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2013年11月

2013年11月30日 (土)

日本語のようにも

村上龍著「心はあなたのもとに」の中にこんな文章があった。

『・・・ていねいになれる何かをつかんでいる人は具体的に努力できる、その何かと出会えれば、目標がどんなに遠くても、近づくように少しずつ努力できる、自分にとってたいせつなものと、ていねいに対処できるものが一致していないといけない、・・・』

演奏の仕事をしていると、高い能力を持っているのに、その楽器を演奏することがそんなには好きじゃない、という人がいることに気づく。確かに、最初から上手にできたらあまりおもしろくないかもしれない。
できなかったことができるようになることは、大きな喜びだ。僕はそろそろ43歳になる。チェロを弾くことはこれまでで今が一番いい状態で、きっともっと良くなれる。

40歳台は、もし運動選手だったら、多くの場合、引退している年齢だ。彼ら彼女たちは引退する時、すでに燃え尽き、やり残したことは何もない、と思うのだろうか。それとも、こんなに様々なことが見えているのに、残念ながら体がついていかない、と思うのだろうか。

来月(今日で11月は終わり・・・)、都響にはバルトーク・プログラムの演奏会がある。オペラ「青ひげ公の城」のスコアを借り、音を聴きながら読んでみたら、ハンガリー語がまったくわからず驚いた。ちんぷんかんぷん。時々日本語のようにも聞こえるし。普段、イタリア語ドイツ語フランス語の歌詞がわかっている訳ではないのだけれど。
それにしてもまったく見当がつかず困っていたら、なんとコントラバスの柴田さんが日本語ハンガリー語の対訳をお持ちで、プリントしてくださった。
「ねむのき」と聞こえていたのは「Nem nyitom ki」(「開けてはならぬ」)、と青ひげ公がユディットに言う台詞だとわかった。なるほど。

「青ひげ公」は想像していたよりずっと聴きやすく美しい音楽だ。歌手はたった二人。プログラムのもう一曲はヴァイオリン協奏曲の第2番、こちらのソロは庄司紗矢香さんで、楽しみ。

画像は都響のステージマネージャー、山野さんが指揮台の縁を塗り直しているところ。指揮台の赤、椅子や譜面台の黒、何かの青、リハーサル室の壁や椅子の垂直、水平の線が、モンドリアンのコンポジションのように見えた。
http://www.moma.org/collection/artist.php?artist_id=4057

20131130yamano

2013年11月29日 (金)

2つの世界を

映画「ファッションを創る男 カール・ラガーフェルド」を観た。
http://www.alcine-terran.com/lagerfeld/
本屋やらカメラ屋やらあちこち歩き回り、ラーメンを食べた後に映画館に入ったら、眠くなってしまい、ところどころ記憶がないのが本当に残念・・・。
苛烈な人生を送ってきた人なのだろう、インタヴューに答える言葉が、直截でとても印象的だった。(インタヴュアーも直球を投げている)
『現実でありたくない 幻のように現れて消えたい』『自己演出をし過ぎた』『誰の人生の中にも存在したくない』・・・
万人受けする映画とは思えない、でも、もう一度観に行きたい。

チェーン・スモーカー、という言葉がある。僕は煙草を吸わないのでその気持ちはわからないのだけれど、友人に聞いたら、吸っていた時は常に煙草の残りを気にしていた、と言っていた。今、次に読む本を途切れないように用意しながら、切れ目なしに本を読み続けている。本がないと生きていくのが難しいかもしれない。

先日読んだのは椎名誠著「武装島田倉庫」。20年前に書かれたSFだ。椎名さんは、海辺で焚き火を囲み酒を飲み、というエッセイもおもしろいけれど、SFはまた独特の感触があっていい。

それから、村上龍著「心はあなたのもとに」。
雑誌「文學界」に連載されていた時に、断片的には読んでいた。いつか通して読んでみたいと思っていたところに、ちょうど文庫本が出版された。主人公の立場は、例えば経済状況ひとつを取っても一般的とは言い難い(嫌悪を覚える人もいるだろう)、でも書かれていることは、ざらりとした現実そのものに感じられることがあった。読んでいて夢見心地にはならない、しかし読まずにいられない魅力があった。

どなたかが村上春樹さんのことに触れた文章の中で(確か毎日新聞の書評)、小説家とは、人生であの時もしこの選択をせず、あの選択をしていたら、というあちら側の世界と、現実のこちら側を自由に行き来することのできる特殊な能力を持った人のこと、という旨のことを書いていた。なるほど、と思った。
今日、本屋で求めた「文藝春秋」12月号には、村上春樹さんの短編小説「ドライブ・マイ・カー」が掲載されている。そして、その少し後には村上龍さんの連載「オールド・テロリスト」も。

