと組み合わせる上2本をラーセンのソフトにしたら、どうにも重心が高くて座りが悪かった。今朝仕事に出かける前に発作的にミディアムに張り替えた。秋はこれでいこう。
今日のリハーサルは「グレート」を通した。なぜだかとても幸せだった。シューベルトを弾ける人生は幸せだ。

2013年9月27日 (金)

芭蕉は月を見るために

いつか行きたいところの一つに、冬のハワイ、オアフ島のノースショアがある。彼の地には北風に乗って巨大な波が押し寄せるらしい。一日中波の音を聞いていたい。

昨日、稲村ケ崎でイナムラクラシックというサーフィンの大会が24年ぶりに開かれたそうだ。HPによると
『今年のウェイティング期間は台風シーズンとなる8月20日(火)~9月 30 日(月)の間。気象庁の予報をもとに、大会開催に相応しいクラシカルウェイブが立つかどうかを実行委員会が判断し、2日前に開催を決定する。』
http://www.inamuraclassic.com/report.html

僕の知っている稲村ケ崎はいつも穏やかな表情だ。でも昨日の映像を見ると確かにサーファーが小さく見えるほどの波が来ている。見に行きたかったなぁ。オアフ島は遠くても湘南なら。
http://www.youtube.com/watch?v=tTqbJ-i3o5Y

ドナルド・キーン著「百代の過客」を読んでいたら「更科紀行」の部分でこんな記述があった。

『貞享五年(一六八八)八月の半ば、芭蕉は、更科への旅を思い立つ。「古今集」以来月で名高いこの地で、仲秋の名月を見ようというのである。ところで私は、月を見るだけの目的である特定の土地へ出かけて行ったヨーロッパの詩人を、ただの一人も思い出すことが出来ない。』

うむ、いつか波を見るために冬のハワイへ行こう。

今日「グレート」のリハーサルが終わってから増上寺で開かれている「東京フォト2013」へ。
http://www.tokyophoto.org/2013/
素晴らしい写真はあった。多くの写真には値段がつけられていて、写真にまつわるお金と、そのお金にまつわる人々もたくさん見たような気がした。

ところで今回弾くシューベルトの「グレート」、パート譜は指揮者(オレグ・カエターニ)が持ちこんだものを使っている。チェロのパート譜には交響曲第8番とあり、隣のヴィオラの楽譜には交響曲第7番、とあった。そもそも以前「グレート」は9番ではなかったか。

2013年9月25日 (水)

朝、銀座キャノンギャラリーで開かれている「宮嶋 茂樹 写真展:The Assignment【アサインメント】委任された仕事」へ。今日が最終日。
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/miyajima-assignment/index.html
この10年間の紛争や災害の写真だ。日本を含め世界各地の、報道されていないこと知らされていないことがやはりあると思った。キャノンギャラリーの奥、細い通路を抜けるとすぐキャノンの立派なショールームがある。写真展の生と死が隣り合った世界と、明るく清潔なショールームと、二つの世界の落差に頭がぐらぐらしそうだった。

午後は都響の弦楽四重奏で北療育医療センターへ。僕は毎日当たり前のようにあっちへふらふらこっちへふらふら歩いているけれど、外へ出かけること、まして演奏会の会場へ出かけることの本当に難しい人たちがたくさんいることに思いが至っていなかった。音楽がどれほどの力を持っているかはわからない。でも聴いてくれる人たちのところへ行くことは、きっと僕たちにとっても必要だ。

都響は明後日からシューベルトの「グレート」のリハーサルが始まる。前から好きな曲だった。今はもっと魅力的にみえる。

2013年9月24日 (火)

しょんぼり

昨日の話の続き。それではニコンのF100を持っていこうか、と今日試し撮りをしたらエラーが出て固まってしまう。シャッターの問題で2回修理に出しているのに、はずれのカメラだったということだろうか。しょんぼり。
旅のお供は白黒フィルム6本とM6にしよう。

ハーモニーホールふくいに行くといつも、ホール裏手のこの看板が気になる。

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通天閣の布袋さん。布袋さんの後ろに写っているのは写ってはいけないものではなく、僕。

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2013年9月23日 (月)

