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2014年5月

2014年5月31日 (土)

常に外に

今日のリハーサルにはベルリン・フィルハーモニック・ホルン・カルテットが来て、シューマンの協奏的小品を。4人は演奏している時、同僚や指揮者をよく見ている。都響のことも見ていた(おもしろいのかなぁ、おもしろいかもしれない)。意識が常に外に向いている様子だ。それがこの4人だけのことなのか、ベルリンフィル全体としてのことなのか、ちょっと興味がある。
興味があると言えば、ホルンセクションのうち4人が来日しているベルリンフィルは、今週末何をしているんだろう。

演奏は言うまでもない。奥行きのある広々とした音は僕も是非取り入れたいと思った。以前松本でバボラクのホルンを聴いた時、ひんやりとした大きな磁器の壺の肌理を連想したことを思い出した。

演奏会は明日。明日から6月だ。

2014年5月30日 (金)

紙の様々

 

リハーサルの後、東雲へ。TOLOTで開かれている「TAKEO PAPER SHOW 2014 SUBTLE」
http://www.takeopapershow.com/
様々なデザイナーがデザインした紙の様々が見られた。発想の多彩さに見飽きることがなかった。
縦に並んだ小さな点のように見えるのはレーザー加工で切り抜かれ、起こされた人の形。

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同じくレーザー加工された紙。指輪ほどの大きさで、吹けば飛ぶ繊細さ。

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ピエール・エルメのマカロン・ケーキの容器。これも紙でできている。

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角砂糖の包み紙。

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手帳の中ほど、何かが密集しているように見えるのは小さな小さな文字。豆本も展示してあった。

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僕は新聞で知って出かけたのだけれど、盛況の会場にいたのはおそらく、デザイナー、この業界の人、志す学生だったのだと思う。門外漢の僕にも楽しかった。このところ少し忙しくて、珍しく昨日の疲れが残っていたのだけれど、とてもいい気分転換になった。

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2014年5月28日 (水)

大きな楽器の可能性は

昨日の都響定期演奏会のソリストはサリーム・アブード・アシュカール。メンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番はさほど演奏されない曲と思う。
実に軽やかに指の回る人で、速いパッセージのフレーズ感は見事だった。ピアノで速弾きした時の、音の粒だちや奥行き、立体感は、チェロではかなわないと思った。ゆっくりなフレーズでは和声の中で音色をつくることができるし。あの大きな楽器の可能性は大変なものだ。

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僕のアルペジョーネは今もよちよち。昨日は指使いを教えてもらいながらさらった。それぞれの指使いにはそれぞれの意味あいがあり、それぞれの表現を持つ。そしてその指使いにうまく乗る弓使いがあり・・・。今、僕の手のひらには宝物がある。

2014年5月26日 (月)

偶然 3

夕方、用を済ませて坂を下ると、良さそうな感じのガレットの店があり、美味しそうだし値段も手ごろ・・・、と入り口に掲げられているメニューを見ていたら、通りがかった女性2人もそのメニューを見、「(店内は)女子ばかりだね」と言った。確かにこういう店はそうかも、と思いながら過ぎようとしたら、通りに面したカウンター席に男子が1人いた。何年も会っていない従兄だった。

店に入り、少しの間映画の話で盛り上がった。大人になってからゆっくり話をするのは、初めてかもしれない。
もし僕が美味しそうなガレットだなぁ、と思わなかったら、もし彼がクリーニングを受け取った帰りにその店に寄らなかったら、会うことはなかった。よく出かける街に彼が住んでいるのだから、僕の20年以上の東京暮らしでこれまで会わなかったほうが不思議なのかもしれない。

時々この日記に書いてきたけれど、僕は誰かにばったり偶然会うことがある。
(2009年11月9日、2010年9月11日の日記をご覧ください。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-8a54.html
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-52c4.html
世間一般的には、人々はどのくらいばったり偶然誰かに会うのだろう。

