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2014年3月

2014年3月31日 (月)

作品1

昼間は都響のリハーサル。初めて弾くウェーベルンのパッサカリアはいい曲だった。作品1。ほとんどの音を削ぎ落としてしまったような独特の作風にはまだなっていない。でも官能的で、この人はこんなにたくさんの音を書くんだ、と思った。作家は処女作に全てが、と言う。ウェーベルン恐るべし。

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リハーサルとゲネプロの間の時間を盗んで上野公園を少しだけ歩いた。今日の上野は花よりも人間の方が多かった。まったく。そもそもJR上野駅公園口改札からすでにすごい人だったもの。

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夜は文化会館小ホールで新曲の演奏会。このホールはやっぱり好きだ。好きなホールで弾くのは楽しい。
密度の高かった3月も終わり。ふぅ、一息つこう。

2014年3月30日 (日)

昨日に引き続き、午前中はチェロアンサンブルの練習。午後の新幹線で帰京し、明日の演奏会のためのリハーサルを一つ、夜は結婚パーティへ。このところ周囲では結婚ラッシュで、パーティも続いた。めでたいことはいいことだ。

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2014年3月29日 (土)

名古屋へ

ごそごそさらってから午後の新幹線で名古屋へ。
年度末の列車は混んでいて、いつもの2列席ではなく、3列の窓側に座った。富士山は見えないけれど、時々海が目に入ってくるし、見慣れない風景が続いて楽しかった。

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東海道は桜の季節になった。菜の花の黄色とともに、そこかしこに花が見えた。この国は桜の国だ。
桜を見るといつも、お世話になった方のことを思い出す。たとえ肉体が滅んでも、面影や話し方をありありと思い出すことができたなら、その人は心の中で生きているのではないか、と思う。

夜は5月に演奏会のある、中島顕先生のチェロアンサンブルの練習。演奏会の一曲目、コレットのフェニックスは、朝、吹き抜けていく風のように爽やかだ。

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2014年3月27日 (木)

いきいきと、耳を澄ませて


昨日は大島町役場の講堂で2公演。
昼は子供向けのプログラム。昼の部の前にはヴァイオリンの体験もあり(体験用の楽器を2本、都響から持っていった。チェロはなし)、子供も大人もそれぞれの人の、初めて持ったヴァイオリンから音が出た時の表情は、見ているこちらがはっとするようだった。
昼公演の後、三原山に連れて行っていただいた。しかし、濃霧で何も見えず。なんとまぁ。
夜は一般向けの内容で。島で弾くといつも、聴いて下さる方たちがいきいきと、耳を澄ませていることがわかる。弾いていて本当に幸せだった。

今日午前中のジェット船で竹芝桟橋へ向かった。その船には、おそらくこの年度末で大島での任期を終えた学校の先生が乗っていて、大島の桟橋にはたくさんの見送りの人たちがいた。こういう時、島だなぁ、と思う。人情の濃さは独特だ。

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さて、帰宅してからは譜読み。

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2014年3月25日 (火)

大島へ

都響の弦楽四重奏で大島へ。

以前、やはり都響の室内楽で御蔵島に行った時のメンバーが今回の四重奏の中に3人、スタッフに1人いる。
(冗談のように大変だった演奏旅行のてんまつは2009年11月14日、16日の日記をご覧ください。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-c8a8.html
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-b9ca.html

風は強かったし、多少のうねりもあったけれど、竹芝桟橋からのジェット船は予定通り大島の岡田港に到着、天気は晴れ。都響本体や、その室内楽で幾度も島に行った。その度いつも見事に雨だった。今回は実に気持ちのよい晴天、旅程も順調。奇跡のような気もするけれど、旅とは本来こういうものか。
海を間近にするのは本当に久しぶりだ。

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リハーサルの前、昨年の大雨で被害の大きかった地区を案内していただいた。言葉もない。こうやって山が崩れてきたら、人間は無力だ。地震の後に訪れた石巻や南三陸を思い出した。この国はどうなっているのだ。

練習してから、海に沈む西日を見た。

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2014年3月24日 (月)

サメの落書き

今日は東京文化会館で本番。文化会館の舞台裏、楽屋には世界中のオーケストラ、歌劇場、バレエ団の落書きがある。その中でずっと気になっていたサメの落書き。

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2014年3月23日 (日)

ちょっと待って

シューベルトのD960のピアノソナタ、第1楽章が美しく始まって間もなく、ちょっと待って、という感じで低音のトリルの入る部分がある。先日ピリスのリサイタルで聴きながら、あれは一体何だろうと思った。心の中の小さいけれど大切な何かをシューベルトがつぶやいているのだろうか。