「写真に次はない」

このところ日経新聞記事の引用ばかりですが、印象的な文章があったので。9月19日夕刊に掲載された写真家小林紀晴さんの「写真に次はない」から。

『自分より若い人が撮った写真を観る機会が増えた。大学の写真学科の学生の作品だったり、コンテストに応募される作品などだ。
 ・・・・・
 審査のとき、写真家ではない審査員の方から発せられる言葉で、気になるものがある。かつて、自分が選ばれる立場のときに、耳にした記憶がよみがえる。
「次に期待しましょう」
 その言葉とともに落とされることがある。すると私は即座に反論したくなる。実際に出来る限り、その場で言葉にすることにしている。
「写真に次はないと思います」
 この考えは間違っていないはずだ。写真は多くの場合、現実に起きた出来事、目の前の人、風景など、自分以外の何かを撮ることで成立させることしかできない。他力によるところが実に大きい。
 よって、ほとんど二度と同じ場面は撮れない。たとえ同じ場所へ行っても、同じ人に会っても、同じ状況はない。だから、次に同じレベルのものが撮れる保証はどこにもないのだ。それゆえに「次に期待」と言われると、かつての私は絶望的な気持ちになった。だから敢えて反論するのは、作品を応募して来た人たちの思いを代弁することが誠意だと考えるからだ。
 著名なアメリカ人の女性写真家ダイアン・アーバスは、撮影の「対象は特殊であれば、それだけ普遍的になる」という言葉を残した。写真が撮影者の人生に深く関われば関わるほど、あるいは個人的な事情や状況の度合いが増せば増すほど、撮られた写真はより普遍的なものとなり、多くの人の心を打つ、という意味だ。
 ・・・・・
 先日の審査で選考の結果がでた直後に、一人の若者に呼び止められた。確かに彼の作品は残らなかった。落としておきながら「本来、写真に優劣などない」などとはとても言えない。審査員は複数いるので、正確には私が落としたともいえない。要素が幾つもあり理由はひとつでもない。だから言葉に詰まった。
 ふとある言葉が頭に浮かんだ。
「写真を撮っているあなたのことが、ぼくはとても好きです」
 他界した写真評論家の平木収さんから、かつて同じような状況で慰めに贈られた言葉だ。私はそれをそのまま口にした。困った末のことだが、正直な気持ちだった。』

古いニコンの調子が悪くなった。先日の東北北海道演奏旅行の現像があがってきて発見した。条件を様々に変えても再現するのでどうやら間違いのないことらしい。1/125のシャッタースピードの具合が悪い。やれやれ、半年くらい火種のように持っていた明るい50ミリレンズが欲しいという気持ちが先日突然大きくなって手に入れたばかりだった。大きくて重いプラナーは、ふわっと溶けそうな写真が撮れる。

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今度の旅はそのレンズを新しい方の(それほど新しくないか)ニコンに付けて行こうか。F100はいいカメラなのに、中古市場ではまるで叩き売りのような値段になっている。2年前、シャッターの不調で修理に出したら修理金額内でグリップのゴムまで張り替えてくれた。こういうニコンの対応はうれしくなる。
今日久しぶりにフィルムのスキャンをした。写真は楽しい。

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2013年9月22日 (日)

9月20日の日経夕刊、原田禎夫さんの連載最終回の言葉も印象的だった。その中から

『・・・・・カルテットはただ漫然と練習しているだけではできない仕事です。僕なりの自負もあった。それなのに先生は認めなかった。完全に自信を失いました。
 それからステージ・フライト(舞台恐怖症)に悩まされるようになりました。本番になるとどうしようもなく不安になるんです。
 完全に克服しようと、米国の精神科医のもとへ訪ねたことがあります。先生が前にいると想定して、「なんで意地悪したのか」と言いたいことをぶつける。次は自分が先生役になってそれに応じる。そうすると「おまえはきつく言わないとちゃんとやらない」と自分の口から答えが出てくる。先生の角度から振り返ることで多少楽になりました。』

『・・・・・ピーター(第1ヴァイオリンのピーター・ウンジャン)はユーモアのあるやつで、険悪になりそうなときにひょいとジョークを言う。日本人だけでやっている時は、これから切腹するかというほどの悲壮感でステージに出ていましたが、ピーターは本番前にちょっとした冗談で和ませる。すごく助かりましたね。
 彼が指の故障で脱退せざるを得なくなった時、次のバイオリニストが入りましたが、どうもなじまないと思いました。僕が思う東京カルテットの音とは、精緻なアンサンブルや「シルキーサウンド」と呼ばれたなめらかさ、和音の美しさです。それが保てないのなら続ける意味がない、と悩んだ末、辞めることにしました。』