先日も恵比寿駅のホームを歩いていたら、目の前にある人が現れた。その人とはこれまで3度も、東京の中の全て違う場所で、ばったり会った。いくら世界が広いと言っても、駅とか電車とか空港は人が集まるところだから、誰かに会うことは実はそんなに珍しくないのかもしれない。そもそも大きな楽器を持っていれば目につきやすい。そして気付いていないだけで、誰かとすれ違っていたり、同じ車両に乗り合わせていたり、ということは頻繁に起こっているのかもしれない。

それとも、僕がこうして誰かにばったり会うことは、実は天文学的な偶然が度重なって起こっていて、それはつまり、宝くじ的に言えば、僕はとっくに億万長者になっている、くらいのことなのだろうか。

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2014年5月24日 (土)

原美術館、小淵沢、ラーセン

雨の日、原美術館へ。「ニコラ・ビュフ:ポリフィーロの夢」展。
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
入口が大きな狼の口にあることからして、いつもと違うし、実際中に入ると、現代美術というよりは何かのアトラクションという感じで楽しかった。

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展示を見終わってから、カフェで昼を食べた。隣のテーブルには外国人の夫婦がいて、男性が東京の路線図を開き難しい顔をしているので声をかけた。
日本は2度目。東京、京都、小淵沢に、というので、(東京、京都はわかるとして)小淵沢で何を、と訪ねたらなんと、中村キースヘリング美術館で仕事を、とのことだった。屋外の迷路を手掛けたそうだ。僕は先月キースヘリング美術館に行ったばかり。
彼らはデンマークから。デンマークと言えば、僕がチェロを弾くことを説明したうえで、ヤーガーやラーセンの弦が日本でも一般的です、と伝えた。発音のせいか、ヤーガーは通じなかったけれど、ラーセンはわかってくれた。

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女性は原美術館の前に「21」という美術館で「米」を見てきて、それが良かった、と教えてくれた。僕は21_21DESIGN SIGHTを知らなかったので、いったい何のことかさっぱりわからなかった。米?調べたら、確かに米だ。なるほど。
http://www.2121designsight.jp/program/kome/

その女性は、デンマークのボンホルム島を拠点に活躍するアーティスト、リーネ・ディゲットさんだった。美術館でのワークショップ、きっと楽しかっただろうなぁ。
http://118.82.80.197/news/2014/05/post-86.html

2014年5月22日 (木)

演奏会の予定を

アルペジョーネ・ソナタの本番は6月28日の夕方。
ピアノの長尾洋史さんの主宰する室内楽の長い演奏会がムジカーザであり、その中でアルペジョーネ・ソナタと、こちらも僕の希望を長尾さんが受け入れてくださって、ベートーヴェンのピアノ三重奏を。弾きたい曲を2曲も弾ける演奏会は本当に楽しみ。
http://ripple-concert.jimdo.com/ripple-vol-6/

大きな会場ではないし、フォーマルな、というより音楽家自身のための要素が多い演奏会だと思う。この半年以上、アルペジョーネをどうやって弾くか、が心のどこかにいつもある。一生懸命になることと、いい演奏ができることは必ずしもイコールではないかもしれないけれど、今の僕を燃やす大切なものとなっている。

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演奏会の予定を更新しました。
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html

2014年5月20日 (火)

『理想的な』

もちろんアルペジョーネ・ソナタの録音はいくつも持っていて、ペレーニのチェロ、シフのピアノによる演奏は好きなものの一つ。ビルスマが5弦の小さいチェロ、インマゼールがフォルテピアノというものもあるし(冒頭のラは開放弦で弾いているのかもしれない)、学生時代よく聴いたのはマイスキーとアルゲリッチのCD。(アルペジョーネとバッハの6番はコンクールの課題曲の定番で、だから僕はこれらの曲を長いこと避けてきた、ということはある)

久しぶりに出してきて改めて素晴らしいと感じているのは、レナード・ローズがレオニード・ハンブロのピアノと弾いている録音。CDのジャケットにはヨー・ヨー・マの言葉がある。

