『素敵な大人に』
今日の演奏会が終わったら楽になる、と思っていたら、明後日からリハーサルの始まるシベリウスプログラムが易しくないことに気付いた。うかつだった。
今月の日経新聞連載「私の履歴書」は萩本欽一さん。12月7日の文章から。
『 新聞配達のほかにも、封筒の宛名書きや鉄板磨き、レストランや甘納豆屋さんなどで働いた。甘納豆を自転車で配達する途中、「おい、なんてことするんだ!」と突然、怒鳴られた。白い車を運転している中年の男性だった。荷台の箱がひっかいた傷が新しい車の横に付いていた。僕は全然気づかなかった。
「どうしてくれるんだ」と男性はかんかん。でも、僕は名前もアルバイト先も言わなかった。「僕、母さんを助けるために時給370円でバイトしてるんです。高校を出たら、おじさんのところで働いて弁償しますから勘弁してください」と頭を下げた。
おじさんはすっと背筋を伸ばして「そうか、私もアルバイトから始めて洋服の会社をつくったんだ。初心を忘れてた。怒鳴って悪かった。すまなかったね」と言うと、名刺を差し出して「卒業したら、うちの会社に来なさい」と話すと、車を発進させた。僕は感動して体を震わせて泣いた。
この人が田中精一さん。その後、長いおつきあいをさせていただいた。「こういう素敵な大人になりたいな」と思った。僕の恩人だ。
僕は楽しかったことは忘れてしまうのに、つらい記憶は生々しく心に刻みこまれている。つらさは糧になるし、その先に希望がある。だから忘れないぞ、と心に決めている。つらい経験をしている若者にこそ夢を追いかけるファイトが育つんだ。』
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