『幸い病気らしい病気はしたことがなく、健康には恵まれてきました。江戸時代の職人は自分の引き際が直感で分かるという話を聞いたとき、なるほどと思いました。僕も職人のようなものですから、その時が来たら自然と分かるのではないでしょうか。体が元気なうちは弾いていこうと思います。』

学生時代にラズモフスキーの2番を弾いた時、禎夫さんとウンジャンが弾いている東京カルテットのCDは何度も何度も聴いた。東京カルテットの人たちのレッスンを受けた時、ちょうど彼らは新しい第1ヴァイオリンを探している時期だった。僕がカルテットを弾く時はいつも禎夫さんの音や弾き方が心に浮かぶ。明日からしばらくカルテットの小さな仕事が続く。

2013年9月20日 (金)

力を抜いて

久しぶりに鏡の前でさらったら、弓使いの拙さにがっかりしてしまった。これでは思い通りにならないはずだ。やれやれ、がんばろう。
新しい組み合わせの弦は悪くなさそうだ。理想は弦のテンションは普通か軽めで、楽器自体に充分なテンションがあること。

日経夕刊の連載「人間発見」、昨日の原田禎夫さんの言葉から。

『・・・・・
 時々飛行機でニューヨークへ行って、ジュリアード音楽院のクラウス・アダムさんのレッスンを受けました。穏やかな良い人でね。斎藤先生と全く違って、ほめて伸ばす指導だったので、最初は信用できなかった。この先生は良くないんじゃないかって。でもアダム先生からは力を抜いて弾く方法を教わりました。故障することなく今まで弾き続けてこられたのは先生のおかげです。しかも月謝は一切取りませんでした。』

2013年9月19日 (木)

中秋の名月

夕方最寄駅から自宅まで歩く途中、学童保育の帰りだろうか、黄色い帽子をかぶってランドセルを背負った小学生の男子二人組とすれちがった。ちょうどすれ違うあたりで一人がもう一人の腕をいきなりつかんで立ち止まり、「今日はお月見だ!」と大きな声で言ったのには驚いた。彼らの正面、僕の背中側には見事な月が出ていた。

今日は忙しかった。まず渋谷のシアター・イメージ・フォーラムへ。映画「ポルトガル、ここに誕生す」。
http://www.guimaraes-movie.jp/
4人の監督の短編が続けて上映される。最初のアキ・カウリスマキの作品は素晴らしいと思った、その後不覚にもところどころ眠ってしまった。昨晩行ったプールが効いたのか。上映後、後ろの席に座っていた2人の女性は「4つともよかった」と言っていたのだけれど、うーん僕は。映像や音を安く作った、思われる作品もあったし・・・。

六本木の富士フィルムスクエアへ。写真展「旅する惑星」。
以前ここで星野道夫さんの写真展が開かれた時、鳥肌のたつような強い写真に驚いた。もちろん星野さんの当時、フィルムカメラしかなかった。でもあれはフィルムでないと撮れない写真だと思った。今日の展示はどうなのだろう・・・。ハイキ―な写真が多いのも気になった。
ところで、明日発売の新しいチェキが展示してあった。これで遊んだら楽しそうだなぁ。でも、いい写真が撮れたと思って誰かにあげると手元に何も残らないものなぁ。
http://instax.jp/mini90/

東京駅まで足を伸ばし、東京ステーションギャラリーの大野麥風展『「大日本魚類画集」と博物画にみる魚たち』へ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/now.html
麥風以外の作品があるのは予想外だった。中に杉浦千里さんのものがいくつもあり、まさかエビや魚の絵に心動かされるとは思わなかった。きっと彼が心血を注いで残した絵だ。
「大日本魚類画集」は木版画。麥風の原画、版木、細かい指示がたくさん書き込まれた試し摺り、完成した版画を並べた展示もあり、興味深かった。筆で描いた原画より輪郭も色彩もはっきりした版画の方が好きな作品もあった。それにしても、彫り師や摺り師の技術は大変なものだと思う。この職人技は現代に継承されているのだろうか。

