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2015年3月

2015年3月27日 (金)

「一個のいちじくでも」

今日3月25日の山陰中央新報、長田弘さんの連載「日々を楽しむ」にこんな文章があった。

「目に見える成果を早くと訴える人に、エピクテートスは答えて言った。
「大事なことは何事でも突如として生ずるものではない。一個のいちじくでもそうだ。もしきみがいまわたしに、じぶんはいちじくがほしいと言うならば、わたしはきみに、時間が必要だと答えよう。まず花を咲かせるがいい。次に実を結ばせるがいい。それから熟成させるがいい。
いちじくの実は、突如として、そして一時間のうちに出来上がらないのに、きみは人間の心の実を、そんなに短時間に、やすやすと所有したいのか。わたしはきみにいうが、それは期待せぬがいい」」

午前中、2両編成の山陰本線特急で益田へ。右側の車窓に真っ青な日本海が広がった時、心が震えるようだった。
午後からはリハーサル。

2015年3月25日 (水)

再び海へ

サントリーホールでの公演を終えて東京駅へ。出雲市行きの寝台特急に乗った。
自分の寝台に落ち着き、そこから帰宅する人たちで混雑するホームを見ると、ちょっとだけ非日常に入ったことがわかる。シャワーを浴び、柿の種をかじる頃、根府川駅を通過した。茨木のり子さんの詩、「根府川の海」に思いをよせた。その詩はこう始まる。

「 根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たつぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまつさおな海がひろがつていた 」

こんなに揺れたっけ、と思いながら、いつの間にか眠っていた。早朝、音の大きくなった車内放送で何度も起こされる。「列車は5分遅れて岡山を」とか「3分遅れで」とか、そんなことどうでもいいからまだ起きないぞ、と頑張っていたらもう米子だった。ゴトゴトという列車の揺れがすっかり心地よくなっている。

10時前に出雲市到着。荷物を宿に預けてから一畑電車に乗った。川跡で乗り換え出雲大社前へ。ここは明るく広い。
少し歩いて海へ。久しぶりに見る晴天の日本海は美しい青だった。それから出雲大社へ。

今日は出雲泊。町中に落ち着いたカフェがあり、夜コーヒーを飲みながらゆっくり本を読んだ。

2015年3月20日 (金)

海へ

先月、いわきに行った。勝田で途中下車し、ひたちなか海浜鉄道に乗り換えた。一両のディーゼル車がのどかな風景の中を進んでいく。

2015febhitachinaka

終点の阿字ヶ浦へ。ホームには人懐こい犬がいた。

2015febajigaura

海を見てから再び鉄道に乗り、平磯へ。わずかな距離の移動で、海は様々な顔を見せる。

2015febhiraiso

さらに数駅乗り、那珂湊で降りた。町をぐるりと歩き、

2015febnakaminato1

水戸藩の反射炉跡を見た後、海に出るともう辺りは暗かった。

2015febnakaminato2

日の暮れた港で夕食をとり、夜の常磐線でいわきへ。
翌日はいわき公演。地震からもう4年が過ぎた。

2015年3月17日 (火)

このところ少し、旅の仕事が続いている。

先日、ルーヴル美術館展を見た帰りに寄って、こちらも素晴らしかったのが富士フィルムスクエアでの写真展『森と海—すぐそこの小宇宙』http://fujifilmsquare.jp/detail/1502200123.html(もう終了してしまったけれど)
中村征夫さんのフィルムで撮った東京湾の光景が好きだった。

日経新聞連載、梯久美子さんの「愛の顛末」、2月から3月にかけては「宮柊二   戦場からの手紙」。
2月15日に掲載された昭和15年3月5日付けの手紙から

『ここは山西省の一寒村であり、第一線であり、この前には日本の部隊は居りません。殆ど想像つかない少人数が、ここを死守して作戦の十字の運命を掴んで居ります』
『あけくれてわれに命なくなるとも季節は又来たる兵らの上に美しくあれよ』

また3月1日掲載の昭和16年12月の手紙には
『おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ』

7月8日付けの手紙には
『私は名前なんか寸も知られない、歌なんかも知らない、只一人の兵隊でありたいのです。そして歌が出来れば、その無名の一兵の心の中にひそかにはぐくんだ哀歓をしるし度いのです」

2015年3月 4日 (水)

時の流れに

昨日は7日に第一生命ホールである「うきわねこ」公演の、朗読が入った最初のリハーサルがあった。
場面ごとの選曲や、音楽と朗読が重なっているときの音楽のフレーズと台詞の意味の関わり方が見事だった。こんなに凝った作りになっているとは知らず、ただハープの吉野さんに脱帽。
(2月6日の日記をご覧ください。http://ichirocello.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/37-accc.html

昼前、亀有の商店街を歩いていたら、突然放送でバッハのゴルドベルク変奏曲が流れてきた。驚いたけれど、謎がはらはらと解けていくようだった。
昔よく聴いたこの曲は、名曲だから名盤だから、という理由で聴いていた気がする。でも今日亀有で、はからずも耳に入ってきた時、初めて本当の姿が見えたようだった。

午後は新美術館での「ルーヴル美術館展」へ。http://www.nact.jp/exhibition_special/2015/louvre2015/index.html
最近足を運んでいたのは写真展や現代美術ばかり、絵画らしい絵画を見るのは本当に久しぶりだった。心踊るような絵がいくつもあった。その絵の前に立つと別の時の流れに入るようだった。

2015年3月 1日 (日)

『放っておいて気づくまで』

先日教えている大学オーケストラの演奏会があり、そのゲネプロを聴きに行った。少し遅れて会場に入ると、「威風堂々」が始まっていて、その清々しさに驚いた。プログラムの中心はチャイコフスキーの「悲愴」、僕が年を取ったということはあるかもしれないけれど、第2楽章を聴きながら思わず目頭が熱くなった。いつもの彼ら彼女たちと何かが違っている感じがした。

チャイコフスキーの5番と悲愴とは全く異なる音楽だと思う。改めて悲愴の楽譜を見て、チャイコフスキーの凄さを感じた。この音楽を感じることだけで大変なことだし、それを残し伝えることのできる楽譜にしてくれた彼にただ感謝するしかない。

しばらく前に観たのは映画「ナショナルギャラリー 英国の至宝」http://www.bunkamura.co.jp/s/cinema/lineup/15_nationalgallery.html
修復作業や美術館の運営など、興味深いことが次々出てくるのだけれど、大きなストーリーはなく、じっとしていることの苦手な僕には3時間の上映時間はちょっと長かった。

また先日、足を運んだのは銀座ニコンサロンでの本橋成一写真展「炭鉱<ヤマ>」
http://www.nikon-image.com/activity/salon/exhibition/2015/02_ginza.html#02
はっと胸を強くつかまれるような写真だった。

2月28日、日経新聞夕刊に宮大工小川三夫さんの記事が掲載された。その中から

『先輩がきれいにカンナをかけているのを見ていると、自分も1日でも早くああいうふうにかけたい、かけたいと思ってくる。十分に思わせておいて「削ってみい」って削らせるんですよ。すると、うれしくて柱が板になっちゃうくらいに削ります。その時大切なのは、自分の持っている一番いいカンナを貸すこと。最高の切れ味を知ったら、人間が一気に変わります』
『だから、弟子には簡単に教えたらだめなんです。教えたら何かできなかった時、「教わってないからできません」というふうになってしまう。教わらないで自分で苦労して考えてやった子は、その限界を乗り越えられる。放っておいて気づくまで待つということをしていかなくちゃ、人なんか育っていかないんじゃないですかね』

信じられないことに、もう3月になった。

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