ぶら下がるように
僕の持っている中で一番個性的な弓は、古く、太く、材料がざっくり削ってある。バランスが先寄りにあるから、剛弓にみえるかもしれない。実際は毛箱や釦が軽いので弓先が重く感じられるだけ。じゃじゃ馬のようなところがあって、体に力が入りしっかり弓を持ってしまうと、とたんに音が硬くなり、弦に入っていけなくなる。最近ようやく、そのバランスを生かして弓に委ねるように弾けば広い音が出る、とわかってきた。もう一本、このところの本番でよく使った弓は細身で、実に見事に材料が削ってある。音の密度は高く、多少無理な弾き方をしても受け入れてくれる懐の深さがある。
家でさらっている時はじゃじゃ馬がいい、と思うのだけれど、いざ会場に行くと、懐の深い方に頼ってしまう。今日重野さんの前でその2本を弾き、個性的な方を毛替えして頂いた。
以前、ダヴィッド・ゲリンガスさんと一緒に弾かせてもらった時のことをよく思い出している。彼がハイポジションの、速いパッセージをさらっている時、水ももらさぬ精密な作業をしている、というよりは指板の上で指がもそもそ動いている感じがして、意外だった。エンドピンが長く、楽器が寝ていることと関係があるかもしれない。音は開放的で大きかった。
その時は見ていただけだったけれど、今は自分に取り入れたいと思っている。上から押さえつけるように力をかけるのではなく、楽器や弓にぶら下がるような感覚で弾けないだろうか。それができたらきっとよく歌えるし、この個性的な弓も生き生きとしてくるような気がする。
弓といえば20年近く前、ほぼ完璧な状態のドミニク・ぺカットを借りて、何回か演奏会で弾かせてもらったことがある。音質、音量、バランス、そして外見も、すべてが揃っていて、突出した部分がないから、うっかり普通の弓と勘違いしそうだった。素晴らしかったなぁ。あの時どうにかして手に入れるべきだった、と時々思う。今、もしあんな綺麗なぺカットが市場に出たら大変なことだろうし、というより、ほとんど出てこないものかもしれない。
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