« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年6月

2014年6月29日 (日)

翼が

6月28日ムジカーザでの演奏会、あいにくの天気にもかかわらず多くの方々にお越しいただき、そしてあたたかく聴いていただき、本当にありがとうございました。

オーケストラのリハーサルが終わって移動し、そのままわりとすぐアルペジョーネ・ソナタを弾くのは、覚悟を決めておく必要はあったけれど、翼が生えて自由に飛べるような瞬間があった。緊張でいつもより少し硬くなった体で、勇気の必要な音程の跳躍をいくつもした後のベートーヴェンのピアノ三重奏は、解放感があって幸せだった。終演後、久しぶりに酔うほど飲んだ。

普段それほど飲まない僕は、朝起きてもまだふわふわと夢見心地で(二日酔い)、東京芸術劇場へ。午後はフルシャの指揮するスークの「おとぎ話」と「夏の物語」。マーラーはスークのスコアを研究していたそうだ。演奏機会の少ない曲は、楽しかった。
走り続けた6月ももうすぐ終わり、ちょっと一息つこう。演奏会が終わり、夜、ゆっくり淹れるコーヒーは格別だ(昨晩のお酒も格別だったなぁ)。眠る前のコーヒーは、朝のコーヒーとはまた違って素晴らしい。

2014年6月25日 (水)

自然を


昨日も今日も午後の都内は激しい雷雨。間近で聞く雷の音は、張り裂けるような高音から始まり低い音に落ちてくる。
録音の仕事をすると、気を付けていてもヴァイオリンの高音に比べてチェロの低音は鈍く遅く聴こえる。やれやれ、雷よ、お前もか、と思った。

夜は「春の祭典」2日目。2日間とも緊張感が途切れずよかったと思う。
今日のゲネプロ後、オーボエの人たちがバルトークのピアノ協奏曲の第2楽章を分奏していた。それだけを聴くとマーラーの巨人のようだった。第1楽章のモチーフがそのまま聴こえてくる。僕は、マーラーの巨人は森の音楽だと思っている。どちらも自然を連想させるなぁ。
協奏曲を弾き終えたアンデルシェフスキは、今日もアンコールを2曲弾いた。2曲目のバッハを聴いている時、様々な風景が見えた。時間と空間の感覚が、つかの間なくなった。

朝は明後日から始まるスークの組曲「おとぎ話」と交響詩「夏の物語」を勉強した。知らない曲は思いのほか美しく、草原の匂いがするようだった。

2014年6月21日 (土)

2度と見ることのできなかった

今日から「春の祭典」のリハーサルが始まった。フルシャはこの曲を振るのは初めてだそうだ。オーケストラで弾く者にとって、初めての「春の祭典」は何かしら身構えるものがあると思うけれど、初めて指揮をするのはきっとどきどきする体験だろうなぁ。

プログラムの前半にはバルトークの3番のピアノ協奏曲がある。知ってはいた、でも弾くのは初めて。改めて勉強すると、何年も眠っていた記憶が呼び起こされ、それがこれまでの経験と融合していく感覚は新鮮だった。バルトークがこの曲を作った時の、最晩年の状況を思うと胸が痛くなるけれど、それだけに切実なものがあると思う。美しい第2楽章は、2度と見ることのできなかった故国の自然へのオマージュだろうか。

009

2014年6月20日 (金)

重くなってしまった心が

今日は休み。住宅街の小さな美術館、熊谷守一美術館へ。
http://kumagai-morikazu.jp/
熊谷守一の油絵は知っていたけれど、書や墨で描いた絵も自由で素晴らしかった。6月の湿気で重くなってしまった心が軽くなった。

毎月20日はカメラや自転車雑誌の発売日。よほどのことがない限り本屋に行って、数ある雑誌を吟味する。もうすぐ発売されるカメラがおもしろそうだ。
http://photo.yodobashi.com/sigma/imp/dp2q.html
いずれにしても、先日の物欲大爆発でとっくにカメラ資金は枯渇している。ふぅむ。

自転車であちこち走り回ってからピアノを弾いたら、僕のよちよちピアノでも、やはり軽く指が動いた。今月はよくチェロを弾いていて、でもちょっと行き詰っていた。音楽と関係ない何かをすると、何かに作用して楽に楽器が弾けるようになるらしい。人間は不思議。
楽器をさらうことは、「巨人の星」のように肉体を限界まで追い込むことではなさそうだ。しばらく楽器を弾かないと、楽器を弾く手が他人の手のようになるのは、「楽器を弾く筋肉」が衰えるのではなく(おそらくそんな筋肉は存在しない)、楽器を弾くための頭の中の回路が細く、あるいは途切れてしまうからだと思う。さらうとは、できなかったことをできるようにするとは、身体の動きを司る頭の中の何かを、上手につないであげる作業だと思う。