001

本を持たずに出かけることはほとんどない。どのカメラを持って出るか、と同じくらい僕にとって大切なことだ。
ヨドバシカメラで、発売されたばかりのニコンの新しいデジタル一眼レフを触った。
http://www.nikon-image.com/products/camera/slr/digital/df/
発表前の噂を聞いた時、どうしてニコンは懐古趣味でしかも高価なカメラをつくるんだろう、と半ばがっかりしたのだけれど、手にとったら欲しくなった・・・。お金がどこかから降ったり湧いたりしないだろうか。

夜は録音の仕事へ。単に生活の糧としてでなく、本当に仕事によって僕は生かされていると感じる。

2013年11月28日 (木)

自然な流れの中で

いい演奏会だった。ありきたりではあるけれど、指揮のヘスス・ロペス=コボスにはいぶし銀、とか、職人気質という言葉がぴったりだった。感情を表に出すことはほとんどなく、少々何かがあっても自分のペースは乱さない。細かいリハーサル(ちょっと辛抱がいる)は演奏上の具体的な問題に終始した。でも彼の意図した何かは、結果として見事に表現されたのではないだろうか。

ショスタコーヴィチの13番はもちろん、珍しいトゥリーナの「闘牛士の祈り」もラヴェルのスペイン狂詩曲も、自然な流れの中で弾けて心地よかった。
サントリーホールのあるアークヒルズはもうクリスマスの装いを始めている。

003

なぜ音楽をするのか、なぜチェロを弾くのか。言葉にならない、言葉にすることのできない思いがあるからだ。

2013年11月27日 (水)

20年以上の月日が

ショスタコーヴィチの13番、昨日からリハーサルにソリストが(バスのニコライ・ディデンコ)、今日から男声合唱が加わった。すべてのパートが揃い、ようやくどんな曲か見えてきた。
歌詞はソビエト連邦の問題に強烈な皮肉で迫った、詩人エヴゲニー・エフトゥシェンコによるもの。作曲の1962年当時、よくこの内容で発表したものだと思う。ショスタコーヴィチは命がけ、少なくとも作曲家生命を失う危険は充分覚悟の上だったのではないだろうか。

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今回の字幕・言語指導は一柳富美子さん。僕が19歳の時に参加した霧島音楽祭、チェロのクラスはモスクワからきたナターリャ・シャホフスカヤ先生、通訳が一柳さんだった。シャホフスカヤ先生のレッスンは緻密で素晴らしいものだったけれど、厳しさに音をあげそうだった。当時経済学部2年生で将来を迷っていた僕は、このレッスンから尻尾を巻いて逃げ、名古屋大学サイクリング同好会の一員として、例えば北海道一周、という大学生活もあるなぁ、と思ったりした。

今日20数年ぶりに一柳さんに挨拶をし、あの時の霧島が僕のターニングポイントでした、と話しをした。あの夏やはり霧島で、音楽の道へ背中を押してくれた田中雅弘さんと、今回の演奏会は同じプルトに座る。20年以上の月日が一気に引き寄せられるようだった。

2013年11月26日 (火)

奔放な

昨日、新しいテールピースに交換してもらった。

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2日間都響のリハーサルで弾いて(ショスタコーヴィチの13番、ぐぎぐぎ忙しく弾くところはあまりない。しかし、じっとしているという辛さがあることを知った)、少しなじんできた。テールガットが伸び切っていないのでまだ変化はあると思う、低音はさらに低い倍音が出ているようだし、高音はやんちゃ、中音域も分厚くなった。奔放な感じがおもしろい。以前の金属製のものの方が、低音から高音まで平均的に音が出ていたような気がする。

2013年11月24日 (日)

ほんの少しだけ何かを共有して

日曜日の都心、オフィス街は閑散とし、カフェもがらがらになる。お気に入りの店があり、本を読みに出かけた。

皇居周辺をジョギングしてきたらしい女性のグループが出ると、広い店内は本を読んだり、仕事をしたり、勉強したり、居眠りしたりする人たちばかりとなり、静かになった。知らない人たちがそれぞれの居場所をつくり、それぞれのことに入り込み、ほんの少しだけ何かを共有している。そんな空間は居心地がいい。

僕はすっかりネジがゆるみ、今日は逆方向の地下鉄に乗ってしまった。やれやれ。明日からはばっちり締めていきたい、ものだ。

毎日新聞「日曜くらぶ」、いしいしんじさんの連載「毎日が一日だ」の中にこんな文章があった。

『浅草の家である朝、免許証の有効期限が二年前に切れていたのに気づいた。吾妻橋を渡り、交番にもっていってみせ、「なんとかなりませんか」ときいてみたら、「なるわけないだろ、バカ」と返された。
 吾妻橋を渡って戻る途中、衝動のまま、免許証を隅田川の水面に力一杯に投げた。放物線を描いてポチャンと水音をたてたそれを見おろし、免許だけでなく、財布をまるごと投げてしまったことに気づいた。』

