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2014年12月

2014年12月31日 (水)

ごく個人的な日記を

先日、葉山の神奈川県立近代美術館へ。「東欧アニメをめぐる旅」http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2014/animation/index.html
日本のアニメーションとは異なり、大人といえばいいのか、ずっとシニカルでブラック。全ての作品を見るのにはかなり時間がかかりそうだった。様々な発想の映像を見られて楽しかった。

昨日は映画「ストックホルムでワルツを」(原題「Monica Z」)へ。http://stockholm-waltz.com/
観終わってからタワーレコードに行き、アルバム「カインド・オブ・ブルー」を求めた。(映画の中にもマイルス・デイビス、ビル・エヴァンスが登場する)  まだ聴いたことのなかった、記憶されるべき演奏があることは素晴らしいと思う。

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実は「ゆく年くる年」を見ながら新年を迎えるのが好きなのだけれど、今年はぎりぎりまで仕事があり、ちょっと難しいかもしれない。
このごく個人的な日記を読んでくださって本当にありがとうございます。2015年が素晴らしい年でありますように。

2014年12月29日 (月)

「Jean le bleu」

今日は休み。久しぶりにゆっくりできた。

先日読んだヘンリー・ミラー著「わが生涯の書物」の中から、ジャン・ジオノの小説「Jean le bleu」(邦訳が出ていないのが残念)に触れた部分を。

『・・・・・「わしの間違いは」と父が続ける。「善良で人に親切でありたいと思ったことだ。お前もわしのような誤りを冒すことになるだろう」
  胸をかきむしられるような言葉だ。あまりにも真実を得た言葉だ。ここを読みながらぼくは泣いた。ジオノの父の言葉を思い出しては、またぼくは泣く。ぼくはジオノのため、ぼく自身のため、善良で親切な人間になろうと決意したすべての人のために泣く。内心それが誤りであることを知りながら、なお努力している人々のために。われわれの知っている事柄は、われわれの心の奥底にある善なるものによって、なすべき事柄として意識されているものと比べれば所詮たいしたものではないのだ。知恵は決して人から人へ伝えられるものではない。そして究極的には、われわれは愛のために知恵を棄ててはいないだろうか?』

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『その瞬間、父のベルベットのような眼はわたしの若い身体を貫いて、さらに彼方の方を静かに見やりながら「本当だ」と答えた。「傷は光るのだ。これは間違いない。よおくオドリパノの話を聴きなさい。このひとにはたくさんの経験がある。このひとが、なぜいつまでも若いか、それは彼が詩人だからだ。詩とはどういうものか、お前は知っているか?オドリパノが語ることは詩なのだということを知っているか?もし知らなければそれに気づくことが何より大事なことだ。さて、いろいろ経験を重ねてきたわしが言えることは、傷は治さねばならないということだ。お前が大人になって、このふたつのこと  - 詩と、傷を治す学問とを知るようになれば、その時お前は一人前になるだろう」』

2014年12月27日 (土)

声のように

東京は冬晴れが続き、とても乾燥した空気になっている。楽器が乾き過ぎてしまわないよう気にする季節がやってきた。

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先日空き時間にふと、ブラームスのホ短調のソナタを弾いてみた。ずっとしまわれていた記憶をたどって弾いた。そしてシャフランの録音があることを思い出した。帰宅してそのCDを聴くと、どう弾いているのか手にとるように、目に見えるようにわかる気がした。この演奏は名古屋の実家にLPレコードがあり、子供の頃から聴いてきた。でもそういうことを感じるのは初めてだった。
弓の毛が弦に接して音が出る瞬間の、滑らかに音が出る時の、強く出る時の、アタックがかかっている時の、様々なことが見えるようだった。それは今年ものすごく苦労してきた、苦労したからこそわかることなのかもしれない。