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2014年3月22日 (土)

春に

リハーサルの合間、上野公園を散歩した。ソメイヨシノはまだだけれど、他の種類の桜はもう咲いていた。

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長く寒かったこの冬はようやく春に移ろうとしている。

2014年3月21日 (金)

道理はなく

クリミア情勢をめぐる国連でのアメリカとロシアの応酬を見て、うんざりした。道理はなく、強い軍事力を背景に平然と、当然のように自分の立場を主張する。映画「ドストエフスキーと愛に生きる」でもスヴェトラーナ・ガイヤー女史がそのようなことを言っていた。それが国際政治というものか。今は遠く離れた国のことに見えるけれど、道理の通らないことが身近に起こったら、と思うとぞっとする。
週刊現代3月29日号に投資家ジム・ロジャースのインタビューが掲載された。その中から。

『ウクライナ問題については、ドイツをはじめとするEU諸国がロシアの天然ガスに依存しているという構造を考えれば、すぐに有事に発展することはないでしょう。しかし、それは「今年は」という条件付きでしかありません。
 世界の歴史を振り返れば、どんな戦争も、その発端はほんの些細な出来事であったりするものです。小さな事件があちこちで起きるようになり、気付いた時には深刻な戦争状態になっているというのが、歴史の教訓なのです。第一次大戦も、第二次大戦もそうでした。』

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うんと卑近に、弦の自由研究。僕の自由研究なんて書くにも値しないことだけれど。
秋から使い始めたラーセンのマグナコアは落ち着いた挙動でとても良かったのだけれど(昨年9月9日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-4999.html)、急にヤーガーとスピロコアという古典的な組み合わせが懐かしくなった。
理由はいくつかある。楽器の調整をして下さっている重野さんがその組み合わせを推奨していること。倍音の多さと解放感が主な理由だと思う。もう一つは、先日テレビでメネセスとピリスによる素晴らしいベートーヴェンのソナタが放映された時のこと。ヨーロッパからのソリストとして珍しいことに、メネセスはヤーガーとスピロコアを組み合わせていた。テレビのスピーカーからもあの倍音の感じが伝わってきた。さらに、非常に現実的な問題として価格がある。どんな弦も2ヶ月使うと消耗して弾力がなくなる。マグナコアを含むラーセン4本と、ヤーガー2本にスピロコアの太い弦との組み合わせとでは3倍近い値段の開きがある。高価な弦の良さはもちろんある。一方、安価な弦を心おきなく頻繁に交換して、というやり方もある。音には関係ないけれど、ヤーガーの青とスピロコアの赤は水と火、という感じで好き。

果たしてその古典的な組み合わせは、以前気になっていたヤーガーの神経質さはどこにも感じられず、倍音も多く楽器も良く鳴る。ようやく僕はヤーガーを使えるようになったということか。これまで本当に硬い弾き方だったもの。実際には弦を弓で弾くのだけれど、感覚的にはそうではなく、その下にある楽器という大きな回転車を動かすように。

2014年3月19日 (水)

「内なる声に」

まず明後日から始まるブルックナーの1番と、同じ日にリハーサルの始まる弦楽四重奏の新曲の譜読みを。すでに2番から9番まで弾いたブルックナー、1番は大丈夫だろうと勝手に思っていた。ところが。不覚だった、1番は難しい。

映画「ドストエフスキーと愛に生きる」へ。http://www.uplink.co.jp/dostoevskii/
84歳の翻訳家スヴェトラーナ・ガイヤーを追ったドキュメンタリー。戦争に大きく影響された彼女の人生は重い。翻訳家だから当然なのかもしれないけれど、本当に言葉を大切にする人だった。「自分の内なる声に従って」という言葉が印象的だった。

初めて行った渋谷アップリンクは映画館らしくない映画館だった。その自由で小さな感じは好きだった。空席が目立つより、このくらいの規模で興行するのが現実的でいいのかもしれない。

夜は、僕としてはとても珍しいことに、若い人たちに誘われて東京ディズニーランドへ。この前ディズニーランドに行ったのは30年近く前になる。秋、一緒に東ドイツへの演奏旅行に行った東京の友人たちに再会するため、高校受験が終わってから上京した、その時以来。あの日冷たい雨が降っていて、僕は風邪をひいたのだった。
2014年の今日、朝から遊んでいた若者たちは最後まで元気だった。若いって、素晴らしいなぁ。

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2014年3月18日 (火)