もちろん映画や写真、展覧会にばかりうつつを抜かしていた訳ではなく、帰宅してからは弦の自由研究の続き。
ラーセンのマグナコアは柔らかく音はいいのだけれど手元の感覚がもう少し強くほしい。それなら1番、2番線をラーセンのミディアムからソフトにテンションを下げたらどうかと思った。希望的予想は4本のバランスが取れ、高い音はより伸び低音はしっかりする、というもの。少しだけ使ったソフトがあったのでそれを張ってみた。高い音は明るくなった。華奢になってないといいのだけれど。下はどうだろうか。明日は都響のリハーサル、うむ、広い部屋で弾いてみよう。

2013年9月17日 (火)

台風の影響で少々遅れたけれど、幸い昨晩羽田行きの飛行機は飛び、今日昼からの仕事に行くことができた。
もし飛ばなかったら、昨日はJRが止まり、今日帯広や新千歳から羽田への便も満席だったようだから、どんなことになっていたのだろう。それにしてもここ数年の天災の大きさはいったい・・・、ニュースを見て驚くばかり。
函館から札幌、札幌から帯広は鉄道で移動した。がたがたと前後に揺れる乗り心地はお世辞にも良いとは言えないし、遅延も多かった。気象条件の厳しいところでJR北海道は大変そうだ。

日経夕刊の連載「人間発見」、今週は原田禎夫さん。その中から

『僕は自分のことをチェリストとはあまり思っていなくて、カルテット弾きだという意識の方が強い。性格にも合っている。一人で何かをするのが好きではないし、大きな団体も居心地が悪い。オーケストラは指揮者が主体ですし、コンサートマスター、首席奏者と序列がある。その点、カルテットは皆対等です。一人ひとりが考えを持ち、音楽を作っていくというところが性に合った。
 思いがけぬ体験をすることがあります。例えばベートーベンを弾いていると自然に鳥肌が立ってくる。自分の演奏がうまいかどうかはあまり関係なくて、作曲家が書いた音楽が時を超えて、今鳴っているということにぞくっとくる。今までに何度かあります。そんな経験ができる職業がほかにあるでしょうか。この仕事を選んで幸せだったと思います。』

2013年9月16日 (月)

昨日今日の都響演奏会の前半はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ティンパニの4つの音で始まるこの曲の、その音程の同じ4つの音が大切なモチーフだ。4拍子の4つの音が生命感にあふれる力強さを持っていること、ごく単純な同じ4つの音がみなぎる強さを持っていることは西洋音楽の奇跡の一つではないか、と思う。

ソリストは三浦文彰君。昨日の札幌公演は素晴らしい集中だった。今日はこれから帯広公演。会場の帯広市民文化ホールは音楽専用ホールではないけれど、弾きやすい音響だ。

問題は終演後東京に帰る飛行機が飛ぶかどうか。さて。

2013年9月14日 (土)


昨日は移動日、鉄路函館を経由して札幌へ。青森から札幌は実はかなり遠く、6時間ほどかかる。でも僕としては珍しく道中ぐっすり眠ってしまったのであっという間に着いた。

夕方のモエレ沼公園へ。とにかく広いし、高低差も大きく、その場所によって劇的に視点が変化するおもしろさがあった。この規模は北海道ならではと思う。公園のHPには
「彫刻家イサム・ノグチが計画に参画。・・・
 ノグチによる、「公園をひとつの彫刻」とするダイナミックな構想により造成が進められ・・・」
とある。うぅむ、なるほど。

今日明日の都響は札幌コンサートホールKitaraで本番。以前はそんなことを感じたことはなかったけれど、今日、楽器間の距離が遠い気がした。弾いていてちょっとさみしい感じだ。なぜだろう。
Kitaraの素晴らしいところの一つは、中島公園の中にあり、演奏会の行き帰りの雰囲気がいいことだ。東京でこういう環境をつくるのはきっとかなり難しい。

2013年9月12日 (木)

ガンジーの言葉

今年の松本にはクリーヴランドからテューバの杉山さんも来ていた。
僕が新日フィルに入ったばかりの頃、トリフォニーホールの楽屋口を入って上手袖に行く階段を上がると、杉山さんがさらっている音がよく聞こえた。その時と同じ音階(ターンしてからアルペジオで1オクターヴ上がり、また同じターンをして降りてくる)を松本でもさらっていたので、うれしくなってそのことを言ったら、もうあれから10年、外国に行って10年たったなぁ、と変わらない関西弁が返ってきた。