2013年11月23日 (土)

木製のシンプルな

もともと曜日の感覚はないのだけれど、今日が土曜日でしかも祝日ということがどうしても頭に入らず、夜出かけたプールは祝日営業ですでに閉まっていた。やれやれ。

小さなことで喜ぶようにしている。鉛筆と消しゴムは音楽家にとっても大切な小道具だ。何年ぶりかで新しくした消しゴム(50円)はゴムが柔らかく、うむ、実によく消える。

今使っているテールピースは弦によって弦長が変わるもの。(2012年4月14日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-f48e.html
気に入って使っているのだけれど、木のテールピースのような音色はない。それから、アジャスターの有無を選べるようにするため、金属製の本体にプラスチック製のユニットをはめ込む構造になっていて、そこで接点が増えていることも気にはなっていた。接点は少ない方が振動のロスも少ないと思うし、少しだけノイズが出る原因ももしかしてここに・・・。

木製のシンプルなものがあったら使いたいと思っていて、それが一昨日届いた。

Harpshape

もっと極端に低弦側の弦長を伸ばしたテールピースも見たことがある。短い時間聴いた印象では、音に締まりのない感じがしたし、C線(ヴァイオリンならG線)に専用のものを使わなくてはならない。確か標準的な設定は、

上駒と駒間の距離:駒とテールピース間の距離 = 6:1

ではなかったかと思う。僕の見たヴァイオリンのテールピースはG線で上記の比が2:1になっていた。つまり、駒とテールピースの間の弦(通常弾かないところ)を弾くと、ちょうど1オクターヴ上のGの音が鳴る。

駒とテールピースとの距離をどのように組むのが理想的なのかはわからない。とにかく来週新しいものに交換するのが楽しみ。ちなみに、プラスチック製のよく見かけるテールピースは、コストパフォーマンスの点からみて、抜群にいいと思う。

2013年11月22日 (金)

意識に上る前の

少しだけ海を見てから、東京都写真美術館で開かれている「須田一政 凪の片」展へ。

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写真美術館では明日から「植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ」展も始まる。興味のある展覧会や映画を全部見ようとすると本当に忙しい。(ちょっと無理だなぁ)
http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-2015.html

もちろん展覧会に出かけてばかりいる訳ではなく、毎日さらっている。
強い音大きな音を出す時、高い音を出す時、難しいパッセージを弾く時、あわれな僕はいつも体に力を入れて弾いてきた。小さい時からずっとそう弾いてきたから、例えば楽譜にフォルティシモの記号が見えると、自動的に体に力が入る、そういう頭から体への回路が何十年もかけて強固に築かれてきた。
今その回路をなくそうとしている。一人でさらっている時に実現するのはさほど難しくない。人目のある場所で、大音量の下ですることの方が意味がある。オーケストラの仕事で忙しい今、そのとてもいい機会になっている。

チェロを弾く時に気をつけなくてはならないことは実に多い。音程もそうだし、弓の運び、姿勢、テンポ、リズム、ハーモニー、音楽の方向性・・・・、加えて室内楽やオーケストラの中で弾く時は、周りで何が起きていてその中で自分は何をしなくてはならないか、いつも意識を立てていなくてはならない。意識のかたまりだ。

今、意識ではなく、逆の本能的なものといったらいいのか、意識に上がる前の原始的な何かと、音を出すことを結びつけられないか、そういう試みをしている。このことができるようになったとして、それをオーケストラの中で弾いている時に使っていいのかどうかはわからない。でも一人で弾く時は、もちろんいいはずだ。
来年2月初めに横浜の小さな会場で無伴奏の演奏会がある。これまで何度も弾いてきたバッハやコダーイ、ヒンデミットの曲がまったく新しい輝きを持って見える。

昨日、注文していたテールピースが届いた。交換してもらうのは来週、本当に待ち遠しい。

2013年11月21日 (木)

「ジョゼフ・クーデルカ展」

国立近代美術館の「ジョゼフ・クーデルカ展」へ。
http://www.momat.go.jp/Honkan/koudelka2013/index.html
素晴らしかった。ロマの人たちを撮った「ジプシーズ」は心を揺さぶられるようだったし、パノラマ・フォーマットを用いた多くの作品も、人間はもしかしてこれくらい横に広く世界を見ているのかもしれない、と感じさせるものだった。期間中、もう一度来られるだろうか。

それから芸大美術館の「興福寺仏頭展」へ。会期末のせいか(24日まで)、入場制限が行われるほどの混雑だった。名もなき仏師たちによる仏頭や木造十二神将立像は圧巻だった。