生産中止

今日は休み。強い南風が吹いていた。
午前中フィルムを出しにラボテイクに行ったら、富士フィルム、ネオパン400PRESTOの生産中止を知らされ、絶句した。このフィルムは最後まで作ってくれるだろうと思っていたのに・・・・・。僕の写真は趣味、他方企業の経営はそういうものではない、そういうことはわかっている。でもちょっと応えるなぁ、溜息が出る。
http://fujifilm.jp/personal/filmandcamera/film/monochrome/film.html
このところ外に目を向けると、マレーシア航空機はいまだ見つからず、ウクライナは不穏、日本と近隣の国々も。範囲を国内に狭めても明るいニュースがない。いつから世界はこんなに不可解で緊張をはらむようになってしまったのだろう。

映画「コーヒーをめぐる冒険」へ。http://www.cetera.co.jp/coffee/
うまく説明できないけれど、とても良かった。モノトーンの映像とベルリンの街がよく合っている。撮る側の街への愛だろうか。ベルリンにパリのような柔らかさはない、でも少し硬い感じの風景が僕は好きだ。中学生の頃、当時の東ドイツへ行ったことが意識の底にあるのかもしれない。また行きたくなった。

映画館を出ると、もちろんすぐコーヒーを求め(題名にあるようにコーヒーは映画の大切な鍵の一つ、もう一つは煙草かな)、マリオルッチで弦を買い、そこでたまたま会った若いヴァイオリニストと雑談し、そして、1年のうち300日は履いているジーンズがさすがにくたびれてきたので新調し、ヨドバシカメラでネオパン400PRESTOを求め。そんなことをしていたら、「コーヒーをめぐる冒険」のラストシーンに出てきた素晴らしい台詞を忘れてしまった。あぁ、なんてことだ。チェロをさらったりプールで泳いだりしたら思い出すだろうか。

2014年3月17日 (月)

不意にあたたかさが

昨日、みなとみらいホールでマーラーの9番を弾きながら、なんて牧歌的なんだろうと思った。本来もっと重い主題で受け止められる曲かもしれない。でも不意にあたたかさが現れ、はっとする。
マーラーの交響曲は5番と6番の間に大きな溝があり、6番から急に難しい人になる。僕にとってそれは7番も同じ。8番も入りにくい。9番はかなり込み入った書き方をしているから全体像が見えにくいけれど、6,7,8番とは違う流れの中にあるような気がする。

帰宅してから映画「RUSH」へ。http://rush.gaga.ne.jp/main.html
1970年代の様子、ファッション、車、煙草、カメラ、日用品、そしてF1マシン(タイレルの6輪も出てくる)まで見事に再現されていた。音や音楽の使い方も上手。これは実話に基づいているのか。確かに事実は小説より奇なり、と言う。
日曜日のレイトショー、映画館はがらがらで貸し切りのようだった。

先日観た問題作、というのは「パラダイス3部作 愛/神/希望」。
おそらく一般的に言って映画というものは、美しく格好いいヒーロー、ヒロインが活躍し、感動的で、奇跡的で、信じられないような話で、憧れがあり、大どんでん返しがあり、ハッピーエンドという予定調和があり、・・・・・、そういうものだろうと思う。
でも「パラダイス」は違う。タイトルからすでに強烈な反語だし、どうしようもないありのままの人間を容赦なく赤裸々に描く。その描き方があまりに徹底しているので、人によっては気分が悪くなるかもしれない。でも画面や音の使い方は見事。映画館を出る時に胸がいっぱいになっていたり、生きる活力に満ちていたり、そういう映画ではない。ここまで描くとは。

さて、今日はサントリーホールでマーラーの9番。

2014年3月15日 (土)

普段のふるまいと

 

一昨日のピリスのリサイタル、彼女は舞台に現れてお辞儀をし、ピアノの前に座るとすぐに音楽が始まった。そのことがとても印象的だった。普段のふるまいとピアノを弾くことの間に境がない様子だった。チェロのペレーニもそうだった。楽器を構えることがなく、すぐに演奏が始まる。心と楽器を弾くことの間に隙間がない。昨日、横浜のフィリアホールではペレーニのリサイタルがあり、当初予定されていたフランクのソナタはアルペジョーネ・ソナタに変更されたそうだ。そして素晴らしかったそうだ。

確かにピアノは手を伸ばせば弾く体勢になっている、という良さはある。僕はチェロを持って舞台に出ると、椅子の高さやエンドピンの長さが気になってもぞもぞごそごそ、そして弾く前には意を決して・・・、という作業が要る。もうそろそろそういう落ち着きの無さからは卒業しよう。

