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2013年12月 8日 (日)

星空が見えるような

ちょっと風が冷たいかな、と思いながら自転車で仙川へ。
以前のようには頻繁には乗らないし、遠くにも行かなくなったけれど、自転車は、今のところ、僕の操れる唯一の、しかも最高の乗り物だ。(この冬、車の運転免許を、と思いはした・・・。)
東京の街が自転車で走ってもおもしろいのは、坂が多く、道が曲がりくねっているからだと思う。名古屋から東京に出てきた時、道が狭くてごちゃごちゃしているのに驚いた。(大自動車会社のお膝元、名古屋の道の立派さは大変なものだ。)多摩川や荒川の河川敷は、何キロも信号の無い道を走れていいけれど、道が平坦で、景色もさほど変化しないから、そのうち飽きてしまう。
坂道の上がり下がり、曲がることで重力を感じられる、この素晴らしい乗り物で好きなように走っていると、僕は自由だと思う。

走りながら、オイストラフのドキュメンタリー「太陽への窓」を思い出した。そのドキュメンタリーの中でロストロポーヴィチが、当時のソヴィエト連邦の制約の多かった音楽家にとって、音楽は太陽への窓だ、この気持ちは西側の人間にはわからないだろう、と言う。

仙川で散髪し、アンカーヒアで懐かしい人たちに会い、唐揚げを食べた。それから自転車屋に寄り、自転車を預けた。ブレーキ・キャリパーの部品が錆びたので別のものへの交換を頼んだ。もっときびきび走り、止まるようになりますように。

夜はバルトークのヴァイオリン協奏曲の勉強。星空が見えるような気がした。この2番の協奏曲もそうだし、ベートーヴェンやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲に接するといつも、独奏楽器として花型だと感じる。ピアノはともかく、他の楽器でこれほどの内容の協奏曲を書くことは難しい、と思う。

先月弾いたマーラーの6番、7番、ショスタコーヴィチの13番、チェロのパート譜はいずれも40ページ前後だった。全てのパートの中で圧倒的に多い方ではないか。選び抜かれた目立つ音で勝負するのではなく、バナナのように、山盛りの音符、一山いくらで扱われる楽器か、と思える時がある。
昨日の第九も、僕たちが弾き続けている間、ヴァイオリンやヴィオラの人たちはけっこう暇そうだった。うぅむ。でも忙しくても、やっぱりあのレシタティーヴォは弾けた方がいいなぁ。それに、高音楽器のような花はなくても、僕たちは和声のバスが弾けるもの。

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