さらに足を伸ばしてオリンパスギャラリー東京へ。新しいカメラ(OM-D E-M1)による写真展。この小ささのカメラでこれだけ撮れるのはちょっと驚きだ。
http://olympus-imaging.jp/event_campaign/event/photo_exhibition/131121_omd/

帰宅して、来週から始まるショスタコーヴィチの13番の勉強を始めた。今月は譜読みが多い。バスの独唱と男声合唱が入る交響曲はどんなだろう。

日経夕刊の連載「こころの玉手箱」、今週はシンガー・ソングライターの南こうせつさん。19日の記事にこんな文章があった。

『「神田川」はアルバムのB面の1曲にすぎず、レコード会社も何の関心も払わなかった。ある日、パックインの番組の中でかけたら翌日、段ボール箱2つ分のリクエストはがきが届いた。これはすごい。オリコンで何位までいくか、僕たち3人は「こっくりさん」という当時、はやっていた占いをやってみた。結果は72位。そんなもんかと思っていたら、神田川は、あっという間にオリコン1位まで駆け上がった。
 「赤ちょうちん」「妹」と連続で売れ、僕らは戸惑った。「これはうそだよな」と言うのが実感で。正直怖かった。「勘違いしないようにしような」といつも話していた。
 僕たちは変わらないと思っていたが、周りはどんどん変わっていく。映画の話など勝手に進んでいく。映画の神田川の主役は草刈正雄さん。もう全然違う。僕たちのイメージは例えば武田鉄也さんだ。大人たちがかぐや姫をつかって勝手にお金もうけを始めていく。耐えられなかった。人気絶頂の75年、僕たちはかぐや姫を解散した。』

2013年11月20日 (水)

手仕事の連なりの

一年のうちにそう何日もないくらい気持ちのいい日だった。少し足を伸ばしてDIC川村記念美術館へ。
http://kawamura-museum.dic.co.jp/

007

ここのコレクションは好きだ。心が解き放たれる。マーク・ロスコの作品ばかり収められた七角形の部屋があり、ソファに座って大きな作品をゆっくり見る。まぶたを閉じてもまだ見えているようだった。
ロスコの部屋から二階に上がると、フランク・ステラの、大きく陽気な作品群が現れる。この美術館はロスコの陰とステラの陽でバランスが取れているようだ。

昨日の演奏会は自由じゃなかった。常に追われているようだった。東京文化会館大ホールの壁は、顔に見える時がある。

011

一昨日放映された宮崎駿監督の番組、「風立ちぬ」を完成させた後の宮崎監督が、嬉々として好きな漫画を描いている姿が印象的だった。この人は本当に絵を描くことが好きなんだな、と思った。映画監督というと、人に指示して何かをさせる仕事(なんだか指揮者に似ている)のような気がしていたけれど、宮崎作品の画面は、面倒くさい面倒くさい、と言いながら描き続ける宮崎監督の手から生み出されたものだった。

どんな高名な演奏家でも、その手で音を出す。技量を維持するためには、どんなに立派な経歴を築いても、変わらずさらわなくてはならない。その手仕事の連なりの中にいることを、僕は誇りに思う。

2013年11月18日 (月)

「風立ちぬ」

映画「風立ちぬ」を観た。宮崎駿監督はこの作品の発表後、引退宣言をして話題になったけれど、見事な引き際だと思う。
映画館から帰宅したら、ちょうどテレビで宮崎監督と「風立ちぬ」のことを取り上げた番組を放映していた。何度見ても、アニメーションの製作過程は気の遠くなるような作業だ。宮崎監督が鉛筆でさらさら描いて水彩絵の具で色をつけた、4コマ漫画(5コマかな?)のように見える絵コンテが、高い完成度を持っていて、それがほとんどそのまま映画になっていることに驚いた。
完成してスタッフ向けの試写が開かれた後、宮崎監督が挨拶に立ち、その中で「恥ずかしいんですけど、自分の作った映画で泣いたのは初めてです」と言ったことはとても印象的だった。

宮崎作品を映画館で観るのは、実は初めて。封切は一度しかないし、映画はやはり劇場という魔法のかかったところで観るべきと思う。
「未来少年コナン」に始まり、ルパン3世「カリオストロの城」、「ナウシカ」、「紅の豚」、・・・、宮崎作品では空を飛ぶ、ということが重要な要素になっている。プロデューサーの鈴木敏夫さんも番組中で指摘していた通り、「風立ちぬ」はそのことが結実した映画だった。

僕は子供の頃、父の本棚をよくあさっていた。飛行機に関する本や雑誌がたくさんあり、僕も飛行機が好きだった。

2013年11月16日 (土)

都響は今日からフルシャの指揮するリハーサルが始まった。スークが交響曲を書いていたことは知らなかった、しかも第2番。前回彼が振ったマルティヌーの交響曲のように、きっと何かが見えてくるのだろう、とは思う。でも今は、どうという事のないように見える音型まで、まるで手に入ってこない。