2014年6月18日 (水)

「それはチェロですか?」

20代の頃より40を過ぎた今の方が疲れ知らずで、休みの日もじっとできずあちこち出かけ・・・、と思っていたら、この数日ぐったりしてしまった。でも周りの人たちも元気のない感じだから、きっとそれは僕が衰えたのではなく、この季節のせい、ということにしよう。

帰宅して、布団の上にころりと横になって読む本は至福、外がまだ明るい時間にそうできたらなおさらだ。小学生の時、よく寝ころんで読んでいたことを思い出す。
読み終えたガルシア=マルケス著「コレラの時代の愛」は、話の大筋を木の幹にたとえると、枝にあたる部分も太く、さらにそこには葉が旺盛に茂っていて、よく1人の人間の頭の中にこんな豊かな世界があったものだ、と感心した。そう、コルトー・ティボー・カザルスのピアノトリオを、という話しも出てくる。読むべき本がある時は、その本に守られているような気がする。

今読んでいるのはロバート・M・サポルスキー著「サルなりに思い出すことなど 神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々」。http://www.msz.co.jp/book/detail/07832.html
「コレラの時代の愛」は素晴らしい小説世界だったけれど、こちらは「事実は小説より奇なり」を地で行く感じで、とても月並みな言い方をすれば、抱腹絶倒の話の連続だ。アフリカでのヒヒを観察したフィールドワークと、その前後の珍道中。

あてにしていたアメリカからの送金がされず、困窮した著者は
『そんなわけで、無申告の金をいくらか所持していたわたしは、それを闇で売ることにした。・・・・・銀行での現行の交換レートが七シリングであるにもかかわらず、一ドルにつき、おそらく十シリングはくれる信用できる商人たちがいるという話だった。けれどもわたしは、バックパックを背負ってナイロビのメインストリートを歩きながら、着いたばかりの人間であるかのように辺りを物珍しそうに眺めつづけた。するとすぐに流しの詐欺師が近づいてきて、ものすごくいいレートで両替できるよと持ちかけた ― 両替どう?両替しない?一ドル、二十五シリングだよ。わたしが学んだところによると、もちろん、彼らは強盗だった。このあと彼らはわたしを路地へ連れこみ、運がよければ、「警察」の手入れだと彼らが慌てふためいて叫びはじめ、みなが散り散りに逃げ去り、どさくさにまぎれて金がなくなるだけで済む。彼らがそれほど論理的な人間ではなかった場合は、路地でわたしの頭を殴りつけ金を奪って終わりだ。
 しかしこのときは、プロの詐欺師たちにうせろ!と告げたりはしなかった。その代わりにこう言った。そいつあすごい。両替してくれるところを探してたんですよ。二十五シリングだって。素晴らしいレートじゃないですか。会えてよかった。さらにこうつけ加えた。手元にあるアメリカドルは十ドルだが、宿泊しているホテル(高級ホテルの名前を挙げた)には五百ドルあって、それも両替してほしい。いま十ドルだけ両替して、あとでもう一度会って五百ドルを両替してもらう、というのは可能ですか?
 ゴクリ、と強盗ののどが鳴った。強盗のなかにもまともに考えられる人間がいるもので、男は頭のなかですばやく計算した ― いま十ドルを二百五十シリングに両替してやれば、この間抜けな小僧は五百ドルもってまたやってくる。そのときに頭をぶん殴ってやればいい。こうして両替はおこなわれ、友情の誓いが交わされ、次の約束の時間が決められた。それ以降、わたしはその通りを避けるようにし、次の十ドルを手に別の通りを歩いた。』

また
『オスのヒヒに勤勉という言葉は似合わない。自分の欲望を抑えられないし、公共心もない。ついでに言えば、頼りがいもない。そういうわけで、すばらしい協力体制でサウルを失脚させた暫定政権はその日の午後には破綻して派閥化し、互いの名誉と身体を傷つけあう争いへと発展していった。』

016

先日、下校途中の小学生男子2人を、楽器を持った僕が追い越したら、
「すごい、ギターかなぁ」、「ヴァイオリンかなぁ」
という会話が聞こえてきた。
「チェロかなぁ」
という声が聞こえた時、振り返って右手の親指を立てたら、
「それはチェロですか?」
とびっくりするくらい丁寧に質問された。思わず僕も「そうです」と答えたけれど、「そうだよ!」と笑顔で言ってあげた方がフレンドリーだったかなぁ。でもきっと彼らはチェロのことを覚えてくれたと思う。

2014年6月15日 (日)

背番号17

昼間、街にいたら日本代表の青いユニフォームを着ている人が何人もいた。そうか、僕も背番号17を着てもいいのか、と思った。
世の中はサッカー、ワールドカップ一色だけれど、フランスではル・マン24時間耐久レースの決勝が行われていて、半ば過ぎまで中嶋一貴の運転するトヨタが首位だった。残念ながら電気系統のトラブルでリタイア。結果はアウディの5連覇。

