譲ってくれた弦
今年、サイトウキネンの分厚いプログラムには村上春樹さんの文章があり、その中で、昨年大西順子さんが引退を発表したこと、引退を決意した理由、その大西さんがサイトウキネンでガーシュインを弾くことになった経緯が書かれていた。
昨日の東京JAZZ、実はボブ・ジェームスやデヴィッド・サンボーンの前にもう一組ピアノトリオの演奏があった。
僕は、ジャズは時々ラジオで聴くくらいで何かを言う資格はない。もちろん若手の抜擢は必要なことだろうし、企画する側に意図や事情もあるだろうとは思う。でも率直なところ、相応の金額を払って東京JAZZのチケットを買った上で、あのピアノトリオを45分も聴かされるのは厳しかった。同時に、村上さんの文章に書かれていたことが少しわかるような気がした。大西さんのトリオが本当に素晴らしかったことを改めて思い出した。
クラシック音楽は楽譜に記された音符を音に出す。長い時間をかけてできた教育のシステムがあるから、その中で努力をすれば音符を音にすることはかなりの程度できるようになると思う。でもジャズの素晴らしい音楽家たちを見ていて、どんな音を出す時も、心の中にたぎるもの新しく燃え上がるものが必要だと思った。たとえ百万回アルペジョーネをさらった後でも初めて出会った音符のように弾きたいと思った。
松本にいる時、チェロの植木君と弦の話しをした。彼の下2本はラーセンのマグナコア。予想に反して、スピロコアよりも柔らかいとのことだった。僕が興味深そうにしていたら、彼はスペア用にとってある使用済みの弦を譲ってくれた。
それを昨日張ってみたら、本当に柔らかかった。最近の新しい弦はどんどん硬くなっている傾向を考えると意外だ。例えば数年前にP社が発売した新しいガット弦は、ガットとは思えないくらい硬く、こんなに硬くするならガットである必要はないんじゃないか、と思えるほどだった。実際に使ってみても誰かがヴァイオリンやヴィオラで使っているのを聴いても、弦の音がするだけで、楽器は鳴らない感じだった。だからその後でワーシャルの柔らかい弦が出た時は嬉しかった。
スピロコアならタングステンの細い弦より、はるかに安価なクロム巻きの弦の方が好きだ。タングステンでもシルバー巻きでもクロム巻きでも使えば劣化して倍音が少なくなる。安価な(安くはないけれど)弦を頻繁に交換した方がいいと思うし、低い音はやはり太い弦で弾きたい気がする。
別に僕はラーセンの手先ではない、マグナコアはまろやかで深い音だった。1番線や2番線の高い音の挙動も落ち着く。ということはアルペジョーネ向きということか。
上2本ラーセン、下2本スピロコア、という組み合わせの最大の問題は2番線と3番線が喧嘩でもしているように5度が合わないことだと思う。4本ラーセンで合わせたらもちろんその問題はない。ヒンデミットの無伴奏でどうにも合わなかった5度の重音はらくらくとれたし、4本の弦の音を重ねるのもやさしい。
柔らかいからどうかな、と思って行った今日の都響のリハーサルでは、どうやら別に音はおとなしくないようだった。手元はやわらかくあちらでは強く、そんなことあるだろうか。僕自身の問題はクロム巻きの太い感じが懐かしいことと、タングステンの音(マグナコアもタングステンを使っている)にどうも違和感があること。弦のテンションは、上2本をソフトに下げてもよさそうなくらいだ。もう少し使ってみよう。
植木君ありがとう。
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