リハーサルの後、ギャラリーバウハウスへ。今日が最終日の宮嶋康彦写真展「Siberia 1982」。
http://www.gallery-bauhaus.com/130920_miyajima.html
ソビエト連邦、という国があった時の写真だ。写っている人々の表情は、不思議と落ち着いて見える。この表情は今のロシアで見ることができるものだろうか。ギャラリーには宮嶋さん本人もいらして、興味深い話しを伺うことができた。(写っているものは)歴史になってしまいましたね、という話しをした。

旅の仕事が続くと旅に倦んでしまうことがある。でも写真を見て、外国に行きたくなった。

2013年11月15日 (金)

集中すること

今朝タクシーに乗ったら、小さい音で聞いたことのある音楽が流れていた。タクシーでFMがかかっているのはめずらしい。頼んで音量を上げてもらうと、ベートーヴェンの三重協奏曲の終楽章だった。なぜだか涙が出そうになった。
村上春樹著「1Q84」の冒頭を思い出した。幸い月は2つにはなっていない。

『タクシーのラジオは、FM放送のクラシック音楽番組を流していた。曲はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ。運転手もとくに熱心にその音楽に耳を澄ませているようには見えなかった。・・・・・』

演奏の仕事をしていると、さまざまなことを経験する。舞台の上でいつも充分に能力を出せるとは限らない。もし・・・したら、と考え始めたら怖くて弾けなくなる。
山崎努著「俳優のノート」の中から、

『登場人物に自分の体を貸すというイリュージョンを持ったのは一人芝居『ダミアン神父』(初演)の初日幕開き前のことだった。
 開演の一分前、突然猛烈な恐怖に襲われた。これから二時間、自分一人で芝居を背負わなければならない。どんな事故が起きても助けてくれる人は誰もいないのだ。相棒のテリーは客席に行ってしまった。足ががくがくする。最初のせりふが思い出せない。幕開き三十秒前、演出補の宮ちゃん(宮永雄平氏)と握手し、暗闇の中、袖幕の後ろにスタンバイする。緊張した美由(アシスタント)の震えるような深呼吸が微かに聞える。もうだめだ、公演は中止だ。パニック。十秒前、突然閃いた。これは百年前に死んだダミアン神父の話なのだ。ダミアンが喋るのだ。お喋りのダミアンがまだ喋り足りなくて今ここに降りてきて喋りたがっているのだ。 ― よし、おまえに身体を貸そう。勝手に何でも喋ってくれ。パニックはぴたりと治まった。照明が入り、自分はうきうきした気分で舞台に出た。』

アルゲリッチが一人で舞台に出るのをやめたのは、おそらく何かを経験したからでは、と僕は思う。舞台の上は不思議で、そこが世界の全てのような気がする。でも一歩建物の外に出ると、世の中は何事もなかったように動いている。
音楽に集中すること、それしか舞台から無事帰ってくる方法はない。

日の暮れるのが本当に早くなった。夕暮れは魔法のような時間だ。

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2013年11月14日 (木)

「俳優のノート」

思いのほかおもしろかったのは、映画「ニューヨーク バーグドルフ 魔法のデパート」。
http://bergdorf.jp/
浮世離れした、お金持ちのための場所だとは思うのだけれど、あっけらかんとして嫌味なところがなかった。ショーウィンドウの準備も、販売の店員も、バイヤーたちも生き生きしている。僕は、毒舌の販売員が好きだった。(商品の服を試着した客の、似合ってる?という問いに、ぜんぜん駄目よ、でも今着ているものよりよっぽどマシだから買いなさい、と言う。日本のデパートのあからさまに偽善的な「よくお似合いですよ」というのよりずっと・・・・・。)
早い進行で様々な人たちが出てくる。ニューヨークタイムズのカメラマン、ビル・カニンガムも、あの青い服を着て画面に出ていた。見る人が見たら、業界の人たちがいっぱい映っているのだろう。
虚像、とまでは言わない、でも人々の頭の中にあるむらむらしたものが結晶した場所だと思う。おもしろかったけれど、人間の思惑とは関係のない自然を見たくなった。

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シェイクスピアの「リア王」を読んだ。恥ずかしながら、シェイクスピアの戯曲を読んだ記憶がなかった。知らなかった世界への扉が開いた。

「リア王」を読んだのは山崎努著「俳優のノート」を読むため。1998年1月、新国立劇場のオープンに際して演じられた「リア王」の準備、稽古、公演の間の山崎さんの日記だ。
以前、演劇の人たちと仕事をした時も思ったのだけれど、あの人たちの仕事への打ち込み方に接すると、我々音楽家は欲の皮の突っ張った怠け者にしか見えない。