032

一昨日、昨日とかつしかシンフォニーヒルズで仕事。ホール近くの小さな店のトイプードルの名前は、「ダブルボギー」だそうだ。

2014年6月13日 (金)

作品70の2

先日、時間をやりくりして品川のキャノンギャラリーSへ。「鬼海弘雄写真展:INDIA 1982-2011」
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/kikai-india/index.html
鬼海さんは浅草で撮ったポートレートの印象が強かったけれど、インドの写真も素晴らしかった。忘れられない強いまなざしがいくつもあった。いったいどうやってこの人たちを撮ったのだろう。そして、画面の隅々に目を凝らすと、驚くような出来事が写っていることがあった。もし僕がのこのこ出かけて行ったら、あっという間にお腹を壊してしまいそうだ、でもインドはすごそうなところだ。(16日まで)

同じギャラリーの上階では「ナショナル ジオグラフィック 写真で見る125年の歴史」展が。
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/nationalgeographic-125/index.html

021

アルペジョーネを弾く日、ベートーヴェンのピアノ三重奏も弾く。今日その最初の練習があった。
有名な「大公」や「幽霊」ではなく、「幽霊」と双子の、もう一曲の変ホ長調のトリオ。「幽霊」は作品70の1で、こちらは作品70の2だ。
世の中に知られていない、あまり演奏されない名曲は数多くある。この曲はその筆頭ではないだろうか。理由はきっといくつもあって、一つには曲の感じやテンポが中庸だからでは、という話しになった。「幽霊」は二長調ではなばなしく始まり(「幽霊」と思って聴くと、ひっくり返りそうになる。ゆっくりな第2楽章が命名の由来のはず)、活発な感じは演奏会向きかもしれない。
久しぶりに作品70の2を弾いて、幸せだった。同じ時期に作曲された三重協奏曲にモチーフの使い方が似ているし、十六分音符の組み合わせ方からは、ラズモフスキーの1番を連想した。響きは「皇帝」を思わせる時がある。ベートーヴェン中期の、充実した音楽と同時に、後期の人間離れした透明感も見え始めている気がする。
曲の性格をよく現わしているのは第3楽章、3拍子で書かれた変イ長調のアレグレットだと思う。その魅力的な旋律はヴァイオリンで始まりピアノに受け継がれ、何度も繰り返されるけれど、残念ながらチェロは一度も弾かせてもらえない。
(演奏会の予定をご覧下さい。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/ensoukai.html

2014年6月12日 (木)

様子見

 

そこらじゅうにキノコが生えそうなくらい、よく雨が降った。そのせいなのかどうかわからないけれど、先週から楽器が不穏な動きをするようになり、長岡からの帰京を待って、チェロを見てもらえた。心の落ち着かない数日だった。

030

裏板の剥がれ修理を1箇所と、なぜだか伸びた気のするテールガットを短くしていただいた。短くし過ぎたかなぁ。梅雨時は人間も楽器も調子が出にくい、しばらく様子を見てみよう。

6月9日の日記に画像を加えました。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-e197.html

2014年6月 9日 (月)

日本海は

長岡へ。リハーサルが終わってから、今年も信越本線に乗った。夕方電車に乗ると、ちょうど鯨波に着いた頃、日本海は日没を迎える。

022

小雨交じりの今日、幸い雲のすき間から太陽が見えた。黄色の太陽は降りて行くにつれ色が濃くなり赤くなり、水平線近くでは、落ちる間際の線香花火がじじじ、と動くようにあっという間に沈む。
日没直後、水平線に近い海面が一瞬明るくなり、それから色彩が失われていく。光の変化に心奪われた。

026

読み始めた「コレラの時代の愛」は期待に違わずおもしろい。本を閉じてもすぐには、豊穣でむせかえるような物語の世界から戻って来られない。

2014年6月 8日 (日)

仙川へ散髪に。髪を切ってくれるKさんと、もし宝くじが当たったら、という話しになった。彼は、もしそうなったら、これまで欲しいと思っていたものは欲しくなくなるかもしれない、と言った。なるほど確かにそうかもしれない。
僕は行きたい時に行きたい所に行き(また旅に出たくなっている)、本をたくさんしまえる家に住みたい、と思う。

本屋へ。棚から棚へと歩きまわり、分厚い本を3冊。短いけれど旅の仕事があり、どのカメラを持って行くか、と同じくらい本も重要だった。今回のお供はずっと読みたいと思っていたガルシア=マルケス著「コレラの時代の愛」。帰りの電車で冒頭を開いたら、すぐに引き込まれた。素晴らしい映画の場面に魔法のように入ってしまうようだ。

