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2014年3月21日 (金)

道理はなく

クリミア情勢をめぐる国連でのアメリカとロシアの応酬を見て、うんざりした。道理はなく、強い軍事力を背景に平然と、当然のように自分の立場を主張する。映画「ドストエフスキーと愛に生きる」でもスヴェトラーナ・ガイヤー女史がそのようなことを言っていた。それが国際政治というものか。今は遠く離れた国のことに見えるけれど、道理の通らないことが身近に起こったら、と思うとぞっとする。
週刊現代3月29日号に投資家ジム・ロジャースのインタビューが掲載された。その中から。

『ウクライナ問題については、ドイツをはじめとするEU諸国がロシアの天然ガスに依存しているという構造を考えれば、すぐに有事に発展することはないでしょう。しかし、それは「今年は」という条件付きでしかありません。
 世界の歴史を振り返れば、どんな戦争も、その発端はほんの些細な出来事であったりするものです。小さな事件があちこちで起きるようになり、気付いた時には深刻な戦争状態になっているというのが、歴史の教訓なのです。第一次大戦も、第二次大戦もそうでした。』

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うんと卑近に、弦の自由研究。僕の自由研究なんて書くにも値しないことだけれど。
秋から使い始めたラーセンのマグナコアは落ち着いた挙動でとても良かったのだけれど(昨年9月9日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-4999.html)、急にヤーガーとスピロコアという古典的な組み合わせが懐かしくなった。
理由はいくつかある。楽器の調整をして下さっている重野さんがその組み合わせを推奨していること。倍音の多さと解放感が主な理由だと思う。もう一つは、先日テレビでメネセスとピリスによる素晴らしいベートーヴェンのソナタが放映された時のこと。ヨーロッパからのソリストとして珍しいことに、メネセスはヤーガーとスピロコアを組み合わせていた。テレビのスピーカーからもあの倍音の感じが伝わってきた。さらに、非常に現実的な問題として価格がある。どんな弦も2ヶ月使うと消耗して弾力がなくなる。マグナコアを含むラーセン4本と、ヤーガー2本にスピロコアの太い弦との組み合わせとでは3倍近い値段の開きがある。高価な弦の良さはもちろんある。一方、安価な弦を心おきなく頻繁に交換して、というやり方もある。音には関係ないけれど、ヤーガーの青とスピロコアの赤は水と火、という感じで好き。

果たしてその古典的な組み合わせは、以前気になっていたヤーガーの神経質さはどこにも感じられず、倍音も多く楽器も良く鳴る。ようやく僕はヤーガーを使えるようになったということか。これまで本当に硬い弾き方だったもの。実際には弦を弓で弾くのだけれど、感覚的にはそうではなく、その下にある楽器という大きな回転車を動かすように。

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