たくさん持っているシャフランの録音の中でもこのブラームスは、演奏も録音の質もバランスがとれていて、素晴らしいものの一つだと思う。(時々、シャフランさん、それはいくらなんでもやり過ぎではありませんか?というものもある。もちろん、そういうことも含めて彼の演奏にひき付けられるのだけれど。)
本当に男の人の声のようにチェロが鳴っている。弦の振動がこう楽器を鳴らす、という感覚がとうとう、ようやく、ついに僕の手の届くところに来たのかもしれない。

2014年12月26日 (金)

12月24日、日経新聞朝刊に掲載されたアメリカの投資家ジム・ロジャース氏のインタビューから。

『世界の中央銀行は景気の悪化を防ぐために、歴史的な規模でマネーを供給してきた。だが「人為的な流動性の海」が来年のどこか、遅くとも2016年には収縮し始める。これが今年までとの最大の違いだ。』

『投資家として、向こう1~2年は楽観的に見ている。日本株は持っているし、買い足す予定だ。日銀の金融緩和が株価を押し上げているし、原油安も日本経済にとっては追い風だ』
『だが、長期的にはかなり悲観的だ。債務が膨らみ、人口が減り、通貨の価値が落ちている。大惨事ではないか。日本は世界で最も好きな国々の一つだ。でも、私が仮に20歳以下の日本人なら国を出ていくだろう』

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2014年12月23日 (火)

贈り物

うれしいことがあった。ある方がご厚意で古いベルナルデルの缶入り松脂を譲ってくださった。自分の弓に塗ってみると、間違いない、あの感触だ。
通常、松脂はひっかかりをよくすると音が飛ばなくなり、粒子を細かく、肌理を細かくすると、さらさらし過ぎてチェロの太い弦にはあわなくなる。この古い松脂だけは特別で、濃密なのにしつこくない。ぶわっと立ち昇った音がそのまま飛んでいく。大切に使えばずっと使える。僕が使うことはない、と思っていたので、まるで天からの贈り物のようだ。
(2009年9月11日の日記をご覧ください
http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-81dd.html)

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先日FMを聴いて知り、すぐCDを求めたのはピアノのケニー・バロンとベースのデイヴ・ホランドのアルバム「The Art of Conversation」。題名の通り、2人のやりとりが本当に素晴らしい。こういう音楽的関係を持っている人はきっと幸せだ。http://diskunion.net/jazz/ct/detail/1006366286

FMといえば、秋の番組改編でInterFMの感じが変わり僕には残念。明日深夜は毎年1回J-WAVEで放送される沢木耕太郎さんの番組が楽しみ。http://www.j-wave.co.jp/special/sawaki2014/

2014年12月22日 (月)

『その言葉の中に』

先週見たのは映画「至高のエトワール」 (残念ながら上映終了してしまった)http://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/14_etoile.html
バレエに興味は持ってこなかったけれど、曲芸ではない、伝統の積み重ねを確かに感じさせる動きの美しさに驚いた。パリ、オペラ座のエトワール、アニエス・ルテステュの引退までの2年を追ったドキュメンタリー。僕は一介のチェロ弾きに過ぎないが、同じく舞台で仕事をする者として胸がいっぱいになった。

今日は「100歳の華麗なる冒険」へ。http://www.100sai-movie.jp/
軽いコメディ、ではなく、想像していたよりブラックで、でも見事だった。

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チェロと一緒に持ち歩くには分厚く重い、と思いながらこの1週間鞄の中にあって読んだのはヘンリー・ミラー著「わが生涯の書物」。冗長に感じる部分も、自分のために書かれた、と思う部分もあった。フランスの作家、ジャン・ジオノについて書かれた文章から。