今日読み終えたのはやはりガルシア=マルケスの講演集「ぼくはスピーチをするために来たのではありません」。その中の1993年2月18日、「ベリサリオ・ペタンクール、七十歳の誕生日を記念して」から。

『コロンビアは詩のおかげで、約半世紀遅れで二十世紀に突入しました。それは狂熱的な情熱であり、勝手気ままに動きまわって、いたるところに出没する火の玉のような生き物で、絨毯の下にゴミを隠そうとしてほうきで持ち上げると、詩がそこにいて、隠すことができず、新聞を開くと、経済欄や裁判関係のページの中に身を潜めていました。カップの底に残ったコーヒーはわれわれの運命を予言しますが、そこににも詩がいました。エドゥアルド・カランサはスープの中に潜んでいるのを見つけて《スープの湯気の中にいる家庭の天使を通して互いに見つめあう目》と書きました。ホルヘ・ローハスはみごとなグレゲリーアの遊び心に富んだ喜びの内に詩を見出しています。《人魚が両脚を開かないのは、鱗に覆われているからだ。》ダニエル・アランゴは完璧な十一音節の中に詩を見出し、百貨店のショーウィンドーに《存在の全的な実現(レアリサシオン・トタル・デ・ラ・エクステンシア)》と大急ぎで書きつけました。・・・・・』

ガルシア=マルケスは自伝「生きて、語り伝える」の続編にきっと取りかかっていた、と思う。それが読めなくなったことをとても残念に思う。

2014年6月 4日 (水)

ポール・ニックレン写真展

今日は休み。
映画「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」を観てから、コニカミノルタプラザで開かれている『ポール・ニックレン写真展「Remote Regions-辺境の生命-」』へ。
http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2014june/paul/index.html

動物写真家はきっと、その一枚を撮るために大変な労力と時間を費やすのだと思う。僕もその一音を出すために、効果があがっているかどうかは別として、一生懸命やってきた。ただし、ヒョウアザラシにかじられたり、極寒の海に身を投じたりするようなことは、ないなぁ。

20140428f100yotsuya2

今月は仕事の密度が高い。そろそろ梅雨入りするだろうか。

2014年6月 3日 (火)

堅固な土台を

ブラームスのピアノ四重奏をもっと聴きたくなり、CDを買いに出かけた。バリリ四重奏団とイエルク・デームスのピアノに興味があったのだけれど(デームスが若い時の演奏だろうか)、今は手に入らないようで、ボザール・トリオにヴィオラのトランプラーが加わったCDを求めた。

40年前のデッカの録音は、演奏も録音の音質も素晴らしくて驚いた。どのように演奏しているか、手に取るようにわかる。ピアノ四重奏は楽器間のバランスが難しいと思う。でもこの録音はプレスラーのピアノが堅固な土台を作り、4人が一体となっている。

先日弾いたシェーンベルクの編曲は時々腑に落ちないところがあったけれど、原曲を改めて聴き直すと、シェーンベルクがこのピアノ四重奏をどう考えていたかわかるようで、おもしろかった。

ボザール・トリオをカザルスホールで聴いた時のことを思い出した。
(2010年2月13日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-1b69.html
その時はピアノの音が大きくて、チェロを弾く身として、チェロは聴こえにくいなぁ、と思ったのだけれど(ピアノ四重奏の録音と弦のメンバーは異なる)。

少し前、FMをつけたらベートーヴェンの三重協奏曲が流れていて、抜群に素晴らしいチェロに(ヴァイオリンは力み気味だった)、これはいったい誰だろう、と思ったら、メネセスだった。しかもメネセスがメンバーになっていた時のボザールトリオだった。

ところで、ブラームスの2番のピアノ四重奏があまり演奏されない理由の一つがわかった。演奏時間が長いことではないだろうか。第1楽章の素晴らしさは特筆すべき、と思うのに。

2014年6月 1日 (日)

素晴らしさが身にしみて

真夏のような陽気、アークヒルズには紫陽花が咲いていた。
ベルリン・フィルハーモニック・ホルン・カルテットはお茶目なアンコールを2曲用意していて、とても楽しかった。「12人のチェリスト」を聴いた時も思ったけれど、彼らはポップスを演奏しても上手だ。

20140601ajisai

演奏会の後半はシェーンベルク編曲のブラームス、ピアノ四重奏曲。
2000年にピアノ四重奏で演奏旅行をしたことがある。今回は大編成のオーケストラ版だけれど、それ以来久しぶりにこの曲に触れ、こんなにいい曲だったか、と思った。年を重ねると残念なことがある(昨年、老眼が始まっていることに気付いた)、でも何かの素晴らしさが身にしみてわかることはある。緩徐楽章の旋律が頭の中で鳴っている。

« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »