« 持たないこと | トップページ | 世界の様相が一変して »

2014年8月26日 (火)

胸のすくような

空気が入れかわり、東京は急に涼しくなった。

一昨日は久しぶりに東京都写真美術館へ。会期末の「原点を、永遠に。」
http://syabi.com/contents/exhibition/index-2252.html
を見てから、3階の「岡村昭彦の写真 生きること死ぬことのすべて」へ。
http://syabi.com/contents/exhibition/index-2242.html

022

ずいぶん前から昨日は釣りに行くつもりだった。けれど、局地的な雷雨という天気予報と、どんよりした空に方針変更、もう一日写真の日となった。新宿伊勢丹のショーウィンドウを見てから、銀座キヤノンギャラリーの「横木安良夫写真展:GLANCE OF LENS 2014」へ。
http://cweb.canon.jp/gallery/archive/yokogi-glance2014/index.html
それから六本木に足を伸ばし、IMAギャラリーで開かれている石川直樹写真展「Makalu」へ。
http://imaonline.jp/list/imagallery
ヒマラヤの8千メートル峰で撮られた写真には、胸のすくような強さと大きさがあった。今日釣りに行けなかったことはどこかに行ってしまった。

先日チェロアンサンブルの演奏会があり、ハイポジションを弾くことが多かった。生まれ変わったようなつもりでいたけれど、実際の舞台に上がるとなかなか思うようにいかず。まだまだだなぁ。
ドヴォルザークの協奏曲の、最初のリハーサルがせまってきたので、少しだけペースをあげてさらっている。よくさらったはずの曲は、右手も左手も、その組み合わせも、弾き方が変わったので、知らない曲に取り組んでいるような感覚だ。毎日弾く度に頭の中が少しずつ組み変わっている。少しずつ、でも確実に変わりつつあると思う。秋の終わりにある演奏会では、これまで見たことのなかった世界が見えますように。

リルケ著「マルテの手記」の中の一節を思い出した。
『僕はもう書いただろうか? 僕は見る目ができかけている。そうである。僕は目が開き始めた。まだ少々おぼつかない。怠らずに修行しよう。
 たとえば僕はきょうまで、だれもがいくつもの顔を持ち合わせていることに気がつかなかった。何億という人間が生きているが、顔はそれよりもたくさんにある。・・・・・』

音楽をすることは大きな喜びだ。もちろん実際問題、音楽でお腹がふくれる訳ではないから食べ物を食べなくてはならず、そのためには稼がなくてはならない。
先日乗り物に乗ったら、目の前の席に座っていた人が下車する際、声をかけてきた。(確かに大きなチェロを持って出歩くのは、自分が何者であるかはっきり言っているようなものだ。) 彼女も職業音楽家で、20年近く前の僕の演奏を覚えていてくださった。おそらくコンクールの本選の時のことと思う。時々、誰かの一言に励まされ、それが大きな力になることがある。ありがたかった。

« 持たないこと | トップページ | 世界の様相が一変して »

映画・展覧会」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

  • (2017.06.17)
  • (2017.04.24)
  • (2017.03.21)
  • (2017.02.27)
  • (2016.12.15)