『われわれが彼の音楽の中に円熟の域に達した演奏家のもつ楽器の存在を嗅ぎ分けるのはそのためである。ジオノにあっては音楽と楽器は一体のものである。彼の特別な天分は、まさにそこにある。彼が音楽家にならなかったとしても、それは彼の言う通り、彼がよき聴き手になる方が先だと思ったからである。そこで彼は作家になった。彼の作品を読むと、まるで自分が書いたもののように、そのメロディを追ってゆける。彼は聴くことをそのようなアートにまで高めた。その結果、いったいわれわれはジオノの音楽を聴いているのか、それともわれわれ自身の声を聴いているのか、わからなくなる。われわれはごく自然に彼の言葉を経験し、その言葉の中に生きることになる。それはあたかもどこかの心地よい高みで一息入れるような、あるいは海面を漂うような、さらにはまるで谷間の下降気流に乗って獲物めがけて急降下する鷹のような、自然な感覚に包まれる。』

2014年12月18日 (木)

リンゴケース

 

先日、仕事の前に国立博物館で開かれているエルメス「レザー・フォーエバー」展へ。http://lfe.hermes.com/jp/ja
エルメスの店舗前を通りかかるといつも、美しいディスプレイに感心する。(中に入ったことはないけれど)  今回の展示も見事、上野にいることを忘れそうだった。

入り口すぐには素材となる様々な革が

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職人の実演もある。

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思いもよらない発想の特注品も並べられ、中でも僕が気に入ったのはこのリンゴケース。ストラップには皮むき用の小さなナイフまで収められている。リンゴ一つを入れて散歩に出かけたら、なんて粋で自由なんだろう。

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エルメスの鞍に実際に跨がることもできる。 思ったより幅が広く、しかもそのように足を開いたことはなかったので、なんだか変な感じだった。

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雨の平日の午前中だったけれどけっこうなにぎわいだった。

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様々な展示はお茶目。楽しかったなぁ。

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2014年12月15日 (月)

エネルギーがあふれて

先日久しぶりに写真展へ。銀座、AKIONAGASAWAギャラリーで開かれているウィリアム・クライン写真展「Tokyo1961」http://www.akionagasawa.com/jp/gallery/current-exhibition/
画面に力がみなぎっているのは一つにはもちろんウィリアム・クラインの強さだろうし、もう一つはきっと当時の日本にはエネルギーがあふれていたのだろうと思う。その状況が少しうらやましかった。
それからニコンサロンの石川竜一写真展「絶景のポリフォニー」へ。http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2014/12_ginza.htm#02

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このところほとんどフィルムで写真を撮っていないなぁ。

2014年12月12日 (金)

『色の名前さえも』

最近読んだ本の中で印象深かったのはダニエル・L・エヴェレット著「ピダハン」。http://www.msz.co.jp/book/detail/07653.html
アマゾンの奥地に住む少数民族ピダハンのもとに、最初は宣教師として訪れた著者によるノンフィクション。世界は想像もつかないほど多様で、他方、自分はごく狭い約束事のなかでもっともらしく生きていることを知らされる。
『ピダハンの文化には右/左の概念や、数の概念、色の名前さえも存在しない。神も創世神話もない。』

先日、近所を散歩したら銀杏の葉の裏に蝉の脱け殻を見つけた。夏から今までずっとここにあったのだろうか。

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日経新聞連載、萩本欽一さんの「私の履歴書」、12月11日の文章から。

『またもやクビ宣告かぁ。「あの出来じゃあ仕方ないよな」とうなだれて支配人の部屋に入ると、「おお欽坊、来たか、この野郎」。思わず首をすくめると、「おまえはな、偉いんだよ、ばか野郎。人がしないことやるのは偉いんだよ。あすから月給2倍! 分かったか、この野郎」。
  全然分かんない。怒りながら褒めてる。大人って複雑だな、と思ったけれど、おかげで3000円の月給が6000円になった。そういえば、この前、甘納豆屋さんのバイトの時給を370円って書いたけど、高すぎました。』

2014年12月 9日 (火)

『素敵な大人に』

今日の演奏会が終わったら楽になる、と思っていたら、明後日からリハーサルの始まるシベリウスプログラムが易しくないことに気付いた。うかつだった。

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今月の日経新聞連載「私の履歴書」は萩本欽一さん。12月7日の文章から。