11年前の夏、あるオーケストラのオーディションを控えていた僕はサイトウキネンのリハーサルの合間によくさらっていた、杉山さんもよくさらっていた。松本の期間中にそのオーディションがあり、落ち、さらわなくなった僕に杉山さんは
「もうさらわへんの?今度うち(新日フィル)のフォアシュピーラーのオーディションがあるよ」
と言ってくれた。結局翌年の6月から僕の試用期間が始まり、杉山さんはその年の秋にヨーロッパに行ってしまった。僕のオーケストラ生活も10年になったということだ。

10数年前フリーで仕事をしていた僕は写真に夢中で、チェロはひどいありさまだった。自分としてはちゃんとやっているつもりだったからなお悪い。今だって自慢するようなものは何もないけれど、当時あんな能力でよく仕事があったと思う。最初のオーディションには受かるはずがなかったし、受からなくて良かったと思う。

でもまぁどうにかぎりぎりのところで持ち直し、オーケストラの仕事を始められたのはよかった。外からはわかりにくいかもしれないけれど、オーケストラの仕事は専門職で、できれば心も体も柔らかい若いうちに経験を積んだ方がいい。それにチェロのレパートリーなんてピアノやヴァイオリンに比べてたかが知れている、オーケストラの肥沃な世界をぜひ知っておくべきだ。

昨日は9月11日。信じられないことにあれからもう12年たった。1989年にベルリンの壁が壊されたとき、これで西と東が対立する時代は終わり、世界は融和に向かい皆が幸せになると思った。でもとても残念なことに、ニューヨークのビルに飛行機が入っていったあの時が転換点だったのだろう。今世界中がきな臭く、お互いに緊張感を増すようなことをしている。されたらし返す、というのはわかりやすい行動だ。ガンジーの言葉を思い出す。

「目には目を、は世界中を盲目にする。」

今日の都響は盛岡公演。あの地震の日、中止になった函館公演と同じ小林研一郎さんの指揮、小山実稚恵さんのピアノだった。地震から2年半、東京はオリンピック招致にわいている。オリンピックは間違いなく大きなインパクトになる。でも復興のままならない地域の人たちは取り残された感じはしないだろうか。そして水は漏れ続けている。

終演後青森へ。今回の乗車券は東京から盛岡、青森、函館、札幌を経由して帯広まで。

2013年9月10日 (火)

「止まれ」の「れ」

東京都写真美術館で開かれている岩合光昭さんの写真展「ネコライオン」へ。
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1935.html
似た、あるいは関連のある猫とライオンの写真が対になって展示されている。本当に『ネコは小さなライオンだ。ライオンは大きなネコだ。』という岩合さんの言葉通りだった。

9月4日日経夕刊には衛星放送の番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」に関するインタヴューが掲載された。その中から、

『猫を探すときは、まずその町の一番高い所に登って当たりをつけます。南北にまっすぐ伸びた道などは風が強いから猫は好まない。車など早く動くものも苦手で、どん詰まりのような場所に大概います。猫が快適な場所は人間にも快適なはずだから、猫を観察すればいい町づくりができると思いますよ。
 ・・・・・猫は基本的に平和主義者。人に余裕があって平和なら、どこでも猫のサンクチュアリ(聖域)になる。だから僕は、猫が幸せになれば人も幸せになり、地球も幸せになると言っています。
 猫と親しくなる秘訣?全身から醸し出す雰囲気を嗅ぎ取ることですかね。それでも嫌われることはあります。
 ・・・・・
 ペットとしての重要性はわかる。体の柔らかさやしぐさに癒される人もいるけど、僕は野性味を残していることが重要だと思う。ジャンプしたり獲物を狙ったり、野生的な動作を見て、人ははっとする。現代の日本人はよくも悪くも洗練されて野生を失っているから、彼らを見て自分の中の野生が刺激され、自然の一員だと感じられるんです。
 ・・・・・』