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今日は東京芸術劇場でマーラーの9番を弾いてから、月末に演奏会のある新曲のリハーサル(3月31日東京文化会館小ホール)。大編成のオーケストラの後にオーボエとチェロというシンプルな編成の、しかもシンプルな曲を弾くのはなかなか新鮮だった。この初めてのリハーサルには作曲者の栗林さんも立ち会った。彼はオーボエという楽器を知るためにリコーダーをオーボエに見立てる工夫をしていた。これにはオーボエの大植君も僕も感心した。

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もちろん楽器の特性はよく理解してほしいとは思うけれど、一方、作曲家の無謀とも思える試みで楽器の奏法が飛躍的に向上してきた歴史がある。オーケストラのレパートリーでは、そんな無茶な、ということはよくある。100年近く前、コダーイの無伴奏を初演した人は不可能と思わなかっただろうか。フルニエがプーランクにチェロソナタを委嘱して、実際にその出来上がりを見た時は驚かなかっただろうか。2曲とも今やすっかりチェロのレパートリーだ。

2014年3月13日 (木)

何かを確かに

もし仕事から帰ってきて、家でほっとしている時に聞くとしたら、クラシック以外の音楽か、シューベルトのピアノ・ソナタだと、今の僕は思う。バッハは立派すぎるし、ベートーヴェンは偉大すぎ、モーツァルトは完璧すぎ、ブラームスは悩みが多すぎるかもしれない。シューベルトは枯れることなく湧き続ける泉のような天才なのに、すぐそばにいてくれる親密さがある。

オーケストラのリハーサルが終わり、少しさらってから銀座のヤマハホールへ。マリア・ジョアン・ピリスのピアノ・リサイタル。がっしゃんどっかんぐぎぐぎとマーラーの9番を弾いた後で、ピアニストとはなんて孤独な仕事だろうと思った。

ピリスは立ち居振る舞いも端正、背筋が伸び、弾く姿も自然、音楽も自然だった。もうすぐ70歳になるとは思えない瑞々しさだった。プログラムも素晴らしかった(シューベルト:4つの即興曲、ドビュッシー:ピアノのために、そしてシューベルトのD960のソナタ)。あっという間にソナタの終楽章が終わりかけていて驚いた。もっと聴いていたかった、演奏が終わってしまうことがとても残念な気がした。ため息が出そうだった。
聴衆はピリスの音楽が好きで、ピリス本人もそのことをわかっていて、お互い大げさなやりとりはどこにもなく、しかし、形もなく言葉にもできない何かを確かに受け取った、そんな時間だった。とても幸せな時間だった。

2014年3月12日 (水)

小さなラジオ

先月山梨県内の宿泊施設にいて、あの大雪で数日閉じ込められた人に話しを聞くことがあった。
幸い食料と燃料はあったからパニックにはならなかったが、停電のため水が出ず(ポンプで水をくみ上げることができない)、ヘリコプターから投下してもらったそうだ。停電になると、暖房器具が使えず、固定電話からの発信ができず(着信はできるらしい)、テレビも見えず、携帯電話の充電もできない。

昔、台風の影響で乗っていた東海道新幹線の運行が大きく混乱したことがある。車内放送ではほとんど様子がわからず、役に立ったのは小さなラジオだった。僕は家にいる時によくラジオを聞く。外出する時の鞄にも入れるようにしている。

2014年3月11日 (火)

    

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2014年3月10日 (月)

ポンピドゥー・センターで

合宿から帰宅。彼の地にはまだ雪がたくさん残っていた。夜はマーラーの9番の勉強を。 

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昨日3月9日の日経新聞には「アンリ・カルティエ=ブレッソンの眼」という大きな記事が掲載された。その中から

『ある時、展覧会の申し込みを聞いたブレッソンが「クラウディ・スルバンとの二人展なら引き受ける」と言いだした。スロベニアから亡命した若い写真家とは一緒に刑務所でワークショップをやり、面識があるという。後日、ホルツァーさん(マグナムの展覧会・文化活動担当)は刑務所でブレッソンが何を教えたのかをスルバンに聞いてみた。すると彼はこう答えたという。
 「写真についてはなあんにも。みんなで脱獄する方法を考えたんだ」』

ブレッソンの大回顧展がパリのポンピドゥーセンターで開かれているそうだ。’門外不出’のカラー写真もあるらしい。6月まで。うぅむ、パリか。

2014年3月 9日 (日)