『レナード・ローズは偉大な師でした。もし理想的なチェロの音があるとしたら、彼はそれを持っていました。(Leonard Rose was my great mentor... I think if there is an ideal sound for cello, he had it...)』

1953年の録音は、現在のもののように響きが多くてふわっとした音ではないけれど、充実した、まさにチェロらしい太い音が聴こえてくる。昔レーザーディスクで出ていたグレン・グールドの全集の中には、ローズがグールドと弾く素晴らしいベートーヴェンの3番があった。素晴らしい演奏なのに、CDやDVDにはなっていないかもしれない。
自分の演奏を録音して聴いた後には、彼の音はなおいっそう身にしみる。

夜は、来月演奏会を控えている大学オーケストラの練習へ。序曲「1812年」、冒頭のチェロを聴き、彼ら彼女たちのひたむきさに胸がいっぱいになった。技術に関係なく伝わってくるものは確かにある。

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2014年5月18日 (日)

線香花火がぽとりと

今日も気持ちの良い天気だった。午前中、自転車で都心へ。日曜日の渋谷の雑踏も、自転車ならすいすい。東急ハンズとマリオルッチに寄ってから帰宅。

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午後は落ち着いてさらった。自転車で走り回ったせいか、指が軽く回って心地いい。
そろそろアルペジョーネ・ソナタに本腰を入れ始めた。夜はピアノ譜を開いてCDを聴いた。シューベルトのピアノ・ソナタをよく聴いたからか、チェロ(アルペジョーネ)のパートとピアノの両方がよく耳に入る。シンプルで美しい。
ロンド形式の終楽章は何度も何度も主題が還ってくる。それはまるで、2人の子供が長縄跳びを回し、そこに次々と他の子供たちが入っては出ていく遊びのようだ。いつまでも続くような縄跳びは、よく遊んだからそろそろ止めにしようか、という感じで美しく終わる。最後の最後は、線香花火がぽとりと落ちるようだ。

2014年5月17日 (土)

今月の日経新聞連載「私の履歴書」はプロゴルファー、トム・ワトソン。5月14日の記事から

『ブルース(ブルース・エドワーズ)は本当にキャディーになるために生れてきたような男だった。彼は心の底からキャディーであることに集中していた。彼にとって、この仕事はパートタイムなどではなく、人生の全てだった。ポーカー用語で言えば、「全部を賭けている」ようなものである。
 ・・・・・
 最後に、これが最も重要なのだが、ブルースは心の中のグラスをいつも半分くらい空けて保っていた。こぼれるほどいっぱいにしない、つまり、余裕があった。だから、常に前向きでいられた。決して、ネガティブにはならなかったのである。』

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5月15日の記事から

『プロゴルファーというものは、常にスイングをいじり続けている。少しずつ何かを変えてみては感触を確かめ、また別の何かにトライする。そして、自分に合うものがあれば、しばらく試してみる。
 プロの世界において、スイングについて何か「しっくりくるもの」を発見できるのはいつも競争の中、つまり試合中である。ゴルフコースの上で突然、調子が悪くなったら、何が悪いのかを見極め、修正した方がいい。なぜなら、試合中であれば残りのホールは限られており、必然的に答えを見いださなければならない状況に自分を追い込むことになるからだ。』

2014年5月16日 (金)

太陽の光が降り注ぐ海に

今日は休み。(一昨日の演奏会ではチャイコフスキーの奇想的小品も弾いた。老化防止の意味もあったし、昨年この曲の残念な演奏をしたので再挑戦の意味もあって、けっこう頑張った。結果ちょっと疲れがたまった。やれやれ。)

鎌倉の光明寺へ。何度来てもやっぱりここは好きだ。材木座には気持ちの良い風が吹き抜け、風が新緑の木々を揺らす音が聞こえ、しかも境内の猫たちのご機嫌は大変うるわしかった。もし光明寺の近くに住めたなら、とうっとり考える、休日の朝は山の音を聞きながら目覚め、本を読み、ちょっとさらい、夕方には必ず材木座海岸を散歩しよう。