体を使う俳優が、シェイクスピアの戯曲を、理屈ではなく、どのように取りこんでいくか、その過程がものすごくおもしろい。演劇も音楽も、同じ舞台に立つものとして、共感できるところがたくさんあった。本書の中から

『謎。人間には、どうしても理解できない謎の部分がある。無理なこじつけをしないこと。謎は謎なのである。』

『演技すること、芝居を作ることは、自分を知るための探索の旅をすることだと思う。役の人物を掘り返すことは、自分の内を掘り返すことでもある。そして、役の人物を見つけ、その人物を生きること。演技を見せるのではなくその人物に滑り込むこと。役を生きることで、自分という始末に負えない化けものの正体を、その一部を発見すること。』

『我々は毎日白紙の状態で演技しなければならない。きのう描いた絵はきのうのもの、どんなにうまく描けた絵でも捨ててしまうこと。毎日新しいキャンバスにその日の絵を描く。油絵のように色を重ねて行くのではなく、水彩絵の具をたっぷり筆に含ませ、一気に描き上げる。書にたとえた方がいいかもしれない。即興性、リズム、パワー、スピード、そしてなによりその一回性。習字はなぞると醜くなる。字が死んでしまう。演技も同じなのだ。』

2013年11月11日 (月)

信頼を

東京は午後、にわか雨が降り大気が入れ替わり、突然冬のようになった。

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昨日の若田光一さんの番組の大部分は、地上に作られた実物大の宇宙ステーション内での、火災や異臭といった緊急事態を想定した訓練についてだった。最先端の宇宙ステーションを操作するのは、結局生身の人間なんだなぁ。若田さんは強いリーダーシップを発揮する、というより、メンバーの意見を聞いた上で一つの方向にまとめていく方法を取っているように見えた。

その様子を見ていて思い出したのは、何年も前、ヴァイオリンの安永徹さんの弾き振りでハルトマンの協奏曲やモーツァルトの交響曲を弾いた時のこと。皆が自発的にそれぞれの音楽をし、それが最終的にまとまればいい、というのが安永さんのやり方だった。
もう一つ、やはり宇宙飛行士の山崎直子さんの言葉も思い出した。リーダーシップという言葉があるように、フォロワーシップという言葉もある、ということを聞いた時、あぁそうなのか、と僕は心を打たれた。

若田さんたちのチームは訓練の後、実際には地上の管制室から支援するスタッフたちとミーティングをする。皆Gパンにポロシャツで、とても率直に意見を述べる。日本語を使う日本の社会では、こういうことは難しいかもしれないと思った。

失敗は必ずする、それを小さい軽微なものにしなくてはならない、という若田さんの言葉も印象的だった。

いろいろなことが音楽の仕事にも通じる気がした。オーケストラは時として100人近い人間が舞台に乗る。もしそれぞれの能力が、1割とまで言わなくても、5パーセント、あるいは3パーセント多く発揮される状況が作れたら、おそらく相乗効果もあり、全体としては大変なことになると思う。スポーツでオールスターのようなチームが作られても、それが必ずしも強い訳ではないことも興味深い。
きっと人間は、将棋の駒のような使われ方をするよりは、他者からの信頼を感じた時の方が、ずっと大きな能力を出すはずだ。

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2013年11月10日 (日)

左手と右手のコンビネーション

とても残念なのだけれど、今日はチェロを弾かない日。最近よく弾いていたし、弾き始めれば夢中になってしまうから、少し疲れのたまった体と頭に休息が必要だった。
小さい頃から今まで、ずいぶん長くチェロを弾いてきた。でも今また僕にとって大きな発見があり(ごく簡単に言うと、左手と右手のコンビネーションの問題だ)、ここを越えられたら、革命的によくなるのではないか、とわくわくしている。何か新しいことが自分に起きている時は、楽器に触らない時間も重要だ。

この何年か、家でぼんやりしている時はFMから流れてくるロックやポップスを聞くことが好きだった。その昔はクラシック原理主義者のようだったこともある。今、バッハのさまざまな音楽をよく聴いている。中学生の時、バッハを聴くことが好きだった。ある時期どうしてもその音楽なしでは生きられないような気のすることがある。今がそうだ、こんなに血湧き肉躍る音楽だったなんて。

楽器を弾かない日は一日が本当に長い。パナソニック汐留ミュージアムの「モローとルオー」展へ。
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/13/130907/
ずっとルオーの絵を見たいと思っていた。乾きかけていた心に水が注がれていくようだった。強さ、とか、どうしてもこうでなくてはならない、という表現を見た気がした。

それから仙川で散髪。夜の番組では日本人初の国際宇宙ステーション船長となる若田光一さんの訓練が取り上げられていた。
http://www.nhk.or.jp/special/detail/2013/1110/
映っていた宇宙飛行士は皆短髪だった。ところで宇宙空間での散髪はどうするのだろうか。半年間放っておくと宇宙浪士になってしまいそうだし、何も対策をしないで散髪すると、無数の髪の毛が宇宙ステーション内を漂って大変なことになりそうだ。

2013年11月 9日 (土)

いい集中力が

東京芸術劇場でマーラーの7番の演奏会2日目。今日のゲネプロは、事実上CD製作のためのパッチセッションで、気の抜けない作業を1時間半びっちりやった。でも本番の舞台はいい集中力があったと思う。都響の人たちのタフさに感心する。

終演後は都響を支えてくださる定期会員向けのパーティ。下の画像は右から向後君(ファゴット)、山本翔平君(ヴァイオリン)

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2013年11月 7日 (木)

手書きで

店頭に来年の手帳が並ぶ時期となった。手帳屋さんの売上に貢献できなくて申し訳ないのだけれど、毎年買うことや、気に入るものを探すことが面倒になり、自分で白い手帳にカレンダーを書き込んで作るようになった。3年分。3年分が一冊に入っていると、どんな仕事をしてきたか、とか、いつチェロの指板を削った、とか、いつ駒を替えた、とか、あるいはいつ物欲が爆発してカメラを買ってしまったか、などわかっていい。

今使っているのは2011年から2013年までのもの。2011年3月は11日以降の仕事がすべてキャンセルになっている。
僕の手帳には地下鉄の路線図も住所録も付いていないかわり、余白のページはたくさんある。旅に出た時のメモや、小説の気になった部分が書きとめたりしてある。気に入っていて時々読み返すのは、近未来を描いたマーセル・セロー著「極北」の中の最も印象的な一節。

『ムースの肉を捌きながら、私は不思議な思いにとらわれた。その思いはどこからともなく私の中に入ってきたようだった。私は独り言を言った。死ぬ前に一度でいいから、オレンジというものを食べてみたい、と。その「オレンジ」という言葉は、たまらなく美しいものに思えた。オレンジ色の空がどんなだったかを思いだし、その味を想像してみようとした。キャラメルと苺のあいだのどこかにそれはあるのではないか、という気がした。』

3年分、36か月+数か月分のカレンダーを無地の紙に書いていくのはなかなか骨の折れる作業ではある(完成は当分先)。目安の定規のようなものは使うけれど、基本的には、幼稚園児のような字しか書けない僕のフリーハンドによるもので、縦横の線はかなりのたくっている。でも自分しか見ないからいいのだ。
ただし、線を引くのは心穏やかな時のみ。心ちぢに乱れている時は間違えたりして、さらにかんしゃくの原因になりそうだもの。もちろん、来年以降もいい仕事ができますように、という願いをこめて。

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ところで、今日はマーラーの7番のリハーサルの3日目。初日にあまりに弾けなかった、ということはあるけれど、2日目3日目、とより弾けるようになっていくことが楽しい。明日はみなとみらい、明後日は東京芸術劇場で本番。なんと新日フィルもまったく同じ日程で7番の演奏会をするそうだ。あちらはハーディングの指揮。

2013年11月 6日 (水)

よく伸びる澄んだ倍音が

先日「ストラディヴァリウスの謎」という番組が放映され、楽しみに見たのだけれど、科学バラエティ・音楽バラエティ番組という趣きで拍子抜けしてしまった。
いくつか興味深い分析はあった。何人かのヴァイオリニストが述べていたように、ストラディヴァリウスの大きな美点の一つは、よく伸びる澄んだ倍音だと思う(力強い音なら他の製作者の楽器の方が持っている印象がある)。そこを詳しく、例えばどのくらい倍音の成分が出ているのか、とか、人間の耳で捉えられる範囲の外の倍音がどのくらい出ているのか、など比較、追究したらおもしろかったのに。
アメリカで専門家にブラインドテスト(ストラディヴァリウスを含む何本かのヴァイオリンを、どれを弾いているのかわからない状態で聴き比べ、判定する)をした結果、正答率が半分以下だった、というのも興味深い。普段ストラディヴァリウスを弾いている演奏家だったら、もしかして結果は違ってきたかもしれない、とは思う。
現在、演奏家のプロフィールには、「何年製のストラディヴァリウス’何々’を使用」と書かれることが多い。音楽には、例えば陸上競技のように具体的客観的な数値がないから、こんな素晴らしい楽器を使って、とか、このコンクールで入賞して、とか、こういう経歴でこういう人生を歩んで、など、聴衆が何かありがたいものを聴いていると思うような、よりどころが必要とされるのだろうか。
時々、音楽は素のままの心で聴けばいいのにと思う。