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上の写真は、残念ながら僕ではなく、チェロのオーレ・アカホシ君が松本の「ガレージ」という店の近くで撮ったもの。「れ」は「止まれ」の「れ」。
オーレ君は同い年。1999年のサイトウキネンで、確か「ファウストの傲罰」を弾いた時も一緒だった。全ての演奏が終わった翌日、オーレ君と同じあずさに乗った。その時話ししたことを覚えている。今日は1999年の9月9日で、しかも朝の9時台だよ、と言ったらオーレ君はその日99歳のおばぁちゃんに会いに行く、とのことだった。
「ガレージ」はキッセイ文化ホールから橋を渡って少し歩いたところにある。ここのバナナジュースは630円するけれど元気になるし、のんびりぼんやり飲む時間がある時は幸せだ。

岩合さんの写真展を見た後は映画「大統領の料理人」へ。
http://daitouryo-chef.gaga.ne.jp/
南極海のシーンで始まる映画とは思わなかった。映画は楽しい。

この秋観たい展覧会や映画を昨日書き出してみたら大変な数だった。全部観ることはできるだろうか。

2013年9月 9日 (月)

譲ってくれた弦

今年、サイトウキネンの分厚いプログラムには村上春樹さんの文章があり、その中で、昨年大西順子さんが引退を発表したこと、引退を決意した理由、その大西さんがサイトウキネンでガーシュインを弾くことになった経緯が書かれていた。

昨日の東京JAZZ、実はボブ・ジェームスやデヴィッド・サンボーンの前にもう一組ピアノトリオの演奏があった。
僕は、ジャズは時々ラジオで聴くくらいで何かを言う資格はない。もちろん若手の抜擢は必要なことだろうし、企画する側に意図や事情もあるだろうとは思う。でも率直なところ、相応の金額を払って東京JAZZのチケットを買った上で、あのピアノトリオを45分も聴かされるのは厳しかった。同時に、村上さんの文章に書かれていたことが少しわかるような気がした。大西さんのトリオが本当に素晴らしかったことを改めて思い出した。

クラシック音楽は楽譜に記された音符を音に出す。長い時間をかけてできた教育のシステムがあるから、その中で努力をすれば音符を音にすることはかなりの程度できるようになると思う。でもジャズの素晴らしい音楽家たちを見ていて、どんな音を出す時も、心の中にたぎるもの新しく燃え上がるものが必要だと思った。たとえ百万回アルペジョーネをさらった後でも初めて出会った音符のように弾きたいと思った。

松本にいる時、チェロの植木君と弦の話しをした。彼の下2本はラーセンのマグナコア。予想に反して、スピロコアよりも柔らかいとのことだった。僕が興味深そうにしていたら、彼はスペア用にとってある使用済みの弦を譲ってくれた。
それを昨日張ってみたら、本当に柔らかかった。最近の新しい弦はどんどん硬くなっている傾向を考えると意外だ。例えば数年前にP社が発売した新しいガット弦は、ガットとは思えないくらい硬く、こんなに硬くするならガットである必要はないんじゃないか、と思えるほどだった。実際に使ってみても誰かがヴァイオリンやヴィオラで使っているのを聴いても、弦の音がするだけで、楽器は鳴らない感じだった。だからその後でワーシャルの柔らかい弦が出た時は嬉しかった。

スピロコアならタングステンの細い弦より、はるかに安価なクロム巻きの弦の方が好きだ。タングステンでもシルバー巻きでもクロム巻きでも使えば劣化して倍音が少なくなる。安価な(安くはないけれど)弦を頻繁に交換した方がいいと思うし、低い音はやはり太い弦で弾きたい気がする。

別に僕はラーセンの手先ではない、マグナコアはまろやかで深い音だった。1番線や2番線の高い音の挙動も落ち着く。ということはアルペジョーネ向きということか。
上2本ラーセン、下2本スピロコア、という組み合わせの最大の問題は2番線と3番線が喧嘩でもしているように5度が合わないことだと思う。4本ラーセンで合わせたらもちろんその問題はない。ヒンデミットの無伴奏でどうにも合わなかった5度の重音はらくらくとれたし、4本の弦の音を重ねるのもやさしい。
柔らかいからどうかな、と思って行った今日の都響のリハーサルでは、どうやら別に音はおとなしくないようだった。手元はやわらかくあちらでは強く、そんなことあるだろうか。僕自身の問題はクロム巻きの太い感じが懐かしいことと、タングステンの音(マグナコアもタングステンを使っている)にどうも違和感があること。弦のテンションは、上2本をソフトに下げてもよさそうなくらいだ。もう少し使ってみよう。
植木君ありがとう。

