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2015年8月 7日 (金)

音楽にしか

昨日の昼間タクシーに乗ったら、あまりの暑さに猫もいない、と運転手が言っていた。このところの毎日の目標はできるだけ、暑い、と言わないこと。

一昨日の都響は大野和士さんの指揮でショスタコーヴィチの5番。
モチーフや調性の扱いがチェロソナタに似ていると思う。でも、この空気感や強烈な諧謔、痛切さはやはり大編成のオーケストラでしか経験できないものかもしれない。

家にはバーンスタイン指揮ニューヨークフィルの素晴らしいライブ録音がある。79年の東京公演のものだ。世界が西と東に分かれて厳しく対立していた時代、アメリカを代表するオーケストラの、共感あふれる演奏に胸を打たれる。あの時代、東側の人が作曲をすること、西側の人がその曲を演奏することはどんなだっただろう。自由な発言のできなかった東側では、音楽にしかこめることのできない何かがきっとあったはずと思う。

先日ラジオを聞いていたら、在キューバの日本人女性が出て、何十年も前の記者会見時、フィデル・カストロ議長が、アメリカと国交回復する可能性は、と尋ねられ、アメリカで有色人種の大統領が選ばれて、そしてラテンアメリカ出身のローマ法王が誕生したら、と言った、というエピソードを紹介していた。カストロ議長はあり得ないこととして述べたのだと思うけれど、驚くべきことに3つとも実現してしまった。

一昨日、ミューザ川崎の舞台でショスタコーヴィチを弾きながら、僕はこれまでまったく表面的にしかこの曲を知らなかったと感じた。ショスタコーヴィチが書くまで、こういう音楽は存在しなかった。

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