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2014年4月10日 (木)

倍音の列に

今日からの仕事はマーラーの「復活」も部分的に演奏する。昨晩、「復活」の歌が入る部分を聴いていて、思い当たることがあった。(バーバラ・ヘンドリクスのソプラノ、クリスタ・ルートヴィヒのアルト、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル)
声も楽器も様々な原理で音を発する。でもその種火のような音を、何かを共鳴させて大きくすることは同じ。共鳴させることにあまり力は要らない。妨げず、共鳴体をできるだけ伸びやかに振動させ続けること。そのためにはきっと音程も大切だ。倍音の列にうまく音程が並ぶように。
このところずっと弾き詰めでちょっと体に疲れがたまり始めたから、帰宅してからはさらわなかった。せっかくおもしろくなってきたところなのに、ちょっと残念。

時間が空いたので、以前少し読みかけただけで本棚に眠っていた「クララ・シューマン ヨハネス・ブラームス 友情の書簡」を出してきた。手紙がほとんど唯一の、大切な通信手段だった時代に比べ、高性能なスマートフォンを持つ現代は、幸せになっただろうか。

1855年2月3日、ブラームスからクララ・シューマンへの手紙。

『・・・・・ 胸の想いを紙に写すことが、僕の場合はきわめて稀なことを、もうなんとたびたび申し上げたことでしょう。作曲の場合も同様で、どんなに稀にしか書かぬかあなたはご存じです。僕は求めている音にゆきあたらず、長い間考え感じています。そしてどんなに心の中で温められても、どうしたわけか心から溢れないのです。
 だから何かお慰めするよいことが書きたく、書簡箋を前にしばしば座りますが、いまだに成功したことがありません。文字は音符のように取り扱えないのです。』

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