2013年9月 8日 (日)

ゆっくりさらってから夜は国際フォーラムで開かれている東京JAZZへ。
楽しみにしていたボビー・マクファーリンは体調不良のため(大丈夫だろうか)来日中止となり、それはとても残念なことだったのだけれど、代わりに演奏をしてくれたミュージシャンたちが素晴らしかった。

赤いジャケットと赤い眼鏡をまとったピアノのボブ・ジェームス、サックスのデヴィッド・サンボーン、ドラムスのスティーヴ・ガッド、 ベースのジェームス・ジーナス、とても楽しかった。そのカルテットの後、ボブ・ジェームスと小曽根真さんが2台ピアノでマクファーリンの「Don't worry , Be happy」を演奏したり、ボブ&ヒラリー・ジェームス親子の演奏があったり、その後で最初のカルテットにギターのラリー・カールトンが加わった演奏がさらに楽しくて。サックスとギターのやりとりが痛快だった。ラリー・カールトン、格好良かったなぁ。ピアノのボブさんはとてもお茶目だった。

最後はチック・コリアと彼のグループ。皆でぞろぞろと舞台に出てきてチック・コリアがマイクを手に取り、実にゆるい感じで「Hello・・・」と喋りはじめたのはよかった。それからチューニングのラ、と思ったらすでに演奏が始まっていた。チックが打楽器を持って席を離れて、打楽器の2人のところに行って何か始めたり、ベネズエラから来たルイス・キンテ―ロが自然の音のようなものを出し始めたり、サックスのティム・ガーランドが立ったままバス・クラリネットを吹いたり、何でもあり、という感じだった。途中からチックがシンセサイザーを弾き始め、ベースがエレクトリック・ベースになり、打楽器の2人が大騒ぎになったあたりからちょっと単調な感じがしてしまった。
いずれにしても大変なエネルギーだし才能だと思う。

長いライヴを聴いてすっかり空腹になった。帰宅前に食べたラーメンは至福。

2013年9月 7日 (土)

早い時間のあずさで帰京。途中仙川に寄って、僕としては我慢のならない長さに伸びた髪の毛を切ってもらった。頭が小さくなってほっとした。短い髪はプールから出てすぐ乾くしシャンプーもほとんど減らずとてもいいのだけれど、まめに散髪しないとひどいありさまになるのが大きな問題だ。
同じく仙川のアンカーで昼を食べてから帰宅。10日ぶりに戻った大好きな東京は排気ガスとガソリンの臭いに満ち、静かで水音の聞こえる松本が懐かしくなった。

2013年9月 6日 (金)

結局今日の演奏会の前半、大西順子トリオを聴きたいオーケストラメンバーは舞台に並べられた椅子に座って聴くことになった。目の前で40分のセッションはあっと言う間に終わってしまった。どういう仕組みや約束なのかはわからないのだけれど、なんだか楽しそうなことをしていることはよく伝わってきた。3人とも演奏する時の体の使い方がまっすぐだ。
彼らはとても自発的に音楽をしている。生き生きしたものを今自分が生み出している感覚だ。それは楽譜に音符がきちんと記されている僕たちクラシック音楽でもきっと一緒だ。

前半が終わって、コントラバスの深沢さんや河原さんとレジナルド・ヴィールがいったいどうやって弾いているのか話しをした。すごいピチカートをしているのに、彼の右手の指先は柔らかいままらしい、うぅむ。

後半のロミオとジュリエットの抜粋(指揮はシェン・リン)も、トリオが加わってのラプソディー・イン・ブルーも、アクセル全開のサイトウキネンらしい演奏だった。僕の席からは足をぶらぶらさせながらトリオのアドリブを聴く小澤さん、メンバーに様々な形でサインを出す大西さん、レジナルド・ヴィールの表情がよく見えた。
すっかり元気になった小澤さんの指揮は、ルオーの絵のように輪郭が濃く強いものだった。

終演後ホテルに戻り、さぁ荷造り。

2013年9月 5日 (木)