より抽象的で

マーラーの8番が始まってからは9番の譜読み。歌が入っていない分、音楽はより抽象的で込み入っている感じがする。音符の密度もずっと高い。でも今のところ僕には9番の方がつかみやすい。8番は転調になかなかついていけなかった。

今日はみなとみらいで8番を弾き、それから教えている大学オーケストラの合宿へ。

2014年3月 7日 (金)

椎名さんの予言

今日の日経新聞になんだかすごい記事が載っていた。「人工食品事業に出資 ゲイツ氏ら著名投資家 大学・ベンチャーを支援」というもの。その記事から、

『肉、卵などの代替品を、先端技術を使って工業的に生産する人工食品ベンチャーへの投資が広がっている。新興国の食料需要増加に着目してビル・ゲイツ氏など著名投資家が相次いで出資。・・・・・
 ・・・・・
 欧米では動物愛護家からの畜産業への批判が高まっており、動物を殺さずに良質のたんぱく源を補給できる人工の代替食品への関心が高まっている。二酸化炭素排出量の18%以上が家畜が原因とする調査もあり、代替品の市場は拡大している。
 もっとも、安全性の確保が欠かせず、食品として販売するには規制当局の認可が必要。モダン・メドーの人工肉も、実用化には10年程度はかかる見通し。コスト面でもなお割高で、普及には課題も多い。』

そして記事には人工食品ベンチャーとその製品が列記されている。

ハンプトン・クリーク・フーズ:植物性原料で卵の味や風味を再現
ビヨンド・ミート:豆や雑穀などから代替肉を生産
モダン・メドー:細胞片から肉を生産
ソイレント: 必要な栄養素を全て入れたドリンク
カイト・ヒル:ナッツ由来のチーズを生産
オランダ・マーストリヒト大学:幹細胞から人工肉を生産

椎名誠さんのSFを読んでいると様々な人造食品が出てくるけれど、それは見事な予言だったと言うべきか。

2014年3月 5日 (水)

初めて弾く、は

今日からマーラーの8番のリハーサルが始まった。帰宅してからは9番の譜読み。年を取り経験を重ねるにつれ、とても残念なことに、初めて弾く有名なレパートリーはどんどん少なくなる。今回の8,9番は大切にしよう。当たり前のことだけれど、何かの曲を初めて弾く、は1回しかない。

夜は映画「アメリカンハッスル」へ。
http://american-hustle.jp/
あの地震からもうすぐ3年たつ。映画本編が始まる前、ヤフーの広告でこんな呼びかけがあった。
http://promo.search.yahoo.co.jp/searchfor311/

実は昨日も時間をやりくりして映画に出かけた。そちらは問題作だった。

2014年3月 4日 (火)

ⅠからⅣまでのローマ数字が

このところの譜読みはマーラーの8,9番。8,9番は初めてだ。今月その2曲と、ブルックナーの1番を弾くと、マーラーもブルックナーも1から9番まで弾いたことになる。
マーラーの交響曲はこれまでバーンスタインの録音を聴いてきた。8,9番を求めにタワーレコードに行ったら、結局全集を手に入れた方が安い、ということになった。場所もとらなくていい(11枚組、箱入り)のだけれど、なんだか妙な感じだ。11枚に収めてある代わり、カップリングは少々無理がある。8番は10番と、9番は6番と重なった2枚になっている。8番にはどうやらバーンスタインらしい足音が盛大に入っていて、最初びっくりした。

9番のスコアはドーヴァー版が店頭にあったので。ページ数の横にさらにⅠからⅣまでのローマ数字が記載され、今どの楽章にいるのかすぐわかる。これは便利だ。

2014年3月 2日 (日)

初めての東京公演

せんがわ劇場での演奏会、雨にもかかわらず多くの方にお越しいただき、しかもあたたかく聴いていただけたこと、本当にありがとうございました。

20代の頃は室内楽や音楽がこんなに楽しいとは思わなかった。おそらく10年程の歴史のあるB型トリオ、初めての東京公演はとても自由だった。
帰宅してからは譜読み。ふむ。

2014年3月 1日 (土)

3月になった

3月になった。芦ノ湖の解禁だ。これから毎日ボート屋から釣果や湖の状況が送られてくる。信じられないことに、昨年は1回も釣りをしなかった。時々人間界の都合を離れ、自然の中で五感を働かせることはきっと必要だ。今年は釣りに行けますように。

今月僕としては珍しく、チケットを買ってあるクラシックの演奏会が2つもあり、さらに前売り券を入手してある映画が5本、他にも見たい映画や写真展がたくさんあり、さらに確定申告も待ったなし、譜読みも抱え・・・。あぁ、なんと。

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