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2014年7月21日 (月)

知らない世界に

東京もそろそろ梅雨明け。またあの暑さが戻ってきて、日中うっかりふらふら歩きにくくなったということはあるけれど、そして暑くなる前にもう少し海を見ておきたかった、という軽い後悔はあるけれど、最近写真を撮りに出かけることがなくなった。(もちろん、鞄にはいつも小さなカメラが入っていて、気付くことがあると撮っている。)
その代わり、この一年くらいのうちに撮ったものの中から、時間がたっても気になっているものを選んで、六つ切りの大きさに伸ばしてもらうようにしている。いつもはRCのキャビネサイズだった。ようやく伸ばしてもいいと思えるものが出てきた。素晴らしい職人技で六つ切りの、しかもバライタ紙に焼いてもらう。美しいプリントが少しずつ増えていくのはうれしい。時間がたっても意識に残っている写真をもう一度見直して大きく伸ばすのは、うまく説明できない、でも何か意味のあることに思える。

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写真をそれほど撮らなくなったのは、本を読むのとチェロを弾くのがおもいしろい、ということもあると思う。この二つに共通するのは自由な心を持てること。居ながらにして知らない世界に行けるし、チェロを弾くのは、たとえ一つの音でもどこかに飛んで行けるほど自由だ。ロストロポーヴィチが言ったように、音楽は「太陽への窓」だ。

チャンドラーの「ロング・グッドバイ」を読み終えた。僕としては短い時間にチャンドラーを二作読み終えたのは、探偵小説としての本筋のおもしろさはもちろん、文章の魅力もあると思う。もし文章を書くことを職業にしていたら、どうにも影響されてしまうのではないだろうか。的確な例えではないかもしれない、シャフランのチェロを聴くと、しばらく彼の音が頭の中で鳴ってしまうように。
「ロング・グッドバイ」の、こんな文章が好きだった。

『その日が調子はずれな一日になることは最初からわかっていた。誰の人生にもそういうお馴染みの一日がある。やってくるのはねじの緩んだ連中ばかりだ。脳みそを糊でかろうじて貼り合わせているぼんくら、木の実の隠し場所を忘れてしまったリス、いつも歯車を入れ忘れる機械工。』

『電話を切った。それからドラッグストアに行って、チキンサラダ・サンドイッチを食べ、コーヒーを飲んだ。コーヒーは幾度ものお勤めで疲弊気味だったし、サンドイッチには細かくちぎられた古いシャツのような深い味わいがあった。トーストされ、二本の楊枝でとめられ、レタスがわきからはみ出していれば、アメリカ人はどんなものだって文句を言わずに食べる。そのレタスがほどよくしなびていれば、もう言うことはない。』

『フランス人はこのような場にふさわしいひとことを持っている。フランス人というのはいかなるときも場にふさわしいひとことを持っており、どれもがうまくつぼにはまる。
 さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。』

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さて、もちろん次の本が待ち構えている。

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