今日もリハーサル。
アメリカのオーケストラの人たちとガーシュインを弾くのは楽しい。ラプソディー・イン・ブルーはクラリネットのソロで始まる。フィラデルフィアから来たリカルド・モラレスの自由で素晴らしいソロが聴けた。ただ、彼は小柄でピアノの反響板に隠れて客席からまったく見えないので、座面をうんと高くしたピアノ椅子に交換させられていた。見えるようになっただろうか!?
トリオのアドリブではレジナルド・ヴィールの、いったいどうやって弾いているのだ?、というご機嫌なベースソロが飛び出した。僕の場所からは、大西さんのトリオは3人とも手元が見えないのが残念。

明日の演奏会、前半は大西順子トリオのみ。チケットは完売しているので、トリオの演奏を聴きたいオーケストラメンバーはゲネプロでなら聴けるだろうか、という話しになったら、大西さんが「ジャズはリハーサルをしません」と言い、皆が笑った。そうだ、ジャズだもの。

ジャズといえば、東京ジャズにボビー・マクファーリンが来るので楽しみにしていたのに、体調不良のため来日中止になったそうだ。とてもとても残念。

2013年9月 4日 (水)

今日はいろんなことがあった。
昼から6日の演奏会のリハーサル。プログラムのメインは大西順子トリオを迎えてのラプソディー・イン・ブルー。普段ならピアノソロの部分がジャズのトリオでのアドリブになる。指揮台の上の小澤さんはニューバランスの赤いスニーカーを履いた足を動かしながら楽しそうに聴いていた。
トリオのドラマーとベーシストも素晴らしい。たとえばピアノソロからトリオに移る部分のきっかけの作り方やテンポの共有の仕方など、たった今起きていることのおもしろさがある。彼らも楽譜は見ていたけれど、どの程度のことが決められているのだろう。演奏するごとに違う景色が見えたら楽しい。(ドラム:エリック・マクファーソン、ベース:レジナルド・ヴィール)

先日、アメリカのチェリスト、ウェンディ・ワーナーの最近の録音を聴かせてもらう機会があった。彼女が左手も右手も、柔らかい条件で弾いていることが手にとるようにわかる録音だった。
これまで苦手だったことが思いもしなかったところからほどけていく感覚が今ある。オーケストラのリハーサルの後また少しアルペジョーネをさらった。シューベルトを弾いたり聴いたりする時いつも、
「シューベルトのトリオを一瞥するだけで、われわれの人間的な経験における困難は消えうせ、世界は再び新鮮で輝かしいものとなる」
というシューマンの言葉を思い出す。

夜は大野さんの指揮するリゲティやシュトラウスの演奏会2日目。いい流れがあった。

2013年9月 1日 (日)

今日のリハーサルで傑作だったのは、リゲティの協奏曲の第2楽章を細かく見た後、その楽章の冒頭から返していた時、30小節近く進んでから大野さんが
「大きな誤解があるようです」
と止めたことだった。なんだか景色が違う、とは思っていたのだけれど。第1楽章を演奏していたパートがあったのだ。それはそれでけっこういい感じだったので皆で大笑いした。

リゲティのフルート、オーボエのための二重協奏曲はおもしろい編成で書かれている。ヴァイオリン以外の弦楽器と木管金管打楽器。チェロの右横にはクリーヴランドから来たトロンボーン、マッシモ・ラローザがいる。この騒ぎの時、どっちの楽章を演奏してもいいね、と冗談を言い合った。端から見ると陽気な兄ちゃん、という感じだけれど、驚くような美しいピアニシモで吹ける。

大野さん曰く、この協奏曲はリゲティの転換点で、それまでのきついトーン・クラスターが玉虫色のような(英語の説明に苦労していた、「玉虫色」は日本語だけの表現だろうか)トーン・クラスターに変化している、ということだった。確かに第1楽章の冒頭の響きは美しく感じられるようになってきた。
ソロのフルートとオーボエは超絶技巧、木管や金管も大変そうなところがあるし、時々弦楽器にも9連符や10連符が重なったりする音のにじみはある。でも僕たちはどちらかというと背景の役割で、トーンクラスターのどこかの成分を小さい音で伸ばしている。そしてその音の渦の中にいることがとても心地いい。もしかしてこの曲はオーケストラの中にいるのが一番心地よく聴けるかもしれない。

リゲティはこの響きを想像できた、ということだなぁ。

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