別の日の経済ニュース(WBS)で国内唯一のシンバル製作会社、小出シンバルが取り上げられた。
完成に近づいた製品を「寝かせる」(何もしないで置いておく)工程が重要だそうだ。出来上がったばかりのものと、完成してから1年経過したものと比べると、確かに音は違っていた。打楽器や金管楽器の人たちに尋ねても、金属の経年変化は実感するそうだ。木材よりはるかに安定しているような気がするのだけれど、金属の中ではいろいろなことが起こっているらしい。
すると、弦楽器の弦はもちろん、アジャスターやエンドピンにも様々な変化が起きている可能性は充分ある。

2013年11月 5日 (火)

マーラーの7番のCDはゲヴァントハウス(指揮はマズア)のを持っている。よく整った素晴らしい演奏なのだけれど、どうも違う気がして、先日タワーレコードに行った。なんと、マーラーの棚には都響&インバルのCDが手書きのポップ付きでたくさん置いてあった。うむむ。
買ったのはバースタイン指揮のニューヨーク・フィルハーモニック。この録音にはもう一ついいところがある。楽章の中でさらに細かくトラックを区切ってある。例えば、20分を超える第一楽章は10のトラックに分けられていて、勉強の途中で疲れてしまった時CDを止め、おやつを食べたり、日本シリーズの経過を見たりできていい。
初めて聴いたマーラーはやはりバースタインが指揮するウィーン・フィルの5番。5番に関してはこの演奏が耳にしみついてしまい、僕の中では5番イコールバーンスタインになっている。熟し切って腐る寸前の果実のような音色は本当に素晴らしい。

最近イザベル・ファウストの弾くバッハをよく聴いている。なぜ聴くのか、とても自由な感じがするからだと思う。

仕事をする上で避けてきたことの一つが前日の夜遅くに譜読みをすること。でも昨日は結局11時近くまでマーラーの7番を読んでいた。やれやれ。最後はへとへとになって、しかもけっこうしょげていたのだけれど、それからあれこれ好きな曲を弾き始めたらすっかり元気になった。何があっても、チェロを弾いている時、僕は本当に自由だ。

2013年11月 3日 (日)

吊り物が出す音も

今日は東京芸術劇場でマーラーの6番の本番。舞台ではいくつか事件があったのだけれど、第1楽章の途中、天井がみしみし音をたて始めたのには驚いた。だんだん大きくなる揺れは、どこまで大きくなるのだろうかと思った。このホールの舞台は地上7階、3階席や天井はかなりの高さになる。実際の震度は2とか3だったのに、揺れが大きく感じられたのかもしれない。そして残響のあるホールでは地震の時、天井の吊り物が揺れて出す音もより長く響き、独特な不気味さがある。
インバルは気付いていたのだろうか。

ところで今日、彩の国さいたま芸術劇場ではイザベル・ファウストのバッハ無伴奏ヴァイオリン作品全曲演奏会。15時半からソナタ第1,2番とパルティータ第1番、18時からパルティータ第2,3番とソナタ第3番、それぞれの会は休憩無しで1時間半近く弾き続ける(マーラーの6番も1時間半弱で休憩無しだ)、ふむふむ。しかも彼女は昨日、宮崎日帰りでベートーヴェンの協奏曲(チェコ・フィルと)を弾いてきたそうだ。・・・・・。すごいなぁ、ソリストとはそういうものか。

下の写真は日本版2CELLOS、

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ではなく、都響にエキストラで来てくれた小畠君(右)、横田君(左)。2人ともぴかぴかの20代だ。

2013年11月 2日 (土)

音楽ばかり、というのも体に悪そうなので、昨日はリハーサルの後、国立西洋美術館の「ミケランジェロ展」へ。
最近ものすごい数のおたまじゃくしを見ているから久しぶりに絵でも、と思ったのに、各種あいさつに始まり、作品に関するたくさんの説明など、あふれる文字に辟易してしまった。見に来ている人たちも展示品を見る、というよりその横の説明文を一生懸命読んでいる様子だった。うぅむ、これでいいのだろうか。イタリアには行きたくなったけれど。

今日はみなとみらいホールでマーラーの6番の本番。広いホールで弾くのはいい。いつものリハーサル室で大編成の曲を弾くのは、音が飽和して、ぬり壁とたたかっているような不透明感があった。
大事な場面で、どかん!、とやる木槌は、最初餅つきの杵のように長いものだったのに、いつの間にか打出の小槌のように小ぶりなものに変えられていた。打出の小槌、とは言っても音楽は「悲劇的」、イ短調。
本番の舞台は良い推進力があって楽しかった。第一楽章の最後、テンポを追い込んでいくところで、インバルは飛び跳ねるように振っていた。あの年で、あの大きな体で、大したものと思う。

今朝出かける前にマーラーの7番を少し勉強して、帰宅してからも譜読みの続き(ちょっと眠かった)。今自分は何を弾いているのか、その現在地がわからなくなりそうだ。
久しぶりにアルペジョーネを小さい音で弾いた。

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