『 新聞配達のほかにも、封筒の宛名書きや鉄板磨き、レストランや甘納豆屋さんなどで働いた。甘納豆を自転車で配達する途中、「おい、なんてことするんだ!」と突然、怒鳴られた。白い車を運転している中年の男性だった。荷台の箱がひっかいた傷が新しい車の横に付いていた。僕は全然気づかなかった。
  「どうしてくれるんだ」と男性はかんかん。でも、僕は名前もアルバイト先も言わなかった。「僕、母さんを助けるために時給370円でバイトしてるんです。高校を出たら、おじさんのところで働いて弁償しますから勘弁してください」と頭を下げた。
  おじさんはすっと背筋を伸ばして「そうか、私もアルバイトから始めて洋服の会社をつくったんだ。初心を忘れてた。怒鳴って悪かった。すまなかったね」と言うと、名刺を差し出して「卒業したら、うちの会社に来なさい」と話すと、車を発進させた。僕は感動して体を震わせて泣いた。
  この人が田中精一さん。その後、長いおつきあいをさせていただいた。「こういう素敵な大人になりたいな」と思った。僕の恩人だ。
  僕は楽しかったことは忘れてしまうのに、つらい記憶は生々しく心に刻みこまれている。つらさは糧になるし、その先に希望がある。だから忘れないぞ、と心に決めている。つらい経験をしている若者にこそ夢を追いかけるファイトが育つんだ。』

2014年12月 8日 (月)

群を抜いた

 

今日の都響定期演奏会、プログラムの前半は1936年に作曲されたバルトークの「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」。二十世紀の音楽に詳しいわけではないけれど、群を抜いた傑作だと思う。バルトーク以前にこんな音楽世界は存在しなかった。
題名の通り管楽器は入らない。(ちなみに題名にはないけれどピアノも活躍する。そして長いので「弦チェレ」と言うことが多い。)  この曲はいろいろな意味で難しいから、今日の演奏会は弦チェレを弾くか弾かないかで仕事量はずいぶん違う。でもたとえ大変でも弦チェレを経験したい、と僕は思う。幻想的で、固くて、深いところから揺さぶられるような音楽だ。
この前、弦チェレを弾いたのは10年前、サイトウキネンのヨーロッパツアーだった。あの時もプログラムの前半は武満徹さんの「弦楽のためのレクイエム」とこの曲、つまり弦楽器主体のものだったなぁ。

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今日の演奏会の舞台は東京文化会館の大ホール。改修後初めて、久しぶりの大ホールは素直な音がして弾きやすかった。さて、明日はサントリーホールへ。

2014年12月 6日 (土)

いつもの場所に

 

夏前から半年以上、東京文化会館改修工事のため、都響は様々なリハーサル会場を転々としてきた。毎回のように違う場所に出かけるのはあまり楽なことではなかったけれど、広いホールで音を出せるのは気持ち良かったし、結果としてオーケストラの音も伸びるようになった気がする。
昨日のリハーサルから上野の大きなリハーサル室に。いつもの場所に戻れたことはやはり嬉しい。

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2014年12月 3日 (水)

冬の空

昨日から急に空気が入れ替わり、今日の東京は澄んで乾いた冬の空になった。寒い冬、朝から晴れていると、それだけで何かに感謝したくなる。

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少し前に観たのは映画「天才スピヴェット」http://spivet.gaga.ne.jp/sp/index.html
隅々まで丁寧に作り込まれ、主演のカイル・キャトレットはもちろん、脇を固める俳優たちも見事にその役にはまっていて楽しかった。
先日の「誰よりも狙われた男」は音楽も良かった。エンドロールの動きが速くて追いきれなかったのだけれど、ベルリンで録音されたものらしい。どんな音楽家たちが弾いたのだろう。

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