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材木座海岸へ。太陽の光が降り注ぐ海に行きたいとずっと思っていた。一年のうちにそう何日もなさそうな気持ちよさだった。波打ち際にきらきら光るものを探しながら歩いた。途中、これまで3回シャッターを修理したカメラがまた突然動かなくなり、「4回目は勘弁して・・・」と思ったけれど、幸い電池切れがその理由だった。稲村ケ崎まで足を伸ばしてから帰宅。

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行き帰りの電車で読み終えたのがロバート・キャパ著「ちょっとピンぼけ」。こんな素晴らしい本をどうして今まで読まなかったのだろう。どんなに状況が厳しくなってもユーモアと機転で切り抜ける、人間味あふれるキャパに魅了された。従軍した連合軍がナポリを目前にした時の文章から。

『平原は水曜日の午後の墓地より静かだった。私は、葡萄畑のあいだに点在する数百の農家をはっきりと見わけることができ、そして同時に向うからも、私のことがはっきり見てとれるのを感じた。あらゆる家の窓がまっすぐ私の眼に入った。私は小藪のなかにできるだけ低く身をちぢめ、背筋に寒気を覚えながら、この美しい眺めを憎んだ。私が今眺めたいのはシャスター要塞の汚れた城壁だし、しかもそれの内側を見たいのだ。ここでは、私は敵味方二つの線の中間の冷たい地上に、せんべいのように平たく匍いつくばって、腹の方を大切にするか、背中を大切にするかの二つに一つしか手がなかった。』

2014年5月15日 (木)

今日この場に

 

昨日は立川市民会館で本番、フコク生命のチャリティーコンサート。大きなホールでバッハの無伴奏を弾くのは緊張したけれど、久しぶりのソロは楽しかった。

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今日は同じメンバー(ピアノ:竹村浄子さん、ソプラノ:沢崎恵美さん)で立川ろう学校へ。校舎に入って、音に対する配慮に驚いた。扉の遮音性が高かったり、椅子の足にテニスボールがはめてあったり。聴覚を様々な方法で補っている子供たちもいて、例えば、椅子を引きずる音は不快に聞こえるかもしれない、とのことだった。

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以前、兵庫県豊岡市のろう学校を訪問したことはある。今回も不安を抱えながら子供たちと対面したのだけれど、そんな心配は不要だった。生き生きと、身を乗り出すようにして音楽を聴く彼ら彼女たちを見て、泣きそうだった。今日この場にいたことだけで、僕はしばらく生きていけそうな気がした。
竹村さん沢崎さん、フコク生命の高井さんをはじめとするスタッフの経験の積み重ねも、パイオニアの体感音響システム(マイクの拾った音に反応して座面などが振動する)も見事だった。忘れられないアウトリーチになった。

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2014年5月13日 (火)

失われる大切な何かは

夕方一つ仕事があるだけで、あとは明日弾くソロの準備をゆっくりして、と思っていたのだけれど、結局夜まで一生懸命さらってしまった。さらうことはおもしろい。このところの様々の練習やゲネプロの録音を聴き、一番大切なことは、自分の弾いている音楽をどのくらい客観的に把握できるかではないか、と思った。
録音した時に失われる大切な何かはきっとあると思いたい。けれど自分の演奏を離れたところから聴く方法はそれしかないもの。

SPレコードが世に出始めた頃、例えばカザルスやティボー、クライスラー、あるいはハイフェッツといった巨匠たちは、録音した自分の音を初めて聴いた時、どんなことを感じただろうか。素晴らしい演奏家は、実際の演奏の感覚と、録音したものの印象と、どのくらい一致しているのだろう。
以前、ペルガメンシコフのリサイタルを東京文化会館で聴いた。後日、確かその演奏がFMで放送され、すごい人だなぁ、と思った。

5月22日の午前6時からBSプレミアムで、3月に開かれたペレーニのリサイタルが放映されると教えていただきました。ちょっと早いけれど頑張って起きようか。

2014年5月 9日 (金)

