集中すること
今朝タクシーに乗ったら、小さい音で聞いたことのある音楽が流れていた。タクシーでFMがかかっているのはめずらしい。頼んで音量を上げてもらうと、ベートーヴェンの三重協奏曲の終楽章だった。なぜだか涙が出そうになった。
村上春樹著「1Q84」の冒頭を思い出した。幸い月は2つにはなっていない。
『タクシーのラジオは、FM放送のクラシック音楽番組を流していた。曲はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ。運転手もとくに熱心にその音楽に耳を澄ませているようには見えなかった。・・・・・』
演奏の仕事をしていると、さまざまなことを経験する。舞台の上でいつも充分に能力を出せるとは限らない。もし・・・したら、と考え始めたら怖くて弾けなくなる。
山崎努著「俳優のノート」の中から、
『登場人物に自分の体を貸すというイリュージョンを持ったのは一人芝居『ダミアン神父』(初演)の初日幕開き前のことだった。
開演の一分前、突然猛烈な恐怖に襲われた。これから二時間、自分一人で芝居を背負わなければならない。どんな事故が起きても助けてくれる人は誰もいないのだ。相棒のテリーは客席に行ってしまった。足ががくがくする。最初のせりふが思い出せない。幕開き三十秒前、演出補の宮ちゃん(宮永雄平氏)と握手し、暗闇の中、袖幕の後ろにスタンバイする。緊張した美由(アシスタント)の震えるような深呼吸が微かに聞える。もうだめだ、公演は中止だ。パニック。十秒前、突然閃いた。これは百年前に死んだダミアン神父の話なのだ。ダミアンが喋るのだ。お喋りのダミアンがまだ喋り足りなくて今ここに降りてきて喋りたがっているのだ。 ― よし、おまえに身体を貸そう。勝手に何でも喋ってくれ。パニックはぴたりと治まった。照明が入り、自分はうきうきした気分で舞台に出た。』
アルゲリッチが一人で舞台に出るのをやめたのは、おそらく何かを経験したからでは、と僕は思う。舞台の上は不思議で、そこが世界の全てのような気がする。でも一歩建物の外に出ると、世の中は何事もなかったように動いている。
音楽に集中すること、それしか舞台から無事帰ってくる方法はない。
日の暮れるのが本当に早くなった。夕暮れは魔法のような時間だ。
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