『木の中に埋っているのを』

最初のうちは数ページ読むと、どうにも眠くなって仕方なかった。しかし後半、話が展開し始めるとおもしろく、一息に読み終えたのがS.シン著「フェルマーの最終定理」。
ピエール・ド・フェルマーが『私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない』というメモを添えた定理が、それから300年以上たって1990年代、ついにアンドリュー・ワイルズに証明されるまでの物語だ。

僕は中学生の頃、飛行機を設計する人になりたい、という無邪気な夢を持っていた。数学の出来があまりに悪くてその夢ははかなく消えたのだけれど、「フェルマーの最終定理」を読んで久しぶりに数学の世界にほんの少しだけ触れ(読むのに専門的な知識は必要ない)、その世界は確かに人を惹きつけるものだと思った。物として存在するわけではなく、人間の都合で変えられるものではもちろんなく、見事な証明ははっとするほど美しい。(幸か不幸か、音楽の世界は主観が少なくない割合を占める。)
その証明の過程を読みながら、夏目漱石が短編「夢十夜」の中で、仏師運慶が仁王を刻むことを書いた部分を思い出した。「第六夜」から

『「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。』

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証明を成したワイルズの言葉から

『新しいアイデアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題に向わなければならない。その問題以外のことを考えてはいけない。ただそれだけを考えるのです。それから集中を解く。すると、ふっとリラックスした瞬間が訪れます。そのとき潜在意識が働いて、新しい洞察が得られるのです』

2014年5月 6日 (火)

大幅値上げ

今日はチェロを弾かない日。
仙川で散髪してから海へ、のつもりだった。もちろん鞄にはカメラが入っていたのだけれど、小雨混じりのうす寒さに気持ちがくじけ、頭がさっぱりしてから新宿の大きな本屋へ。何の制約もなしに書棚から書棚へとさまよう時間は至福だった。

カメラマガジン5月号の表紙は田中長徳さんの写真。伝説のレンズ、ホロゴンとフィルムの組み合わせで撮られたポルトガルは、僕の知っている長徳さんの写真の中で一番好きかもしれない。
http://www.sideriver.com/ec/products/detail.php?product_id=18763
その写真の少し後には、デヴィット・シーモア撮影のオードリー・ヘップバーン(1956年)が載っている。何も言いようのない素晴らしさだ。

3月から最新のデジタル一眼レフを使ってみて、予想通りの便利さと高性能だった。抜群の高感度とフィルム交換不要の良さは、舞台写真はもちろん、例えばきっと水中写真には圧倒的だろうと思う。でもやっぱりフィルムがいい、と思った。理屈ではなく、好きなものは好きだから仕方ない。

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その気持ちが高まったところで、コダック製品大幅値上げのニュースを聞いた。
http://www.nationalphoto.co.jp/1F/kodak_news_06.htm
・・・・・。トライX(定番の白黒フィルム)が1本千円近くに。僕が写真を始めた頃の3倍の値段だ。フィルムで写真を撮ることは希少で高価なものになるということか。ちゃぶ台をひっくり返したくなった。

2014年5月 4日 (日)

チェロアンサンブルナカジマ2014

今日がチェロアンサンブルの本番。
年末くらいから練習が始まり、特に子供たちは膨大な練習と準備を重ねてきたものが(僕はそれほど練習に出ていない・・・)、舞台で演奏が始まると、本当にあっという間に終わってしまった。つかの間、別世界にいるようだった。

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夜の新幹線で帰京。

2014年5月 3日 (土)

名古屋へ

昨日夕方の新幹線で名古屋へ。
今日は朝から中島先生のチェロアンサンブルの練習。酒井淳君が教えたコレットやビバルディ、素晴らしかった。さすがだなぁ。

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明日本番。

2014年5月 1日 (木)

今日の都響は東京芸術劇場で小学生対象と中学生対象の音楽教室。
昼休みには演奏会用の写真を撮った。大きな楽器2台のデュオ、コントラバス佐野央子さん、ハープ山崎祐介さん。

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